八章 5
「んで、アルバイトはどうだったのよ」
次の日。俺の家で美琴が聞いてくる。
「滞りなく終わったぞ。可もなく不可もなくといった感じだ」
「なにその答え。もっと具体的に答えなさいよ」
「先輩がとても丁寧に教えてくれて、すごく働きやすかった」
これは事実である。
初めてのバイトで緊張していたが、原口のおかげで本当に働きやすかった。
原口様様だな。
美琴は「ふーん」と漏らした。
「その先輩って女性?」
まずい、と思った。
美琴を嫉妬させるわけにはいかない。
だから、俺は原口の存在を隠すことにする。
「いや」
「そっか、なら安心」
俺は初めて美琴に嘘をついた。
この嘘が後にとんでもない悲劇を起こすとは、まだこの時の俺は知る由もなかった。
「そっかー、バイトか。あたしもなんか始めよっかな」
「何のバイトだ?」
「あんたの専属家庭教師」
「そりゃ助かるな。百万払ってもお釣りがくる」
「……あんたいつからそんなジョークが言えるようになったのよ」
ジョークか?
俺はなんとはなしに言っただけだが。
どうやら美琴には、今の発言がジョークに聞こえたらしい。
「ねぇ、あんたのバイト見に行ってもいい?」
「やめろ。それだけは。お店に本当に迷惑がかかるから」
「ちぇっ、つまんないの。あんたの制服姿見てみたい」
「あまり似合ってないぞ」
「じゃあなおさら見てみたい」
鬼だこいつ。
俺はわざわざ、知り合いに見られないために、隣町のスーパーを選んだのだ。
特に美琴にはどうしても見られたくない。
どう対応すればいいか分からないからな。
「いらっしゃいませー、とか言うの?」
「あんま言わないな。バックルームから出てきたときに言うくらいだ」
「そうなんだ。あんた声出せる?」
「失礼だな。いくら俺でもあいさつ位はできる」
どうやら美琴は相当に俺のことを舐めきっているらしい。
まぁ、美琴だからしょうがないか。
俺はすでに色々諦めている。
美琴にからかわれるのも、悪い気はしないからだ。
――――――――――
ベッドの上。
俺の寝間着のなかに手を入れて、美琴は俺の肌をさすってくる。
時間は多分、ちょうど日付が変わったくらいだろう。
お風呂にはすでに入り終えていて、あとは寝るだけだった。
「ねぇ、バレンタインどうする?」
ド直球な質問に俺は戸惑う。
バレンタインに今まで予定などなかった。
バレンタインをどう過ごすのか、という質問だろう。
「どこか行きたいのか?」
「あんたがどこか行きたいなら、それに合わせようと思っただけ」
俺は考える。
バレンタインは、恋人たちにとって重要なイベントだ。
その日をどう過ごすのか。
俺にはあいにく、行きたい場所などない。
「家で過ごせばいいんじゃないか」
「そっか、わかった。んじゃそうしましょ」
美琴はそう言って、俺の腕を抱き寄せた。俺はされるがままだった。
美琴と目が会う。
彼女はじーっと、こちらを見つめてきている。
「……なんだ?」
「なんでもない」
そう言って美琴は目を閉じた。
俺も釣られるように目を閉じる。
ゆっくりと眠りに落ちていった。




