Act5-66 シリウスの覚醒
闇の中を一斉に駆けだすと同時にレアが詠唱を始めた。
「走れ」
ただ一言の詠唱で、色とりどりの刃がアンデッドどもの住処を強襲した。たぶん六属性すべての初級魔法を、それぞれの属性の攻撃魔法である「刃」系を使ったんだと思う。俺が使う「風刃」も初級の攻撃魔法だった。その「風刃」も色とりどりの刃の中には含まれていた。ただ俺の使う「風刃」とはまるで違っていた。
レアの放った「風刃」は一体のグールを袈裟斬りにしていた。グールの体はゆっくりと斜めにずれていき、グチャという音とともに地面に落ちた。普通の「風刃」であれば、袈裟斬りにしたところで、体を真っ二つにはできない。
それをあっさりと袈裟裟斬りにしていた。しかも袈裟斬りにした「風刃」自体はそのまま宙を待っている。止まる気配さえなかった。
それは「風刃」だけではなく、ほかの五つの属性の刃たちも同じだ。すべての刃たちは一度切り捨てても止まることなく、宙を舞い次の獲物へと向かって行く。それもそれぞれに圧倒的なスピードで駆け巡るから、悲鳴を上げる暇さえも与えられない。ただただ風を裂く音と肉が地面に落ちて潰れる音だけが響き続ける。
「……相変わらずレア姉の戦いはえげつないな」
マモンさんが辟易としている。その言葉にはさすがに俺も同意見だった。レアの戦いはあまりにもえげつない。というかえぐい。抵抗する間さえ与えずに、圧倒的な速度で次々に命を奪い続けていく。その姿はただたたえぐい。
それでもまだ本気さえも出していない。蹂躙という言葉さえ生ぬるいほどに、レアはアンデッドどもの殲滅を行っていた。
「雑魚は蛇王に任せればいいだろう。セイクリッドウルフ、おまえが言っていたアンデッドどもはあのような雑兵ではなかろう?」
「あの程度であれば、我らの敵ではありません。我らがいうアンデッドどもはもっと恐ろしい連中ですから」
セイクリッドウルフは先頭を駆けながら、ライコウ様の問いかけに答えている。どうやらあのグールどもは違っているみたいだ。
まぁ、数だけは多いけれど戦力的には、せいぜいDランクの中位くらいだし。Bランクのセイクリッドウルフがいれば、数がいたところで殲滅できるだろう。そのセイクリッドウルフでさえも歯が立たないほどの大物があちらさんにはいるってことだ。
まだ戦場には現れていないのかな? 次々に半分になったグールどもの死骸が出来上がっていくけれど、それらしい大物の姿はまだ見えない。
「なんだ、なにがあった?」
不意に地面を踏み鳴らすようにして、五メートルくらいのデカブツが現れた。あれがそうかなと思ったのだけど──。
「敵襲、かぁ?」
デカブツの首と胴体は一瞬で離れ離れになった。レアの「風刃」がデカブツの首を両断した。デカブツは音を立てて倒れ込む。……どうやらデカいだけの雑魚だった模様だ。強くてもCランクの下位くらいかな? 同じデカいでもラスティともまるで違っていた。というかラスティの方が圧倒的に強いね。
どうにもまともなアンデッドどもはいないようだ。とはいえ油断はできない。油断したら数の少ないこっちがあっという間に攻め込まれるのは目に見えていた。
「このまま攻め込み続けるぞ」
ライコウ様の言葉に誰もが頷いた、そのとき。
「敵か?」
黒づくめの全身鎧の騎士がふらりと現れた。一見人間のように見えるけれど、セイクリッドウルフが唸り声をあげた。どうやら件の連中のひとりがあの騎士みたいだ。
「あれか?」
ライコウ様の言葉にもセイクリッドウルフは答えない。ただ唸り声を上げ続けるだけだった。でも気持ちはわかる。それだけ目の前にいる黒騎士は強かった。
全身に鳥肌が立っていた。圧倒的なほどに強い。それこそBランク程度では一瞬で殺されかねないほどにその騎士は強い。そのうえそいつからは濃密な死臭が漂っていた。
「嫌な臭い」
シリウスが顔をしかめる。それだけ黒騎士は死臭を纏っている。いや纏っているのは死そのものだ。そう思えてしまうほどにそいつからは死の気配を感じさせてくれる。
本気で、殺す気でやって五分。いや下手したらあっちが六の俺が四ってところか?
雰囲気だけの感想でそれだ。真剣勝負をしたら実際のところはわからない。ただあっさりと勝てるような相手ではないことだけはたしかだった。
「よし。俺が」
「うむ。シリウスよ。行って来い」
「ライコウ様、なにを言っているんですか!?」
黒騎士の相手をライコウ様はシリウスにしろと言い出した。セイクリッドウルフと同等のシリウスじゃ、黒騎士には勝てないのに。勝てるはずがないのにライコウ様はシリウスに死にに行けと言うかのような言葉を投げかけた。正気だとは思えない。
「わぅ? いいの、じぃじ? あれ私が貰っていいの?」
シリウスは目をキラキラと輝かせている。まるで欲しかったオモチャを手に入れた子供のようだ。シリウスはすごく乗り気だ。乗り気だからと言って、あんなのにシリウスが勝てるわけが──。
「じゃあ、行くよぉ!」
シリウスは俺が止める間もなく、地面を強く蹴った。そして──。
「わぅ、わぅ! やったの!」
嬉しそうに笑いながら、シリウスは黒騎士の兜ごと頭を抱えて喜んでいた。黒騎士の体がゆっくりと倒れ、黒々とした血を地面に垂れ流していく。
「え?」
なにがあったのか、ぜんぜんわからなかった。黒騎士は攻撃動作に移る間もなく、首を失っていた。その首をシリウスは抱え込んでいる。
「じぃじ、じぃじ! できたよ」
「うむ。見事だ」
兜を掲げながら、シリウスがぱたぱたと駆けて来る。その兜を、というか中身を検分するとライコウ様は満足そうに頷かれた。
えっと、本当にいまなにがあったんだろうか? あまりにも一瞬すぎてなにがあったのかを視認できなかったよ。
とんでもない速さでシリウスが行動したってことなのかな? 目にも止まらないどころか、目にも映らない速さでシリウスは行動できるということなのか? いつの間にそんなに強くなったんだろうか?
「まさか、いまのは伝説の「刻」属性ですか?」
セイクリッドウルフが驚いた声をあげている。「刻」属性? 初めて聞いた名前だけど、俺以外の全員はわかっているみたいだ。ライコウ様は「その通り」と言っているもんよ。
「「刻」属性って?」
「知らんのか、カレンさん? 「刻」属性ってのは」
スパイダスさんが説明をしようとした。でもそれよりも早く鎧の音がいくつも聞こえてくる。そして例の黒騎士が大量に現れた。どうやらひとりだけじゃないみたいだ。というかこの様子からすると、あれでも雑兵レベルだったのか。
「……説明している暇はないな。殲滅するぞ」
ライコウ様は誰よりも早く駆けだした。その後をシリウスが、マモンさんが、スパイダスさんが駆けていく。いろいろと置いてけぼりではあるけれど、指を噛んで見ているわけにはいかない。
「あー、もうやればいいんだろう!」
考えるのをやめて俺はライコウ様たちの後を追うようにして駆けこんだ。




