Act4-45 「蒼獅」
「それじゃ香恋ちゃんはここを使ってね」
ガルーダ様に案内されたのは、「炎翼殿」の一室だった。
部屋自体はそこまで大きくはないが、ひとりで過ごすには十分すぎるほどの広さがある。
ガルーダ様が言うには面倒だからということで全員の部屋を同じ大きさにしてくれたみたいだ。
というのも「炎翼殿」はそもそもガルーダ様の社殿でありつつ、ガルーダ様の家でもある。
しかも「炎翼殿」はその立地的な条件のため、参拝者どころか常駐してガルーダ様のお世話や「炎翼殿」の維持管理をする人材さえもいない。
となれば、当然部屋なんてガルーダ様が必要な分しかないわけであり、そしてその数は今日「炎翼殿」に来たメンバーの数では、ひとり一部屋どころか三人ひと部屋でも足りないほどの部屋しかなかった。そう、いままでは。
ガルーダ様は「炎翼殿」がご自宅ゆえに、神獣様の権限をフルに活用し、「炎翼殿」を勝手にリフォームしてしまったんだ。その結果ひとり一部屋で泊まれるほどに部屋を増やしてくれた。
ただ部屋の大きさをそれぞれに変えるのは面倒ってことで、みんな同じ大きさの部屋にしてしまったということだった。
例外はサラ様のお部屋くらいかな? 聞けばガルーダ様の居室よりもはるかに広くて大きな部屋を用意されていたもの。
「こ、これでいかがでしょうか? サラ様」
手を揉みながらガルーダ様はサラ様にすり寄っていた。なんだか悪代官に賄賂を渡している悪徳商人っぽい気がしたよ。
サラ様はため息混じりにこれでいいと言われたからよかったけれど。ダメだと言ったら、ガルーダ様はどれくらいの大きさの部屋を用意されたんだろうね。ちょっと怖くて聞けない。
「ふふふ、どうだい香恋ちゃん? このくらいの部屋であれば君も過ごしやすいだろう?」
にこにこと笑いながらガルーダ様は胸を張っていた。
見た目は褐色ロリで、スタイルもやはりロリなのだけど、それでも俺よりも胸があるという事実。
俺は神に嫌われているのかな。そう思ってしまうくらいには俺の胸には膨らみなんてものは存在しない。
なのにガルーダ様にはある。そう、わずかながらに膨らみがある。
これはいったいどういう了見だろうか?
そもそもなぜ俺には膨らみがないんだ? ちくせう。
「……なぜに君は血の涙を流しながら、私の胸を凝視しているのかな? いまの状態だと胸はないはずなんだが」
ガルーダ様は困惑していた。困惑しながら、頬を掻かれている。
まぁ、無理もないよね。あきらかなロリボディーを凝視しながら血涙するなんて、そうそう経験するはずもないことだもの。
「気のせいですよ」
「いや、気のせいではないよね? 君現在進行形で血涙しているよ? いったいなんで──あ」
ガルーダ様の視線が俺の一点に集中している。上半身の一点に集中しているのがわかる。
ガルーダ様はなにも言わない。というか気の毒そうに俺を見つめると、そっと肩に手を置いてくれた。
「……まぁ、その、なんだ。大きさが人生を左右することなんてそうそう起こりえないから、気にしなくてもいいと思うよ」
「……それは持てる者ゆえの余裕で?」
「え? いや、どこをどう見たら私のこれがあると?」
「少なくとも俺よりかは」
「ま、まぁ、それはたしかだけどさ。世間一般的に言ったら、普通に貧乳だぜ、これ?」
「……無乳よりましじゃないっすか」
「あ、はい。ごめんなさい」
ガルーダ様が平謝りをした。なんで平謝りなんてするのか、カレンちゃんぜんぜんわからないなぁ~、あはははは。
……やめよう、地味に胸が痛い。成長痛であれば嬉しいけれど、成長痛なんていままで一度もなかったもんね!
「そこまで気にしなくてもいいと思うんだけどな。だってアミティ―ユは結構あるだろう? あの血を引いているんだから、将来はそれこそばいんばいんに」
「ならないですよ。だって俺もう十五歳だし」
「……せ、成長期は人それぞれであってだね」
「聞き飽きましたよ、そんな戯言」
「……き、希望を持とうぜ?」
「希望を持とうにも、嫁が年齢を経るごとにどんどんと巨大化していくのを間近で見ながら、まったく成長の兆しが見えなかった俺ですが?」
ガルーダ様の励ましをひと言で返していく。そのたびにガルーダ様の言葉が詰まっていく。
普通に考えれば不敬者と言われてもおかしくない行為だろうに、ガルーダ様はなにも言わない。
むしろ励ましの言葉をどうにか考えてくれているみたいだった。
その気持ちは素直に嬉しい。でも励まされたところで結果は変わらないのですよ。
「ま、まぁ、気にするなよ! 君自身はなくても、希望ちゃんとエンヴィーちゃんという巨乳なお嫁さんがいるじゃないか!」
最終的にガルーダ様はそう励ましてくれた。でもそれは決して励ましではないと俺は思うのです。言ったところで意味はないんだろうけどね。
「……そうですね。胸が恋しくなったら、嫁の胸でも堪能します」
「お、おう。その意気だよ」
若干ガルーダ様の表情が引きつっているように見える。
でも他人のことを気にしている余裕がいまの俺にはありません。もう何度思ったかもわからないことだけど、俺にはなんで胸が──。
「「旦那さま」って、本当におっぱい好きなんだね。ノゾミやレアさまのだけでは足らずに、自分のものまで求めているの? それにしてはぜんぜんないみたいだけど?」
胸にぐさりと来ました。思わずその場で蹲ってしまいそうなレベルの一撃が深々と胸に突き刺さっていく。ぺったんこですけどね!?
「こ、こら! いきなりそういうことを言ったら、かわいそうだろう!?」
ガルーダ様が注意をしている。でも注意をされているカルディアは不思議そうに首を傾げるだけだった。
「くぅん?」
理解できないというようにカルディアが鳴きながら部屋に入って来る。
入っていいとは言っていないんだが。それと泣きたいのは俺だよ!
「……香恋ちゃんは大変だな。まぁ私にはさほど関係はないがね」
カルディアのフリーダムっぷりにガルーダ様が同情のまなざしを向けてくれる。
やめて。同情しないで! と俺が言うよりも早くガルーダ様は、カルディアと入れ替わるように外に出て行かれた。
「あとは若い者同士でごゆっくり」
にやりと口角を上げてガルーダ様が笑って、ドアを閉めていく。
あれは完全に揶揄しているね。大方、俺がカルディアを呼んでいたとか思っているに違いないよ!
はっ、誰があなたの思惑通りに──。
「うんしょ」
……うん? おかしいな?
カルディアさんが服を脱ぎ始めたような?
上着を脱いだら希望と遜色ないレベルのブツが、インナー越しにふるりと震えましたよ?
あははは、まさかね?
まさか、そんなことがあるわけなかろうに。
うん、マグマに囲まれながらの登山をして疲れているのかもしれないね。
よし、まずは深呼吸を──。
「よいしょ、と」
……インナーさえも脱ぎ捨てて、希望と遜色ないレベルのブツがまた震えています。
えらく肌色が映えますね。なにせ下着ががががが。って!?
「下着は!?」
インナーの下にあるはずの下着がないんですけど!?
おかげで目の前が肌色に染まっています! 眼福ですね、って違う!
「そもそもなぜに服を──」
「くぅん? 子作りするからだよ?」
「だから、俺には物体Xはねえ!」
なぜにみんなわかってくれないんだ!?
どうしてみんな俺に物体Xがあるという前提で話を進めるのよ!? 意味わからん!
「いいじゃん。最後の思い出にはなるよ?」
「なにを言って──」
言い掛けたとき、カルディアが腕を振り抜いてきた。
手にはカルディアの得物である双剣のひとつがすでに握られていた。
とっさに黒天狼で防いだ。防いだけど──。
「あ、れ?」
視界が回っている。立ちくらみなのか? こんな時に?
「くぅん。水は苦手だけど、うまく行ったかな?」
カルディアが笑っている。見ればカルディアの手が、剣を握っていない手が俺の肩に触れていた。
「「旦那さま」の技、面白いよね。まさか水属性を付与させるだけで、行動不能にさせられるんだもの。おかけで──」
獅子王を殺す算段が立てられたよ。ありがとうね。
カルディアが笑いながら言った。言われた意味を理解できない。なんでプライドさんを──。
「まさか」
「くぅん。「旦那さま」って勘がいいね。「あの子」が言っていた通りだよ。最初にターゲットにして正解だった。私たちの邪魔になるから、始末した方がいいって言われていたけど、うん、正解だったよ」
「……「蒼炎の獅子」か」
「正解。でも私の正体まではわからないよね?」
「正体?」
まずい。意識がうまく保てない。このままじゃ──。
「私が「蒼獅」だよ、まぬけな「旦那さま」」
「な!?」
カルディアが「蒼獅」? でもモーレはたしか白髪の爺さんだって──。
「深く語る気はないよ。じゃあね、「旦那さま」」
カルディアは笑っていた。笑いながら剣を振り抜いてくる。迫りくる剣を見つめることしか俺にはできなかった。




