5、アレスの気持ち
カーリーがアレスと一緒に応接室に戻ると、ガルシア侯爵夫妻とムーア男爵夫妻は談笑していた。
「アレス、チャーリーの紹介は無事終わったかい?」
ガルシア侯爵がアレスにたずねると、アレスはにっこりと笑って言った。
「はい。カーリー様は私よりも兄上の方が、気が合うようでした」
「ですから、そんなことは有りませんわ」
困ったと言う代わりに、カーリーが俯いてため息をついた。
しかし、カーリーは気を取り直してアレスに尋ねた。
「アレス様、また来週末にこちらに伺ってもよろしいですか?」
「ええ、喜んで。私より兄上に会いたいのでしょうけれど」
「アレス、カーリー様が困っていらっしゃるだろう? 婚約者はお前なのだから、そんなことを言う物ではない」
ガルシア侯爵がアレスに注意した。
「あの、私、チャーリー様に本を貸す約束を致しました。でも、それだけで、それ以上の事は何もありませんわ」
アレスの目を見つめながら、カーリーは言った。
「ところで、アレス様は何か好きな食べ物はありますか?」
「急になんだ? 強いて言えばクッキーは好きだな」
「そうですか」
カーリーはアレスの答えを聞いて、にっこりと微笑みながら頷いた。
「それでは挨拶も終わったようだし、今日はこの辺で」
ガルシア侯爵の言葉を聞き、ムーア男爵は帰り支度を始めた。
「アレス様、カーリーをよろしくお願いします」
「……ああ」
アレスは苦笑いを浮かべながらお辞儀をした。
「アレス、そのような振る舞いをするから誤解されるのだぞ? チャーリーならもっと優雅に振る舞うだろうに……」
ガルシア侯爵がそういうと、アレスはそっぽを向いて、腕を組んだ。
ムーア男爵は、ガルシア侯爵夫妻とアレスに別れの挨拶をした。
「それではアレス様、ごきげんよう。また来週お会い致しましょう」
「……」
アレスはカーリーをチラリと見たが、特に何も言わなかった。
「さあ、帰ろう、カーリー」
「はい、お父様、お母様」
ムーア男爵達は馬車に乗り込み、自宅へと帰っていった。
ガルシア夫妻は顔を見合わせてため息を着いた。
「チャーリーだったなら、カーリー様に対してあのような態度を取らないだろうに……」
両親のため息を聞くのは何度目だろうとアレスは思い、俯いた。
「……兄上が健康だったら、ガルシア家も安泰だったでしょうね」
「アレス!」
母親がアレスを叱った。
「失礼します、用事を思い出しましたので」
アレスは両親にくるりと背を向けると、中庭に向かって去って行った。
「もう、うんざりだ。兄上と比べられるのは……」
早足で歩きながら、アレスはカーリーの無邪気な笑みを思い出した。
「……カーリー様も、私にはがっかりするだろう」
アレスは、自分に兄の優しさの欠片でもあれば良かったのに、と思った。