Act1-92 霊草エリキサ その二十八
本日二話目です。
ゴンさん視点のお話です。
祖父らしくない。
里帰りの為に空を飛びながら、ずっと思っていた。
カレンを風竜山脈のふもとの森に連れて行った際に、一度里帰りをした。そのとき母から祖父が「翼の王国」に向かったと教えられていた。
しかも、祖父だけではなく、ほかの古竜の方々も一緒に向かったらしい。「竜の王国」の古竜すべてが「翼の王国」に向かう。いままで一度もなかったことだ。
母が言うには、祖父と同期にあたる光さまからの要請を受けたかららしいが、光さまがほかの古竜の方々に助けを求めるなんて、初めて聞いた。
祖父を始めとした、古竜の方々は、大抵のことは、自分の力だけで解決できる。その古竜が、祖父と並び、生存する最古の古竜たる光さまが、助けを求めるなんて、よほどのことが「翼の王国」で起こったのだろう。なにが起こったのかは、想像もできないが、光さまだけでは解決できないということだけはわかった。そうして光さまの援護として、「翼の王国」に向かった祖父が、なぜかひとりだけ帰って来た。
母から知らせを聞いたときは驚いた。祖父は半端に事を投げる人ではない。事が終わるまで、きっちりとこなす人だ。その祖父が「翼の王国」での厄介事の最中に帰って来た。
いったいなにがあったのか、よくわからなかった。よくわからないまま、カレンを祖父に会わせるために帰って来た。
カレンが調べあげた情報によると、竜の血によって、エリキサを人工的に作り出せるようだ。カレン曰く眉唾と言っていたし、自分もそう思っていた。だが、やるだけやってみようということで、指先を切り、滴る血を容器に入れて渡した。
しかし自分の血では、ダメだった。血を浴びさせた草は、血の色に染まるだけで、エリキサに変化はしなかった。ドラゴンロードである自分の血でもダメとなると、あと考えられるとすれば、竜は竜でも、古竜の血しかなかった。
ほかの古竜の方々は、たぶん血を分けてくださることはない。可能性があるのは、祖父だけだった。祖父であれば、話を聞いてくれる可能性があった。だからこそ、祖父に会いに来たのだが、失敗だった。
カレンと祖父は、なぜか戦うことになった。というか、祖父がなぜかカレンを挑発し始めたのだ。
最初は、孫煩悩ゆえのものかと思ったが、話を聞く限り、祖父はなにかしらの考えがあるようだった。が、その考えは自分にはわからない。
祖父の考えていることは、多岐にわたりすぎて、読むことができない。それでいて、普段は孫煩悩をしているため、余計に考えが読めない。
その祖父がカレンを挑発している。なんの意味があるのだろうか。とうてい意味があるとは思えない。というか、挑発したところで、実力には雲泥の差があるのだから、やるだけ無意味のはず。
そんなことは祖父はわかっている。祖父であれば、自身とカレンの間に、どれだけの実力の差があるのかはわかるはずだ。
なのに、なんで祖父がそんな意味のないことをしているのか。よくわからない。わからないまま、ふたりは戦い、そして予想通りの結果になった。
カレンの攻撃はなにひとつ祖父に届くことはなかった。天属性の攻撃でさえも、祖父の放った嵐族性の魔法により、潰されてしまった。わかりきっていたことだった。それでもカレンは諦めることなく、立ち続けた。
しかしその執念もいま潰えた。カレンが倒れた。死んではいない。だが意識を刈り取られた。誰がどう見ても負けだ。
祖父がカレンに手を伸ばす。抱き起そうとでもしているのだろう。口ではなんだかんだと言っても、祖父もカレンをかなり気に入ったようだ。
その割には、ずいぶんとひどいことをしていたが。あとでいろいろ言ってやらなきゃいけない。そう思っていた矢先、腕の中にいたシリウスが不意に唸り声をあげ、一気に飛び出した。
「し、シリウスくん!?」
いきなりの跳躍に驚いてしまう。止める間もなく、シリウスは駆けていき、そして祖父に向かって飛びかかった。毛並みの珍しいウルフでしかないシリウスが、古竜である祖父に敵うわけがないのに。そんなことはシリウスとてわかっているはずなのに。なんの躊躇ないもなく、シリウスは祖父に牙を剥いた。
「……ふむ。実力差がわかっていてもなお、か。さすがは、「シリウス」の名を授けられただけのことはあるのぅ」
だが、牙を剥いたところで、実力差を埋められるわけがない。シリウスはたやすく祖父に捕まった。祖父の手がシリウスの喉元を掴んだ。
しかしシリウスは唸り声を上げるのをやめない。その姿は、カレンを守ろうとしているように見える。力などないのに、カレンに守られるだけの存在でしかないのに、それでもカレンを守ろうと必死になっている。それは幼い子供が親を守ろうと、勇気を振り絞っているかのようだ。
やはりカレンは少しずれている。シリウスがカレンを恨んでいるなんてことはない。カレンとシリウスの父親は正々堂々と戦い、雌雄を決した。そしてカレンはシリウスの父親から託されたシリウスを、愛情を込めて育てている。
カレンはシリウスにとって親の仇ではある。けれど同時に、シリウスにとってカレンは育ての親でもある。その親を怨めるわけがない。憎めるわけがない。尊敬しないはずがない。
そのことをカレンは気づいていない。シリウスの親を手に掛けたという一点だけを気にして、シリウスの内心まで考えていないようだ。
そういうところは実にカレンらしいことではあるが、ただの人族にしては、いささか、感情の機微というものに対して、鈍感すぎるようにも思える。そういうところも自分は好ましく思っているけれど。
「やめよ、小娘。いまの貴様ではわしに敵うわけもなかろう。それでもなお戦おうというのか? 己が主を守ろうとする、その心意気は買おう。しかし──」
祖父の目が鋭くなり、瞳孔が縦に裂けていく。縦に裂かれた瞳孔がシリウスを捉える。
「その程度の力で、「我」に戦いを挑むなど、無謀としか言いようがない。身の程を知れ、小娘」
祖父の口調が変わった。離れたここからでもはっきりとわかるほどの殺気が肌を打つ。ドラゴンロードである自分でも、震えてしまいそうになるのに、ただのウルフでしかないシリウスでは、その殺気だけで死んでしまってもおかしくない。
だが、シリウスは唸り声を上げ続けている。ただのウルフであれば、浴びただけで死にかねないほどの殺気を、至近距離から当てられているというのに、シリウスの唸り声は止まることはない。
「……これでもまだ唸り声を上げおるか。なるほど、なるほど。であれば、そなたであれば、務まるかもしれぬのぅ」
祖父が不意に殺気を解いた。同時にシリウスの唸り声が止まり、シリウスの体から力が抜けた。まさかと思い、慌てて駆けつける。
「シリウスくん!」
「……安心せぃ。気を失っただけじゃよ。主従揃って、負けず嫌いの頑固者じゃな」
祖父は嬉しそうに笑っている。なにがそんなに嬉しいのかは、さっぱりわからないが、とりあえず言いたいことは言わせてもらおう。
「爺さま。見損ないましたよ」
「うん?」
「私の知っている爺さまは、弱い者いじめをして楽しむような方ではなかったというのに」
「これ、なにを勘違いしておる」
「勘違い? この状況のどこが勘違いだと言うのです? 爺さまにとって、この者たちなど歯牙にかけるまでもない相手でしょうに。その者たちにこれほどの仕打ちをするなんて」
言いがかりであることはわかっている。カレンもシリウスもみずからの意思で祖父に戦いを挑んだ。カレンはアルトリアを守るために。シリウスはカレンを守るために。それぞれの守りたい相手を守るために、勝ち目などない祖父に戦いを挑んだ。
だが、理由はどうであれ、戦いを挑み、負けた以上はなにをされても文句などつけようはない。わかっている。これがただの八つ当たりにしかすぎないことは。それでも言わらずにはいられなかった。
「やれやれ、優しいのはおまえの長所ではあるが、同時に短所でもあるぞ? わしとて好きでこんなことをしたわけではない。頼まれたからこそ、こうしてわざわざ戻って来て、このふたりの相手をしてやったまでのことよ」
「頼まれた? 爺さまがですか?」
祖父に頼みごとができる相手など、そうはいない。いるとすれば、同期である光さまか、六神獣の方々、「七王」たちくらいだろう。
「「あの方」たっての願いとあれば、光からの要請であっても、途中で抜け出すほかあるまい。光やほかの古竜たちも理由はわかっておらなんだが、納得しておったよ」
「いったい、どなたから?」
「母神さまからじゃよ」
「ぼ、母神さまですか!?」
まさかの相手だった。この千年間で一度もお目見えしたことのない相手ではあるが、この世界を作り出した創造神スカイスト。その母神さまからの要望とは。いったいどういうことなのか。
「いったいなぜ?」
「ほっほっほ、わしも最初はわからなんだ。じゃが、こうして戦ってよくわかった。歳は取るものではないということもな。ほんの少し前のことであるというのに、すっかりと忘れておった」
「なんのことですか?」
「ほっほっほ、まだおまえが知ることではない。いずれ知ることになろう。そのときこそ、新しき時代が幕を開ける。できれば、そのときまで生きていたいものじゃのぅ」
祖父は嬉しそうだった。だが、言っている意味はよくわからない。祖父はそれ以上なにも言わない。言わないまま、気を失ったカレンとシリウスをそっと抱きかかえて、お社の中へと向かって行く。その後を追いながら、母神さまがなにを考えているのかを考えたが、結局答えは出なかった。
明日は十六時更新です。




