八章 6
バレンタイン当日。
天気は快晴。
今日も学校である。
登校するとみんなソワソワしていた。
特に男子連中だな。
自分がチョコをもらえるのではないかと、どこか期待した視線を女子に送っている。
どう考えても関わり合いのなさそうな女子のほうに視線を向けているので、俺は思わず笑ってしまった。
「おっはよーさん鍵!」
元気に俺の肩を叩いてきたのは親友の相沢たつきだった。
「なんだ、やけにテンションが高いな」
「あったりまえよー。ほら見てこれ」
ハート型の箱を見せてくる。ピンク色で、いかにもバレンタインチョコという感じがする。
「愛しのちかげからもらったよ!」
「そうか、それはよかったな」
「鍵はもらわなかったの?」
「もらってないな。……多分、あとでくれるんじゃないか」
「お、鍵期待してる? まぁくれると思うよ。学校じゃ渡しづらいっていうのもあるかもだし」
たしかに、公の場でチョコを渡したら、野次馬どもが殺到する。
特に美琴は人気者だ。
学校の女王様なのだ。
誰か特定の男子にチョコをあげている姿を見られたら、それこそ大騒ぎになる。
俺の視界に、ふと、美琴の姿が映った。
友達と一緒にいる。
「はいっ、これあやせのぶん。これとこれは咲花と晴海のぶんで、これが恵梨香の分ね」
「わー美琴ありがとう。美琴の作ったチョコってどんなんだろう?」
「えへへ、奮発してそれぞれの個性に合うように味付けしたから、期待していいよ」
「美琴はすごいねー。私も料理習おうかなー」
「恵梨香なら上達早そうだね」
などと、会話が繰り広げられている。
あそこの輪の中には入れそうもないな。
それくらい他を威圧している。
すごいな、女子グループというのは。
「男子みんな見てるね」
たしかに男子のほとんどが、美琴たちのほうを向いていた。
もしかしたら、自分も彼女らからチョコをもらえるのではないか、そう思ってるに違いない。
義理でも欲しくなるのは男の常だ。
「どう、鍵? 優越感に浸ってる?」
「……ほんの少し」
優越感を感じていないかと言われたら、正直嘘になる。
美琴から好かれているという事実は、俺が思っている以上に、俺の自己肯定感を高めてくれているのかもしれなかった。
「教室入ろう。寒いよ」
「だな」
今日は美琴の家で過ごすことになった。
「はい。ってなわけで、あんたにあげる」
「ありがたい」
ソファに座ってくつろいでいると、美琴からチョコレートをもらえた。
丁寧なラッピングされたそれは、明らかに今日美琴が友達に配っていたものとは異なる。
「食べていいのか?」
「いいわよ。食べるために作ったんだもん」
中身を開ける。普通のチョコレートが入っているのかと思った。
「中になにか入ってるのか?」
「コーンフレーク砕いたやつ」
「そうか、うまそうだな」
いわゆるクランチタイプのチョコレートという奴か。
俺は一口頬張る。うまい。
「やっぱりうまいな」
「……うん」
俺はびっくりした。
美琴が俺の膝と膝の間に割り込んできたからだ。
彼女は俺に背を向けるカタチで座っている。
そのまま全体重を俺に預けてきた。
心臓が一段階跳ね上がる。
俺は反射的に、美琴の体を包み込むように腕を前に持ってくる。
美琴は俺の腕を取って、さすってくる。
どうやら彼女はこの態勢がお好みのようだ。
しばらくすると、美琴は起き上がり、体を俺と正対するかたちで、俺の膝のうえに乗ってきた。
至近距離に美琴の顔がある、そのまま軽いキスを交わし、顔を離す。
彼女は俺に抱きつくと、背中をぽんぽんと叩いてくる。
俺の首の後ろに手を回すと、再びキスをする。今度は激しく、舌を絡ませ合あった。息が止まるかと思った。
俺は美琴を抱きしめた。本能の臨界点はすでに超えている。
美琴の耳のピアスに手を触れる。
痺れるような快感が俺の体を襲う。
気づいたときにはこんな言葉を言っていた。
「寝室、行ってもいいか?」
彼女は「……ん」とだけ答えた。
―――――
美琴が抱きついて離れない。
ことが終わってから1時間はずっとこうしている。
そろそろ身体が痺れてきた。
だが、どかすのも申し訳ない。
どかす理由もないしな。
「一緒にお風呂入ろうよ」
「……」
美琴の提案に、俺はどう答えればいいだろうか。
二人でお風呂に入ったことは一度もない。
俺としてはあまり抵抗がないが……
お風呂場に二人でいるというのは、多少の恥ずかしさがある。
その恥ずかしさに耐えれるだけの度量が、美琴にはあるということか。
「いいぞ」
「……なんか自分で言っといて、恥ずかしくなってきた」
じゃあなんで提案した……
「入るのか?」
「……入りたい」
とは言っても、どうすればいいのだろうか。
このまま二人で一緒にお風呂場に突撃すればいいのだろうか。
わかる人がいたらぜひ教えてほしい。
「とりま、あたしが先に入るから、あんたは十五分くらいしたら入ってきて」
なるほど。
たしかにそれなら、美琴が体を洗っているところは見なくて済む。
名案だな。
十五分くらい経ったので、俺は風呂場に向かった。
「入っていいか」
「うん、いいよ」
俺は風呂場にはいる。すでに美琴は湯船につかっている。
沈黙の時間が流れている。
たしかにこれは、ちょっと恥ずかしいかもな。
俺はさっさと体を洗った。
そして湯船に入る。
美琴を背中から抱きかかえる形だ。
いわゆる恋人入り、と言うやつだ。
「……」
「……」
特に会話はない。
入ってしまえば、こんなものか、という感想しかわかない。
俺は美琴のお腹をさすってみる。
彼女は体をくねらせて、くすぐったそうにした。
「あんたっていつもお風呂何分くらい浸かってる?」
「……日によるが、だいたい三十分くらいじゃないか?」
「そ、じゃあ三十分入りましょ」
マジで言ってんのか……
この態勢で三十分はなかなかにきついものがあるぞ。
「めっちゃ声響くね」
「だな。風呂場でしゃべることってあまりないからな」
美琴の手首に触れる。
脈が、速く鼓動している。
「風呂、熱くないか?」
「ちょっと熱い。何度で入れてんの?」
「四十二度だ」
「高っ。あんたよく三十分も浸かれるわね」
「だんだん冷めてくるからな」
そうこう会話しているうちに三十分くらい経った。
「そろそろ上がるわね」
美琴はそう言って立ち上がる。
俺は彼女の体をなるべく見ないようにした。
なんだか申し訳なく思ったからだ。
彼女がお風呂場から出て、着替える気配を感じる。
俺はまだ、風呂に入ったままだ。
美琴がドライヤーをかける。
しばらく待っていると彼女が「いいよ」と言ったので、俺も風呂場から出る。
美琴は洗面所からすでに出ていた。
俺もそそくさと着替える。
ドライヤーをかけおえ、洗面所から出て寝室に向かうと、美琴がベッドの上でスマホを眺めていた。
俺がベッドのなかに潜り込むと同時に彼女はスマホの操作をやめ、俺の首に抱きついてくる。
体は良い感じに暖まっている。
すでに眠気が、体を包んでいた。
「寝るか」
「……うん」
バレンタイン。
特別なことはあまり起きなかったが、これはこれで幸せだなと思う1日だった。




