私、シェリル・アーネット。多田正子(享年45)の生まれ変わりです。
鬼姑ものと異世界恋愛の奇跡のコラボレーションw
あほすぎる……。
どうせどなたも読まれないでしょうから、呑気にやらせていただきます。
※あんまりひどい内容なので、後日、改稿しました。
「シェリルお嬢さまは、伯爵さまのご令嬢なのに。私ごときの世話などおそれおおいことで……」
私が得意のマッサージをほどこしていると、マーサおばあちゃんはベッドに上体を起こしたまま、深々と頭をさげ、しきりに恐縮した。
「いやだわあ。いいのよお。伯爵家ったって、うちは借金ばっかの貧乏一家。ご令嬢なんてガラじゃないわよう。我が家の火の車っぷりは、ハウスキーパーとして働いてたマーサおばあちゃんが、一番よく知ってるでしょお」
私はかんらかんらと笑い、つい片手でぱたぱたとおばちゃん振りをしてしまい、あわてて手を後ろにまわし、ごまかした。介護して感謝されると嬉しい。ダンスを褒められるよりも、よくできたお嬢さんと言われるよりも。ちょっと前まではそんなことはなかったのだが。
「おほほ。袖ふり合うも他生の縁っていうでしょう。ましてマーサおばあちゃんは、昔あんなに我が伯爵家のためにがんばってくれたんだもの。それを思えば、お世話のひとつやふたつ……」
令嬢らしく言いつくろおうとしたが、「袖ふり合う?」とマーサおばあちゃんにかえって怪訝な顔をされてしまった。
あぶない。あぶない。
これはニッポンのことわざだった。
……気をつけないと。
つい、中身のオバちゃんヤマト魂がはみ出てきてしまった。
オバちゃんは、ことわざが大好きなのである。
じつは私のマッサージの腕も、彼女の記憶によるものだ。
齢をとったとはいえ、マーサおばあちゃんは、元我がアーネット家のハウスキーパーだった。ハウスキーパー……女性使用人のボスである。それは切れ者で、びしびしメイドさんたちに指令をとばしていたと聞く。腰にさげた鍵束の鳴る音だけで、怠け者は震えあがったらしい。腕にもおぼえがあり、新人のメイドに手を出そうとする不埒な男性使用人をぼこぼこにしたとかしないとか。今は面影もないが、その慧眼で私の異常に気づいても不思議はない。
……悟られてはいけない。
私の前世が、タダ・マサコ(享年45)というニッポン人であることは。
もっとも私がそれに気がついたのは、ごくごく最近のことである。
先日、落馬して後頭部を強打するまでは、ちょっとお転婆で、じつは社交界デビューを夢見るも、貧乏なためままならず、ええい、ままよ、と開き直ってハーブ摘みに熱中する、すこしだけ変わり者の令嬢シェリルにすぎなかったのだ。
なのに前世の記憶がよみがえって以来、すきあらば16歳のシェリルをおしのけ、マサコの意識が表に出てくるようになった。ちょっと変わり者が珍獣レベルにパワーアップしてしまった。
そして、目の前に文字が点滅するようになった。
【むくわれなかったオバちゃんの善行ポイント】……。
なんだろう、これは……。
その文字の横には、数字が浮かんでいる。
現在値は18979……。
ちなみに私以外には誰にも見えません。
オバちゃんというのが物悲しい。そのせいか無意識に「……どっこいしょ」とつぶやいて座ったり、食事をしながらしみじみと「あー、胃もたれしない。若さって最高だわあ」なんて口にしてたりする。
先日、私の誕生日を家族に祝ってもらったときなど、
「もうっ、オバちゃん、嬉しくって涙でてくるわあ。齢取るとほんと涙もろくなっちゃう」
と号泣し、家族を唖然とさせた。
しかも、このマサコ。
ものすごいお世話好きなのである。
それにひっぱられ、私も困っている人を見るとほっておけなくなった。
というか本能に突き動かされるように、介護活動をせずにはいられない。
……どうしたものか。
とはいえ、私はこのタダ・マサコが嫌いではない。
ものすごい苦労人だが明るい性格だ。
ひまわりみたいに立派な女性だった。
もし生きていたら、きっとシェリルである私といい友達になれたに違いない。
なのに、あんな悲惨な最期を迎えたなんて……。
マサコの後半の人生は、鬼姑ひとりのための犠牲になった。
彼女はなんと25年間も、鬼姑につくし、いびられ、親戚一同には不出来な嫁と常に悪口をいわれ、最後はボケた姑の介護を一人押しつけられ、心身ともにボロボロになったあげく、尿瓶とかいうガラスのおまるを顔に投げつけられ、心臓発作で死亡したのだ。
そのうえマサコは死後もむくわれなかった。
マサコの夫の一族は、姑が嫁をいびり殺したという醜聞を隠蔽した。
マサコが介護ストレスで過食症になっていたのをいいことに、寝たきりの姑をほったらかしにし、一人で食事を食べすぎたあげく、不摂生で死亡したとう話をでっちあげた。
マサコの葬式のとき、よろよろの姑のたどたどしい嘘の苦労話を、よそからきた人間はまともに信じて、あとでマサコの陰口を叩いたという。
ひどすぎる話だ。
マサコは一日に何度も、姑の寝床に食事を運び、癇癪をおこされ、熱いミソスープや、グリーンティーを頭からかぶせられていたというのに。
マサコの住んでいた国は、私の世界よりずっと進んだ文明で、長い間戦争もなく、飢えもない天国のような場所なのに、どうしてそんな非道がまかり通ったのだろう。どんな綺麗な花園にも毒虫はわくのだろうか。
私のパパとママがもしマサコの両親なら、槍をかまえて仇討ちに向かったろう。
だが、残念ながらマサコは天涯孤独の身の上だった。
その名誉を回復してくれる遺族は誰ひとりいなかった。
どんなに優しくても、けなげに生きても、周囲にひどすぎる人達しかいなければ、その善行は評価されることさえない。
……マサコが私、シェリルとして転生したのは、きっと神様が、あまりに不憫なマサコをあわれみ、せめて青春時代をもう一度やり直せるようにと計らってくださったのだ。私はそう思っている。もっともシェリルは、家族愛と社会的地位には恵まれたが、金銭的には最底辺もいいところなのだけれど。
「ほんとにシェリルお嬢さまは、天使のような方です。あたしらのような役立たずの者たちの世話まで、嫌がらず、ご自分でやってくださる。みな、感謝しております。なのに、どうしていい縁談がないんでしょう。これだけ徳を積まれているのに」
マーサおばあちゃんは嘆いた。
マサコのことを考えていた私は、手痛い直撃をくらって胸をおさえたくなった。
現実はけっこうシビアなのである。
縁遠いのはしかたない。
アーネット伯爵家は貧乏すぎるし、大森林のそばの辺鄙な領地から離れられない。
大森林の精霊をたばねる「緑の王」の便宜をはかるいう王命を、先祖代々受け継いでいるからだ。私もおとぎ話として散々聞かされた……。でも、「緑の王」どころか精霊のひとりさえも見たことがない。きっと、でっちあげを口実に、体よくこんな僻地を押しつけられたのだろう。もしもうちのご先祖さまがパパに似ているなら、底抜けのお人好しで、頼まれたら断れない性格のはずだもの。
そして、私の容姿も十人なみだ。
マサコ視点では、私のターコイズブルーの瞳とプラチナブロンドの髪は、人形のようだとなるが、都の社交界の令嬢や貴婦人はもっと美しいと思う。
一人娘で、領地からも離れられない私など、爵位目当ての成金でも嫁にはもらってくれない。
もっと優良物件がいくらでもあるからだ。
私も半分あきらめている。婚活などするだけムダなのだ。
だから、私は今、もらわれるあてのないムダな花嫁修業を自宅でしながら、せめて実のあることをしようと、領内の隠居した独り身のご老人たちをボランティアで慰問し、ときに介護しているというわけなのだ。
普通の貴族だと、チャリティーでの寄付金集めや、見舞い品をもって各家をまわるのだが、アーネット伯爵家は貧乏すぎ、そんな余裕はない。なので、ヒマしている私自身が、出張サービスをしているのだ。これなら元手はほとんどいらない。
さすがに男性相手は問題があるので女性限定介護だが、評判はすこぶる良い。
私の突然の申し出に目を白黒させ、
「え? 貴族令嬢としてそれはありなのかい?」
「シェリル、馬の世話とはわけが違うのですよ」
と最初は不安がっていたパパもママも、今はすっかり私を信頼してくれている。
これは姑の介護に明け暮れたタダ・マサコの記憶のおかげだ。
お転婆娘のシェリルのままだったら、力加減がわからず、相手の骨を折ってしまったろう。
マサコは、マッサージの腕もさることながら、相手の求めることが直感で先にわかってしまう。
そうしなければ一日とて姑の介護は不可能だったからだ。
マサコの姑は、短気なうえ気分屋で、ボケているのにプライドが天より高い、さらに被害妄想癖ありで粘液質という、聞いているだけで頭がおかしくなりそうな最悪物件だった。
どんな偏屈な老女も、マサコが関わったこの鬼姑に比べれば、女神のような存在だ。
ましてこの領のおばあちゃん達は、アーネット家の私に好意的だ。
ご家族たちもみな笑顔で私に感謝してくれる。
シェリルとしての私もそれなりに嬉しいが、マサコとしての私のほうは狂喜のレベルである。
マサコの感覚だと、介護して笑顔で礼を言われるなど、幸せすぎて不安になる、ほどなのだ。
そして、そのたびに、【むくわれなかったオバちゃんの善行ポイント】が加算される。
……18981……。
不安になって、それとなくパパやママにたずねてみたが、そんな現象は聞いたことがないということだった。せめてお金に変わると家計の足しになるのだけれど。
ということで、シェリル=マサコな私は、みんなと自分で幸せを感じるため、せっせと在宅介護で村中を巡回しているというわけなのだ。今や介護は私の生きがいである。
アーネット伯爵領は貧乏領だが治安はいい。
女一人で出歩いても襲われる危険性はない。
マーサおばあちゃんに別れをつげ、徒歩で自宅に戻る私の足取りは軽かった。
これもマサコのおかげだ。
以前の私は、縁談の見込みのない将来に引け目を感じていた。
自分がどうしようもない役立たずに思え、ときにこんな名ばかりの貧乏伯爵家に生まれたことを嘆いた。
パパやママに無理に頼みこんで出してもらった同年代の令嬢達の懇親会では、ほとんど無視され、ダサいドレス、野暮ったい髪型とかげ口を叩かれ、くすくす笑いを背にした帰途で何度も泣いた。でも、今はちがう。私はたしかにここで必要とされているのだ。
それにマサコの悲惨な人生に比べれば、私は恵まれすぎている。
悩むのさえ馬鹿らしくなってくる。
門番もいない傾いだ門をくぐり、短い路を行けば、すぐに我が家が見えてくる。
普通の貴族の庭園の千分の一ほどの敷地だ。
それでも貧乏な我が伯爵家では、整備に持て余しているぐらいだ。
だが、私はこの狭い庭が大好きだ。
パパとママと私と三人で寄り添って暮らす狭い屋敷もだ。
ずっと見なれてきた平凡な、かけがえのない光景。
だが、今日はいつもと様子が違っていた。
使うことをずっと忘れられていた玄関の車どめの場所に、巨大な黒塗りの馬車がとめられていた。
都でも滅多に見ないほど立派な馬車だ。
それがどこから訪れたか、すぐに思い当たり、私はまっさおになった。
大森林を支配する、おそろしい「緑の王」の城の馬車だ。
パパやママに何度も教えられた禍々しい紋章が目にとびこんでくる。
王家の象徴の獅子にからみつき、のみこもうとしている大蛇。
不遜きわまりないが、誰も咎めることはできない。
「緑の王」は絶大な権力者で、国王陛下でさえ、彼に口出しは許されないという。
不吉なおとぎ話は、突然に、現実のものとして踊り出た。
「……シェリル……!!」
馬車のそばで、黒ずくめの男と困惑したように会話していたパパが、はっと私を見た。
「ほう。あれがご息女。ふむ、なるほど。神話の時代ならいざ知らず、現代にこれほどの力を眠らせた方がおられるとは。さすがは我が主、この日を見越し、アーネット家と旧き契約をなされたのか」
黒ずくめの男は私を一瞥し、満足そうにうなずいた。
私が気がついたときには、すでに黒ずくめの男は、私の目の前にいた。
瞬間移動としか思えない。パパが引き留める間もなかった。
黒ずくめの男は恭しく私に礼をした。執事服が黒い羽根のように揺れた。
カラスというイメージがぴったりだった。
「……事態はきわめて火急なのです。ゆえに用件を取り急ぎ述べさせていただく。私は、偉大な『緑の王』の執事をしているものです。今、我が主『緑の王』は呪いに蝕まれておられます。シェリル嬢、精霊とアーネット家の旧き盟約に従い、あなたは我が主の屋敷にお移りいただき、そこで我があるじを癒していただきたい」
そして彼は静かに低く、有無を言わさぬ声で申し出た。
「……あなた様がおとなしく旧き契約に従うならば、我々が、アーネット家の借金はすべて肩代わりし、未来の大繁栄までも約束しましょう。ですが、もし逆らうのなら、森の樹々、川、風にいたるまでのすべての精霊が牙をむき、アーネット領を滅ぼすでしょう」
そんなことは私にはできないと断わるなど出来ようはずがなかった。
その執事のおそろしい雰囲気は、はったりでないと直感させる力感をはらんでいた。
「ただお出でいただければよろしい。それともこの私の……大森林の闇の精霊の目が節穴だとでも?」
やはり人間ではなかったのだ。
私は心配するパパとママをなだめ、馬車に乗りこんだ。
……そして、それから数時間後、私は「緑の王」は出逢うことになる。
おそろしく、そして哀しいほど孤高で不器用な、愛すべきあの人に。
お読みいただきありがとうござ……
そんな方いるんでしょうか?
うーん、半年でpv120だった初期の短編なみのアクセスになる予感……。
続きが読みたい奇特な方は、更新が止まってたら、気軽にご感想欄へ。