久しぶりの痛み
「お初にお目にかかります。ハンナ嬢。ディラン・カーターと申します。今日は、あなたの鑑定をとルーカスにお願いされましたが、合っていますか?」
「はい。遠いところまでありがとうございます。わたしが行くことが出来れば良かったのですが、申し訳ありません」
「…っ?!いえ、お顔をお上げください…!」
「ありがとうございます。カーター様は、公爵様とお知り合いなのですか?」
「はい。子供の頃から仲良くさせて頂いていました。ハンナ嬢は、公爵を名前で呼ばないのですか?」
今の質問で分かったが、この人は、わたしを試しているの?それとも、煽っている?どちらにしても、これまた噂と偏見通りの人だと思っているからこその態度なのだろう。
友達なら、近況の話くらい聞いているはずだ。にも関わらず、わざわざ公爵を名前で呼ばないのかと聞いてくる辺り、煽っているのだろう。
最近が幸せすぎて忘れていた。世間でのわたしの評判は何1つ変わっていない。
ならば、いつも通り仮面を被れば良い。笑顔の仮面。つけるのは、久しぶりかもしれない。
「はい。名前で呼ぶことは許可されておりませんので、今は公爵様と呼ばせて頂いています。そもそも、わたしが公爵様を名前で呼ぶなど恐れ多いことです。わたしたちは政略結婚ですから。」
「そうですか。では、あなたはルーカスが好きですか?」
この人は魔法を鑑定をしに来たはずだ。なのに、わたしと公爵の関係の質問ばかりをする。
ということは、敵と見なしても良いだろう。公爵の友達だからと少しでも期待したわたしが馬鹿だったのかもしれない。
「いえ、先ほども言った通り、わたしたちは政略結婚です。それに、売女だと噂されている女に好かれるのは、決して喜ばしいことではないでしょう。公爵様も嬉しくないはずです。だからと言って、他の男性と遊んでいる訳でもありませんよ。」
カーター侯爵は少し驚いている様子だったが、わたしはそんなのお構いなしだという様に、話を続けた。
「ですが、好いてはおらずとも、お慕いはしております。公爵様は、わたしの恩人と言える方ですから。」
にこにこっとしながら話す。
最後に笑顔を作ったのは1ヶ月前とはいえ、全くその腕は衰えていない。数十年つけてきた仮面を、やはりすぐには手放させなかったのだ。
それに、社会を生きていく上でのこの笑顔は役立つ。
「左様ですか、ご自分の立場は弁えておられるようですね。」
何故か、侯爵の方も笑顔だ。互いに警戒していることが分かる。
ならば遠慮はいらない。
「もちろんです。なので、公爵様に思い人が出来た際には、潔く離婚に応じようと思っています。生涯をわたしが共にするのは、公爵様に申し訳ないですから」
「っ!あなたは………。」
わたしが改めて笑顔を向けると、カーター侯爵は申し訳なさそうな顔をして、突然謝ってきた。
「…今までのご無礼をお許しください、夫人。ルーカス公爵からは聞いておりましたが、もしかすると誘惑されているのかもという思い込みで、あなたを傷つけてしまいました…。」
仕方がないことは分かっている。
…もちろん辛くない訳がない。それはわたし自身が1番分かっている。でも、それを相手に悟らせたくはない。
「いえ、公爵様がわたしに騙されていると思うのも、噂のことを考えれば仕方のないことです。ですから大丈夫ですよ。」
「っ違います…。夫人のあの噂が嘘だというのも、ルーカスから聞いていました。」
「分かっています。それでも、不安は拭えなかったのでしょう。」
胸の辺りが痛い。
久しぶりに感じる痛さだった。
それでも、わたしは笑顔を絶やさない。意識して表情を動かす。
すると、カーター侯爵は何故か更に申し訳なさそうにした。
普通の人ならば、ここで少しは安心するものなのに、カーター侯爵はしなかった。
「そんなに笑顔でいなくても大丈夫です。少なくとも、僕の前では…」
そう言われてハッとする。
「カーター侯爵様。わたしも質問してよろしいでしょうか」
まだ笑顔の仮面は外さない。わたしの予想が外れていれば、自ら墓穴を掘ることになってしまう。
「もちろんです…。」
「カーター侯爵様は、ガルシア公爵様にわたしのことで何かお伺いしておりますか?」
「…はい。ハンナ嬢が笑顔で接する時は、心を許されていない証だとお伺いしています。」
なるほど、きっと公爵のことだから、わたしの過去を話した訳ではない。本当にカーター侯爵が言っていた言葉だけを言ったのだろう。
流石、抜け目のない公爵だ。わたしが疲れを感じない様に、無理に笑わなくても良いようにと気を遣ってくれたのだと分かる。
事前に言ってくれているのはありがたいが、残念ながら公爵の思っているほど彼、カーター侯爵は素直ではなかったようだ。
「そうですか。それで、わたしがあなたに警戒を解かないといけない理由がありますか?」
「っ…!いえ、あなたを警戒させてしまったのも、無理に笑顔にさせてしまったのも、全て私の失態です。」
カーター侯爵は「ですが」とつけて、話を続けようとする。
「私はあなたの感情が分かります。」
なんの根拠もなく言う言葉に、わたしは少し苛立ちを覚えた。
「何故です?」
「属性をみることが出来る能力のおかげか、感情も魔力の色に応じて分かるのです。なので、笑顔で隠す必要はありません。警戒させるような真似をしてしまい申し訳ありません。」
…ならば仕方ないか。どれだけわたしが笑顔を貫いたとしても、わたしの思っている感情が筒抜けなのなら、隠しても仕方がない。
最終的に、わたしは笑顔をやめた。
だからと言って、警戒を緩める訳ではない。ただ、表情で取り繕う必要が無くなったというだけ。
「分かりました。笑うのは辞めます。それで、カーター侯爵様。わたしは鑑定していただけるのですか。」
朝の高かった気分は、どこへやら。いつものところまで落ちていたので、言葉の強弱をつけずに、ただ淡々と話した。
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