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【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています  作者: 高瀬船


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 目覚めた私とアーヴィング様は、それから暫くの間お互い涙を流しながらぎゅうぎゅうと抱き締めあった。

 アーヴィング様の記憶が完全に戻り、きっとアーヴィング様は私にしてしまったことを全て思い出して様々な感情に心の中がぐちゃぐちゃになってしまっているのだろう。

 何度も何度も「すまない」と声を震わせながら謝罪を口にする。

 けれど、私はもうアーヴィング様に謝罪をして欲しくなくて。そっとアーヴィング様の胸に手を当てるとぐっ、と自分の腕に力を込める。

 私の行動に気付いたアーヴィング様は、私を力強く抱き締めていた腕を緩め、ゆるゆると体を離してくれた。


 「アーヴィング様……。もうそんなに謝らないで下さい」


 アーヴィング様の綺麗なアメジストのような瞳がじわりと滲んでいて、その瞳に映る私の輪郭もじわじわと歪んでしまっている。

 そっとアーヴィング様の頬に手のひらを添えると、アーヴィング様は目を閉じて私の手にすり、と擦り寄る。


「いくら謝罪しても、し足りないだろう……。俺は、愛するベルを蔑ろにして……あんなっ、あのような女に……っ」

「ア、アーヴィング様っ」


 秘薬に操られたとは言え、少しでもルシアナ様に愛情を向けてしまったことが耐えられないのだろう。

 アーヴィング様は最後は吐き捨てるように言葉を紡ぎ、恐ろしいほど低い声音でぽつりと呟いた。


「──あの二人、絶対に許さない……っ、然るべき報いを受けさせる……っ」


◇◆◇


 そして、アーヴィング様は呟いた通り、二人に裁きを与えるため動き出した。

 その日から侯爵家の仕事以外の時間を行方をくらませていたルシアナ様の捜索に費やし、直ぐにルシアナ様の身柄を確保した。

 魔女の秘薬を悪用されたことにより被害を受けた、と国王陛下に報告し、アーヴィング様は新聞社にもその情報をわざと流して世論を味方に付けた。

 事態が収束することはなく、平民達に貴族は傲慢で金銭を愚かなことに使用すると印象付けた。

 それにより、一時的に平民から貴族への印象も悪くなり、平民から貴族に向けられる視線も以前よりも鋭く、厳しくなる。

 けれど、アーヴィング様は「監視になっていいだろう」とけろっとそう仰った。

 貴族は治める領地の領民達に税を納めてもらい、その税を国に納めたり自分達の生活に使用している。

 自分達の納めた税をどう使用しているのか監視してもらうのは良いことだ、とアーヴィング様は勝気に笑っている。

 アーヴィング様の意見には確かに頷けて。だって、真っ当な使い方をしていれば何も後ろめたい気持ちなど感じないのだ。

 平民に監視されて嫌だと感じる貴族は……すなわちそういうことなのだろう。

 ぽろぽろと国内の貴族達から大なり小なり不正や横領の事実が出てきて、その中にはルシアナ様やイアン様の家の名前もあった。

 そのことを知った私は、今日も書斎でお仕事をしているアーヴィング様の下に向かい、扉をノックして中に入った。


「──ベル!」


 お仕事中にお邪魔をしてしまったというのに、アーヴィング様は嬉しそうにぱあっと表情を輝かせると執務机から立ち上がり、出迎えてくれる。

 室内にいたシヴァンさんが「お茶をご用意いたしますね」とにこにこと笑顔で告げ、素早く準備にかかる姿に、私はアーヴィング様に向かって口を開いた。


「お仕事中に申し訳ございません、アーヴィング様」

「いや、丁度休憩をしようとしていた所だったから大丈夫だ。何かあったのか?」


 アーヴィング様に手を引かれ、ソファに案内されて私達がソファに隣り合わせで座ると、自然とアーヴィング様の腕が私の腰に回る。

 アーヴィング様のその行動が自然で、当たり前の日常が戻ったことに私は幸せを感じながらそっとアーヴィング様に体を預け、ここ最近抱いていた疑問を口にした。


「アーヴィング様はもしかして、ルシアナ様とイアン様のお家の不正に気付いていらっしゃったのですか……? だから……共に断罪しようと……?」


 シヴァンさんが用意してくれた紅茶のカップに口を付けていたアーヴィング様がちらり、と私に視線を向けて「いいや」と口にした。


「不正の事実は知らなかったんだが……ルシアナとイアンが秘薬を手に入れた経緯を調べていたら、どうも膨大な金を使った記録を見つけた……。その金の流れを調べている内に不正に気付いたから陛下にご報告したまでだよ」

「──まあ……」

「だから、実際裏を取ったのは陛下から依頼された正式な機関だろう。俺はただ、おかしいことが起きていませんか、とご報告したまでだからな」


 ひょい、と肩をすくめるアーヴィング様の口元がゆったりと笑みの形になっていることを確認して、私は驚いてしまう。

 ここ最近、アーヴィング様が夫婦の寝室にやって来るのは日付が変わるか変わらないかという遅い時間帯が殆どだった。

 きっと、寝る時間を惜しみ様々な件を調べていらっしゃったのだろう。

 そして、ようやくそれが身を結んだ。


「そう言えばベル。それだけでここに来たんじゃないんだろう? 何かあったか?」

「──あっ、そうでした……!」


 私ははっとして、アーヴィング様に体を向けると今朝届いた手紙を二通、アーヴィング様に見えるように翳す。


「一通は、先日まで滞在していた私の友人、カティアからで。私達に起きたことを知ったようです、その手紙で……」

「そうか。……気遣いに返礼をしないといけないな。……ちなみに、もう一通は?」


 不思議そうな表情をしているアーヴィング様に、私は口を開いた。


「青の魔女さん、からです。……青の魔女さんが明日、邸に訪問する、と」

「本当か? それならば青の魔女殿を出迎える準備をしないとな」


 青の魔女として手紙を送ってくれたということは「孤児院の職員」として訪問する訳ではないのだろう。

 私はそう考え、アーヴィング様にもそう伝える。


「……と、いうことは子供達は来ない、ですよね」

「ああ、そうだと思う」


 ソニーやジムとは会えないのか、と私がしゅんとしているとアーヴィング様が優しい視線を向けて来る。


「子供達と会えないのが寂しいか? 王都の騒動が落ち着いたら……また孤児院に遊びに行こう。ルドイツ子爵にも、君の友人のカティア子爵夫人にも、改めてお礼を言いに行かないとな」

「……はいっ! そうですね、またルドイツ領に行きたいです」


 私がアーヴィング様に向かって笑顔で述べると、アーヴィング様も微笑み返してくれる。

 私達は、青の魔女の到着時間を確認しながら、出迎えの準備を色々と話し合った。



 迎えた、翌日。

 青の魔女は午前中に邸に姿を現した。


「何だか久しぶりに感じちまうね?」

「青の魔女さん、お待ちしておりました……!」

「青の魔女殿、良く来てくれた」


 邸の玄関に現れた青の魔女を、私とアーヴィング様が出迎え、サロンに案内する。

 邸の人間に出迎えと案内を頼まずに私達自ら出迎えたのは、青の魔女がきっとそういったことを遠慮するから。

 人とあまり関わりを持つことを良しとしない魔女達は、見知った者に出迎えられ、案内された方が安心するだろうと二人で話して決めたのだ。

 だから、サロンに到着した後も用意されていたお茶と茶菓子を、私達は自らの手で用意する。

 青の魔女はお客様なので勿論私が注ごうとしたのだけれど、青の魔女は笑顔でそれを断り、自ら注いでしまった。

 私達三人は注いだお茶を一口味わってからカップをテーブルに戻し、一息ついたところで青の魔女がゆっくり口を開いた。


「──今日、ここに来たのは先日あの坊やから奪った秘薬と、ベルとベルの旦那から抽出した秘薬の効果が宿っている魔力を、再び秘薬にしたものを小瓶に入れて持って来たんだ」


 青の魔女はそう言うと、懐から二本の小瓶を取り出してテーブルの上にことり、と置く。

 以前、私達から取り出した魔力は青の魔女に託した筈だが、どうしてもう一度持ってきたのだろうか、と私が不思議に思っていると、アーヴィング様も同じことを考えていたのだろう。

 不思議そうな表情を浮かべたまま、青の魔女に向かって問いかける。


「──あ、ああ……。それは確か青の魔女殿に処理を頼んだ、が……どうしてそれを……?」

「……今、王都で色々と騒ぎになっているだろう?」


 青の魔女は、王都で起きている貴族の不正の噂を聞いたのだろう。

 視線を小瓶に固定したまま言葉を続ける。


「……私がやっかいになっている孤児院から成人して出て行った子供達もいれば、他の孤児院に移動する職員もいてね……。今回の一件、かつて孤児院に関わりのあった者達も、間接的に被害を受けていたんだよ」

「え……っ!」

「──それは本当か青の魔女殿!?」


 悲しそうに瞼を伏せた青の魔女に、私は息を飲む。

 アーヴィング様も座っていたソファから勢い良く腰を上げ、青の魔女に問いかける。

 青の魔女はアーヴィング様の問いに頷き、説明を続けてくれた。


「今回、私の馬鹿な弟子に金を払って秘薬を依頼した坊ちゃんと嬢ちゃんがいただろう? その金を調達するために、孤児院に縁のある者達が務める店や、宿、商会などが被害に遭ったみたいでねぇ……職を失う奴まで出る始末だ」

「……っ、申し訳ない……」

「なに、ベルの旦那が謝ることじゃないさ。……ただ、今いる孤児院から手伝いに出た職員が務める孤児院もね……寄付金の詐欺に合ってしまったらしくてね……。その詐欺の大元を辿れば貴族様に行き着いた」

「──まさか……、その貴族って言うのが……」

「複数いたが……。中にはあの坊ちゃんの名前があったよ……そこで、ベルの旦那。相談だよ」

「……? 俺に……?」


 青の魔女の言葉に、アーヴィング様は不思議そうに瞳を瞬かせるとちょいちょい、と手招く青の魔女に近付いた。


「……ベルには、聞かせたくないからね。こっそり確認するよ……」

「──?」

「この秘薬は、私がちょいとばかり手を加えて……あんたらを対象とした効果だけを打ち消し、その代わり同性に愛情を向けるように細工した。……そうすれば、今の不正の騒ぎに加えて醜聞騒ぎが起きるだろう? そうしちまえば、あの坊ちゃんと嬢ちゃんの家は時間はかかるかもしれないが……」

「──侯爵家の次男がそのような騒ぎを起こし、更にそのような醜聞が起きれば……最悪家を潰す可能性もあるな。……伯爵家の方も、跡継ぎがいない状態で婿を取らねばならないのにそのような醜聞が知れ渡れば、婿に来る家も殆どなくなるだろう……」

「──ああ、あんたらに盛られた効果を少しばかり倍増させたから……欲望に忠実になるだろうしね」

「……醜聞騒ぎでは収まらない可能性も出て来たな……深く考えたくはない……」


 アーヴィング様と青の魔女はぼそぼそと私には聞こえない程度の声量で会話を続けている。

 アーヴィング様の顔色が悪いから、もしかしたら私が聞くには少し良くない内容なのかもしれない。


「──万が一国の上層部に行動を起こしたら……」

「首が飛ぶんじゃないかね?」

「文字通りな……不敬罪が適用される可能性もあるな……」

「ふん……、そうなっちまえば良いと私は思っているがね……」

「……青の魔女殿は恐ろしいことをするな」


 アーヴィング様と青の魔女の話は一旦終わったのだろう。

 アーヴィング様は青の魔女に「青の魔女殿に一任するよ」と眉を下げて笑った。


次回最終話です。

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