Act5-31 理解できない言葉
本日二話目です。
こんにちは、鈴木香恋です。
早速なんだけど、現実逃避してもいいですか?
「わぅわぅ、高いの!」
「はっはっは、シリウスの嬢ちゃんは元気だなぁ」
森の中を俺たちは進んでいる。周りには数頭のホワイトウルフと臨戦態勢だった普通の熊の親子に、あの大きな蜘蛛の魔物がいる。その中に俺たちはいた。とはいっても、捕獲されたわけではなく、なんというか招待されてしまったんだ。ほかならぬこの森の主である蜘蛛の魔物ことスパイダスさんに。スパイダスさんのお家に招待を受けました。
その証拠として、かわいいまいどーたーがお優しい蜘蛛さんの背中ではしゃいでいます。……なにを言っているのかわからないと思うけれど、俺が一番現状を理解できていないからね!? なぜにシリウスはスパイダスさんの背中に乗ってはしゃいでいますかね!?
「なるほど、そなたも特殊個体なのか。スパイダスの特殊個体などそう簡単にはお目に掛かれないんだが」
ライコウ様はライコウ様でスパイダスさんがレオナルドと呼んでいた例の親熊の背中に乗っている。鉞担いだ金太郎のようだと思ってしまったのは秘密です。
「それを言うのであれば、こちらも同じでずよ? かのライコウ様がこんな辺鄙な森にお越しになっているとは思いもしませんでしたぜ。ほれ、レオナルド。しゃきっと歩け」
スパイダスさんはライコウ様にへりくだりながらもレオナルドの頭を蛾のような翅でぺしりと叩いていた。レオナルドが痛そうにするけれど、スパイダスさんは「相手をちゃんと確認しないお前が悪い」とばっさりと切り捨てられました。レオナルドは反論できないのか、がくりと肩を落としている。そもそも普通の熊であるレオナルドには反論どころか言葉を喋ることだってできないわけなんですけどね?
「えっと、レオナルド、さん? かわいそうじゃ」
「いやいや、この熊公にはいいお灸さ。なにせライコウ様に喧嘩を売っていたんだからな。命があるだけ感謝するべきであり、こうして仕置きをされても文句は言えないさ。そうだろう、レオナルド?」
スパイダスさんの言葉にレオナルドはがうと鳴いて頷いた。普通の熊であるはずなのに、ちゃんと言葉を理解しているみたいだね。さっきからなんとなくそんな感じかなとは思っていたけれど。まぁ、レオナルドのことはいいんだ。問題なのは親分肌であるスパイダスさんの方だもの。
「えっと、スパイダス、さん?」
「うん? なんだい、カレンさんよ」
「いや、さん付けは」
「いやいや、ライコウ様のお孫になるシリウスの嬢ちゃんの親御さんにあたる方を呼び捨てはできねえ。すまねえと思うが、さん付けで通させてもらうぜ?」
蜘蛛の魔物ことスパイダスさんは申し訳なさそうに謝ってくれる。実際本当に申し訳ないのかはわかりません。
だって蜘蛛の表情なんてわからないよ! というか、なんなの、この蜘蛛!? なんでべらんめぇ口調なの? 江戸っ子? 江戸っ子なのか、この人は!? でも実際は蜘蛛の魔物。それもスパイダスという種における特殊個体というし。よくわからん人だ。
ただよくわからないけれど、纏っている雰囲気からしてかなりの強者であることはわかる。
なにせ護衛のようにホワイトウルフたちが俺たちの周りを囲んでいるけれど、ホワイトウルフたちとは比べようもない魔力を感じられる。
しかも戦闘態勢になっていない現状でだ。つまりは垂れ流している状態でも、ホワイトウルフを圧倒するほどの魔力を誇っているということだ。その強さがどれほどのものなのかは窺い知れない。
まぁ、スパイダスさん自身が戦う気はないみたいだから、気にすることではないんだけども。
ちなみにスパイダスさんの護衛をしているホワイトウルフの一頭の背中に俺は乗せてもらって移動していた。ホワイトウルフの毛並みはシリウスの尻尾の毛並みに比べるとかなりごわごわとしている。
まぁ、シリウスはアルトリアを始めたとした「まま」たちの手によって、いつもきれいにブラッシングされているから、ごわごわとしていないのは当然のことなんですけどね?
それでもシリウスの尻尾を知っていると、なんとも言えない残念感があります。磨けば光る素材だというのに、勿体ない。まぁ、野性育ちであれば、尻尾の毛並みの良さとかは気にしないかな?
実に勿体ないことではあるけれど、ホワイトウルフたちにとってはその日を生きることの方が重要なのだから、毛並みの良さなんてどうでもいいことなんだろうなぁ。
「カレンさんよ、なぜそんな遠い目をしているんだい?」
スパイダスさんはわけがわからないという風に首を傾げていた。まぁわけがわからないのも当然かもね。なにせ毛並みの良さはスパイダスさんには関係ないことだもの。俺が残念がっている理由は、スパイダスさんにはわからないだろうね。
「気にしないでください」
「そうかい? まぁ、カレンさんがそういうのであればいいが。おっとそろそろ着くぜ」
スパイダスさんが正面を見つめる。そこには蜘蛛の巣をいくつも張り合わせたような場所があった。どうやらあそこがスパイダスさんの家のようだね。
「いやぁ、まさかライコウ様ご一行を我が家にお招きするとは思ってもいなかったぜ。スパイダス生というのはわからんものだなぁ」
スパイダスさんは嬉しそうに笑っている。正面を見つめながら、ほかの複数ある目がこっちを見つめている。複数ある目はどれもが穏やかな光を宿していた。宿しているんだけど、その動きは見る人が見れば、かなり気持ち悪いだろうけれど、シリウスにはかえって好評のようだ。
「わぅ、スパイダスさんのお目目、たくさん動いてすごいの!」
「ははは、目が多いだけじゃないぞ? こう見えてもちゃんと空を飛べるんだ。こんな風にな」
スパイダスさんは翅をはためかせ、ゆっくりと上昇していく。高度が上がるたびにシリウスのテンションがウナギのぼりになっていく。相当に嬉しいみたいだね。わぅわぅと楽しそうな声が頭上から聞こえているもの。
「通常のスパイダスでも一応は飛べるんだが、あそこまで高くまで飛ぶことはできん」
ライコウ様が呆れたような声を出している。それだけスパイダスさんの行動が突飛だということでもあるのだろうけれど。
しかし本当に高く飛ぶんだな。「ぱぱ上」としては少しだけ心配だ。シリウスとは血のつながりはない。それでもあの子は俺の娘なんだ。子供の心配をしない親がどこにいるって言うんだ。だからこそあまりスパイダスさんには無茶をしてほしくなかった。
「カレン殿。子供というのは放っておいても、勝手に成長するものだ。そなたがいくら気をもんだところでシリウスもいずれは成長する。それはどうあがこうとも誰にも止めることはできない。たとえその成長を望んでいなかったとしても、だ。子供の成長を止めることは母神さまにも不可能なことだよ」
不意を衝かれた。ぐうの音も出ないほどの正論だ。だからと言って、納得できるわけじゃなかった。
「……ライコウ様にはわかりませんよ」
失礼だとは思っていた。それでも言わずにはいられなかった。そんな俺の言葉にライコウ様はなにも言わずに、ただ頭を撫でてくれた。
「いまは我もサラ様もいる。なにかあれば相談くらいは乗ってやれる。だからあまり無理をするな、「香恋」」
「ライコウ、様?」
いまたしかに俺のことを「香恋」と言った。それがどういう意味なのかがわからない。
単純に稽古をつけてくれる間柄ゆえ、師弟の間柄になったゆえの言葉なのか。それともまるで違う意味があるからなのか。
わからない。俺にはライコウ様の言葉の意味がわからなかった。
わからないまま、ホワイトウルフたちの歩みに任せて、俺はスパイダスさんの家にと向かって行った。
続きは六時になります。




