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除隊  作者: 丸隈
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第三章 龍見 (九)妄執

 選抜試験は全て通過したものの、それ以外はまるで駄目だった。私はもう、来月には最後の機会を失ってしまう。結末が、もはや実体を伴っているかのように眼前に見えている。きっと私は最後の勝負に負け、鮫上はその翌月に下士官となるべく入校する……そこで、おしまい。そして私は3月に士官候補生学校へと入校する。卒業後の将校としての赴任地を今の部隊から離されるであろう事は、父の様子を見ても明らかだ。


 明確に見えてきた終わりが、私を苛む。一体、何が悪かったのか……鮫上が強すぎるのか、私が弱いのが悪いのか、私が強くなれなかったせいなのか……きっと、そんなところに責任の所在は無かった。買い言葉で飛び出した、勝負に勝ったら言う事を聞く、だなんて言質を盾にして、勝手に想いを募らせ続けた子供のような私が悪いだけだ。


 馬鹿な話だ。そんな事は関係無しに誠実に愛を語れば、それを無碍にするような男ではないはずだった……いつまでも勝負を理由に躱し続けはしなかっただろう。固執してしまったのは私だった。私のくだらない自尊心が、二人の勝負を勝手に神格化してしまった。このステップを踏まなければ絶対に次には進めないのだと……それ以外は許さないと決めつけてしまった。そんな事を三年以上も続けているのだから、もはや呪いの類といってもおかしくはなかった。


 将校の道を蹴る、という道筋も頭を過ぎらなくは無かったが……実家から縁を切られ、これまでの20数年の間、正道と信じた道から外れて生きていくという事は、私にとっては底しれぬ恐怖を感じるものでもあった。結局のところ、私は家を捨てる事は出来ない……そのくせ、鮫上の事も諦められない。本当に、子供のようだった。


 相変わらず眠れなかったし、最近では食欲すら湧かなかった。倒れる訳にはいかないので、携行補助食(エネルギーバー)の類を(かじ)っては鍛錬を続ける。来月は最後の機会だというのに、身体の調子(コンディション)は最悪と言って差し支えなかった。それでも眠れず、食べられない理由は……対処できないものだと解っていたから。もう鮫上に勝つ事でしか解決できないから。私はもう、ギリギリまで鍛錬を続けて、最後に全てを鮫上にぶち()けるしかない。壁に向かってアクセルを踏み込むような、破滅的な心境に近かった。




◇ ◇ ◇




 月末に、中隊合同で手榴弾投擲訓練があった。これまでに何度かあった機会を軍格闘訓練や選抜試験で逃していたため、参加する必要があった。誰しも年に一度は投擲するものであり、特に難しいものでも何でもない……幸いにも、ウチの中隊は投擲だけ済ませれば帰れるので、鍛錬の時間が惜しい私にとってもありがたい話だ。前日のブリーフィングには出なかった……どのみち参加命令に必要な事は全て書いてあるのだから、その分の時間も鍛錬に回していた。夜は大して眠れないまま、手榴弾投擲訓練の日を迎えた。


 何でもない、いつもの訓練のはずだった。そう思っていた。だから……自分が投擲するまでどのように過ごしていたかもよく覚えていない。いつものルーティンのように、流れに沿って準備し、出発し、訓練場に到着したに違いなかった。そのまま自分の順番が来たら、さっさと投擲して、訓練場を後にするに違いなかった。ただひとつ、参加命令と異なる点があった……なぜか、私の安全係に、鮫上が就いている。


 ここ最近の私は本当に酷い状態だったが、それを鮫上にだけは悟られたくなかった。慌てて出来る限り身なりを整えてから、平静を装って投擲場へと進入した。ちょうどいい距離で先に声を掛ける。



「やぁ鮫上、誰かの代わりか? 何にせよ、よろしく頼む。」



「おぉ龍見、先輩にご不幸があってね……悪いけど、僕で我慢してくれよ。」



 お互いに短い挨拶だった。私にはそれが限界だった……もうこれ以上、鮫上と目線や言葉を交わしたりしてしまうと、きっと泣いてしまう。会えて嬉しいはずなのに、それを失う辛さが先にやってきて、私の心を引っ掻き回した。何も悟らせないよう、私の目は標的を睨みつけることだけに集中した。号令は聞こえている。復唱もしている。



 不思議な事に、目線を切ったはずなのに鮫上を感じた。耳から息遣いが感じられたし、何度も格闘場で交わしあった身体の熱を肌に感じた気がした……そのうち、組み合った時に嗅いだ甘い匂いまで漂ってきたように思われた。口の中には殴られた時に感じた血の味まで広がっている。号令は聞こえている。復唱も多分、出来ている。ピンも抜いた。



 私の身体が鮫上を覚えてしまっていた。相手を叩きのめすためだけの身体と身体のぶつかり合い、相手を殺すための暴力と技術の応酬。幾度となく繰り返されたこの交流で、私の身体は鮫上を知ってしまった。知りすぎてしまった。愛を囁きあうよりもはるかに深く知って、私の身体に染み込んでいた。忘れられるはずもなかった。この熱を失うことは考えられなかった。号令は聞こえている。泣いてなどいない。復唱も多分、出来ている。投げている。



 投げて、いる? いや、何かがおかしい。足元を見る……そこに、いる。



 投げ損じた。投げ損じた時の対応、対応は確か……いや、不味い、これ以上は鮫上に無様なところは見せられない。無かった事にしろ、再度投げろ、拾え、拾え、拾え、拾え、拾え!



――ガンッ!



 身体がぶつかった。目線を交わす、鮫上の驚いた表情……不味い、マズい、どうすればいい? もう一度拾う? またぶつかる? 誰かが何かを叫んでいるのが、遠くに聞こえる。



「壕に入れ! 排除する!」



 鮫上も叫んだ。手榴弾を拾われる。私は何をしている? きっと私に失望したに違いない。何故私はこんな事を、投げ損じた投擲手は手榴弾に触れてはいけないはずだ。私に失望したに違いない。私は何をしている? 今、私はどこにいる?



 ここで、何をしている?



 不意に鮫上に身体を掴まれて投げられ、ほぼ同時に炸裂音がした……ややあって我に返り、うつ伏せから身体を起こすと、何かが覆いかぶさってくる。血塗れの、鮫上。




 私は声を上げる事もできずに意識を手放した。

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