平和な悩み
多分わたしの顔は真っ赤になっていることだろう。顔を見られたくなくて俯く。
彼は恥ずかしくないのだろうか。表情を確認したくてルーカス様の方を向くと、またしても目が合ってしまった。
何故こうも目が合うのか不思議でならない。
目が合った瞬間にルーカス様は笑顔を浮かべた。その輝かしい笑顔を閉まってほしい。
「今まで俺も我慢してたんだ。少しくらい許してくれ。」
"これのどこが少しなのか説明してください…"
恥ずかしすぎて仕事どころじゃなくなる。
「ぅぅ…」
思わず書類を自分の膝の上に置いて顔を覆ってしまう。この先どうやって仕事をすればいいのか…。
「え、何そのリアクション。可愛すぎ」
何かボソッと言われた気がするけど聴かなかったことにする。
聞いてしまったら終わりな気がする。
ここは早く仕事を終わらせて掃除に取り掛かるのが賢明な判断のはず。
そうと決まれば、集中しよう。
時間が経ち、やっと早急にしなければいけない仕事が終わった。
やっと膝の上から解放される。そう思ったのに、何故かわたしを囲んでいる手はわたしを放してくれない。
いつもはわたしの仕事が終わるとすぐに察して解放してくれたのに。
「あの、ルーカス様…?」
「ん?」
「お仕事が終わったんですけど…」
「うん。」
何だろうこの会話にならないやりとり。
相手にされてない感じがする。
「いや、えっと、離してくれませんか…?」
「疑問系だが、嫌だと言ったら側に居てくれるのか?」
ルーカス様が寂しそうに見えるのは何故だろう。
一見すると、目も合わせず書類を見ながら冗談みたいに言っているように聞こえる。
だけど、これは本心な気がする。ルーカス様は多分、バレたくない感情がある時は真顔になるんだ。
わたしにまで感情を隠されるのは悲しい。
「ルーカス様が嫌だと言うなら、側にいます。」
余程びっくりしたのだろう。わたしの顔を見て、本当かと訴えかけるような目で見てくる。
普段は驚かされることが多い分ルーカス様を驚かせることが出来たのは大きい。
「ですが、今日は魔法の勉強があるので14時までなら。」
なんだかんだ、わたしもルーカス様には甘いような気がする。
それをルーカス様も分かっているのか、分かっていないのか。
「ありがとう」
幸福で満たされたような笑顔でいうものだから許してしまうわたしもわたしだ。
「そういえば、明日は皇帝陛下と皇后陛下に謁見する予定ですよね」
ルーカス様の誕生日が終わって落ち着いたので忘れていた。ルーカス様の誕生日は皇帝の謁見の前々日だった。
「そうだな。だが、謁見と言うほど畏まったものじゃない。緊張せずただの茶会だと思ってくれ。」
「無理ですよ…」
そう、出来る訳がない。緊張するなは無理なお願いすぎる。
皇帝、皇后と言えば、国の1、2で偉い方々だ。
そんな方と茶会?悪い噂で絶えないこの私が?
「大丈夫だ。俺の友人だぞ?人を見る目だけはあると自分の目を信じているんだ。」
その俺の友人は以前喧嘩をふっかけて来ましたよ。なんて言える訳もなく。
わたしはそうですねと答えることしか出来なかった。
◇◇◇
「どうすれば良いでしょうか」
「そんな真顔で言わないでくださいよ」
ルーカス様は緊張するなしか言わなかったので休憩中、先生に相談することにした。
だが、先生にはクスクスと笑われてしまった。
わたしとしては笑っている場合ではない。
一刻も早く皇帝と皇后との謁見で緊張しない方法を聞き出さないといけないのだ。
「真顔でも先生にはわたしの感情が伝わるでしょう。」
「そうですけど、私としては表情と感情が一致してなさすぎて、それも弱々しい感情ばかりが流れて来るので笑ってしまいます。」
弱々しい感情が出てくるのは当然だろう。わたしだって皇帝と皇后の前でポーカーフェイスを出来るほど自分の演技に自信がある訳ではない。
人を見る目があるからこそ今この国が成り立っている。そしてそこの頂点には現皇帝と皇后がいる。
さらに、わたしよりもずっと皆の前でポーカーフェイスや演技をしなければいけないのは皇帝と皇后だ。
ただの侯爵令嬢のわたしが、あのお2人に敵うわけがない。
そんな最強の人たちにわたしは今から会わなければいけないのだ。
「無理ですよ…。皇帝陛下と皇后陛下の前でポーカーフェイスなんて…」
「むしろ素のあなたで良いんじゃないですか?」
「いや、余計ダメじゃないですか」
社交界で悪い噂しか広まっていない侯爵令嬢が皇帝と皇后に謁見するだけでも前代未聞なのに、わたしが悪い態度を取ってしまえば追放されかねない。
「いえ、変に取り繕うより良いと思いますよ。皇帝陛下と皇后陛下だけには。」
「それはそうかもしれないですけど、わたしが無表情でいって大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思いますよ。むしろあのお2人には好感を持たれますよ。」
好感を持たれるかどうかは置いといて、確かに変に取り繕うよりは良いのかもしれない。
取り繕った結果悪い方へ傾くのだけは避けたいし、ルーカス様の迷惑になるようなことだけはしたくない。
でも、どうしてここまで皇帝と皇后のことを知っているのだろうか。
「どうしてそんなにあのお2人のことを知ってるんですか?」
「私は皇帝陛下と皇后陛下のお気に入りらしいので。」
「なるほど。なんとなく分かった気がします。」
つまりは感情が読めるから先生の前でだけは2人とも威厳とか演技とかしなくて楽だということだろう。
「はい。なのでよく呼び出されるんです。」
「お気持ちお察しします。」
わたしなら胃に穴が空きそうだ。
「とにかく、皇帝陛下も皇后陛下も夫人が思ってる人じゃないのでそこは安心してください。」
「もう胃がキリキリして来ました。」
「では授業を再開して忘れましょう。」
なんだか強制的に授業に戻された気がするけど、今のわたしは一旦忘れた方が良いと思ったため、先生の言葉に賛成して授業を再開する。
先生の言った通り、勉強している間は謁見の話を忘れることが出来た。
だが、夕食の時間にはまた思い出して、食事が喉を通らなかった。体調が悪い訳じゃなかったが、必要以上に心配された。
でも、今までわたしが倒れすぎたのが悪い。
案の定、ルーカス様は抱っこでわたしの部屋まで送った。
「辛かったら謁見はなしでもいいんだぞ?」
「ルーカス様はわたしに甘すぎます、ちゃんと行きますよ。」
ルーカス様が行かなくても良いと言っても、行かなければ何が待っているかわからない。
もちろん行かせてもらう。
「そうか。ならせめてゆっくり休め。愛してる。おやすみ、ハンナ。」
「ぅ…おやすみなさいませ。ルーカス様。」
相変わらず心臓に悪い。でも嫌じゃない。
少し、ほんの少しだけ、愛してると言い返せない今の状況を歯痒く感じた。




