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Act2-50 アルトリアの想い

 本日二話目です。

 前々回のシリウス視点に引き続き、今回は初のアルトリア視点となります。

 

 シリウスちゃんはいい子だった。


 手のかからない、かわいい子。


 アリアとはまるで違っている。


 アリアは手がかかる子だった。


 それでも「姉さま」と呼んで慕ってくれている。


 私は好意が好きだ。


 好意はとても「扱いやすい」から好きだ。


 少し優しくてして、少し世話を焼いてあげれば、それだけで人は好意を抱く。


 その好意はいろんなことに役立つもの。


 お父さまの命令をこなすためには、とても都合のいい感情。


 なにせ好意をある程度向けてくれれば、あとは魅了の魔眼を使えばいいだけ。


 それだけで私にとって体のいい操り人形になってくれる。


 その操り人形を文字通り操って、私はいろんなことをしてきた。


 アリアやアイリスのように誰かと夜を過ごすことはしてこなかったけれど、あの子たち以上に私の手は血で汚れている。


 この十四年という人生で私は数えきれないほどの人を殺してきた。


 私にとって殺しは日常のようなもの。


 血は水のようなもの。


 断末魔は小鳥の囀りのようなもの。


 死は私の人生を彩るのに必要不可欠なもの。


 そんな私の人生でひとつだけ穢れることのないものがある。


 それがシリウスちゃん。シリウスちゃんは私にとって救いだ。


「旦那さま」からの寵愛が徐々に陰りを見せ始めているなか、シリウスちゃんだけは私を一切変わることなく愛してくれている。


 死神のような存在である私を「まま上」と慕ってくれている、かわいい子だ。


 穢してはいけない存在。私の腕の中で大切に育てていかなきゃいけない子。


 それはきっとシリウスちゃんだって同じ。


 私のことを、「まま上」を誰よりも大切にしてくれている。


 私がいないとダメなはず。そう、そのはずだった。


「ノゾミまま!」


 シリウスちゃんが、あの女を「旦那さま」の幼なじみとやらを「まま」と呼び始めた。


 シリウスちゃんが言った言葉の意味をすぐに理解することができなかった。


 「まま」は私だけの呼び名でしょう? 


 なのになんであの女を「まま」と呼ぶの?


 どうして私以外を「まま」と呼び慕うの?


 わからなかった。


 慌てた「旦那さま」がシリウスちゃんに話を聞くと、あの子は笑顔のままで言った。


「「まま」は優しい匂いのする人のことだから」


 優しい匂いがする。


 初めて「旦那さま」にキスをした夜、シリウスちゃんに言われた言葉だった。


 あのときは私もお母さまのことを思い出していたから、頷いていたけれど、いま思えばちゃんと言及しておくべきだったのかもしれない。


 優しい匂いがするから好き。


 それは転じれば優しい匂いがする人はみんなシリウスちゃんの「まま」になれるってこと。


 私はその初めにしかすぎないということを認めたくなかった。


 だから言及はしなかった。


 そんなわけがない。そう思って、自分を抑えるようにして「旦那さま」にキスをした。


 そのあたりから、「旦那さま」の様子がおかしくなっていた。


 その日はシリウスちゃんと初めて会話ができた日でもあった。


 いわば吉日と厄日が同時にやってきたような日だった。


 その日の朝までは「旦那さま」を完全に虜にできていた。


 魅了の魔眼を執拗に何度も使ってきた甲斐があって、「旦那さま」は私を愛するようになっていた。


 お父さまの命令だったとはいえ、誰かにここまで愛してもらったことはなかった気がする。


 あったとしても、私にとってその感情はただの道具にしかすぎなかった。


 けれど「旦那さま」からの気持ちは、私にとっても嬉しい。


 アイリスには心を奪われてなんていないとは言った。


 でも本当は違う。


 私は「旦那さま」を愛していた。


 いや愛している。


 いまもその気持ちは変わらない。


 なのに、なぜ? 


 なぜ「旦那さま」への魔眼の支配は解けてしまったの? 


 絶対に解けないように念入りに掛けていたはずなのに。


 私を見たら、抱きたくなるように仕向けていたはずだったのに。


 なぜ解けてしまったの?


 血をギリギリまで吸っていたのも、すべては魅了の魔眼が効きやすくするため。


 体力が落ちた相手には、魅了は効きやすくなる。


 たとえありえないほどの加護を受けている相手であっても、体力の落ちた状態では抵抗はできない。


 そう、「旦那さま」はありえないほどの加護を受けていた。


 お父さまが言うには、母神からの加護らしい。


 いろんな加護持ちの人間を見てきたが、「旦那さま」ほどに強力な加護を与えられた人間は見たことがなかった。


 その加護を抜くためには、生命力を限界まで減らす必要があった。


 それでも一般人であれば一回で十分なのに、「旦那さま」の場合は何回、何十回も使わなければならなかった。


 ドルーサ商会がけしかけた刺客を、生命力が限界まで減っているのにも関わらず、たやすく打ち払っていた姿を見て知ってはいたが、「旦那さま」は化け物のような存在だった。


 本気を出せば殺せなくはない。


 夜伽の相手をしている際に愛用の剣で心臓を貫いたり、寝ている隙に首をはねたりと隙を見出せばたやすく殺せる。


 だが、真正面からぶつかれば私もそれなりの手傷を負うことは覚悟しないといけない。


 異世界人ゆえの能力とはいえ、ここまで規格外な異世界人を見たことはなかった。


 そんな「旦那さま」をいつからか愛していた。


 標的でしかないはずなのに。


 私はあの人を愛してしまっていた。


 あの人からの愛情が欲しくてたまらなかった。


 お父さまからの命令では、魅了の魔眼を使っても気がある程度に済ませるように言われていた。


 その程度であれば、なにかしらの方法で魔眼の影響下から抜け出しても、不審には思われないから。


 でも私はお父さまの言いつけを破った。


 愛が欲しかった。


 この人からの愛情が欲しかった。


 この身を焼き尽くすほどの愛が欲しかった。


 だから執拗に使った。


 私がいないとダメなように。


 私を見ただけで抱きたくなるように。


 私しか見えなくなるように。


「旦那さま」の心に私を刻み付けた。


 お父さまは「旦那さま」を欲しがっていた。


 正確に言えば、「旦那さま」の身柄が欲しいらしい。


「旦那さま」を使って欲しているものを手に入れたいようだ。


 それがなんなのかはわからない。


 そこまでお父さまは教えてくださらなかった。


 ただお父さまはとても上機嫌だった。


 それだけお父さまが執着する「なにか」と「旦那さま」はなにかしらの関係があるのだろう。


 でもその命令はあくまでも身柄の確保。身柄を確保さえすればいい。


 つまり身柄を確保できればあとはどうでもいいということ。


 つまり「旦那さま」を私のものにしてもなんの問題もない。


 当初はそんなことを考えてもいなかった。


 だけどあの日、初めて会ったあの日、「旦那さま」に助けてもらったあの日から、私はあの人を欲しくなっていた。


「旦那さま」と呼び出したのは、お父さまの命令にはない。


 すべて私の独断。私の想いゆえの言葉。アイリスに釘を刺されてしまうのも無理もない。


 それでも「旦那さま」さえいればいい。


 でもその「旦那さま」からの想いは遠くなっていく。


 魔眼の影響下からは完全に抜け切れていない。


 しかし移ろいやすい状況にはあった。


 隙を見て、魔眼を再び使おうとしているのだけど、「旦那さま」は隙を見せない。


 それどころか私に警戒しているようで、私とふたりっきりではいないようにしていた。


 特に風のドラゴンロードが目障りだった。


 風のドラゴンロードはことあるごとに「旦那さま」のそばにいた。


 まるで私をけん制するためだけにいるかのようにだ。


 おかげで魅了の魔眼の影響はずいぶんと薄れてしまっていた。


 いまでも若干残ってはいるが、強風が吹けばたちまち消し飛ばされてしまいそうなほどに弱々しい。


 そしてその強風が訪れていた。


 それがアマミノゾミ。


 お父さまが予言していた、「旦那さま」の伴侶として選ばれている女だった。

 続きは六時になります。

 お付き合いいただけたら幸いです。

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