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除隊  作者: 丸隈
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第一章 事故 (三)病室

 目を覚ましてまず視界に映ったのは、規則正しく無数の小さな穴が整列する吸音材の天井、その天井を走るカーテンレール、そこから垂れ下がるドレープの効いたカーテン。横のスタンドにぶら下がったいくつかの点滴と、そこから伸びる管は僕に繋がっているようだ。部屋が暗いことから察するに、どうやら今は夜らしい。日中ならば、電気を消したところでここまで暗くはならないだろう……そんな事をボンヤリ考えていると唐突に、ついさっきまでの訓練場での出来事を思い出した。



 あれからどうなったのか。僕以外に怪我人はいるのか。そもそも今は何時なのか……



 止めどなく疑問が溢れてくる。周りに時間を示すものが何も見当たらないままに、目覚めてから体感で10分は悶々と考え続けた。それから、こういう時はナースコールで目覚めたことを知らせたほうが良いのではなかったか、と思い当たってガサガサ身動(みじろ)ぎしていると、唐突にカーテンが人間一人分の幅だけ開かれた。とっくに面会時間は終わっていると思っていた僕はビクッと身体を緊張させたが、やがて闇を割って覗かせた姿を見て安堵した。


「目を覚ましたか」


「先任、いらっしゃったんですか。」


 中隊の先任曹長であった。中隊の下士官団以下をまとめ上げ、中隊長を補佐する。その役割は一言で言えば簡単に聞こえるかもしれないが、卓越した戦闘員としての能力と豊富な経験、何より将校や下士官団からの厚い信頼がなければ、その役割は十分に果たせない。どの中隊でも先任といえば一角の人物が就任しているが、ウチの先任が一番だと、少なくとも中隊の皆がそう言っている。兵の育成にかける情熱、問題点を看破する洞察力、隊員を引っ張る牽引力……どれもが本物だと、階級を超えて皆からそう評されている。兵として、畏敬の念を抱かずにはいられない存在であった。


「寝たままでいいぞ、少しだけ話をしよう。聞きたいこともあるだろう?」


 穏やかな口調で静かにそう告げると、先任はベッド側の椅子に静かに腰掛けた。その体躯に似合わない華奢な丸椅子が、ギシッと静かに軋んだ音を立てる。座って対面したことによって角度が変わったせいか、夜の暗い病室ではその表情をうかがい知ることはできない……表情は読めないが、普段よりも先任の声のトーンが低いことが気になった。それは夜だから静かに話しているというよりも、何か伝えづらい事実がこの後に控えているかのように感じられる。


「ありがとうございます、先任……あの、他に怪我人はいますか?」


 少し迷ったが、一番気になっていることから聞くことにした。自分が怪我をしているようなので安全係としての僕は任務不達成もいいところだが、せめて怪我人が自分だけなら少しでも救いがあるかと考えていた。負けは負けとして、負け方というものがあるだろう。


「負傷者は一人だけ……今、俺の目の前で寝てるヤツ以外は全員無事だ。」


 良かった。想定していた最悪よりは、ずっと良かった。その事実にひどく安心して、思わず深く息を吐いた。その様子を見て先任が更に言葉を続ける。


「訓練を即座に中止して、救急車で軍病院に担ぎこんだのが昨日の昼。今日から本格的に訓練事故の調査・検証が始まっている。唯一の怪我人も意識を取り戻したなら、明日から事情聴取も始まることになるだろう。」


 先任は気になっていた情報を一通りくれた。訓練事故の調査は面倒ではあるだろうが、これはもう起きてしまったのだからしょうがない……死人が出ていないのなら、大層なことにはならないだろう。それに、事故からあまり時間が経っていない事にも安心した。そう聞くまで、まさか何年も寝たままだったなんてことはないよな……だなんて不安に駆られていたから。


「教えていただき、ありがとうございます。それから……安全係として任務を果たせず、本当に申し訳ありません。中隊にも事故調査でご迷惑を……」


「そんなのはどうだっていい」


 突然、潜めた声を被せて、先任が僕の言葉を制した。思わず言葉を途中でピタリと止める。先任の顔に目を向けても相変わらず、暗がりの中で表情が見えない。心なしか、先程の先任の声が震えていたような気がした。不用意な謝罪で怒らせてしまったのだろうか。そこから、なんと言っていいのかわからないままに少しの間、暗い病室のカーテンの内側で沈黙が続いたが……意を決して、先程まで一人で考えていたことを伝えてみることにした。


「先任、違うんです。目が覚めてから色々考えてる間に、自分の処置が不味かったんじゃないかと思い返していたんです。手榴弾を排除する時、力いっぱい遠くに投げてしまいました……もっと速い速度で低弾道、それを15メートル先くらいに投げていれば、自分の姿勢が高くても怪我はしなかったと思うんです。だから」


 切り出した言葉に偽りはない。きっとあの時……手榴弾を遠くへ投げすぎたが故に、空中の高い位置でそれが炸裂した。そうして、身を隠し損なった僕に鋼片が飛来して負傷に至った。その部分は事実に違いないだろう。そもそも投擲手が退避完了していれば結果は違ったのかもしれないけれど、それは僕が語る領分の話ではないはずだ。


「俺は最後まで見ていた。お前が伏せている事情についても、解っているつもりだ。」


 またも被せるように先任が発した言葉に、僕はドキッとした。退避せずに見ていた?


 訓練時に先任がいた場所で、あの状況下、退避もせずに事の成り行きを見ていた?


 本当だとしたら正気ではない。これは何かを探るための引っ掛けかもしれない、とも少し思ったけれど……この人なら本当にそういうことをやりかねない。そう思わせる凄みが、先任にはあった。


「答え合わせをしよう。聞かれたことの全てを正直に俺に話してくれ。そして、その前に……お前に、伝えておかなければならないことがある……」


 先任の声が震えているのは、気のせいではなかったようだ。今ではもう、それがはっきりとわかる。夜の病室で、潜めた声で、静かだが良く通る声を震わせて先任は告げる。



「損傷の激しかった右眼球は摘出された。もう、見えるようにはならない。」



 発された言葉がその意味を消化されないまま、僕の頭の中をグルグルと駆け巡った。

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