シリアルバーとエコバッグ
このところ冒険者ギルドの受付は、かつてないほどの賑わいを見せている。
「新規依頼の列はこちらです! 整理券を配布しますので並んでください!」
テンテラ大聖堂の盗難事件を受けて関所が封鎖されてから五日。
国境に位置する街のギルドハウスは天地をひっくり返したかのような忙しさだ。
特に、この関所町ハキューネは西側諸国とカヌセーヌ王国をつなぐ唯一の玄関口。
物流の起点が止まってしまった今、影響を受けているのは旅人や冒険者ばかりではない。
関所の門の向こう側とのやり取りができる唯一の窓口として冒険者ギルドを利用できると知った人々が、受付に殺到している。
「お待たせいたしました。新規の依頼ですね? 内容は?」
「門の外まで契約している荷運び屋が来ているはずなんだ。荷物を受け取ってこちらへ持ってきて欲しい」
「承知いたしました。荷運び屋の名前と種族、国籍。荷物の内容と量をこちらに記入してください」
テレーズは用紙とペンを差し出しながら、こっそりとお腹をさすった。
お腹が空いた。
次々と現れる依頼者は後を絶たず、どの依頼も短時間で終わるため任務完了した冒険者も次々戻ってくる。
新規の依頼を受け、ランク照合して料金を提示。作業手順書を作成し、リストに記載。出動可能な冒険者を検索し、受注確認。帰ってきた冒険者から完遂報告を受け、依頼者から代金を受け取り、冒険者に報酬を支払う。
当然、各部署ごとに分担してのオペレーションだが、あまりにも依頼受付から報酬支払までの時間が短く、件数が膨大なため、休憩をとる暇もない。
そろそろ、日が暮れる。
もう三日も、お昼ご飯を食べられてない。
「書けました。依頼する冒険者は選べますか? 大切な荷物で、信頼のできる人に頼みたくて……」
テレーズは心の中で叫んだ
『関所封鎖で、どれだけの荷運び依頼が来てると思ってんだよ⁉ お前以外の奴らがどうでもいい荷物の運び入れにわざわざ金払って冒険者雇おうとしてると思ってんのか⁉ みんな大事な物だから依頼しに来てんだよ! みんな信頼できる相手に頼みたいんだよ! お前だけ、特別扱いして冒険者を選ばせてやる義理も道理もねぇよ! っつうかな、こっちは厳しい検査基準設けてランク付けしてんだよ! 荷運びには荷運びに合う冒険者をちゃんと選定してるんだよ! ギルドも冒険者も信用できねぇなら、そもそも依頼しにくるんじゃねぇよ‼』
心の中で言い切って、ニッコリと笑う。
「ご依頼内容に相当するランクの冒険者をご紹介いたします。こちらの番号札と用紙を持って三番ブースへお進みください」
「あの、本当に大切な荷物で……」
「三番ブースは左手まっすぐ行った先にございます。お忘れ物ございませんように、行ってらっしゃいませ」
まだ、オロオロとしている依頼者の背後に向かい「お次の方どうぞ!」と声をかける。
始業からずっとこの調子だ。
依頼者が用紙に記入している隙に水を飲むくらいの事は出来るが、休憩はとれない。
「あの、門の外にいるはずの息子に手紙を渡したくて……」
テレーズは心の中でため息をついた。
「お疲れ様ぁ~」
同僚のライザがカウンターに倒れ込むように話しかける。
同期の彼女は、種族も出身も違うが明るく仕事熱心で、テレーズとは親友と言ってもいい仲だ。
普段なら就業前のティータイムやランチタイムによく話をするが、いまはそれすらままならない。
「お疲れ。お腹減ったねぇ~」
「何か食べて帰りたい……けど、一刻も早くベッドに倒れ込みたい……」
「わかる。なんか、もうパンかじって寝るんでもいいかなぁ? って感じ。だって、今日も残業だよ? いま何時?」
ライザは壁の時計に目をやると「うげっ」と声を漏らした。
「もう二十一時じゃん! 受付延長って結局何時までやったんだっけ?」
「わかんない。外は暗かったと思う」
そこへモニークが「二十時までだったってさ。いま、ハウスマスターから聞いてきた」と現れた。
「にじゅうじ‼」
ライザは目玉をグルンと回して、その場にへたり込んだ。
「モニークはこれから?」
「そう。関所前の受付」
「向こうは二十四時間でしょ? 大変ですね……」
「まぁ、交代制だし。私はオーガだから体力には自信あるし、元々夜型だからさ」
「門の外だと、休憩出来たとしても食堂もないし。携帯食を持っていくんでしょう?」
モニークはニヤリと笑って「そう思うでしょ?」と意味ありげに言った。
「実はさ、昨日、関所前の広場に変な行商人パーティーが店を出しに来たんだよね。魚焼いて売ってるだけなんだけど、ちょっと変わったソースを付けてくれるの。パンに焼き魚を挟んだのを食べたんだけど、これが美味しくって! ちょっと楽しみなんだ」
焼き魚の言葉に、テレーズとライザは思わず唾を飲み込んだ。
この数日、口に出来たのはパンと果物とチーズにソーセージ。どれも、切れば食べられる物ばかり。
それすら、新しい物を買いに行く暇もなく、日に日に献立は寂しくなっていく。
「いいなぁ。焼き魚……」
思わずつぶやいたテレーズの言葉と同時に、二人のお腹がグキューと鳴った。
それ聞いてモニークが笑う。
「買ってきてあげたいけど、明日、受け渡しできるかわからないしね」
そう言って、モニークはギルドハウスを後にした。
「今夜も、あの変な店は盛況だな」
ジャコブは呑気に向かいの行列を眺めながら言った。
「まさか、あんな行商にユーゴ・ドルトーが関わってるとはね。あの並んでる客は知ってるのかな?」
カヌセーヌ王国で唯一の最高ランク冒険者ユーゴ・ドルトー。
この日、モニークが最初に受けた依頼は彼からの物だった。
「店の護衛に若いのを貸してほしい」とギルドカードを見せられて、受付カウンターは軽くパニックだった。
結局、その場にいた受付用の護衛が二人、業務終了で交代するタイミングにドルトーへ付いていったが、依頼受注の手続きはしてない。
「ドルトーがいて、さらに護衛が必要って、どういう店なんだろうな?」
「まさか、焼き魚売ってるような店だよ? ドルトーが護衛なわけないじゃない? 何かの作戦中とか? 大聖堂の窃盗事件の捜査かもしれないし」
「そうかも。ドルトーくらいになると、フォレントラのギルド本部からの依頼しか受けないだろうしな。Sランク様も大忙しってわけか」
「うちのギルドハウスも大変そうだったよ。ランチを取る暇もない有様みたいでさ。ハウスの外まで行列が出来てるもんだから受付時間を三時間も延長して……。私らばっかりこんな楽してて申し訳ないよ」
モニークの言う通り、関所前の特設受付は暇だった。
特設受付を作った初日は対応に追われていたが、三日目ともなると夜間は静かなものだ。
受付に三人、護衛に三人。そこにおしゃべり好きな立ち往生する旅人が、暇つぶしに寄って来る。
「中の連中には可哀そうな事だが、無主地での仮設じゃあ、若い連中にやらせるわけには行かないからな。ハウスマスターが他のハウスから応援を呼べないか掛け合ってるらしいし、少しの間ふんばってもらうしかないな」
ジャコブはそんな風に言うが、モニークの気持ちは晴れなった。
後輩たちが食事もとれず寝る間も惜しんで働いているのに、自分は『大変ですね』と送り出されたものの、実態は暇つぶしに付き合っておしゃべりをしているばかり。
テレーズとライザを思い出す。
わずか数日でやつれた顔。制服は洗濯が出来ていないのか、カウンターに当たる部分が黒ずんでいた。二十一時にようやく終業して、家に帰り、翌朝はまた八時半に出勤だ。
食事を作る暇なんて無いだろう。
何時間寝られるんだろう?
せめて何か、美味しい物でも食べさせてあげたい。
「ねぇ、ちょっと買い物してきてもいいかな?」
「あ? あぁ、いいんじゃない? 別に暇だし。目の前だけど、一応護衛と一緒に行ってこいよ」
「うん。わかった」
店の行列は昨日よりも少なく見える。
「なんだ、今日は魚サンドがないのか」
前の客から、そんな声が聞こえてきた。
パンで焼き魚を挟んだ料理。この店の一番人気だったと思ったが、今日は買えないらしい。
会計カウンターの奥では、淡いベージュの髪色をした子どもが二人で魚を焼いている。
やっぱり、焼き魚しかないか。
なんとか食べさせてあげることが出来るだろうか?
渡すまでに冷めて硬くなってしまいそうな気もして、モニークは列に並びながら迷っていた。
「トートバッグと、瓶のケチャップを二つ。あと、パンも二つもらえる?」
前に並んでいたカップルが、不思議な注文をしているのがモニークの耳に入った。
瓶のケチャップというのは、ソースを瓶詰にしたものだろう。たしか、昨日食べた魚サンドのソースがケチャップという名前だったはずだ。
トートバッグ? ここは、食べ物の店ではかったかと、モニークは背伸びをして覗き込んだ。
「昨日の新婚さん! トートバッグは最後の一枚なんだけど……」
「あぁ。ふたりで一緒に使うから。一つでいいんだ」
「そっか。じゃあ、オマケのシリアルバーは二つ付けとくよ。昨日、たくさん買ってくれたからね」
「シリアルバー?」
「携帯食だよ。ドライフルーツやナッツが入ったクッキーみたいな感じ。まぁ、食べてみてよ」
店員が白い紙に包まれた棒状の物を客に手渡した。
ドライフルーツやナッツは携帯食として定番だが、あんな形の物は見たことが無い。
「いらっしゃい……。ギルドの人ですよね? お疲れ様です」
店員からそう言われて、モニークは驚いた。
二日前に出店の挨拶に来たらしいが、その時にはモニークはいなかった。昨日買い物をしに来た大勢の中で、顔を覚えているなんて。
「あの……、はい」
「何にします? あいにく今日は魚サンドが出せなくて……」
「あの! さっきのシリアルバーって言うの、あれを下さい!」
店員は少し驚いたような顔をした後で、困った風に頭を掻いた。
「実はあれは商品じゃなくて、トートバッグを買ってくれた人にオマケで付けてたんですよね。そのトートバッグは、たったいま売り切れちゃって……」
「じゃあ、シリアルバーも?」
「いや、シリアルバーはまだ残ってるんですけど……。どうしようかな?」
「売ってください! トートバッグと同じ値段で構いません。あといくつ残ってますか?」
「えっと……十二本です。トートバッグと同じ値段は流石に申し訳ないな……。一本二百リビーとか……」
店員はモニークの顔を覗き込むように金額を提示した。
一つ二百リビー。十二本で二千四百リビー。けして安くはないけど、がんばっている後輩たちを少しでも労いたい気持ちでモニークはシリアルバーを買い占めた。
「あ、まって。これ売ってたトートバッグじゃないけど……」
そう言って店員が差し出したのは、少し不思議な手触りの手提げ袋だった。
薄いけど硬さがある。布のような紙のような、とても軽い袋だ。
「シリアルバーをここに持ってくるのに使った不織布のエコバッグなんですけど、たくさん買ってくれたのにバラバラで持ちにくいんじゃあ、申し訳ないんで」
そういって、買ったものを袋に詰めてくれた。
翌朝。
眠い目をこすりながら出勤してきたテレーズとライザは、作業台の上に置かれた荷物に気が付いた。
少し光沢がある不思議な袋の中には、紙で包まれた棒状の物がたくさん入っている。
添えられていた手紙には『お疲れ様。昨夜話したお店で買いました。シリアルバーという携帯食だそうです。これなら、業務中でも少しは食べられるかと思って。みんなで分けてください。モニーク』と書かれている。
「モニークから差し入れだぁ~!」
取れない疲れに表情が無くなっていた二人に笑顔が戻った。
「シリアルバーって何だろう?」
「ドライフルーツとナッツとミューズリーかな? ビスキュイで固められてるみたい」
「食べてみようよ! 寝過ごして、朝ごはん食べ損ねたもん」
カリッとしたナッツの歯ごたえと、サクサクのミューズリー。しっとりとしたドライフルーツが、甘い生地に包まれて大きさのわりに食べ応えがある。
優しい甘さは花蜜だろうか? 噛み応えのある食感と相まって食欲を刺激する。
「美味しい!」
「これ、小さく割れるよ。一口サイズにして、業務中につまめるんじゃない?」
楽し気な二人の声に誘われて、出勤してきた仲間たちが集まってくる。
二人はモニークからの差し入れを皆に配りながら、久しぶりに心から笑いあった。
「甘いものを食べるとさ、ちょっと元気でるよね」
「じゃあ、今日も一日、頑張っちゃいますか!」
「おはようございます! ご依頼内容をお伺いします!」
テレーズの声に張りが戻った。
満面の笑顔に、客の口元もついほころぶ。
「手紙と荷物を門の外にいる商人に届けて欲しいんだ」
オーガの女性は油紙に包まれた荷物をカウンターに乗せる。
「門の外の商人! それって、焼き魚を売ってるとかいう?」
「そうだよ。知ってるのかい?」
「私は行った事は無いですが、先輩が買ってきてくれたんです」
女性は「そうかい。頑張ってるようだね。繁盛してるなら、なによりだよ」と優しく笑う。
「小さく割ったものですが、一欠けいかがですか? 先輩が買ってきてくれたシリアルバーという物らしいんですが」
テレーズが差し出した欠片を、女性は少し遠慮気味に受け取る。
その日の受付カウンターは、いたるところでサクサクカリカリと咀嚼音が鳴り響いた。
このお話の店員側視点を、『異世界商店・就業中』第七十五話[出店二日目]にてお読みいただけます。
合わせてお楽しみください。




