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Act2-52 ニセモノ

 本日四話目です。

 またまたアルトリア視点ですね。


 シリウスちゃんは怖い顔をしていた。


 いままで見たことがないくらいに怖い顔をしていた。


 まだこの子が人化の術が使えるようになって一か月も経っていないけれど、その間でも見たことがないくらいに怖い顔だった。まるで──。


「まま上、ノゾミままを離して」


 シリウスちゃんは私が掴んでいるソレを見つめている。


 怖い顔をしているのに、ソレを見る目はとても穏やかだった。


 ソレが息をしているのがわかっているからだろう。


 ただやはり聞きたくない言葉が聞こえる。


「まま」という言葉が。


 それは「まま」は私だけの呼び名のはずなのに、なぜアマミノゾミに対して使っているのかが私にはわからなかった。


 昨日の夜も散々言ったはずなのに。


「まま」は私だけなんだよって。


 私以外に使っちゃいけないんだよって。


 そう何度も教えてあげたのに。


 なんでシリウスちゃんは聞いてくれないんだろう。


 あんなにも聞き分けがよかった。


 私の言うことはなんでも聞いてくれた、いい子だったのに。


 なんで急に私の言うことに反発する悪い子になってしまったんだろう。


 そんなわがままを言う子じゃなかったはずだったのに。


「……なんで? だってこの女はぱぱ上を誑かして、まま上からシリウスちゃんまで奪い取ろうとしているんだよ? そんな女は殺されて当然じゃないかな? ああ、そうか。シリウスちゃん、この女に操られちゃっているんだね? 安心していいよ。いますぐまま上がこの女を殺して正気に戻してあげるからね」


 考えられるのは、アマミノゾミが「旦那さま」が眠っているすきにシリウスちゃんを操ったということ。


 いや違う。


 アマミノゾミは「旦那さま」も操っているに違いない。


 そうだ。


「旦那さま」を自分の思う通りに操っているだけ。


 まるで「旦那さま」をモノのように扱っているに違いない。


 その毒牙を今度はシリウスちゃんにまで伸ばしたに違ない。


 許せない。


 許しがたい。


 そんな非道なことをするような女は死んで当然だった。


 この女が死ねばシリウスちゃんも、そして「旦那さま」もきっと元通りになる。


 いままで通りの家族に戻れる。


 そうだ。


 私は「旦那さま」の新しい家族なんだ。


 だからその家族をばらばらにしようとする輩には容赦しないのも当然だ。


 そうだ。


 私から家族を奪おうとするこの女が悪い。


 すべてこの女が、アマミノゾミが生きているのがいけない。


 そうだ。


 この女が死ねば。


 この女さえ死ねば、全部元通りになる。


 全部私の思い描く未来の通りになるはずなんだ。


 そのためにはお前はいらない。


 お前はいらない女だ。


 だから死ね。


 死ね! アマミノゾミ!


 憎い女の首を絞めていく。


 窒息死なんて生ぬるいことはしない。


 首の骨を折ってやる。


 その後は背骨ごと首を引きずり出して飾ってやる。


「旦那さま」もシリウスちゃんもきっと気に入ってくれる「オブジェ」の出来上がり。


 題名は「身の程知らずの最期」がいい。


 あははは、お似合いだ。


 お前にはお似合いの姿だ。


 あは、あはははは!


 心の中で笑いながら、「オブジェ」を作り出すために素材の首をへし折りにかかった、そのときだった。


「気安く呼ばないで」


 聞こえてきた言葉。その意味を理解することができなかった。


 なにをいま言われたのかな。


 言われた意味がわからない。


 理解したくなかった。


 へし折るための力が一気に抜けていく。


 いまの声は誰のもの? 


 考えるまでもないのに。


 いまこの場にいるのは四人だけ。


 そのうちのふたりである「旦那さま」は声さえも出ないほどに抑えつけている。


 アマミノゾミは首をへし折られかけているのに喋れるわけもない。


 そうなれば残るのはひとりだけ。


 でもそれはありえないこと。


 だっていままでそんなことを言われたこともなかった。


 なにかあればすぐに甘えてくれて、いつも元気に尻尾をぶんぶんと振っていて、いつもかわいい笑顔を浮かべてくれている。


 だからそんなことを言うはずがない。


 あの子が、シリウスちゃんがそんなことを言うはずがない。


 でも現実はすごく非情だった。


「気安く呼ぶなって言ったの。いまのまま上に、いまのあなたにシリウスは名前を呼ばれたくない」


 拒絶。


 はじめての拒絶。


「まま上」ではなく、「あなた」と呼ばれた。


「おまえ」でないだけまだましかもしれないと思うだけの冷静さがあったことに驚いた。


 でもそんな冷静さもすぐに吹き飛んでいた。


 アマミノゾミの首から手を離し、シリウスちゃんに駆け寄った。


「旦那さま」への戒めが解けてしまっていたが、いまはどうでもいい。


 いま大事なのはシリウスちゃんに話を聞くこと。


 どうしてそんなひどいことを私に言うのか、その真意を確かめることなのだから。


「な、なにを言っているの? まま上だよ? シリウスちゃんの大好きなまま上だよ?」


 シリウスちゃんの両肩を掴んだ。


 目線を合わせながら、話しかける。


 その際シリウスちゃんの体がわずかに震えていた。


 目にもほんの少しだけ恐怖の色に染まっている。


 いまのはなに? 


 なんで震えたの? 


 なにを怖がっているの? 


 怖いものなんて、シリウスちゃんの苦手なオバケはいないのに。


 なんで怖がっているの? 


 誰を見て怖がっているの? 


 シリウスちゃんの目に映っているのは私なのに、あなたの大好きなまま上なのに。


 なぜ怖がっているの?


「シリウスはまま上が大好きだよ。でも同じくらいにノゾミままも大好きだもの」


「なんで? だってあの女とは昨日会ったばかりじゃない。私は一か月以上シリウスちゃんと一緒にいる。たった一晩一緒に寝ただけの女と私が同じなんてあるわけが」


 シリウスちゃんの言っている言葉が理解できない。


 あの女と私が同じ? 


 私と同じくらいにあの女が好き? 


 意味がわからない。


 たった一晩一緒にいただけの女と私が同じ?


 たった一晩であの女は私の大切な娘の心に住み着いたというの? 


 私と同じくらいに懐かせたというの? 


 ふざけるなよ。


 そんなことがあっていいわけがない。


 私はシリウスちゃんを愛している。


 一晩一緒にいただけの女じゃ抱きようがない感情をこの子に向けている。


 だってシリウスちゃんは私と「旦那さま」の娘だ。


 私が産んだわけじゃない。


 でも実の娘のように思っている。


 とても大切な私の娘なんだ。


「旦那さま」を取られてしまったとしても、この子までも取られてたまるものか! 


 そんな私の想いとは裏腹にシリウスちゃんは続けた。


 その顔は強い決意に染まっている。


「時間は関係ないもん。ノゾミままはすごく優しかったもん。まま上と同じくらいに優しくて、温かくていい匂いがしたもん。そんなノゾミままがシリウスは大好きだもん」


 時間は関係ない。


 ひどい皮肉。


「刻」の名を冠する私に対しての最大の皮肉だった。


 でもシリウスちゃんは知らない。


 だから無理もない。


 それでもシリウスちゃんの言い分に私は、自分でも情けなくなるくらいに縋っていた。


「し、シリウスちゃんはどっちの味方なの? まま上は私で、あの女は」


「ノゾミままも「まま」だもん。シリウスはノゾミままにもままになってほしい。だからままって言っているの。ノゾミままもままになってくれると言ってくれた。だからままって呼んでいるの」


 シリウスちゃんは決意に染まった目を向けている。


 私の言い分を聞いてくれない。


 それどころか私を否定しようとしている。


 そんなにもあの女がいいの? 


 あの女の方が「まま」にふさわしいと思っているの? 


 もう私はいらないの? 


 そんなの、そんなの許せるか!


「そんなのまま上は許さないよ!? シリウスちゃんのままは」


「まま上に許してもらわなくてもいい。シリウスは勝手に呼ぶだけだもん」


 シリウスちゃんはまっすぐに私を見つめて言った。


 私の言い分を聞いてくれない。


 私を「まま」と認めてくれない。


 違う。


 こんなわがままを言う子じゃない。


 シリウスちゃんはこんなわがままを言う子じゃない。


 そうだ。


 こんな子は。


 こんなわがままを言う子が──。


「わ、わがままを言わないの!」


 私の大切なシリウスちゃんのわけがない! 


 こんな子は偽物だ! 


 私は躊躇いなく偽物のシリウスちゃんに向かって手をあげた。


 右手を振り下ろした、そのとき。


「シリウスちゃん!」


 あの女が、アマミノゾミが偽物のシリウスちゃんを庇った。


 ノゾミまま、と偽物のシリウスちゃんがさも本物ように振る舞うなか、あの女は言った。


「大丈夫? シリウスちゃん」


 唇の端から血を流しながら、あの女は笑った。


 不覚にもその笑顔は、その姿はお母さまの姿と重なって見えてしまった。

 続きは十二時になります。

 今日のお昼は焼カレー←ヲイ

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