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rev3-39 濁る瞳

 騒がしいものだった。


 どこもかしこも騒がしい。


 誰も彼もがみな笑顔を浮かべながら、楽しそうに笑いながら、「フェスタ」という非日常を謳歌している。


 たかが一夜限りの催し程度のはずなのに、誰もが笑顔を浮かべていた。


 周りを見れば、いくらでもあるような、ありふれたもの。


 けれど、そのありふれたものが、どれほど特別なものであるのか。


 かつての我ではわからなかったもの。


 穢してはならないもの。


 そんなものが目の前には、数え切れないほどに広がっていた。


「……皆さん、楽しそうですね」


「フェスタ」の会場となったリヴァイアスの街を共に練り歩きながら、アスランと名乗った竜人族の女が穏やかな声で言う。


 仮面で顔を隠しているから、その下がどうなっているのかはわからない。


 だが、少なくともその声を聞く限りは、声同様にその顔も穏やかなものになっているのだろう。


「アスラン殿は楽しまれておるかの?」


「それなりにはですね。ただ、いまはルリ殿の探し人の方が先決ですので」


「申し訳ないのぅ。遠方からわざわざ参られた方に人捜しを手伝って貰うというのは」


「……はて、遠方からと申しましたか?」


「いいや。だが、外套の下から覗く衣裳は、たしかリアス周辺の地域のものだったと我は記憶していたのでね。なにせ、非常に特徴的じゃからのぅ。そのような衣裳を身に付ける国など、あとはせいぜい魔大」の獅子の王国の一部の地域だけだったはず」


 にやりと口元をあえて歪ませて笑いかけると、アスランは一瞬口を噤んだ。どう答えるべきなのかを迷ったのかもしれぬ。


 そんなアスランに追い打ちを掛けるべく、アスランの身に付けた外套の下の衣裳──艶のある布地の非常にきらびやかな独特の衣裳が、リヴァイアスから遠く離れたリアス周辺の地域か、獅子の王国の一部の地域しかないと告げた。


 獅子の王国からわざわざ「フェスタ」に来るというのは、さすがにありえない。となれば、答えはリアス──聖大陸において、リヴァイアクスと肩を並べる軍事国家であるベヒリアの首都──ということになる。


 もしかしたら獅子の王国からという可能性もなくはないだろう。


 しかし、もし道行く者にリアスと獅子の王国のどちらに向かうのがより現実的かと問うたら、十人中十人が声を揃えてリアスと言うであろう。それは逆もまたしかり。リヴァイアスに向かうのであれば、獅子の王国からよりもリアスからの方がはるかに現実的だ。


 そのリアス周辺の地域の特有の衣裳、たしかパオと呼ばれるものを身に付けているのだから、アスランがリアスからの旅人であることは間違いないだろう。


 そしてリアスと言えば、四の神獣であるベヒモスが座す「巨獣殿」の膝元で栄えた街だ。


 その街を中心にして、大国ベヒリアは生まれたのだ。リヴァイアクスがリヴァイアサンの加護をもとに生じたように。リヴァイアクスとベヒリアは一部では双子の大国とも言われている、らしい。イリアが言うには。


 リアスの住民は誰もが一度はベヒモスによる加護を受けると言う。


 その加護を受けているからこそ、アスランの体からは獣の臭いがしていると思われる。……それを踏まえてもアスランからの臭いはかなり強いが、まぁ、個人差もあると思えば、納得できないわけでもない。


 だが、なぜかアスランは一瞬口を噤んだのだ。


 どう答えるべきかを考えてしまった。


 それが意味することは、いまのところははっきりとはわからんが、少なくともなにかしらの秘密を抱えていることは間違いない。


 それこそ、ベヒモスの側仕えでもしているとかの秘密などをな。ただ、これもイリアが言うにはベヒモスは側仕えの者はいないとされているそうだ。


  理由はイリアもさすがに知らないそうだが、他の神獣たちも側仕えのものがいないことを踏まえると、なにかしらのルールでもあるのかもしれんな。実際にはわからんが。


「……お見それしました。まさか、この程度で私がどこから来たのかを読まれるとは」


「わざわざ外套で隠すほどじゃからな。かえってわかりやすかったの」


「これは手厳しい」


「して、アスラン殿は神獣様に近しい方であらせられるのかな?」


「さて」


 もう少し深く踏み込むかと思ったときには、アスランは少しだけ素性を口にした。


 ただ、素性を口にはしたものの、はっきりとは言わなかった。こちらが思い切って踏み込んでみても、アスランはひらりと躱すだけだった。もっともかえって答えているようにも思えなくもないが、実際のところはわからん。あえてそうしているだけという可能性もある。


(……どちらかと言えば、サラは直情的なタイプであったが、アスランは違うの。まるで別人であるかのようじゃ)


 サラはわりと感情の起伏が激しい娘であった。


 そのサラとアスランはまるで正反対であった。


 感情の起伏は特になく、ただ淡々としている。


 同一人物というより、別人ではないかと思うほどに。


 それだけの差異がある。同時に共通点もある。ほんのわずかではあるが、共通点はある。それが声だ。


 サラとアスランの声はとてもよく似ている。若干アスランの方が声は低いし、語尾も特徴的なものではない。


 しかし、我の中にいるカティが反応を示しているのを踏まえれば、この女がサラとなにかしらの関係があることは明かだった。どこまでの関係なのかはわからないがな。


(……わからんことだらけじゃの。そもそも、なぜこやつは我に接触してきたのかもわからんし。本当にサラであったのであれば、仮面などを放り捨てそうなものなのじゃがな)


 アスランの正体はわからんが、それ以上にわからないのが、なんで我に接触してきたのかということ。


 困っているところを見かけたからとアスランは言っていた。たしかにそれらしい理由ではある。そう、それらしい理由ではある。


 だからといって、その言葉をそのまま信じる者などいるものか。


 なにかしらの理由があるのは間違いない。


 少なくともいまのところは、その理由まではわからん。わからんことばかりだとつくづく思う。


 そもそも、なんで我がここまで考えにゃならんのかがわからん。


 我はここまでごちゃごちゃとしたことを考えるのは嫌いなんじゃよな。


 物事というものは、竹を割るかのようにわかりやすいのが一番なんじゃ。


 人それぞれの思惑が絡み合ったものを予想するなんて、ひどく面倒じゃし、なによりも嫌いなんじゃよな、我。


 なのに、その嫌いなことをわざわざやらにゃならん。


 ……なんじゃろう、この理不尽な気持ちは。


 なんだか無性に腹が立ってきたぞ?


 だいたいこうなったのも、レンたちが待ち合わせ場所におらんからいけないのじゃ。


 あいつらがちゃんと待ち合わせ場所にいてくれさえいれば、我はここまで無駄に頭を捻らせられることもなかった。


 だというのに、あいつらが待ち合わせ場所にはおらんし。


 どうせ、アレクセイ卿から教えて貰った例のポイントとやらで、しっぽりとやっているんじゃろうしのぅ。


 まぁ、だとしてもなんでアンジュ殿もいないのかということになるのじゃが、細かいことはどうでいい。


 あいつらがいないのなんて、そんなところしか考えれん。


 そうじゃ、悪いのはなにもかもあいつらが悪い。


 こうしているときに、のほほんとした顔で、目の前に現れたら目にもの見せてやるわ。


「ん? あれ、ルリ?」


「ルリ様。どうしてこちらに?」


 そんなことを思っているときに、いきなりレンと女王陛下が現れた。


 レンはともかく、女王陛下はなんだか様子がおかしいのぅ。オーベリの合わせをやけに強く掴んでおるし、顔というか、肌がほんのりと紅く染まっておるのぅ。


「ルリ殿、探し人というのは」


「……うむ」


 アスランには頷くことしかできんかった。


 それ以上は言えぬ。というか、言う気力がわかぬ。


 その一方で別の気力がふつふつと沸き起こってきたのぅ。


 だが、ここは抑えよう。


 そう、平常心じゃ。平常心。我は冷静。我は冷静。我はできる子。よし。


「探し人? あぁ、もしかしてルリ、迷子になっていたのか? 大方酒を物色していたら、ベティたちとはぐれたってところだろうけれど、人の趣味嗜好をとやかく言うつもりはないが、あまり羽目を外しすぎは──」


 ──ぷつん、という音がはっきりとどこから聞こえてきた。その音に我の体は突き動かされた。つまり──。


「──全部貴様が悪いんじゃろうが、このボケぇぇぇぇぇ!」


「ぐはぁっ!?」


「だ、旦那様ぁぁぁぁぁ!?」


 ──レンのドアホウをぶちのめしたというわけじゃの。


 情けで顔ではなく、ドテっ腹を蹴り飛ばしてやった。本当は顔を蹴飛ばしたかったが、あえて顔はやめてやった。


 まぁ、腹を蹴飛ばしてやったせいで、しばらくレンがその場で蹲ってしまったが、まぁ、些事じゃの。些事。


「……ルリ殿は思ったよりも、直情的な方なのですね」


 もっとも、そのせいでアスランからは若干引かれたようなことを言われてしまったのじゃがな。これもすべてレンが悪いのじゃ。我は悪くないもん。


 とにかく、こうしてレンと女王陛下との合流は果たせたわけじゃが、アンジュ殿の姿はなかった。本当にどこに行ったのじゃろうなぁ。


 面倒なことにならなければよいが。


 蹲るレンを見遣りながら、我はまだ姿の見えないアンジュ殿の安否を気に掛けていた。


 だが、それが悪かったのかもしれぬ。


 我は気づけなかったのじゃ。


 レンを介抱する女王陛下の変化に。


 澄んだ湖だったような瞳に、わずかな濁りが生じていたことに。


 気づけぬまま、我はレンたちとの合流を果たしてしまったのだった。

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