最終話
私の隣に戻って来たアーヴィング様の顔色の悪さに、私は思わずアーヴィング様に声をかけてしまう。
「アーヴィング様……? 青の魔女さんとどんなお話を……?」
「いや……ベルは気にしないで大丈夫だ。……イアンと、ルシアナの件は青の魔女殿に一任するよ、と伝えただけだからな」
どこか気まずそうに視線を彷徨わせながら言葉を紡ぐアーヴィング様に、私は青の魔女に問いかけるように視線を向けたが青の魔女はひょい、と肩を竦めただけで私に教えてくれそうにない。
「取り敢えず……不正を犯した貴族達へ、国民の当たりは強くなるだろう。……陛下からも近々沙汰が下るだろうし……。青の魔女殿が話してくれた詐欺についても、犯罪行為を働いているため、加担した家は爵位は返上の上、身分は落とされるだろうな。……財産も全て押さえられ、生きている限り返済に追われるだろう」
「そのような、ことに……」
私は思わず自分の口元を押さえてしまう。
だが、それ相応のことをしてしまったのだから罪を償わなければならない。
私は、爵位を返上した貴族達の治める領地の領民達がどうか不幸にならねばいい、と祈った。
「さて、私はそろそろお暇するとしようかね。この秘薬の使い道を旦那さんに確認しに来ただけだから」
青の魔女がよっこいせ、と声を漏らしながら立ち上がるのを見て、私とアーヴィング様は慌てて立ち上がる。
「青の魔女殿、わざわざここまで来てくれたんだ……夕食を一緒にどうだ? 泊まっていけばいい」
「そうですわ、青の魔女さん。色々助けていただいたお礼をさせて下さい!」
夕食を一緒に、と私とアーヴィング様は声をかけるが青の魔女は首を横に振り、私達に笑いかける。
「有難い話しだけど、私は孤児院に戻るよ……。子供達が私がいないと寂しがるんでな」
子供達を思い出しているのだろう。
青の魔女は優しく瞳を細め、にっこりと笑う。
「そう、か……。子供達から青の魔女殿を取ってしまうのは忍びないな……せめて玄関までは送らせてくれ」
「ふふふ、本当かい。貴族様に見送ってもらえるなんて、長生きはするモンだねえ」
「あら、青の魔女さんにはもっともっと長生きしていただかないと……! またあちらにも遊びに行きますし、沢山お会いしたいです」
「そうだねえ、私もベルとは会いたいさ。頑張ってまだまだ生きるとしようかね?」
私達は邸の玄関までの道のりをゆっくり歩きながら談笑しつつ進む。
邸の玄関までやって来た私達は、馬車を玄関前に回すように使用人に告げた。
馬車がやって来る間、三人でぽつりぽつりと会話を楽しんでいると、風が吹いて私が羽織っていたストールが飛ばされてしまった。
「──あっ!」
飛ばされてしまったストールを追いかけようとした所で、使用人が取りに行ってくれて。
私はその使用人の方に歩き出す。
アーヴィング様と青の魔女から私が少し離れると風向きが変わり、二人の会話が聞こえ辛くなるが気にせずに使用人の下へ向かった。
「奥様、すみません少し土汚れが……」
「ええ、大丈夫よ、ありがとう」
申し訳さなそうに眉を下げて肩を落とす使用人に私は笑顔でお礼を述べる。
振り返ると、アーヴィング様と青の魔女がこちらを見ながらぽつりぽつりと会話をしているのが見える。
「ああ、奥様! お足元に気をつけて下さいね、申し訳ございません、石が……すぐに退かさせます!」
「ふふ、そんなに心配しなくて大丈夫よ。ありがとう、さあアーヴィング様たちの所に戻りましょうか」
私は使用人にそう告げ、待ってくれているアーヴィング様と青の魔女の下に歩き出した。
◇◆◇
ベルのストールが飛ばされ、慌てて使用人が取りに行きベルもそれに続いた。
青の魔女と俺はその様子を微笑ましいものを見るように瞳を細めて見つめる。
また、こんな風にベルと穏やかな日常を送れるようになったのは、青の魔女のお陰だ。
あの日、青の魔女からもらった薬を飲んで眠りについて。そうして目覚めた時には全てを思い出していた。
俺の腕の中で目を閉じて眠るベルを見た瞬間、涙が溢れ出て。
これほど愛しているベルを傷付け続けてきたことを、死ぬほど後悔した。
あの夜会の日。ジョマルやベルの友人には悪いが、歓談の席に着かなければ。そうすればこんなことにはならなかったかもしれない。
俺が記憶を失わなければ、イアンだって見舞いを口実に邸に来なかったかもしれない。
家令のシヴァンに、イアンがベルの腰を抱いていた、と聞いた時は怒りで頭がどうにかなりそうになってしまった。
ベルに触るな、というどす黒い感情が湧き上がって、そしてどうにかしてイアンをベルから引き離すこと、それだけしか考えられなくなった。
「……ベルは、ああやって笑っているのが一番可愛いねぇ」
俺が思考に耽っていると、隣から青の魔女ののんびりとした声が聞こえる。
俺ははっとして青の魔女に視線を戻した。
客人を前にして、客人を放ったらかしにしてしまうなど。
「──ああ、ベルの笑顔は世界で一番美しいからな」
「ははっ、世界で一番とは大きく出たもんだねぇ。だが、まあ愛らしいのは確かだねぇ」
青の魔女の瞳が優しく細められる。
その表情は、孤児院にいる子供達に向けている、慈しむような視線と同じ慈愛に満ち溢れていて。
俺は、ふと思い至る。
もしかしたら、青の魔女にもベルのような娘が──。
「もう、ベルにあんな顔をさせるんじゃないよ、旦那さん」
「──あっ、ああ肝に銘じるよ」
「その言葉、破ったら……そうだねぇ。寝室にある薬、あれをあんたには二度と作ってやらないとするかねぇ」
「──なっ、」
青の魔女はにんまり、と口元を笑みの形に変えて嫌な視線を向けて来る。
なぜ、あの薬のことを知っているのか。
いや、それよりも作らない、とは──。
俺が慌てふためく様子がそれほどおかしいのだろうか。
青の魔女はからからと笑うと、やっと来た馬車を見て、馬車の方に足を向けた。
「なんたってあの男用の避妊薬は私が作ったモンだからね。まだ恋人同士の時間を楽しみたいんだろう? ベルを悲しませたらもう作らんよ、旦那には手に入らないようにしちまうさ」
「まっ、魔女殿──っ!」
青の魔女は笑い声を上げ、到着した馬車に乗り込んでしまうと、こちらに駆けて来るベルに「またねぇ」と声をかけて手を振りさっさと邸をあとにしてしまった。
「──ああ、行ってしまいましたね……。アーヴィング様? お顔が赤いですが……」
「な、なんでもない。体が冷えるだろう、早く中に入ろうベル」
俺は、不思議そうな顔のベルを気恥ずかしさでまともに見ることができず、そのままベルの肩を抱いて邸の中に戻った。
◇◆◇
それから。
青の魔女は、アーヴィングに話したことを実行したのだろう。
どうやってイアンとルシアナに秘薬を摂取させたのかは分からないが、二人が依頼して作らせた魔女の秘薬の効果を、二人は身を持って実感したのだ。
数ヶ月後、平民達が好んで読んでいる娯楽新聞には、目も当てられぬ二人の醜聞が面白おかしく記載されていて、アーヴィングはその新聞をベルの目に入らないように、慎重にだが迅速に処分した。
様々な貴族の不正が発覚し、国民から大きな反発が起きて暴動のような物が起きたが、それも国の上層部が時間をかけ、鎮めた。
その中で、王族に対する不敬罪でとある元貴族の子息と令嬢が処刑された、と社交界では一時噂になったが、それもまた時間が経つにつれて収束していった。
幾度か季節が巡った頃、トルイセン侯爵家では新しい命が宿ったという吉報に、邸中が祝福の空気に溢れた、それはまた別の話である。
─終─
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