見せられない傷
◇◇◇
みんなに喜んでもらえて良かった。
結果的に、わたしが1ヶ月ぶりに作った料理はとても喜んでもらえた。
わたしはもちろん食べなかった。公爵が仕事だから、わたしが昼食を取る理由もない。
わたしが昼食を取るのは、決まって公爵が休みの時だけ。公爵が休みの時は、料理長が作るため、わたしの料理をするという仕事が無くなるのだ。
料理長も公爵に救われる何かがあったからこそこんなに公爵のために尽くしているのだろう。
「何か考え事か?」
「いえ、ただいつものルーティンが出来るようになったのが感慨深くて」
ちなみに、今は公爵と夕食を摂っている。流石は我らが料理長。わたしの料理を美味しいと言っているが、流石に料理長には負ける。
「そうだな、1ヶ月の間よく耐えた。だからその分、明日は思いっきり楽しんでくれ」
「ですが公爵様、わたしは公爵様が治めている街をよく知りません。なので、明日は公爵様のおすすめのところに連れて行ってくれませんか?」
「…!ああ、もちろん。」
「ありがとうございます。後、お願いしたいことがあるのです。」
「お?どうした。」
公爵が何故かわくわくしているように見えるのは気のせいだろうか…気のせいだと思うことにしよう。
「明日街へ行く際は、平民のフリをして出掛けたいのです。」
これは、わたしの切実な願いだった。
「ふむ、理由を聞いてもいいか?」
「もちろんです。と言っても、理由という理由はありません。ただ、わたしたちが街を見に行けば、街の皆さんも緊張してしまうのではないかと思って…」
「なるほど、確かにな。…よし、では明日は平民の変装をして出掛けてみるか。」
「ありがとうございます。公爵様」
良かった。わたしが明日見たいのは、街の人たちがわたしたちのために道を開ける光景じゃなくて、いつもの街が見たいのだ。
公爵が統治している街はどんな街なのか気になるから。
「礼などいわなくてもいい。俺は嬉しいんだ。ハンナ嬢が俺にお願いをしてくれたことがな。」
確かに、わたしが公爵に頼み事をするのは今回が初めてだ。
まあ、前はそんな間柄じゃなかったし、今回が初めてというのも当たり前な話だが。
「……不思議な方ですね。」
「フフッ、そうか?」
「はい」
「それはあなたの前でだけだろうな。」
「???」
よく分からない。わたしの前だけ?
一体どういう意味だろうか。
「公爵様、それは一体…」
「内緒だ。さて、俺は明日に備えて早めに寝ることにしよう。おやすみ、ハンナ嬢」
"くっ…"
逃げた。
わたしが質問しようとしたところで、ちょうど被せられた。
何か言いたくない理由でもあるのかもしれないなら、触れないでおこう。
「おやすみなさい、公爵様。」
ーパタンー
さて、公爵がダイニングを出たことだし、わたしも出て今日は早めに寝よう。
寝坊したら洒落にならない。
「リア、お風呂の用意をお願い出来る?」
「かしこまりました」
未だにわたしは、公爵以外に背中の鞭の痕を見せたことはない。だから当然、お風呂も侍女には手伝ってもらわない。
今までもそうだったし、これからもそうだと思っていたのに、やっぱり人生は全て上手くいかないもので、わたしがお風呂に入ろうとした時
廊下で侍女と思われる数人の足音が聞こえてきた。そして
ーガチャー
開いてしまった。これからも隠し通せるだろうと思っていたのに。これは大きな誤算だった。
「……あなたたち、何してるの?」
間違えて怒気をはらんだ声で言ってしまった。すると、侍女たちはビクッと肩を震わせていた。
確かにわたしは怒りを感じていた。風呂には誰も来なくていいと言っていたのに。
「お、お嬢様が明日旦那様とお出掛けされると聞いたので、入浴をお手伝いしたくて…」
名前の知らない侍女の声は震えていた。仕方のないことだ。だって、みんなの前ではまだ明るい令嬢なのだから。
今更その仮面を取るつもりなどない。だから
「そう、あなたたちの気持ちは充分伝わったわ。ありがとう。でも、入浴は手伝わなくても大丈夫。その代わり、入浴後に身体を軽くほぐしてくれる?そうしてくれると嬉しいわ」
わたしは先の仮面が崩れてしまったという事実を補うために、優しく、ゆっくりと落ち着いた声で話した。
すると、震えていた侍女の肩や、強張った顔も消えていた。これは完全にわたしの落ち度だった。
部屋に入られた。たったこれしきのことで感情を露わにしてしまったのだから。
「分かりました…!では、また入浴後にお伺いしますね!」
侍女が上機嫌で出ていった。だが、わたしの心臓はまだ落ち着かなかったらしい。ずっと心臓が早い音を立てていた。
気づかれたかと思ったのだ。背中にある鞭の後、これを知っているのは、医者と公爵だけだったから。
しかも、公爵に関しては、知っているというだけで、見せたことはない。
本当に危機一髪だった。
心臓の音が落ち着いた後、お風呂から出て着替え、侍女を呼んだ。
やはり何故かみんな張り切っていた。最近は誤解をされる回数が異様に増えた気がする。
「お嬢様、痛くないですか?」
マッサージをしながら、先の侍女が質問をする
「ええ、大丈夫よ。とてもリラックスしているわ。ありがとう。」
わたしがお礼の言葉を言うと、侍女は目を輝かせた。
「喜んでいただけて良かったです!」
それはこちらのセリフだ。
わたしよりこの侍女の方がよっぽど喜んでいたから。
マッサージを開始して30分、ようやく終わり、侍女は帰っていった。
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