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Act5-65 襲撃

 死臭がしていた。


 夜の闇の中だからか、死臭ははっきりと感じられる。


 闇が視界を塞ぐことで、それ以外の感覚が鋭敏になっているのかもしれない。いや鋭敏になっていることもあるだろうけれど、それ以上に戦意が高揚としているのも大きいのかな?


 なにせこれから例のアンデッドどもたちに奇襲を仕掛けるのだから。シリウスに対する訓練は昨日の夜に終わった。ライコウ様曰く、まだまだ教えることはあるけれど、一通り形にはなったので、あとは実戦で伸ばすということらしい。


 実戦は大切なことは俺もよくわかっている。というか、この世界で実戦をして痛感させられた。どんなに稽古で強くなったとしても、実戦経験があるのとないのとではまるで違う。それも生死をかけた実戦で得られるものはより多い。


 むしろ稽古は実戦で学習するための下地を作るものだとさえ、俺は思っている。やみくもに戦うだけであれば子供でもできることだ。けれどそれだけじゃ頭打ちになる。稽古をすることで、実戦を学びの場にできるんだ。でもそれは逆も然りだ。


 稽古だけもまた意味はない。どれだけ下地を作ろうとも、実戦がなければ学習する機会は永遠に訪れない。ライコウ様はそれを理解しているからこそ、シリウスをある程度のところまで鍛え上げた。


 あとは実戦を潜り抜ければ、シリウスは一気に成長するだろうな。


 パパとして娘にはあまり無茶をしてほしくないのだけど、カルディアの仇を討つという目的がある以上、シリウスは無茶をし続けるのは目に見えていた。


 どうにか俺がカバーできればいいんだろうけれど、相手のアンデッドがどれほど強いのかがわからない以上、俺がカバーをするのにも限界はあった。


 それに必死にライコウ様の訓練を受けていたこの子に、無茶をするなと言うのは憚れた。この場にアルトリアがいたら、悲鳴とも怒鳴りとも取れる声で叫び続けるんだろうけどね。シリウスはその声に確実に辟易とするだろうけども。


 シリウスは進化して大きく変わった。でも芯のところは変わっていない。甘えん坊だけど、いい子であることには変わらない。ただひとつだけ変わってしまったこともあるけれど。それがアルトリアへの態度だ。


 シリウスはこの場にはいないプーレやエレーンに会いたいと言っていた。


「プーレママの作ったお菓子を早く食べたいな。美味しいよと言って、頭を撫でてもらうの。エレーンママとはいっぱいお話をしたいな。私の知らないことをいろいろと教えてもらうの」


 プーレとエレーンのことを話すときのシリウスはとても嬉しそうだ。なによりも嬉しそうなのは希望のことを話すときだ。


「ノゾミママのご飯をお腹いっぱいに食べたいな。それでノゾミママにいっぱい抱きしめてもらうんだ」


 えへへへとシリウスは笑っていた。プーレとエレーンのことも好きなんだろうけれど、ママたちの中で一番好きなのは希望なんだろうね。そう思えるくらいシリウスはいい笑顔をしていた。


 だけど三人とは違って、アルトリアのことを話すときだけ、シリウスの表情は違っていた。


「……あの人の話はしないでほしいな。私もしたくないし」


「まま上」ではなく、「あの人」とシリウスは言った。「獅子の王国」から帰ってきてから、シリウスはアルトリアに対してあまりいい感情を抱いてはいない。ときには唸り声をあげていたくらいだもの。


 アルトリアは少し早めの反抗期だと言っていたけれど、反抗期にしてはいささか度が過ぎている気もする。いったいシリウスの中でなにが起こったのか。俺にはわからない。


 ただレアにはなにかしら思うところはあるようだ。でも尋ねようとしてもレアは少し悲しそうな顔をするだけで、なにも教えてはくれない。


 いったいシリウスの身になにがあったのか。いや、シリウスとアルトリアの間になにがあったのやら。


 暗闇の中、隣を歩いているだろうシリウスを見やる。暗すぎて誰がどこにいるのかもわからない。


 けれどシリウスは時々「わぅ」と小さく鳴いているから、そばにいることだけはわかる。


 本当なら手を繋いでおきたいところだけど、こう喰らいと手を繋ぐとかえって逆効果になりそうだ。


 ライコウ様にもそう言われてしまったし、シリウス本人にも「小さい子供じゃないもん」と言われてしまったので、隣を歩くだけで手は繋いでいなかった。


 ……パパとあまり接したくないというのは、やっぱり反抗期なんですかね? パパには本当にわかりません。


「臭いが酷いね」


 隣を歩いているシリウスが嫌そうに呟く。えっとそれは死臭だよね? パパはまだ加齢臭とは無縁のはずだから、パパの臭いがきついって意味じゃないよね? そういう意味じゃないよね!? 思わず口にしそうになった言葉をぐっと堪えた。


 もっとも狼の魔物であるから、このメンバーの中でシリウスは一番鼻がいい。セイクリッドウルフ曰く、シリウスの方が鼻は利くということだった。鼻の良さまではランクには関係ないだろうけれど、この臭いではその鼻の良さが裏目に出ているみたいだ。


 シリウスは明らかに辟易とした雰囲気だ。


 シリウスの鼻には、薬草採取の依頼等で世話になったことがあるけど、その鼻がこんな風に裏目に出るとはちょっと考えていなかったよ。


 いや、考えればわかったのだろうけど、さすがにここまでひどいとは思っていなかったんだ。


 いくらアンデッドでも、露骨な臭いまではさせないと思っていたが、まさかここまでひどいとはね。さすがに予想外でした。


「ここまで酷いもんなのか、アンデッドの臭いって?」


 この臭いにはさすがにシリウスでなくとも辟易としてしまう。実際俺は顔をしかめて鼻をつまんでいる。


 鼻をつままずにはいられないくらいにアンデッドどもの臭いは凄まじい。


「……いくらなんでも、ここまでの「死肉の臭い」はしないものなんだがな」


 ライコウ様が怪訝そうに言っている。


 俺はいままでアンデッドには遭遇していない。あるとすればラスティくらいだけど、あのときは臭いなんてどうでもよかった。カルディアの怪我の方が重要だったからね。


 加えて言えば、ラスティはとんでもなく巨大化していた。あれだけ巨大化していると、臭いなんてそうそうわかるはずがなかった。


 だから俺がこうしてアンデッドの臭いを実際に嗅ぐのはこれが初めてだった。でもライコウ様曰く、普通のアンデッドでもここまでの死臭はしない。つまり、この先にいるアンデッドどもは普通のアンデッドではないということなんだろう。


 そもそもBランクであるセイクリッドウルフを一蹴し、アダマンタイトを大量に要求するアンデッドが普通のアンデッドであるわけがないんだろうけど。


「そろそろ奴らの住処に着きます」


 先頭を歩いていたセイクリッドウルフが言う。少し先にはいくつかのアジュールがあった。どうやらあのアジュールを住処にしているみたいだ。


 アンデッドらしくないことだけど、アンデッドがまともな家なんて建てられるわけもないか。というかアジュールでさえもよく建てられたなって思うよ。


 そのアジュールの周辺には様子のおかしい人、たぶんグールが見張りに立っていた。グール程度であれば、一蹴するのはたやすい。けれどそこそこ数がいる。


 あの数を一気に倒すとなるとそこそこ骨が折れそうだ。ただここにいるメンバーであればほんの一瞬でも気が逸れれば、制圧をするのは難しくはない。


 制圧するためにちょうどアンデッドどもの住処の真後ろに回るように移動してきたんだ。それだけだと気づかれかねないので、アダマンタイトの受け渡しをする日を決行日にしていた。いまごろシャイニングウルフたちがアンデッドどもにアダマンタイトを受け渡しているころだ。


 加えてそろそろ騒ぎが起きるはず。騒ぎを起こして連中の目をシャイニングウルフたちに向けさせる。その隙を衝いて一気に制圧する。それが今回の作戦の概要だった。


 単純ではあるけれど、こういう作戦って単純なものほど破られにくいんだよね。かえって複雑な方がひとつミスを起こせばそれで終わってしまう。だからと言って単純すぎるのも考えものではあるけどね。


「そろそろ騒ぎが起こる頃です。準備はよろしいですか?」


 セイクリッドウルフの声に返事はしない。異議が上がらないということは準備ができているってことだ。あとは時間を待てば──。


「どういうことだ!」


「話が違うぞ!」


「文句があるのか!?」


 シャイニングウルフたちとアンデッドどもらしき声が聞こえてくる。アンデッドにしてはちゃんとした受け答えができるんだな。まぁ、受け答えができなきゃアダマンタイトを要求することなんてできるわけもないか。


「始まった。行くぞ」


 ライコウ様の声とともに俺たちは一斉に駆けだした。

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