14話目 漆の洗礼
「うぎゃ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼・・・・」
高木の声がこだました。
高木はものすごい勢いで霊魂が引っ張られる感覚がして、抵抗しようと力を入れて振り上げたのは、自分の両の手だった。
高木はしこたま樹液まみれになった全身を、自らの両手で掻きむしった。
かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆいかゆい··············
皆は突然、凄まじく悶え暴れ出したボロ雑巾の様子を、なす術も無く唖然と見守った。
思いの外おどろおどろしい高木の生還だった。
それは血まみれ樹液まみれで、蠢く黒い物体で、まるで人体には見えなかった。
なので、息を吹き返したのだと気づいて喜ぶ者は暫くはいなかった。
高木は病院のベットにいた。
裏山の林で一人彷徨う夢を見ていた。
いつの間にか目の前にはあの大樹が大きく枝を広げて立っていた。
誰かの呼ぶ声がする。
それは、悪魔か天使か、それとも女神の声だった。
高木は歩を進めた。
·····目の前がだんだん明るくなってくる。
「だから言ったじゃない、あれは誤解、この私が大切な後輩を呪うなんて真似する筈ないでしょう」
裏山から高木を救急車で連れて行った病院の病室で、つめ寄るなめこ川に曽根は薄っぺらい言い訳をした。
高木が蘇生し生漆にかぶれて救急車に運ばれた後、
曽根は裏山で収集したあの樹液を精製して非常に質のいい漆を作った。
上質の漆で塗った板は黒々と艶光して反射し、眩しいほどに輝いた。
そして課題は難なく高得点を得た。
曽根が裏山であの大樹の漆の樹を見つけたのは本当に奇跡の出会いだった。
小さな裏山にこんな漆の大樹があるとは。
海部の友人の知り合いの岩手の漆掻き(漆液採集の仕事)職人から方法を伝授され、少しずつ採集していた。
その現場を呪いの儀式を繕う事で、誰も恐れて触らないようにしていたのである。
一般の人が何も知らないで漆の樹液に触れかぶれてしまうことがあるので漆の樹は伐採されることが多い。
特に陶芸の生徒などは陶芸に使える良い土(粘土)を探して其処ここと山中をうろついているので注意が必要である。
伝統工芸とは熟練の技巧のみによると考えられがちだが、卓越した技術には個人が独自に見つけた新しい材料が必要なのである。
その独自の努力のおかげで曽根は希少な天然の国産漆を手に入れたのだ。
ところで、なぜ曽根は、カモフラージュとはいえ呪いを高木の写真にしていたのか、問題は結局そこだと思うのだが、なめこ川はもう追求しなかった。
呪いのせいで高木の受難が起きたとは、この科学の時代で言えないのだから。
入院して数日間が経ち高木が目を覚ますまで、なめこ川はベットの傍らのイスに座って、深く眠っている高木の様子をずっと眺め続けていた。
高木はまだ死んでるように眠っている。
と、高木が辛そうに顔を歪めたので
なめこ川をは名を呼んだ。
漆芸の道は険しい。
SとMではない、曽根と高木、二人はライバルなのだ。
きっとそういうものなのだ。
程なく、なめこ川は曽根の指導のもと教授に課題を提出した。
もちろん貧田ではなく、なめこ川の名前で。
漆芸について興味が湧いてきていた。





