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Act1-91 霊草エリキサ その二十七

本日一話目の更新です。

カレンの最強街道が終焉を迎えます。

 土の味が口の中で広がっていく。


 地球にいた頃、慣れ親しんだ味だ。一心さんと弘明兄ちゃんのしごきで、何度も経験したもの。それをこの世で俺は初めて味わっていた。


 ナイトメアウルフの群れと戦ったときに、ダークネスウルフの一頭に背中から圧し掛かられて、味わいはしたが、あのときは圧し掛かられて、味わったというだけのこと。今回とはまるで違う。


 あのときは実力で負けていたわけじゃない。ダークネスウルフであれば、てこずりはするが、倒せない相手じゃなかった。


 でも、いま俺が対峙しているのは、どうあっても勝てないと思える存在だった。けれど膝を屈するわけにはいかない。


「ふん、まだやるのか? もういい加減諦めた方がどうじゃ?」


 じじいが面倒そうに言う。始まったときとなにひとつ変わらない姿だ。かすり傷ひとつさえなかった。あくびを掻いている。緊張感のかけらも感じない姿に、苛立ちが募った。


 けれどどんなに苛立っても、圧倒的な戦闘力の差が生じているのだから、じじいが余裕ぶるのも当然だった。


「まだ俺は負けていない」


「……実際の戦闘であれば、すでに何度死んでいるのか、わからぬぞ?」


「それでも、俺はまだ立っている!」


「……では、立てないようにしてやろうかのぅ。脚を払い、骨を砕かせてもらうぞ? 嫌ならば防いでみよ」


 じじいが、体を屈めた。来る。そう思ったときには、脚から嫌な音がしていた。激痛が走る。立っていられない。顔が地面に埋まる。口の中に土の味が再び広がっていく。


「反応さえもできぬくせに、わしを殺すとはのぅ。大口を叩くのは結構じゃが、実力が伴わねば、ただ痛々しいだけじゃぞ?」


 じじいが俺を見下ろしてくる。無価値だと言っているかのように、俺を見下ろしている。脚が無事なら、足払いができる。


 けれど脚はもう動かすことができない。痛みがひどい。両脚は本来曲がらない方に向いていた。どう見ても折れている。本当に折られてしまった。


 いや、折っただけで済ませてくれたと言った方がいいのかもしれない。このじじいがその気になれば、俺の脚を飛ばすことだって可能だったはずだ。それが折れただけで済んだ。


 つまり手加減されている。手加減されたうえで、これだ。まともな戦闘になっていない。戦闘とは言えない。気を使われていることを戦闘とは言えない。


「まだ、まだだぁ!」


 それでも負けてはいられない。折れた両脚で無理やり立ち上がろうとした。力が入らない。それどころか、まともに立とうにも脚がぐにゃりと曲がり、激痛が走った。堪らず、その場で倒れ込む。土の味が三度口の中で広がっていく。


「……もうやめておけ。いまなら治療魔法でも使えば、その脚も治るだろうが、これ以上やると取り返しがつかぬことになりかねんぞ?」


「うるせぇよ。どうなったっていいんだ」


「ふん。程度の知れた親から産まれると、子も程度が知れるということか」


「親父と母さんの悪口を言うな!」


 どうなったっていい。親父と母さんの悪口を言った、このジジイをぶっ飛ばせるのであれば、俺の体なんてどうなったっていい。


「虫けらでも、親は大事か。そこは我らと変わらぬのぅ。いや、虫けらだからこそ、同族を大切にするのかのぅ?」


「親父も母さんも虫けらじゃない!」


「虫けらの両親は虫けらよ。虫から竜は産まれぬ。虫が産むのは同じ虫だけよ。違うか?」


「親父も母さんも、虫けらじゃない! 親父はすごい人だ! 母さんのことはわからないけれど、親父はすごい人なんだ!」


「母を知らぬ?」


 じじいは、なぜか怪訝そうな顔をした。なにが不思議なのかはよくわからないけれど、聞きたいのであれば聞かせてやればいい。俺は躊躇いなく母さんのことを話した。


俺を産んですぐに蒸発してしまったこと。親父がいまでも母さんのことを愛し続けていること。この世界に来る前に、光の中で母さんを見たこと。母さんがこの世界出身かもしれないこと。俺が知る母さんのすべてを話してやった。


「……そうか。母を知らぬというのは、そういうことか。憐れよな」


 蔑みから憐みに表情が変わった。なに勝手に同情しているんだろうな、このじじいは。俺に喧嘩を売りすぎだろうよ。


「憐れむな。俺は憐れまれるような存在じゃない」


「憐れみもするわ。なんの力もない娘が、異世界に放り込まれた。しかも母親のせいでとあればのぅ。……「あの方」も酷なことをされるものじゃよ」


 最後にじじいがなにかを言った。けれどなにを言ったのか、痛みのせいで、ちゃんと聞き取ることができなかった。


「母さんは悪くない」


「いいや、おまえの母が悪いのだろうよ。なんの力もない、ただの小娘を、わが身可愛さで呼び付けたのだ。それはどう考えても、おまえの母のせいであろうよ。いわば、おまえは母親の被害者よ。この世界に来て、辛いことばかりであったろう? それがいい証拠じゃよ」


「辛いことばかり?」


「違うか? その小さな体で、星金貨一千枚などと途方もない金を稼ぐことになったのは、母親のせいじゃろう? そのせいで、苦労ばかりさせられている。幸せなことなどなにひとつ」


 じじいの的外れな言葉につい笑ってしまった。じじいはまた怪訝そうに表情を歪めている。だが、どうでもいい。


「なにがおかしい?」


「おかしいに決まっているよ。だって俺はいま幸せだからね」


「なに?」


「俺はこの世界に来て、辛いことは多かったよ。あんたの言う通り、大変なことばかりだった。この世界で初めてできた友達を、目の前で喪いもした。けど、俺は手に入れられたんだ」


「なにをじゃ?」


「命に代えても守りたい人さ。この命を燃やし尽くしても守り抜きたい人ができた。その笑顔を守り続けたいと願える人が、俺にもできたんだ」


「……その言い方からして、相手は女子か?」


「ああ、そうだよ、悪いかい?」


「いいや。刹那的な関係であろうとも、想いが通じ合っているのであれば、わしはとやかく言う気はない」


 意外なセリフだった。てっきりこのじじいであれば、俺とアルトリアの関係を否定しそうだと思ったのだけど、意外と話ができるようだ。


「この世界に来なかったら、アルトリアに会うこともできなかった。人を愛するということがどういうことなのかもわからなかった。だからアルトリアに出会い、そして恋に落ちただけでも、俺は十分すぎるほどに幸せだよ。母さんには感謝している。この世界に呼んでくれたことを俺は感謝している」


「……そうか。恨んではおらぬのだな?」


「恨んでなんかいないよ。そもそも会ったこともない相手を、どうして恨める? 会いたいと願うことはできても、恨むことなんて俺にはできない。母さんには母さんなりの理由もあったんだろう。産まれたばかりの娘を置いて行かなければならない理由があったんだよ。……その理由は俺にはぜんぜんわからないけれど」


「……で、あろうな」


 じじいはそっとまぶたを閉じた。なんだか、さっきから妙に穏やかというか、言葉の節々から優しさのようなものを感じられるのだけど、いったいどうしたって言うのか。


「なんだよ、さっきから、妙に態度がおかしくねえか?」


「……変わらぬよ。わしは最初からなにも変わってはおらぬ」


「嘘つけ。なに考えているかは知らねえけどさ」


「……いま知る必要はない。いずれ知りたくなくとも知るときが訪れるであろうよ」


「なにを言って」


「そのとき、あなたがどんな選択をするのか、見物ですな」


「え?」


 なんで急に、へりくだるんだ。そう思ったときには、じじいの姿は消えた。同時に俺は空を見上げていた。地球の空となにひとつ変わらない、澄んだ青い空をただ見上げていた。

続きは二十時になります。

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