rev3-38 玩具
顔を上げることができなかった。
隣にはとても大切な人がいる。
なによりも、誰よりも優先したい人がいる。
なのに私はその人の顔を見ることができなかった。
いつだって、どんなときだって見ていたい。
この人と触れていたい。
その身にも心にも。
ずっと触れていたい。
そして私にも触れて欲しい。
この体にも、この心にも。
私のすべてに触れてほしい、と願っている。
けれど、いまそれができなかった。
後ろめたさがあった。
なんとも言えない後ろめたさに、襲いかかられていた。
……とっくに覚悟していたことだっていうのにも関わらず。
(……知られたくない)
私が旦那様になにをしていたのか。
その内容を旦那様にだけは知られたくなかった。
アンジュには、なぜか気づかれてしまっていたけれど、あの女の口は封じた。
今頃、あのお方に嬲られている頃でしょう。ほんの少し前までの私のように。
「──ルクレティア。あなたの役目はこの国を繁栄させること。そのために、この国に忠を尽くしなさい。この国に住まう人々のために。その人々とともに生きるために。個人としても、王としても、あなたはあなたのすべてをこの国のために捧げなさい」
王位を継承する際に、先代である母から言われたことは、私のすべてをこの国のために捧げよというもの。
形式に則って私は、ただ頷いた。
自分のすべてをこの国のために捧げる、と宣誓した。
幼い頃から継承の儀を迎えたときには、そう宣誓するようにと教わってきた。
リヴァイアクスの代々の王が為してきたこと。
そう私は教わったし、だから、祖先たちがそうしてきたように、私もまた宣誓した。
けれど、私は知らなかった。
いや、教わっていなかったことがあった。
継承の儀で宣誓を立てた直後のことは、誰も教えてくれていなかった。
知っていたら、宣誓なんてしなかった。
まともな神経をしていたら、直後のことを知っていれば、誰だって宣誓などしない。
だからこそ、あえて直後のことは誰も教えてくれなかったのかもしれない。
当然、当時の私も知る由もなかった。
知らないまま、そのときを迎えた。
「──ふぅん? この子がルクレティアか。君の娘だけあって、よく似ているね、ルクレシア」
宣誓を立てた直後、あの方は現れました。
浅黒い肌と幼い顔立ちの見たこともない少女。
ですが、その少女はあろうことか、先王である私の母にとても親しげに話し掛けられたのです。
母は、あの方が現れてすぐに、その場に跪きました。
それは母だけではなく、その場にいた臣下たちも同じ。
全員が突如現れた少女に頭を垂れていた。
いきなりのことすぎて、私はなにがあったのかがわからなかった。
困惑する私を見て、あの方はとても楽しそうに笑われました。
そう、とても楽しそうに、邪悪な笑みを浮かべられたのです。
「いいねぇ。この子にもなにも教えていないようだ。いつも通りだ。褒めてあげるよ、ルクレシア」
「……光栄です」
「ははは、光栄。光栄かぁ。実の娘を供物にさせたっていうのに、その直後に言うことが光栄? ははは、君ってばとんだろくでなしだなぁ。まぁ、そうさせたのはボクなわけだけどね。ははは」
母は俯きながら、あの方の言葉をただ聞いていた。その手を強く握りしめながら。私と同じ色の瞳を涙でにじませながら。
それは母だけではなく、その場に居合わせた臣下すべてが同じような反応をしていた。
そんな周囲の光景に私は嫌な予感を憶えていた。
けれど、「そんなまさか」とは思っていた。
そんなことがあるわけがない。
そんなことをされるわけがない。
そう信じていた。
でも、どれだけ否定しようとも、現実は決して変わることはなかった。
「さて、それじゃさっさと始めようかな? ここ何代の女王や王女たちの中でも、ルクレシアは比較的ボク好みだったが、そのルクレシアの娘がどれほどのものなのか。たっぷりと味わわせてもらおうか」
あの方は唇をゆっくりとなめ回していた。その姿にどうしようもないほどの嫌悪感があった。後ずさるようにして遠ざかろうとしたけれど、気づいたときには私が見ていたのは、はるか高くにある天井と悍ましいと思うほどに生き生きとした笑顔を浮かべるあの方だった。
「いいねぇ。その顔、その目。信じていた母や臣下に裏切れた気分はどうだい? そいつらの前でこれから君は嬲られる。どんな顔で、どんな声で君は啼くのか。たっぷりと聞かせてくれよ」
口元を大きく歪ませながら、あの方は笑っていた。笑いながら私の着ていたドレスに手を掛けられた。
その後のことはよく憶えていない。
気づいたときには、私はあの方の体液塗れになっていた。内も外もすべてがあの方の体液によって汚されていた。
「……ふむ。体つきはまだ幼いけれど、それを踏まえても君はルクレシア以上だ。成長してルクレシアとのような豊満な体つきになったら、だいぶ楽しめそうだよ。よかったね、ルクレシア。君の娘は思っていた以上に、ボク好みだった。今後は以前よりも加護を強めてやろう」
「……ありたがき幸せ」
「ははは、幼い娘の純潔が奪われた挙げ句、散々に嬲られたのを目の前で眺めていたというのに、その感想が「ありがたき幸せ」だって? あははは、いいね、やっぱり君たち一族は最高だよ。ボクの最高の玩具だ。これからもその調子でボクを楽しませてくれよ、あはははは!」
あの方の言葉を受けて母は泣いていた。泣きながらも跪き、恭順の意を示していた。
そんな母の姿を私はあの方の体液塗れになった顔で、ぼんやりと眺めていた。
それから私はあの方に何度となく犯された。
王位を継承しても母はしばらくの間、私の仕事に立ち合ってくれた。その頃合いを見極めているかのように、あの方は度々私と母の前に現れて私を犯した。
時には私を犯し抜いても足りないと思ったときは、母もあの方に犯されていた。
「母娘揃えてというのも悪くないねぇ。これはこれでありだね」
あの方はいつも楽しそうだった。
いつも楽しげに笑いながら、私や母をボロボロにしていく。
それでも逆らうことはできない。
この国にすべてを捧げる。
そう宣誓してしまった以上、その宣誓はあの方に、リヴァイアサン様に捧げられたもの。そのあの方に逆らうことはできなかった。できることはただ嵐が過ぎるのを待つように、あの方の暴威が終わるのを待つことしかできなかった。
そんな日々も終わりを告げた。
あの方は言った。
アンジュ・フォン・アルスベリアを捧げよ、と。
さすれば、今後はおまえたち一族に害が及ぶことはないし、加護の力を過去最大にまで強めようと。
だから私はアンジュをリヴァイアサン様に捧げた。
すべてはこの国のために。
ひいては私たちにこれ以上の害を及ばさないために。
でも、そうしてアンジュを捧げる際に思わぬ副産物を得ることができた。
それが旦那様とベティちゃんだった。
最初はアンジュを捧げるために、旦那様とベティちゃんをあの女から遠ざけるためだけに近付いた。
でも、いまは違う。
いま私は心の底から旦那様とベティちゃんを愛している。
ふたりがいない日々なんて、もう想像もできないほどに。
そのために私は旦那様にずっと催淫の魔法を使い続けている。
私しか見えないように。私だけを愛するように。そして私だけを抱きたくなるように。
この人を私という存在で縛り上げていた。
だけど、それももう終わりなのかもしれない。
レンゲとかいうよくわからない存在が、催淫の魔法を打ち消うようになった。
今後はもう催淫の魔法は使えない。
それどころか、私のしてきた非道を知られることにもなる。
そうなれば、せっかく手に入れた日々がすべてなくなってしまう。
私の幸せが根底から崩れ去ってしまう。
せっかく手に入れられたのに。
せっかく幸せになれたのに。
どうして?
どうして私は幸せを手放してしまうの?
わからない。
なにもわからない。
どうすればいいのかがわからない。
誰もなにも教えてくれない。
継承の儀のときのように、リヴァイアサン様に純潔を奪われたときのように。
誰もなにも教えてくれない。
あぁ、どうすれば。どうすれば私は──。
『教えて欲しいのかい?』
──不意に脳裏にリヴァイアサン様の声が聞こえた。今頃はお楽しみの真っ最中だと思っていたのに、いきなりの念話で話し掛けられるなんて。いったい何事だろうと思っていると、リヴァイアサン様は機嫌良さそうに事情を話された。
『いやぁ、君のおかげでアンジュを手に入れられたからね。その礼として、少し手伝いをしてあげようかなとね。具体的には君が幸せになる手伝いをしてあげようと思ったのさ』
『私を幸せに』
『そう。君を幸せにするためさ。だから安心しておくれ。安心してボクの言うとおりに動くんだ。そうすれば、君は旦那様もかわいい愛娘も手放すことはなくなる。ボクの言うことを守ればいままで通り。いや、いままで以上に幸せな日々を得られるんだよ、ルクレティア』
リヴァイアサン様の声はとても甘ったるいものでした。
いままで聞いたこともないほどに甘ったるいもの。
それでいて、とても魅力的なものでした。
その声に、その言葉に私は、わたし、は──。
『どうすれば、よろしいですか?』
『いい子だ。さすがはボクが見込んだ、お気に入りだ。さぁ、君の幸せを手に入れるための方策を教えてやろう』
リヴァイアサン様はとても楽しそうに笑いながら、その方策を教えてくださった。
それは端から見れば、悪魔との取引だったのかもしれない。
でも、その取引に私は応じた。
誰に、どう思われてもいい。
私はただいまという幸せを手放したくない。
だからこそ、悪魔との取引に応じた。
『さぁ、頑張りなさい。ボクのお気に入りの──』
「玩具よ」そうリヴァイアサン様は私の背中を押してくださった。
そうして私は幸せを失わないための行動に出るのだった。




