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Act5-30 森の主

 本祭開始です。

 まずは一話目です。

 うっそうな森の中。よく使われる言葉ではあるけれど、ここの森はあまりその言葉はそぐわなかった。


「わぅ~。木が凍っているの」


 シリウスはライコウ様に肩車をしてもらいながら、目をきらきらと輝かせている。


 森の中はシリウスにとってはなじみ深い場所だろうから、特に感慨もないのだろうけれど、この森に限っては感じ入るものがあるみたいだ。


 なにせシリウスの言う通り、森の木が凍っていた。木に雪が積もっているのではなく、木全体が凍り付いていた。それも背の低い木ではなく、両腕を広げても回しきれないくらいに太く高い木がだ。


 そんな木がいくつもあるのだけど、そのいくつもある木がすべて凍り付く様は、それだけ「鬼の王国」の冬がどれほど危険なのかを示している。


 でも危険な冬も終わりを告げた。木はまだ凍り付いているけれど、地面は地衣がすでに露わになっている。


 それでも森の中にはまだ雪は残っていた。草原地帯にはもう雪は名残くらいしかないのに、森の中ではまだ雪が多く残っていた。


 雪解けの音はするけれど、まだ完全に春が訪れたという感じではなかった。


 それでも魔物を始めたとした動物たちはすでに行動を始めているようだ。


 実際普通の動物が地衣を食べているところを何度も見かけている。ホーンラビットではなく、普通の兎があたりを闊歩していたり、魔物ではない普通の鹿やら猪やらが子供を連れて行動していたりなど、穏やかな光景を見受けることができていた。


 そう穏やかな光景を見受けていた。その理由はライコウ様が普通の動物を狩ろうとしていないからだ。


「狩るのは魔物だけだ。普通の動物は襲って来ない限りは、積極的に狩るつもりはない」


 魔物と普通の動物。いったいどういう違いで狩るかどうかを決められているのかは、いまいちわからない。わからないけれど、ライコウ様が狩らないと言われた以上は狩る必要はないんだろう。それに──。


「わぅわぅ、猪の子供かわいいの」


 猪の親はまぁ凶悪なお顔をされているんですけど、その子供であるうり坊はかわいらしかった。かわいいけれど、農家さんにとって猪はただの害獣にしかすぎないけどね。まぁ俺は農家じゃないから、動物の子供を見てもかわいいとしか思わないので、シリウスが目を輝かせるのを見守ることしかしない。


 狩りをするのであれば、うり坊だろうと殺さなきゃいけないけれど、シリウスはうり坊を見てかわいいと言っている。そんなシリウスの前でうり坊に矢を放つことなんてしたくなかった。ライコウ様が魔物以外は狩らないと言ってくれて助かったよ。


 おかげでうり坊を見て、はしゃぐシリウスを見られるもの。おまえさんもかわいいよと言いたいね。


 とにかくシリウスはうり坊をずいぶん気に入ったみたいだ。いやうり坊だけじゃないな。普通の兎や鹿の子供とかもかわいいと言っているもの。


 まぁ、実際かわいいよね。兎も鹿の子供もさ。というか小動物ってわりとかわいいよね。小動物じゃなくても、赤ん坊のときはどんな生物でも基本的にはかわいらしいものだもの。


 だからシリウスがかわいいと思うのは当然のことだ。そう、当然のことなのだけど──。


「わぅ、熊さんの子供なの、かわいいの」


 ライコウ様の肩の上でシリウスは目の前に現れたチャイルドベアーに目を輝かせています。チャイルドベアーという種類の魔物ではなく、普通の熊の子供です。え? なんて英訳したのかって? なんとなくですよ。まぁ、それはさておきだ。


「……ライコウ様。さすがにこれはヤバくないですか?」


「さすがに普通の動物とはいえ、な」


 そう俺たちの前には子供の熊がいます。灰色の毛並みの熊だけど、すでにだいぶ大きい。大型犬くらいの大きさはあるね。さすがにまだ成獣にはなっていないようだけど、このあたりからわりと危険になるのが熊という生物の怖いところです。そしてこんなところに子供の熊がいるということはですよ。


「あ、親の熊さんなの」


 シリウスが指さすと、繁みからがさりという音とともに成獣の熊さんががががが。


「……親御さんですか?」


 とりあえず成獣の熊さんに目の前の子供の熊の親御さんであるかどうかを尋ねた。尋ねたところで意味なんてないというか、明らかにあかん案件だけど、それでも聞かずにはいられませんよ。熊さんはなにも言わずにのしと立ち上がると、すかさず両腕を掲げて唸り声を上げる。口の中がとても紅いです。まるで炎みたいだ。


「……臨戦態勢ですね」


「うむ。冬眠から目を醒まして腹が減っているのだろうな」


「……あー」


 そう言えば、冬眠から起きたばかりの熊はかなり危険という話をよく聞くね。蓄えた脂肪を冬眠で消費してしまっているから、気が立ってかえって危険らしい。それなら冬眠するなよと言いたいところだけど、こればかりは習性みたいなものだから、どうしようもないんだろうね。


 とにかくだ。現状はめっちゃ危険だ。森の中で熊に出会った。どう考えても死亡案件ですよ。「もりのくまさん」のような優しい熊さんなんて存在しないのだから、森で熊に出会う=死亡みたいなものだもの。


 とはいえ、熊に出会っても慌ててはいけない。背中を向けて逃げ出すのは一番の愚策だ。熊は背中を見せて逃げる物体を追いかける習性があるから、下手に背中を向けて逃げると襲われる確率が跳ね上がるんだよね。なので対処法としては、ゆっくりと後ずさりをしながら距離を取ることらしい。


 まぁ、それでも襲われるときは襲われるらしいけれど。少なくとも背中を向けて逃げるよりかは生存率が高いようだ。

「……どうしましょうか?」


「殺したくはないな。シリウスに血をあまり見せたくはない。それに熊の子供を見てかわいいと言ったのだ。その子の親を殺すことはしたくない」


「あはは、同感です」


 そう、殺そうと思えば殺せる。ここは地球とは違う。普通の熊であれば、たぶん俺もライコウ様もたやすく殺せる。


 熊肉は独特の臭いがあるらしいけど、結構美味いと聞くし、今日の夕飯の材料にするのは難しいことじゃない。


 けれどシリウスは、熊の子供をかわいいと言ったんだ。そのシリウスの前で熊の親を殺すことはしたくなかった。


「ゆっくりと後ずさりますか?」


「それがよかろう。とはいえ、あちらに逃がすつもりがあればいいんだが」


 ライコウ様と話をしながら、ゆっくりと後ずさる。けれど親熊は後ずさった分だけ距離を詰めてくる。諦めてくれそうな雰囲気は一切なかった。


「……逃がす気なしですかね?」


「そのようだな」


 面倒なことになったとライコウ様の顏には書いてあった。俺自身現状は面倒だと思う。


 なにせ殺さずに相手の戦意を折らなきゃいけないんだ。しかもシリウスを連れてだから、あまり派手に立ち回るわけにはいかないというおまけつきだ。


 それでも俺とライコウ様であれば、親熊を殺さずにKOすることは可能だ。ただシリウスが一緒だと、途端に難易度が跳ね上がるんだよね。


 シリウスを危険な目に遭わせたくない。かと言って熊は諦めてくれそううにない。どうすればいいのか。どうしたらいいのか。思考を巡らし始めた、そのとき。


「そこまでにしておけ、レオナルド」


 聞き覚えのない声が不意に聞こえてきた。同時に親熊が動きを止める。レオナルドという名前のようだ。というか名前があるということは誰かに飼われているということなのか? 飼われるっていったい誰に?


「ふむ。天使さまと人間と人化したグレーウルフか。どういう関係かは知らんが、森を荒らすわけではなさそうだし、一応客人と言うことにしておこうか」


 がさりと繁みが揺れ、数頭の狼が現れた。毛並みは白い。光系統の狼であるホワイトウルフのようだ。


 でもホワイトウルフじゃ言葉は喋らない。となるとまだこいつらのボスがいるはずだ。


 ホワイトウルフたちが現れた繁みをじっと見つめていると、またがさりという音がした。そして──。


「一応ここの森で主をしている。よろしく頼む」


 そう言って姿を現したのは狼ではなく、蛾のような翅を生やした大きな蜘蛛の魔物だった。

 続きは三時になります。

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