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 私の言葉に、信じられないと言うような表情を浮かべたイアン様は視線を彷徨わせる。

 そして、そこで青の魔女の姿に気が付いたイアン様は鋭く睨み付け、貴族にしてはとても口汚い言葉で青の魔女を罵り始めた。


「──お前……そこの、ばばあっ! 俺に何をした……!? どうして意識を失っているのかっ、俺が持っていた魔女の秘薬をどうした!? 説明しろ!」

「ああ、あれかい?」


 イアン様の暴言にも、恫喝ともとれるような剣幕にアーヴィング様とジョマル様が動くが、青の魔女は顔色一つ変えることなく飄々とした様子で。

 自分の懐に手を入れ、イアン様が持っていた硝子瓶をひょい、と取り出した。

 イアン様にその小瓶の存在を晒した後は再び自分の懐に入れ直すとふん、とイアン様に向かって鼻を鳴らす。その表情は嘲り笑うような様で、青の魔女はそのままイアン様に向かって口を開いた。


「こんなモンに頼らなきゃ人の気持ちを手に入れることすらできない坊やが……。坊やにゃまだこういった薬は早いだろう。私がしっかり処理してやるから安心しな」


 青の魔女がイアン様に告げると「処理する」という言葉に反応したイアン様が突然暴れ始めた。


「ばっ、ばばあ! それがいくらしたか分かってんのか……! 相当な金を積んだ秘薬だぞ……っ! 処理するというなら、この場で瓶を割れよ! さっさと割れ!」

「誰が割るかい、間抜け。今この瓶を割ってしまえば秘薬の中身がベルに作用しちまうだろう。私がそれに気付かない奴だと思ってんのかい? 全く……あの馬鹿な黒の魔女をさっさと私が捕まえとけば良かったねぇ」


 青の魔女の言葉に、イアン様はぎくりと体を強ばらせる。

 なぜ「黒の魔女」の言葉が出てきたのか。なぜ、自分が黒の魔女に秘薬を頼んだのがバレているのだ、と狼狽えているようだ。


「何にも知らないと思ったかい? あの黒の魔女に秘薬の作り方を教えたのも、あの子を育てたのも私だからだよ。だから解毒だって簡単だ」

「──なっ」


 魔女の言葉に、イアン様は目を見開き、とうとう言葉を失ってしまった。

 ぱくぱく、と口を動かしきょろきょろと視線を彷徨わせるが周囲にはイアン様を冷たい目で見下ろすアーヴィング様、ジョマル様、そしてイアン様の体を拘束する警備隊しかいない。

 そこで漸くイアン様は自分の身が危ういことに考えが至ったのだろう。

 アーヴィング様に視線を戻し、言い訳をするように唇を開いた。


「わ、悪かったアーヴィング……っ! ただ、ただちょっと……魔が差しただけなんだ……っ、そう、魔が差したんだよ! ベル夫人を諦められなくて、それをちょこっとルシアナに零したらっ、あの女が俺に魔女の秘薬を手に入れてアーヴィングお前と、ベル夫人をお互い手に入れようっ、て……! ルシアナが俺を誘ったんだ! 俺は、魔が差しただけだ!」


 ぎゃあぎゃあ、と喚くイアン様にアーヴィング様は小さく溜息を吐き出すと、警備隊に合図をする。


「煩わしいので、塞いでくれ……。それと、王都への連行を……然るべき機関で裁きを受けてもらう……」


 アーヴィング様の言葉に更にイアン様は暴れたが、素早く警備隊に口元を布で塞がれてもごもごと声にならない声をだすことしかできなくなる。

 アーヴィング様の指示に従い、てきぱきと移送の準備を始める警備隊の行動を私とアーヴィング様が見つめていると、青の魔女がイアン様から奪った小瓶に何かを呟き、ふっとその小瓶が手の中から消失した。


「──あの秘薬は滅したからね、もう安心しなよ」

「あっ、ありがとうございます青の魔女さん……!」


 私が表情を明るくさせて魔女にお礼を告げると、魔女も嬉しそうに笑顔を返してくれる。


「青の魔女殿。貴女がいなければ、俺とベルはずっと苦しみ続けていただろう。本当にありがとう……」

「なに……、私はベルが気に入ったから手伝っただけさ……。あんた、友人付き合いはもうちょっと考えなさいな」

「ああ、肝に銘じるよ……。何かあれば、王都のトルイセン侯爵家に来てくれ……何もなくても、たまにはベルに会いに来てくれたら嬉しいし……俺達も王都に戻ってもまたあの孤児院には顔を出させてもらうよ」

「──ああ、そうしてくれると嬉しいよ。子供達も喜ぶだろうよ」


 青の魔女はアーヴィング様と話した後、私の方に顔を向け笑いかけてくれる。


「じゃあ、そろそろ私は失礼するよ。ベル、また子供達に会いに来てやってくれよ」

「あっ、ありがとうございました青の魔女さん……っ! また、孤児院に会いに行きますね」

「──ふふ、ああ待ってるよ……。悪いが、私のことはベルと旦那、その友人以外には忘れてもらう。記憶を消させてもらうよ」


 青の魔女がそう言うなり、ひょいと自分の腕を上げてゆるっ、と指先を動かした。

 瞬間、背後からドサドサ、と人が倒れる音が聞こえて──。私とアーヴィング様が驚き背後を振り向く寸前。


「またね」


 と魔女の声が聞こえて、視界の隅で青の魔女の姿がふっ、と消えたのだった。


◇◆◇


 それから。

 青の魔女の姿が消えたあと。

 突然倒れ込んだ室内の人達の所に私達が駆け寄ると、あっさり目を覚まし、魔女のことを一切口に出すことはなかった。

 イアン様も、先程の剣幕が嘘のようにしん、と黙り込み項垂れていて私とアーヴィング様、ジョマル様はお互い顔を見合せることしかできない。

 本当に綺麗さっぱり青の魔女のことを忘れてしまっている他の人たちの様子に、私達は改めて魔女の力の凄さを目の当たりにしたのだった。


 街の警備隊にイアン様を任せ、私達は一息ついた。

 ジョマル様は軽く私達とお茶をした後に急いで王都に戻ることにしたらしく、魔女と出会い、話をしたことをしっかり記録に残しておく、と興奮していらっしゃる。


「──だが、ジョマル。あまり青の魔女殿と出会ったことを広めない方がいいんじゃないか? 魔女といった人々はひっそり正体を隠し、暮らしているようだし……」

「そうですね……他の魔女の方々にもご迷惑となってしまうのは忍びないですし……」


 今回助けてくれた青の魔女の迷惑になってしまうのではないだろうか。と、私とアーヴィング様は同じことを考えていたようで。ジョマル様にあまり広めるのは……、と言葉をかけるとジョマル様は「分かっている」と言うように優しく笑いながら頷いた。


「ああ、俺も大切な友人と友人が愛する奥方を助けてくれた魔女殿に迷惑はかけたくない。だから、俺が覚えておきたい、と個人的に記して残しておくだけにすると約束しよう」

「あ、愛する……」


 ジョマル様の言葉に、アーヴィング様は違う部分に反応されたようで。

 アーヴィング様は私に顔を向けると、頬を赤く染めた。

 アーヴィング様のその態度が擽ったくて、私も何だか気恥しいような感情が湧き上がってきてしまい、アーヴィング様と同じく私も頬を染めて視線を逸らすと、私達の態度に呆れたような顔でジョマル様が溜息を吐いた。


「──全く……君達は何を今更恥ずかしがってるんだか……。まあ、取り敢えず俺は一足先に王都へ帰るが、アーヴィングとベル夫人は当初の予定通り、期間までこの子爵領で過ごしてから戻ってくればいいさ。……戻ったら戻った、で色々と忙しくなるだろうしな」

「──! ああ、そうだな……。そうするよ」


 ジョマル様の言葉に、アーヴィング様も肩の力を抜いて笑顔を浮かべると、腰を上げたジョマル様に倣い私とアーヴィング様もジョマル様を見送りに向かう。


「じゃあ……アーヴィング、ベル夫人。また王都でな!」

「ああ。気をつけて帰ってくれよ、ジョマル」

「ジョマル様、色々とありがとうございました!」


 私とアーヴィング様は、馬車に乗って去って行くジョマル様を寄り添いながら、姿が見えなくなるまで見送った。


 ジョマル様を見送った私達は、邸に戻る。

 今日は色々なことがあって疲れてしまい、早めに眠ることにした。

 アーヴィング様は青の魔女からもらった液体を迷いなくぐぃっ、と飲み干し先にベッドに入っていた私に手を伸ばす。


「──これで、明日目が覚めたらやっとベルのことを全て思い出せるな」

「青の魔女さんには感謝してもし切れないですね」


 私とアーヴィング様はベッドの中で顔を合わせ、くすくすと笑い合いながら会話をする。

 アーヴィング様の腕に包まれ、ぽかぽかと幸せで暖かい感情に胸が包まれ、私達は会話をしていたのだけれどいつの間にか眠りについてしまっていた。


 アーヴィング様の記憶が戻るかという不安はない。

 青の魔女からもらった薬はきっと、アーヴィング様の記憶を取り戻してくれる、と分かる。

 アーヴィング様に忘れられてしまった、数ヶ月前。

 憎しみを込めた瞳で見つめられて、まるで心臓が止まってしまうのではないか、と思ってしまうほど悲しく辛い日々だった。

 けれど、日々を過ごす内にアーヴィング様はご自分の感情に戸惑いを覚え、私への感情を少しづつ取り戻してくれた。そのことに嬉しさを、僅かな希望を感じていたのもつかの間。

 同じ頃、イアン様に同じような魔女の秘薬を使用されてしまった私は、イアン様と会った瞬間、イアン様を慕う気持ちが溢れ出すという不可思議な現象に苛まれた。

 あれ、を。あの秘薬を、何度も使われてしまっていたら。

 きっと私はイアン様や、ルシアナ様が計画していた通りアーヴィング様から離れ、イアン様と一緒にいることを選んでいただろう。

 そうならなくて、良かった──。


 意識がふっ、と浮上して私は目を覚ました。

 何だか、色々夢の中でも考えていた気がするわね、と考える。

 私の体はアーヴィング様の力強い腕に未だ包まれていて、その暖かな幸せに私はゆるりと瞳を開ける。


「──おはよう、ベル……」


 私が目を開けると、アーヴィング様は既に起きていたらしくて。


「お、おはようございます、アーヴィングさ──」


 アーヴィング様のお顔を見て、言葉を返そうとした私がアーヴィング様のお顔を見た瞬間、言葉が止まってしまう。

 アーヴィング様の宝石のような美しいアメジスト色の瞳からはぽろぽろ、と雫が零れ落ちていて。

 その姿を見た瞬間、私もじわりと視界が滲んで来てしまう。

 アーヴィング様が言葉を発さなくても、その表情で分かる。


「──俺のベル……っ、」

「お帰りなさい、アーヴィング様」


 アーヴィング様にぎゅうっ、と抱き締められて、私が言葉を返すと抱き締める腕の力がさらに強くなる。

 そうして、アーヴィング様は涙に濡れ、震える声で「ただいま」と小さく声を零した。



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