Act5-67 裏切り者
「わぅわぅわぅわぅわぅ!」
シリウスが異常なほどにハイテンションになっていた。
普段は一度か二度かの「わぅ」を五度も続けている。それだけ楽しいってことなんだろうね。ただまぁ傍から見ると、とてもサイコパスな光景ではあるけれども。
「もっともっとなの!」
シリウスはニコニコと笑いながら、黒騎士たちの首を次々に飛ばしていく。黒騎士たちはほとんど抵抗という抵抗さえできていない。というか自分が死んでいることにも気付いていないんじゃないかな?
それだけ圧倒的すぎる速さでシリウスは、黒騎士たちに死を運んでいる。さっきの黒騎士を見て、死を纏っていると思ったけれど、死を纏っているのは黒騎士たちではなくシリウスの方だな。いまのシリウスは死神も同然だ。それも笑いながら首を狩る死神だ。
敵対者にとってはこれ以上とない恐怖だろうけれど、味方にとっては頼りになる存在とも言える。
「ふむ。これほどになるとはな」
黒騎士のひとりを両断しながら、ライコウ様はしみじみと呟かれていた。ライコウ様もシリウス同様に一太刀で黒騎士を倒している。シリウスとは違い淡々と、しかし確実に黒騎士たちを殲滅させていく。ライコウ様は天使だけど、その戦いぶりはシリウスに負けず劣らずで死神と思えるほどだ。
そんなライコウ様に負けじとマモンさんも奮戦していた。槍の一突きで黒騎士を数人単位で倒していく。しかもマモンさんったら、槍を持つのと逆側の手には巨大なタワーシールドを手にしていた。でもそのタワーシールドは決して防御のためではなく、攻撃のためのものだった。槍を突くと同時に懐に入り込もうとする黒騎士を盾で薙ぎ払っていた。盾の攻撃で黒騎士は関節をおかしな方へと曲げながら血を吐いて倒れる。普通タワーシールドって壁役の持つものなんですけどね。その盾で攻撃するとかあきらかにおかしくないですか? まぁ、それだけマモンさんが規格外ってことなんだろうけれども。
とにかく現在のこの戦場において、死神が三人ほどいらっしゃっています。おかげで殲滅速度が速い速い。え? 俺ですか? 俺はそこそこ戦っていますよ。
「死ねぇ!」
仲間を次々に屠られて焦っているのか。それとも恐怖ゆえなのか、黒騎士のひとりが叫びながら斬りかかってくる。上段の一撃はたしかに速い。速いのだけど、あまりにも直線的すぎた。
サイドステップで避ける。避けながら一歩踏み込む。斜めに切り上げる形で「黒狼望」を振り上げる。なんの抵抗もなく、黒騎士の体が斜めにずれて肉が潰れる音が聞こえてくる。
「意外と弱い?」
最初に出てきた黒騎士を見たときは、とんでもなく強い相手だと思ったのだけど、あっさりと殺せていた。というか弱すぎないかな、これ?
「いや、カレンさんたちが強すぎるだけだ」
セイクリッドウルフが息を切らしていた。セイクリッドウルフクラスであっても、この連中の相手をするのは難しいみたいだな。
一対一でどうにか相手ができているけど、これが数対一になると下手しなくてもやられている。
だから黒騎士たちが弱いってことはないんだろう。むしろ強いはずだ。その強いはずの黒騎士たちが次々に倒れていく。
シリウスたち三人の戦果がそれほどに高いということもあるだろうけど、三人の戦果が一番というわけじゃない。
なにせ一番の戦果を挙げているのは──。
「人の庭で好き勝手しているんじゃねえよ!」
スパイダスさんが次々に糸を吐き出していく。
その糸に黒騎士たちは囚われ、身動きをまともに取れなくなっていた。そこにシリウスたちは殺到していた。
身動きが取れないと言っても、数秒くらいなんだけど、その数秒が絶望的な隙を生じてさせている。
結果、黒騎士たちを倒したという意味ではシリウスたち三人だけど、その結果を生み出したという意味であれば、誰よりも戦果を挙げているのはスパイダスさんだった。
黒騎士たちも負の連鎖を産み出している原因がスパイダスさんだとわかっているけれど、スパイダスさんの甲殻はアダマンタイトだ。黒騎士たちが持つ剣では切り裂くことはおろか、傷をつけることさえできない。
逆に切りかかっても、翅による一撃で叩き潰される。
スパイダスさんにとっては手の代わりをしている翅は、戦いにおいても優秀なようだ。
攻撃を受けてもその甲殻で防ぎ、その翅を縦横無尽に使いつつ、次々に糸で黒騎士たちを拘束するスパイダスさんはまさに無双状態だ。
黒騎士たちに為す術はなかった。
「主は強いな」
セイクリッドウルフは精いっぱいの顔だ。そのセイクリッドウルフを俺は守る形で後方に位置していた。
俺もシリウスたちと一緒に先頭を駆けたいところだけど、セイクリッドウルフをひとりにさせるわけにもいかない。
あっという間に集られて殺されるのが目に見えている。
だから俺が守らなきゃいけない。
加えて言えば、「監視」もしておきたい。
これは出発前にライコウ様とひそかに話したことなのだけど──。
「セイクリッドウルフが怪しい?」
「うむ。考えれば考えるほど、怪しく見える」
ライコウ様に念話で呼び出され、アジュールの外でシリウスの訓練について話し合うふりをしながら、念話で話したことだけど、ライコウ様はセイクリッドウルフを疑っていると言われたんだ。
ただその意味をいまいち理解できなかった。
「どういうことですか?」
「一見矛盾はしていない。だが、どうにもおかしい」
「なにがです?」
「奴を超える実力者揃いの相手がひそかに潜んでいたとして、その連中の姿をどうしてセイクリッドウルフたちしか知らんのだ?」
「それはセイクリッドウルフたちにしか接触していないからじゃ?」
「……言い方が悪かったな。なぜ連中はセイクリッドウルフたちだけを襲ったのだ?」
「それは」
答えられなかった。
セイクリッドウルフたちはこの森で上位に相当する。そんなセイクリッドウルフたちを襲撃したのであれば、ほかの魔物の群れにも当然襲撃をかけるはず。
アダマンタイトを採掘するのであれば、手は多ければ多いほどいいはずなのに。
なのにセイクリッドウルフたちだけしか使わない理由はなんだ?
「セイクリッドウルフたちしか人化できないとか?」
「決め手には弱いな。それにだ。人化できずとも運搬させることはできるだろう。セイクリッドウルフたちはこの森の見回りをしている。その見回る存在を引きずり込んだのであれば、ほかの魔物たちも引きずり込むだろう。少なくとも我であればそうしている」
「……たしかに俺でもそうしますね。そうする方が効率はいい」
「なのになぜ連中はしないのだ?」
「……それは」
「我が思うにセイクリッドウルフと連中は協力関係にあるのではないか?」
「まさか、そんなことは」
「ないと言い切れるか?」
「でもあいつはたしかに憤っていましたよ?」
子供たちを目の前で食い殺されたとセイクリッドウルフは言っていた。そのときのセイクリッドウルフはたしかに憤っていた。
でも、ライコウ様は一言で切り捨てた。
「その時点で怪しいと思ったよ」
「え?」
「たしかに群れの長であるのであれば、憤るのは当然であろう。しかしだ。なら奴はなぜ五体満足でいるんだ?」
「っ!」
あれだけ憤っていたのに、セイクリッドウルフたちには傷ひとつなかった。子供を奪われたのであれば、相当に抵抗をするはず。そのうえで負けたとなれば全員が酷い怪我を負っているか、部位を失っていてもおかしくはなかった。
だけど、セイクリッドウルフたちはきれいな体をしていた。五体満足だった。
はるかに格上相手と戦って無傷でいる。そんなことは稽古でもありえないことだ。現にシリウスはライコウ様との訓練で傷だらけになる。なのに訓練ではなく、戦闘をしたのにセイクリッドウルフたちには傷がないんだ? 可能性があるとすれば、それは最初から戦闘なんてしていないということ。
回復魔法を使えば傷を治すことは可能かもしれないけれど、仮に部位欠損までしていたとして、その部位欠損さえ治す回復魔法なんて存在するのだろうか? エリキサであれば可能だ。でも群れ全員を治せるほどのエリキサがこの森にあるとは思えなかった。あるとすればそれは群生地ってことになる。その群生地の存在をスパイダスさんもマモンさんも知らないことはありえない。
最初からセイクリッドウルフたちとアンデッドどもは協力関係にあったということが、一番無理のない答えだ。それ以外に無理のない答えを想像することは俺にはできなかった。
「ゆえに見張っておく必要がある。罠である可能性が非常に高い。相手の腹を読むには懐に飛び込まざるをえない」
ライコウ様の話はそれで終わった。
いまのところセイクリッドウルフに動きはなかった。
でも気は抜かずに監視は続けよう。もう誰も喪わないためにも、セイクリッドウルフを注視しながらも俺は黒騎士たちとの戦いを続けた。




