欲情
わたしの目が覚めて1ヶ月が経った。
リハビリを開始して、以前よりは立てる時間も増えた。けれど、歩けるようになるのはもう少し先のようで、今は数歩が限界だった。
倒れそうになると、決まってルーカスが支えてくれて、抱っこをしてくれる。
恥ずかしさはあるものの、ルーカスの腕の中がどうしようもなく気持ちよく感じてしまう。
それはルーカスも同じように思ってくれているようで、わたしを抱っこすると落ち着くようだ。
今日も書類仕事を手伝うべく、ルーカスのいる執務室で一緒に仕事をしている。
いつものように、わたしはルーカスの膝の上に座り、わたしとルーカスはそれぞれの書類を見る。
今は、その休憩時間。
「ルーカス」
「ん?どうした?」
わたしの前でだけ出すその甘い声に、わたしは穏やかな気持ちになる。
「ぎゅってしてください。」
「…!」
両思いになった後、わたしはルーカスに、どうやって愛を表現すれば良いのか分からないと言ったところ、してほしいことや思ったことをそのまま口に出したり実行すればいい。と言われたので、わたしは早速実践してみた。
のだが、肝心のルーカスは固まってしまった。
これじゃどうすればいいのかわからない。
いや、口に出すだけじゃなくて、わたしから動けばいいのでは?
最終的にこの考えに至ったわたしは、少しだけ向きを変えて、ルーカスを抱きしめた。
ルーカスを抱きしめていると安心する。
騎士団の仕事でがっちりとした身体つきになっているルーカスに守られていると分かると、落ち着くのだ。
けれど、ルーカスは違ったようで、抱きしめ返す力が思った以上に強かった。
「ルーカス、少し苦しいです」
「あ…すまない。」
「謝らないでください。抱きしめ返してくれて嬉しいので大丈夫です。」
わたしが抱きしめながらルーカスに言うと、ルーカスは力を抜いて、今度は優しく抱きしめてくれた。
「しかしそんな可愛いことを言うな。歯止めが効かなくなる。」
「歯止めですか…?」
何の歯止めなのだろうかと気になったわたしは、ルーカスに質問してみることにした。
すると、思いがけない言葉が帰ってきた。
「ああ、俺がハンナにどんな欲情を抱いてるか知っているか?」
欲情とは無縁だと思っていたルーカスからの言葉は衝撃的で、反射的にえっ?と反応してしまった。
「俺はハンナをだき潰してしまいたい。だが、それと同じくらい大切にしたい。一体どうしてくれるんだ…?」
いや、知らない。
だき潰すとか物騒な物言いはさておき、大切にしたいと思ってくれているのは嬉しいし、わたしもルーカスを大切にしたい。
わたしが嬉しい気持ちになっていると、ルーカスはいつかの出来事を思い出したのか、少し気分が沈んでいるようだった。
いつかの出来事とは、きっとあの日だ。
「だが、ハンナはまだ俺のことが怖いはずだ。なんせ、あの日無理やりしてしまったのだから……。」
とても申し訳なさそうな顔に、心から反省し後悔している声。
怖いかと聞かれればそうでもないし、むしろもっと触れてほしいとも感じる。
だからそんなに気に病む必要はないのに。
この思いをどうやって伝えれば良いんだろう。
しばらく考えた後、わたしは強くルーカスを抱きしめることにした。ルーカスは少しだけ驚いていた。
「ハンナ…?」
「怖くありません。わたしは、ルーカスに触れられるのが大好きです。落ち着いて、時折り恥ずかしなって、そんな気持ちになれることが嬉しいです。ですから、そんな悲しそうな顔をしないでください。」
行動も言葉も、全てしたいようにした結果こうなった。
好きな人の悲しい顔なんて、誰も見たくはないだろう。わたしとて、それは同じだ。
「…ありがとう。大好きだ。愛してる。」
「えへへ、わたしもです。ルーカス。ルーカスが1番大好きです。」
何の仮面も被らずに穏やかで過ごせることがこんなにも楽しく心地良いものだとは思っていなかった。
現に、まぬけな笑い声をルーカスに聞かせてしまった。
少し恥ずかしいとも思ったが、ルーカスは可愛いと思ってくれたようで、好きと言ってくれた。
「これ以上俺を刺激しないでくれ…。可愛すぎるから…。」
「では離れて…」
「それは無理」
なんとも早いご回答。流石だ。
「とにかく、俺はハンナが大切だ。だから少なくとも元の体力に戻るまでは待つから。俺の欲情を煽るようなことはするんじゃない。」
「煽ってないのに…。」
わたしが何気なく呟くと、ルーカスには「そういう所なんだよなぁ」と言われてしまった。
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