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Act5-29 狩りへ

 本日二話目です。

 シリウスの願いが胸を穿った。


 シリウスはカルディアのためだけではなく、俺のためにもアイリスに復讐したいと言っていた。


 寝たふりをしたまま、シリウスが泣きやむのを待つことしかできなかった。


 やがて、シリウスの泣き声が止まる。うっすらと目を開けると、シリウスは泣き疲れたのか寝てしまっていた。


「ぱぱ上、カルディアまま」


 寝言で俺とカルディアを呼んでいる。俺であれば返事はできる。けれど、カルディアが返事をしてくれることはもうないんだ。


 胸が痛む。カルディアとはわずかの間だけ一緒にいられただけだったのに、シリウスの中でカルディアは特別な存在になっている。それは俺も同じだ。なんだかんだで俺もカルディアのことが好きだった。いや、愛していたんだと思う。


 カルディアとは境遇が似ていた。母親を知らずに生きてきた。……まぁ、カルディアのお母さんであるディアナさんはわりと近くにいたし、祖母のララおばあさんもすぐそばでカルディアを見守っていた。母親を知らずに生きてきたけれど、決して孤独ではなかった。そういうところも俺とカルディアは似ている。


 そこまで似ていると同族嫌悪が働きそうなものだけど、俺はカルディアを嫌えなかった。むしろ、好きになっていった。


 そのカルディアは俺の腕の中で笑って旅立った。もう戻ることのない旅に出てしまった。


 だからシリウスがどんなにカルディアの名を呼んでも、カルディアが返事をしてくれることはもうない。それでも、それでもシリウスはカルディアを呼び続ける。その姿はひどく憐れだった。


 目尻に浮かぶ涙をそっと拭う。


「ごめんな。それでも俺はおまえの手まで血で染めたくないよ」


 シリウスが俺と一緒に手を染める覚悟があるのはわかった。


 それでも「ぱぱ上」としては、この子の手を染めたくはなかった。


 ビッククラブたちを全滅させたのとは違う。


 あれはまだこの子が命の重さを知らずにいたから、できたことだ。


 でもこの子がやろうとしていることは、アイリスへの復讐は命の重さを知ってなお、その命を奪うと決めたということ。その命を背負い、自身の手を血に塗れさせるということだ。


 わかっているんだ。シリウスがどこまで本気であるのかは理解しているんだ。


 それでもこの子の覚悟を実現させてはいけない。


 この子まで血に塗れた道を歩む必要はなかった。


 手を汚すのは俺だけで十分なのだから。


「進化はさせない」


 だからこそ決めた。シリウスを進化させないと。どんなにこの子が望もうと進化だけはさせない。力を得させはしない。力を得れば、この子はきっとアイリスへの復讐に走る。


 逆に言えば進化を、強くなることがなければこの子は復讐などできないということだ。


 だからこそ進化はさせない。マーナには嫌味を言われるだろうけど、構わない。シリウスが復讐の道を歩むくらいであれば、マーナの嫌味のひとつやふたつなんてなんともない。


 なによりもシリウスに蛇蠍のごとく嫌われても構わない。エゴと言われれば、俺は決して否定はしない。冷静に考えれば、これはエゴだもの。親のエゴでしかないのだから。


 たとえ、この子の決意を踏みにじることになろうとも、それでもこのエゴを貫き通す。そう決めたんだ。この子だけはきれいなままでいてほしい。誰かを殺すこともないままでいてほしかった。


「おまえの決意は俺が請け負ったよ。だからおまえだけはきれいなままでいてくれないか」


 愛娘の決意を踏みにじる。決めたことではあるけれど、胸が痛いよ。


 痛いけれど、悟られちゃいけない。悟られないように顔に出さないようにしないといけない。


 でもせめて。そう、せめていまだけはシリウスに謝りたい。この子の決意を、優しさから生じた覚悟を無下にすることを謝りたかった。


「ごめんな。本当にごめんな、シリウス」


 視界が歪む。歪む視界の中、大好きな空を見上げる。見上げた空はいつもと変わらない。変わらない空をぼんやりと見上げる。


 そうしている間にも時は過ぎ去っていく。過ぎ去る時の中で俺はただ視界を歪ませ続けた。


 しばらくして、視界が歪まなくなった頃にレアが起きた。


 シリウスが腕の中で眠っているのを見て、レアは微笑ましそうに見つめていた。


 でも、俺を見つめる目はどこか悲しげだった。


「あまり抱え込まないでくださいね」


 レアはそれだけしか言わなかった。でもたったそれだけの言葉がわずかに心を軽くしてくれた。本当にわずかだけど、救われたように思えた。


「……ありがとう、レア」


「どういたしまして」


 優しく笑いかけてくれるレアに胸は自然と高鳴った。


 高鳴る鼓動をレアは気づいている。でもなにも言わない。ただほほえんでくれるだけ。そのほほえみに胸はまた高鳴った。


 シリウスが起きてくれるまで、なんとも言えない時間を過ごすことになった。


 やがて日が上り、世界が淡く照らされた頃、シリウスが起きた。シリウスはなんとも言えない空気が漂っているのを感じ取ったのか。それともあえて空気を読まなかったのか。定かではないけど、余計なことを言ってくれたよ。


「レアまま、私の妹できた?」


 シリウスはそう言うのが当たり前のように言ってくれました。その言葉に意識が遠くなりましたね。


 けれど、かわいい娘相手に怒鳴るわけにもいかなかった。


 そんな俺をよそにシリウスとレアはシリウスの妹の名前を考えていた。勘弁してくださいよと言いたい。言いたいけれど、楽しそうなレアとシリウスの姿に「まぁいいかな」と思ってしまった。


 その後、サラ様とライコウ様が出てこられた。おふたりともレアとシリウスによる話し合いを聞いて、苦笑いされていた。


「まだ気が早いと思うけれど」


「いえ、それ以前にカレン殿と蛇王の間では子供を作ることはできないかと」


 サラ様はのほほんと、ライコウ様は至極まっとうなことを言ってくださいました。ライコウ様だけがこの場における唯一の良識人だということを、よく理解できました。もっともそのライコウ様も──。


「さて、今日の訓練だが、今日からは実際に狩りをしよう。シリウスも一緒にな」


 唐突にとんでもないことを言われるのだけど。というかなぜにシリウスを連れて狩りに行かなきゃいけないんだ? 


 シリウスが進化しないように決めたのに。なんでその邪魔をするようなことをライコウ様は言われたのか。俺にはわからない。わからないけれど、ライコウ様は一度決められたことをそう簡単に覆すような人じゃなかった。


 俺にできることは、ただ頷くことだけだった。そうして俺はシリウスと一緒に狩りに出ることになった。愛娘と一緒に初めての狩り。いったいどうなることやら。わずかな不安を胸に抱きながら、俺たちは近くの森へと向かって行った。

 前夜祭はこれにて終了です。

 続きは今夜十二時からです。

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