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Act4-46 偽物と本物

 恒例の二話更新です。

 まずは一話目です。

「起きなよ」


 声とともに水を掛けられた。


 えらく冷たい水だった。


「聞こえないの?」


 腹部に衝撃が走る。まぶたが開いた。むせながら、辺りを見回すと──。


「やっほ、おはよう、「旦那さま」」


「……カルディア」


 俺を見下ろすカルディアがいた。その背後には黒い鉄格子が見える。どこかの牢屋みたいだ。


「星の小人亭」の地下よりかはましだけど、あまり清潔とは言えない。


 そんな牢屋の床に俺は両手を後ろで縛られる形で転がされている。


 カルディアは相変わらず、なにを考えているのかわからない。


 ただ俺を見下ろす目にはいくらかの感情が見える。


 一番大きなものは怒り。でもそれ以外の感情はよくわからない。怒りの感情だけははっきりと見て取れた。


 でも怒りの感情は俺に対してのものではなさそうだ。別の誰か、おそらくはプライドさんへと向けたものなんだろう。


「ここはどこだぁ~とか、俺になにをするんだぁ~とかは言わないんだ?」


 しゃがみ込みながら、カルディアは俺の頬を人差し指で突いてくる。口調はつまらなそうだ。でも表情だけは変わらない。


「……言えば答えてくれるの?」


「ある程度ならいいよ? ちなみにここは「蒼炎の獅子」のアジト。場所は教えてあげないけどね」


「……脱走なんてされたら堪ったものじゃないもんな」


「脱走なんてできると思っているの? 面白いことを言うね、「旦那さま」ってば」


 くすくすとカルディアは笑っていた。まるでお前はここで一生過ごすことになると言っているみたいだ。


 実際カルディアは俺をここから出すつもりはないんだろうな。むしろ出してしまえば、脱走を促すようなものだった。


「で? 聞きたいことはあるの?」


「「旦那さま」と言っていたのは、俺を油断させるためか?」


「そうだよ。もしかして本当に惚れていると思った?」


 カルディアは笑っている。笑っているけれど、いくら様子がおかしいように思える。


 本当に笑っているという風には見えない。けれど表面上は笑っている。それがどういうことなのかはまだわからない。というかまだ判断できない。


 そもそも本当のことを話すとまでは言っていないんだ。言われた言葉のすべてが事実だとは考えないほうがいいかもしれない。


「別に。君が俺を本当に好きなのかはわからなかったし。でも狼の獣人の結婚のことはたぶん本当だろう?」


「そうだね。それは事実だよ。私が嫁入りする条件をあなたは満たしている。それだけは本当だね」


「そっか」


「安心した?」


 カルディアが口角をあげて笑う。それだけではどういう意味なのかは、まだわからない。とりあえず、このことはもういい。さして重要なことでもない。それ以上に聞きたいことがあった。


「……もうひとつだけ」


「なぁに? 答えられることなら答えてあげるよ? 「旦那さま」の頼みであればね」


「……シリウスへの態度は全部嘘なのか? あの子を娘と言ってくれた君の言葉は嘘だったのか? あの子を諌めるためにしてくれたことはすべて嘘だったのか?」


 俺に対する想いがすべて嘘だというのはいい。それ自体は大して問題ではない。母神さまからの天罰だと思えばいいだけだ。


 だけどシリウスへと向けた言葉を。あの子を娘だと言ってくれたこと、あの子をかわいがってくれたこと、あの子を諌めようとしてくれたこと。そのすべてが嘘であってほしくなかった。あの子が泣くようなことにはなってほしくなかった。


「……それを知ってどうするの?」


 カルディアはわずかに顔を歪めていた。ここに来て、笑顔以外の感情がはっきりと表情に出ていた。それだけカルディアがシリウスを想ってくれているという証拠だった。


「あの子が泣くようなことはしてほしくなかった。あの子が泣く姿を俺は見たくなかった。少し前に泣いているのを見たばっかりなんだ。短期間で二度も見たくないよ、娘が泣きじゃくるところなんてさ」


 カルディアは口を閉ざした。軽口を叩けばいいのに、一切なにも言おうとしない。シリウスのことに関してだけは、カルディアはなにも言えなくなっている。それが答えだった。


「カルディアもあの子をちゃんと愛してくれていたんだね」


 ほっと一息を吐いた。同時にカルディアが舌打ち混じりに俺の腹を思いっきり蹴ってきた。胃の中のものが逆流するかと思うくらいに、その一撃は重く、そして痛かった。思わずその場で咽てしまう。


「調子に乗るな、カレン・ズッキー。その気になれば私はおまえを殺せる。ここに連れてきたのだって、利用価値があるからであって」


「へぇ。始末するとか言っていたのにか? えらく簡単に掌を返すね?」


「……気が変わっただけ」


「そう。物は言いようだね」


「……調子に乗るな、って言ったばかりだけど?」


 再び腹を蹴られた。水属性を付与されたのか、体が揺れる。うまく体を動かせなくなってしまう。


「おまえもシリウスも私にとってはただの道具だ。それ以上でもそれ以下でもないんだ」


 カルディアがまた腹を蹴ってくる。水属性を付与させたまま、何度も何度も腹を蹴り続けて来る。


 それはまるで自身に芽生えたものを認めたくないと言っているかのように。何度も何度も俺の腹を蹴り続けた。


「……本当に道具と思っているのかな? 少なくとも俺はそうだったとしても、シリウスには」


「うるさい!」


 叫びながら、カルディアが顔を踏みつけてきた。口の中に土の味が広がっていく。


 すでに血の味がしていいたから、土の味が増えたところでいまさらではあるのだけど。


「……シリウスに対してだけは、素の君だったんじゃないの?」


「黙れ」


「シリウスのことを本当に愛してくれたんだろう? ほんの少しの間だけど、あの子を娘として愛してくれていたんだろう?」


「黙れよ」


「はっきりと言おうか? 俺の目にはシリウスと接しているときの君は、とても優しく穏やかに見えた。あの子を心の底から愛してくれているように見えた。それこそ本当の母親のように──」


「黙れと言っている!」


 カルディアが叫びながら、俺の顔を蹴ってきた。血が、溜まっていた血が宙に舞う。体が少し浮き、二、三度バウンドしてから着地した。


 着地した地面が紅く染まっていく。ヤバいくらいに痛い。


 全身がまるで動いてくれない。水属性を付与させた一撃を食らうってこういうことなんだね。


 チンピラ相手によく使っているけれど、今後は控えた方がいいかな? 人の振り見て我が振り直せとは言うけれど、まさかその言葉をこんなところで痛感させられるとは思ってもみなかったよ。


 うん、もうちょっと優しくぼこぼこにすることにしようかな。優しくぼこぼこにするとかどうやるのかと自分でも思うけどね。


 しっかし顔を蹴られるってすごく痛いんだね。カレンちゃん、泣きそうですわ。


 まぁ、カルディアが手加減してくれたからだろうけどね。


 カルディアは顔を蹴ってきたけど、途中でつま先が地面に触れていた。


 地面に触れたことでかなり威力が減った。まぁそれでも顔を蹴られた以上は痛かったし、その分派手な一撃にはなったね。


 もっともあくまでも派手に見えただけであり、減衰することなく蹴られていたら、たぶん気を失っていただろうね。それがこうして気絶することなく、血を吐くだけで済んだのだから僥倖と言えるのかな?


「これに懲りたら、調子に乗るなよ。次調子に乗ったら殺してやる」


 カルディアは肩を上気させていた。これくらいのことで息切れするような子ではない。


 それだけの負荷がかかったんだ。どこになのかは言うまでもないね。


「……楽しみにしているよ」


「貴様ぁっ!」


 カルディアの目が怒りに染まる。同時にカルディアの体から蒼い光が、いや蒼く揺れる炎が現れた。


 蒼い炎を纏いながら、カルディアは俺の顏をまた蹴り飛ばそうと──。


「そこまでにしてください、頭領」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 続きは二十時になります。

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