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Act1-93 霊草エリキサ その二十九

PV47000突破しました。

いつもありがとうございます。

ようじょ、こわい←エ

 負けた。


 負けた。あっさりと負けてしまった。負けちゃいけなかったのに。負けたら、奪われてしまうのに。俺は負けてしまった。


 負けられない戦いだった。たとえ相手が古竜と謳われる相手であろうとも、あの子のためにであれば、負けてはいけなかったのに。俺は簡単に負けてしまった。なにひとつできなかった。なにひとつも通じなかった。俺はどうしてこんなにも弱いのだろうか。


 モーレを喪ったとき、痛感させられた。俺は弱いと。仇を討つことはできた。けれど俺がもっと強かったら。策略をも跳ね返せるほどに強ければ、モーレを喪うことにはならなかった。そして今度は、あの子までをも失ってしまう。初めて誰かを愛することができたのに。その愛する人を俺は失ってしまう。なんで俺はいつも失いかけてから、気づくのだろうか。


 俺にとってあの子がどんなに大切な存在なのか、わかっていたはずなのに。そう、俺にとって、あの子は。……あの子って、誰のことだろうか? おかしいな。大切なはずなのに、名前が出てこない。顔もわからない。まるで幻のように消えてしまっている。そう、まるでいままでのこと、すべてが幻だったかのように──。


「カレンちゃんさん」


「おーきーろー」


ゴンさんの声と聞いたことのない声。ゴンさんの声はいいとして、もうひとりは誰だろうか。声を聞く限り、幼い女の子のようだけど、ゴンさんの一族の子でも来たのだろうか。


「ゴンさん、ぱぱ上、起きない」


ぱぱ上って誰ですか? 母上の言い損じかな? うん、たぶん、そうだろう。となると、ゴンさんの子かな。だけど、ゴンさんって呼んでいたような。


「カレンちゃんさんは、シリウスくんよりも、ダメージが大きかったので、仕方がないですよぉ~」


「そっか、トカゲじじいに、殴られていたもんな。でも、寝坊はダメ。まま上、待っている」


「……誰が、トカゲじじいじゃ。失礼な犬っころじゃな」


「シリウス、犬じゃない。おーかみだ」


「おーかみじゃなく、狼じゃろう?」


「おーかみ」


「……言いやすい方でよいわ」


「わかった。トカゲじじい」


「そういう意味ではないぞ!?」


「わぅ?」


 なんだろう。なぜかコントが聞こえてくる。というか、うるさい。おちおち、寝ていられないんだが。


「とりあえず、ぱぱ上、起こす」


「無理に起こさぬ方がいいと思うぞ?」


「ダメ。まま上が待っている」


「……そうか。なら、好きにせい」


「わぅ!」


犬の鳴き声がえらく上手い子だな。ゴンさんの一族の子であれば、ドラゴンだろうに。犬の鳴き声が上手いドラゴンってどうよ。ドラゴンならぬドラワンというところかな。ところどころで、シリウスがどうだのと言っている気がしたけど、たぶん聞き間違いだろう。


「ぱぱ上を起こすには、これかな」


顔にぬるりとしたものが触れた。ざらざらとした感触もある。どちらも覚えがあった。


「シリウス、くすぐったいから」


「くぅん? ダメか、ぱぱ上?」


おかしいな。シリウスに言ったはずなのに、女の子が答えたぞ。もしかしたら、この声はシリウスの物だとでも言うのかな。まさか、そんなことあるわけがないか。


「わぅ~、起きない。なら、こうだ!」


お腹の上に重たいものが、のし掛かってきた。ぐえ、と蛙が潰れたような声が出てしまう。まぶたを開くと、白と黒の毛並みの尻尾が見えた。シリウスの尻尾だ。尻尾はシリウスなのだけど、シリウスにはないはずの髪の毛が見える。髪の毛は、灰色だが、とても艶やかで、あの子の髪によく似ていた。


「わぅわぅ、ぱぱ上、起きたか」


女の子が顔を上げて、嬉しそうに笑いかけてくれる。実際嬉しいのだろう、白と黒の尻尾をフルスロットルで振っている。その尻尾と同じ毛並みの耳が、ピコピコと動いている。目の色は、シリウスと同じ灰色だ。


「えっと、君は?」


「わぅ? シリウスはシリウスだぞ? ぱぱ上、寝ぼけているのか?」


「シリウス? いや、シリウスは毛並みの珍しいウルフであって」


「うん、そのシリウスが進化したのが、いまのシリウスだぞ、ぱぱ上!」


 目の前のわん娘は、なぜか自分をシリウスだと言う。そんなことを言われても、信じられはしない。

だって、少し前まで、ただのウルフだったのが、なんでいきなりわん娘になっているんだよ。いや、わん娘になるのが、悪いとは言わないよ。あまりにもいきなりなんで、理解できないってだけだ。


「進化したら、人型になったのか?」


「ううん、ゴンさんに人化の術を教えてもらったんだ!」


「ゴンさんが?」


ゴンさんを見ると、ゴンさんは苦笑いしていた。聞けば、人化の術はありふれたものではあるが、習得するには、最低でも数年単位の修行がいるらしい。だがシリウスはやり方を教えたら、すぐに人化の術をものにしてしまったそうだ。それはたしかに苦笑いもするだろう。そう俺は思っていたのだけど、ゴンさんが苦笑いしていたのは、また別の理由からだった。


「シリウスくんは進化したら、いきなり念話で語り掛けてきたものですから、驚いたんですよぉ~。普通念話は、進化したての子が使えるものじゃないのですがねぇ~。まぁ、おかげで、シリウスくんが人化の術を使いたがっているということがわかりましたから、よかったと言えばよかったんですけどねぇ~」


 ゴンさんの口調はどこか歯切れが悪い。念話を使えた以上の、別の問題があるように思える。そういえば、シリウスは結局、ブラックウルフとホワイトウルフのどっちに進化したのだろうか。耳や尻尾は変わっていないが、髪の色が灰色ということは、たぶん全体的な毛並みは灰色になっているということなのだろうけれど、ブラックウルフとホワイトウルフは、それぞれ黒と白の毛並みの狼だ。なのにシリウスは灰色。白と黒が混ざった色。っどっちであってもおかしくはないと思うけれど、なんとなく、どちらでもなさそうな。そんな俺の予感は見事に的中した。


「その犬っころは、ブラックでもホワイトでもない。特殊進化であるグレーウルフになったのじゃよ」


 声の主は忘れもしない、古竜の風さまことじじいだ。じじいはまっすぐに俺を見つめている。その視線はさっきまでとは違っているように思える。どう違うのかまではわからないけれど、じじいのことはどうでもいい。大事なのは、シリウスが特殊進化をしたってことだった。特殊進化。昔のゲームにありそうな、なんとも心をくすぐる素敵な単語だね。


「グレーウルフは、特別な個体のみが得られる進化先じゃな。光と闇。両方の素質を持った個体だけが、たどり着ける存在とされておる」


「ランクは?」


「特殊進化ではあるが、ランクはブラックやホワイトと変わらぬ。が、その実力はCランクの魔物とそん色ないと言われておる」


 ブラックウルフやホワイトウルフと同じDランクの魔物なのに、Cランクの魔物とそん色ない実力。さすがは特殊進化だ。心くすぐる素敵な単語の力は伊達じゃないということだね。そのうえ人化の術まで使えて、美幼女になれるというのだから、非の打ちどころがないね。ただ気になることがあるんだけど。


「……シリウス」


「わぅ?」


「おまえってオスじゃなかったのか?」


 俺はシリウスをずっとオスだと思っていた。しかし進化し、人化の術を憶えてみたら、女の子になっている。これはもともとメスだったのか、それとも進化したことでメスになってしまったのか。判断がつかない。


「シリウスは産まれたときから、ずっとメスだぞ?」


「え? でも、ナイトメアウルフは」


「ちち上は、わが子としか言っていないぞ? ぱぱ上」


 言われて気づいた。たしかにナイトメアウルフは、息子とは言っていなかった。我が子とは言っていたけれど、息子とは一言も言っていなかった。つまるところ、俺の勝手な勘違いだったということか。申し訳ないことをしてしまっていたようだ。そして申し訳ないついでに、もうひとつ確かめたいことがある。


「なぁ、シリウス」


「うん?」


「ぱぱ上ってなに?」


 そう、なぜかシリウスは俺をぱぱ上と呼んでいる。中身は男っぽいですけど、見た目同様に一応女の子なので、パパはどうか思うんだよね。というか、俺がパパならママは誰よって話ですよ。いやパパがママを兼任するというのもありっちゃありかもしれないけれど、まだ十代半ばという年齢でパパとママと言われるのは、ちょっと憚れる。というか、勘弁願いたいところだ。


「ぱぱ上は、ぱぱ上じゃ、嫌か?」


 シリウスの表情が曇る。フルスロットルだった尻尾は力なく下がり、ぴこぴこと動いていた耳が垂れてしまう。それ以上にシリウスはいまにも泣きそうな顔をしてくれる。うん、無理。これは反則だ。こんなのを見せられたら、頷く以外に道はないじゃないか。


「い、嫌じゃないよ。わ、わーい、嬉しいなぁ」


 やや棒読み気味だったが、シリウスはそれでも喜んでくれた。再び耳がぴこぴこと動き、尻尾がフルスロットルになる。なんだか面倒なことになったなぁと俺はひそかにため息を吐いた。

シリウスがわん娘になりました。

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