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Act4-78 痛み、胸を穿つ

 今週も諸事情につき、一話更新になります。ご了承ください。

 ひどい罪悪感だった。


「円空の間」を出るまでは、わずかに罪悪感があった程度だったけれど、徐々にその罪悪感は増していった。気付いたときには、呼吸をすることさえ辛いほどに罪悪感が俺の心を包み込んでいた。


 アルトリアは泣きじゃくっていた。泣きじゃくりながら、アイリスのことを話していく。さっきまでであれば、どんなに俺が問い詰めたとしてもアルトリアは言わなかっただろう。


 でもシリウスのことで堰は壊れてしまったみたいだ。そうなるとわかったうえで、俺は作り話をした。シリウスは決して希望を「まま上」と呼んではいない。希望のことは「まま」と呼び続けている。「まま上」はいまもアルトリアのままだ。


 普段のアルトリアであれば、決して通用しない手段だった。でもいまのアルトリアには通じる。それだけアルトリアの心を揺さぶったからね。決して褒められた手段ではなかったけど。


 正直最低だとは思うよ。それでも俺は知りたかった。アルトリアとアイリスとの繋がりを。そしてアイリスとリースは同一人物なのか。そしてふたりはいったいどんな存在なのかを俺は知りたかった。だからこそ一芝居を打った。


 たったそれだけのこと。でもそれだけのことが胸を痛めていく。


 人を騙すためには、すべてで嘘を吐いてはいけない。


 真実を入り交えた嘘を吐くことで、はじめて人を騙すことができる。それは和樹兄に教えてもらったことだった。


「あまり褒められた内容ではないが、真実を入り交わらせた嘘を言えばたいていの人は騙すことができる。忘れてほしいことでもあるが、一応憶えておけ」


 和樹兄はそう言った。その教えがこうして役に立った。ただこの胸の痛みだけはどうしようもなかった。その分だけ情報を得ることができた。


「へぇ、姉妹だったんだ?」


「はい、私とアイリスは姉妹です。私が姉で、あの子は妹になります。腹違いの妹ではありますが、私にとっては唯一無二のかわいい妹です」


 アルトリアは縋るような目をしている。実際こうして大切な妹の情報をリークするということは、それだけ俺に捨てられたくないってことだ。


 それだけ正妻の座を取り戻したいと思っているということだ。


 ……胸が痛む。こんなことをさせたところで、もう覆ることはない。


 体よく利用しているだけ。それはきっとアルトリアもわかっている。


 わかっていても、取り戻したいんだろう。自分の居場所を。希望から奪う形で得た場所を取り戻したいんだろうね。その姿からは必死さしかない。たぶんアルトリアが言っていることは本当のことだ。


 だけどどこまで本当のことなのかはわからない。


 俺自身アルトリアに「シリウスは希望を「まま上」と呼んでいる」と嘘を吐いた。


 最後の心の拠り所だったシリウスを使って、アルトリアから平常心を奪い取った。


 だからアルトリアはこうして事実を、隠してきたことを口にしている。


 でも口にしたすべてが事実とは限らない。俺自身がしたことなのだから、アルトリアだってしてもおかしくはない。そう考えると、アルトリアが語っていることにどこまで信ぴょう性があるのかはわからない。


 ただアイリスがアルトリアの妹であることは、たぶん間違いない。


 アイリスのことを語るアルトリアは悲しそうだった。


 たぶんそれは妹のことを、隠してきたアイリスとの関係性を話してしまったことで、妹であるアイリスへの申し訳なさが表情に出てしまっているんだろう。……それが演技でなければ。


 情報を引き出すことはできた。けれど同時にどこまで信じられるかという問題も同時に浮上してしまっている。結果は芳しくないとしか言いようがない。


 けれどなにも情報がなかったことを踏まえれば、だいぶ前進だ。そうさ、前進している。そう考えなければやっていられない。


 でなければ、アルトリアを傷つけた意味がない。この子の涙がなんの意味もなくなってしまう。


 意味を持たせるためにも、前進していると思わなきゃいけない。


 前進しなければ、アルトリアの涙が意味のないものになってしまう。だからこそ、この情報を有意義に使わなければならない。


「──アイリスは冷静な子です。冷静に必要なものと不要なものを切り分けられる子です。だから「蒼炎の獅子」に、正確にはラスティ所長に近づいたのだと思います。「獅子の王国」を転覆させるために」


「……なんでわざわざ平和な国を転覆させなきゃいけないんだ? そもそもそんなことをしてもなんの意味があるんだ?」


「……お父様の目的に邪魔だからです。「獅子の王国」だけではなく、「魔大陸」の七国が。正確には「七王」たちが全員邪魔なのです。だから私は、私たちは」


 アルトリアが震えている。アイリスのことを話すときとは違い、自分たちの目的を話すのにかなりためらいがある。


 聞くべきではないのかもしれない。アルトリアの背後には、得体の知れないなにかがいるように思えてならなかった。


 そのなにかの正体を知るべきではない。危険だと冷静な俺が叫んでいた。……ここまでにするべきだ。


「……目的のことはもういい。いずれ教えてくれればそれでいいよ。いまはアイリスのことだけでいい」


「はい。アイリスはおそらく幻術を用いてラスティ所長を意のままに操っています。ラスティ所長はそのことには気づいていないでしょう。アイリス、いえリースと体の関係を持っていると思わされているはず。あの子のいつもの手段ですし」


 目的のことを話さなくていいと言われて、アルトリアは明らかに安堵した顔になった。


 その安堵からなのか、聞いてもいないアイリスのやり口を話し始めてくれた。


 意のままに操っているという気にはなれない。


 だが、誘導していることには変わりない。吐き気がする。俺自身がしていることに吐き気を催す。


 でも、しなければならないことなんだ。


 吐き気に耐えながら続きを促すと、アルトリアは嬉しそうに笑っていた。


 話せば話すほど、自分が正妻の座に返り咲くと思っているんだと思う。


 ……胸が痛い。俺も泣きそうだよ。泣きたくて仕方がないよ。


 だけど、俺は耐えなきゃいけない。自分の罪から目を背けてはいけない。


 それがいま俺のなさなければならないことなんだ。


「アイリスの狙いはお父様の目的通りの国家転覆です。国家転覆を謀るのに、ラスティ所長はちょうどいい駒だと思ったのだと思います。もしくはそれさえもお父様の指示かもしれません」


「駒、ね」


 あまり好きじゃないな、そういう考えは。


 でも俺も人のことは言えない、か。


 俺だってアルトリアをいいように使っていた。


 アルトリアから情報を引き出すために、アルトリアを騙している。だから俺も人のことは言えない。俺も唾棄すべき人間だった。


 だから俺がアイリスとお父様を批難することはできない。する資格が俺にはなかった。


「……もういいですか?」


 恐る恐るとアルトリアが尋ねてくる。これ以上は聞かれたくないことなのかもしれない。


 それにいまはこれ以上聞くこともない。とりあえずここまででいい。


「もういいよ」


「では、これで私が正妻ですよね?」


 アルトリアは期待に満ちた顔をしていた。


 俺はなにも言わずにアルトリアを抱き締めると、唇を奪った。


 アルトリアは嬉しそうに俺の背中に腕を回している。触れ合うだけのキスでも十分に嬉しそうだった。


「……よろしくな」


「はい」


 アルトリアは幸せそうに笑っている。その笑顔を見ても胸は高鳴ることはない。


 ただ悲しみが胸を抉る。抉られる痛みを感じながらも、俺はアルトリアの唇を奪った。触れ合うだけのキスは何度しても悲しみしか感じられなかった。

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