Act2‐51 歪み
本日三話目です。
引き続きアルトリア視点となります。
アマミノゾミ。
「旦那さま」であるスズキカレンの幼なじみにして、選ばれた女。
「旦那さま」と結ばれることが決定づけられているメス。
お父さまにはアマミノゾミが現れたら、どんな理由を使ってでもいいから任務を放棄して帰還せよと言われていた。
お父さまがそこまで危険視する相手だから、どんな女だかと思っていたが、実際に会ってみればなんのこともない、ただ胸がでかいだけの女でしかなかった。
だけどその胸がでかいだけの女に私は、私の在りようをすべて奪われてしまっていた。
「旦那さま」からの愛情はもちろんシリウスちゃんからの思慕もまた。
すべて、私が欲していたすべてをあの女は一瞬で奪い去った。
許せるわけがない。
それらを得るために私がどんな想いをしてきたのか。
それを知らないであろうあの女に、私のすべてを奪われるわけにはいかない。
しかしどんなに対抗しようとしても、すべて無駄だった。
「旦那さま」はあの女だけを見ている。
実際昨日の晩、ふと夜中に目覚めたとき、私は死にたくなるような現実を突きつけられた。
喉が渇いていたから冷蔵庫に飲み物を取りに行ったとき、うっすらと「旦那さま」たちが使っている寝室のドアが開いていた。
興味本位で覗いたことを後悔している。
なにせドアの向こう側では「旦那さま」とあの女が仲睦まじくキスをしていたのだから。
私だって一度しかしていないのに。
それも私から強引にしただけだったのに、あの女は自分からはもちろん「旦那さま」からもキスをされていた。
もしシリウスちゃんがいなければ、シリウスちゃんがあの女と一緒に寝たいとわがままを言わなければ、きっとあの女を「旦那さま」は抱かれていただろう。
そう思うくらいに「旦那さま」とあの女の行為はとても情熱的だった。
正直よく叫び出さなかったなと思う。
取り乱すこともなく、私は静かに寝室に戻った。
その足取りはいま思い出しても負け犬のそれとなんら変わらない。
そうだ。私は負けた。
たった一晩でそれを痛感させられた。
私はなにをしてもあの女には勝てない。
料理も掃除も「旦那さま」への理解度もシリウスちゃんからの思慕も、そして「旦那さま」からの寵愛も。
すべてあの女には、アマミノゾミには敵わない。
アマミノゾミがいるかぎり、私は二番目の女にしかなれない。
キープされるだけの女にしかなれない。
アマミノゾミと結ばれなかったときのための保険でしかない。
そんな存在においやられていくのがはっきりと理解できてしまった。
でもそれは逆を言えば、アマミノゾミさえいなければ、私は「旦那さま」の一番になれる。
そう、アマミノゾミを殺せば。
「旦那さま」に気付かれないように始末すれば、私が一番になれる。
死体はどうとでもできる。
私の能力を使えば、鮮度を保ったまま保管できる。
そうすればアリアに食べてもらえばいい。
アリアが食い殺したあの冒険者のように。
だからあの女が朝食の準備をしているのを黙って見つめていた。
隙を伺い、殺せる瞬間を狙っていた。
そう狙っていたのに、「旦那さま」が寝室から出てきてしまった。
昨日からあの女の方に運は転がっていた。
まるであの女を殺させないようにと母神が邪魔をしているかのように。
いやおそらくはそうなのだろう。
あの女を母神はそんなにも殺させたくないのだろう。
苛立たしさを感じつつも、どうにか隙を伺っている私に、あの女は格の差を見せつけてくれた。
「おはよう、香恋」
馴れ馴れしくあの女は「旦那さま」に返事をしていた。
「旦那さま」も私に声を掛ける以上にとても穏やかで優しいお顔をされていた。
それだけならまだいい。
でも「旦那さま」はあの女が卑しく笑う姿を見て、顔を赤くされていた。
魔眼の影響下に少なからずあるにも関わらず、あの女に見とれていた。
ひどい敗北感だった。
昨日の夜中に見せつけられた光景にも感じたけれど、なんでもない光景だからこそより一層敗北感はひどいものだった。
まるで「魅了の魔眼なんて使う必要もない」と言われてしまっているみたい。
信じられないことに、あの女は魔眼を使わずに「旦那さま」の心に自身を刻み込んでいた。
それが幼なじみゆえのものなのか、それともあの女だからこそできることなのかは判断がつかなかった。
判断がつかないまま、あの女と「旦那さま」はピロートークばりな会話を交わしていく。
頭がおかしくなりそうだった。
「──それとも香恋は最後までできなかったのを気にしているの?」
なかでもそのひと言は私にトドメを刺すのに十分すぎる言葉だった。
「旦那さま」の反応は劇的で、とても慌てていらした。
飲み物を飲んでいたら確実に噴かれていたはず。
それくらいに「旦那さま」は慌てていた。
その姿も私には愛おしい。
けれど「旦那さま」が見ているのは私じゃない。
アマミノゾミというアバズレを見ておられている。
「──それとも香恋は嫌かな? 私とそういうことをするのは」
その言葉はまさにアバズレのひと言がお似合いなもの。
その女の本性はそんなものですよ。
どうせ誰にでも抱かれるんですよと言ってあげたかった。
ほかならぬ「旦那さま」自身に。
その女の演技に騙されつつある「旦那さま」の目を醒まさせるためにそう言ってあげたかった。
けれど「旦那さま」はいままでになく慌てるだけで、なにも仰らなかった。
気持ち悪いことを言うなとも、アバズレがなにを言っているんだとも言わずに、ただ慌てるだけ。
そんな「旦那さま」をあの女は慈愛に満ちた表情で見つめていた。
それ以上は見ていられなかった。
我慢できなかった。
気づいた時には飛び出していた。
あの女と対峙した。
その結果、「旦那さま」が魅了の魔眼の影響下にあったことを知っていたというのを知った。
ほかならぬあの女の口でだ。
それはつまり「旦那さま」があの女にそれを話したということ。
そのとき「旦那さま」がなんて言ったのか、想像もしたくない。
どう考えても私を悪く言っていたであろうことはまず間違いないだろうから。
私であれば確実に悪く言っていたはずだから。
だから動揺してしまった。
そんな私にあの女は得意げな表情を浮かべて追撃してくれた。
「「旦那さま」と呼ぶ相手に魅了の魔眼を使うことが、吸血鬼にとってのあたり前というのであれば仕方がないとは思うよ。でもあなたのその反応を見るかぎり、吸血鬼であってもこんなことはしないんでしょう? こんな人の気持ちを踏みにじるような真似はさ」
気持ちを踏みにじる。
たしかにそうかもしれない。
魅了の魔眼を使うということは、相手の気持ちを踏みにじる。
なにせ魔眼は基本的に「食事」をするときに使うもの。
つまりは魔眼の影響下にある者は、使用者にとって「餌」でしかないということになる。
誰に魔眼のことを教わったのかはわからない。
だが「旦那さま」が勘違いされていることだけははっきりとわかる。
利用されていた。
「餌」としか思われていなかった。
そう思われているのであれば、「旦那さま」からの愛情が陰っていくのも当然だった。
違う。
私はそんなことを思っていない。
ただ「旦那さま」を独り占めにしたかったから。
あなたを愛しているから。
誰にも奪われたくないから。
だからこそ使っただけで、「餌」だなんて思っていない。
利用なんてしていない。
そう言いたいのに、なにも言えなかった。言葉が、思うように言葉を口にできなかった。そうしている間にあの女は最大級の挑発をしてくれた。
「何度でも言うよ、アルトリア。私は香恋を愛している。あなたのようにずるいことをして、自分に振り向かせるなんてことはしない。私は正々堂々と香恋に好きになってもらう。今度こそ本当に香恋のお嫁さんにしてもらう。たとえあなたがなんて言おうとも、私は自分の気持ちを曲げるつもりはない」
まっすぐな目だった。
自分が卑しいと思えるくらいにまっすぐな、清々しくなるほどにまっすぐできれいな目をしていた。
見るな。その目で私を見るな!
心の中の叫びが、私の中の「獣」を呼び起こす。
吸血鬼という名の「獣」を呼び覚ましてしまった。
気づいた時にはあの女の首を絞め、あの女を助けようとしていた「旦那さま」を薙ぎ払っていた。
そのうえで力を使い、「旦那さま」を動けないようにした。
あとはアマミノゾミを殺すだけ。
これで私が一番だ。
「旦那さま」の一番になれる。そう思っていたのに──。
「──まま上、ノゾミままになにをしているの?」
どうして邪魔をするの?
どうしてここにいるの?
なんでそんな怖い顔をしているの? シリウスちゃん。
心の中で泣きながら大切な子を、私にとっての救いである娘の名前を口にしていた。
続きは九時になります。
日曜の九時。ドラゴンボ○ルと同じ時間帯ですね←ヲイ




