バジリスクとコカトリス
【注意】『ハリー・ポッター』シリーズのネタバレを含みます。
■バジリスク
バジリスクは、アフリカのリビア東部の砂漠に生息していると言われた蛇、もしくはトカゲのモンスターである。バジリスクの名の由来は、ギリシア語で王を意味するバシレウスだが、バジリスクの頭にとさか、もしくは王冠の突起があったことからこの名がついたという。
最初にバジリスクを紹介したのは、ローマの大プリニウスが77年に発表した『博物誌』で、その記述によればバジリスクは体長24センチメートルほどのトカゲで、頭は王冠のような白い印で飾られており、つねに身体を立てて進み、「シュッ」という音をたてて全ての蛇を退散させるといわれる。
また、直接触れることはおろか、呼気に触れただけで藪は枯れてしまい、草を焼き石を砕くという。さらには、ある者が馬に乗ったまま槍でバジリスクを殺したところ、槍を伝ってたちまち毒素が回ってしまい、当事者だけでなく馬まで死んでしまったという逸話もあるそうだ。
バジリスクに見られると即死、もしくは石化するともいわれるが、これはギリシア神話のメデューサからきているというのが有力で、一説によればバジリスクは飛ぶ鳥に毒液を吐いて殺すこともできたといわれており、視線による致死効果はここから生まれたのかもしれない。
プリニウスの記述にある習性からバジリスクの起源はコブラだという研究者もいたようだ。実際、アフリカには毒を飛ばす毒吐きコブラという種類の蛇もおり、これがモチーフという可能性もある。
しかし一般には、ナイル河周辺に住んでいる蛇を好んで食べるイビスという水鳥の卵が、食べた蛇の毒によって汚染されていた場合にバジリスクが生まれると信じられていたという。
■解説
生命発生の神秘、そして毒のメカニズムが解明されていなかった時代には、毒は呪いとかなり近い関係にあったと考えられる。そして呪いから転じて、石化能力があるという話が、まことしやかに中世ヨーロッパで語られることとなる。とはいえ、次第に誇大になるその能力を疑問視する者も現れ、「バジリスクに出会った者が皆死んでしまうのなら、バジリスクを見た者などいるはずがない」との皮肉も聞かれだす。
キリスト教圏では、バジリスクは悪魔的な扱いを受けており、寺院彫刻にも登場することがある。その一つであるフランスのマドレーヌ寺院の彫刻は、騎士とバジリスクが戦っている様子を描いている。
ネタバレになるが、あの『ハリー・ポッター』シリーズにおいては、ホグワーツの地下道を這い回る、石化能力を持つ巨大な蛇としてバジリスクが描かれた。その存在は巨大蜘蛛アラゴクをも畏れさせ、その視線は見るものを石化(マンドレイク薬により治癒可能)させる。この能力により大いに生徒たちを苦しめたが、ハリーを助けに来たダンブルドアの不死鳥にはその視線は効かず、くちばしによって目を潰されて敗北に至る。
しかしそのキバには、あらゆる呪いを乗り超えて、対象に絶対的な死を与える猛毒があり、その力は死してなお残った。この伏線は回収され、のちにヴォルデモートの力を削ぐために、重要なアイテムを破壊するために、バジリスクのキバに由来する力が使われた。
■撃退法
このように、無敵とも思われるバジリスクだが、なぜかイタチの臭気もしくはその毒に弱いらしく、イタチをバジリスクの穴に投げ込むと、イタチ自体は死んでしまうものの、その臭気でバジリスクも死ぬといわれている。また、バジリスクの視線を反射すればバジリスク自身が死ぬともいわれていたほか、雄鶏の鳴き声を聞かせれば発作を起こして麻痺すると信じられており、アフリカを旅するときは、水晶玉もしくは鏡とイタチ、そして雄鶏を用意したという。
おそらくこの伝承は十字軍による聖地エルサレム回復運動の際に、がぜん現実味を持ったと考えられる。当時の有力貴族から出た騎士たちは、バジリスクの伝承とその撃退法をよく知っていたに違いない。現実に、騎士の従者が水晶玉もしくは鏡、イタチ、そして雄鶏を連れて回っていたとすれば、もはやこの強大な悪魔は存在を認められ、実際に存在する脅威と見なされていたと考えるべきであろう。
■コカトリス
コカトリスは比較的新しい幻獣である。雄鶏の身体に蛇のような尻尾が生えたコカトリスは、なんと十四世紀ごろに中世ヨーロッパで生まれたという。
コカトリスは強力な邪眼を持っており、見られただけで生物は死んでしまうほか、体内には毒があるようで、吐く息で植物は枯れるという。
この幻獣はバジリスクの具体的なイメージを持たなかったヨーロッパ人が、「雄鶏の鳴き声で麻痺するバジリスク」「呪われた卵から産まれる」などのイメージから、あたかも「雄鶏の怪物」と誤解してしまったことから生まれた。
一説によれば、十四世紀のイギリスの外交官であったジェフリー・チョーサーが『カンタベリー物語』の「教区司祭の話」の中でバジリスクのことを「バジリコック」(basilicok)と表記し、この「cok」から雄鶏「cock」が連想されて雄鶏に蛇の尻尾を持ったコカトリスの姿になったという。
つまり、もともとはバジリスクの記述なのだが、書かれた姿はコカトリスということになる。このエピソードからも、バジリスクとコカトリスが同一のイメージを指していることがわかる。
このように比較的最近になって誤解から生まれたコカトリス。生態は謎に包まれているが、その外見から由来したものだろうか、雄鶏が産んだ卵を、爬虫類が暖めると生まれるという。
■ゲームの中でのコカトリス
可愛らしい黄色いキャラクターだが、くちばしで突かれると即座に石化が始まる――これはTRPGダンジョンズ&ドラゴンズをベースとした、NetHackというゲーム内での挙動である。
多くのプレイヤーがコカトリスに攻撃されたことに気付かずにターンを進めてしまい、うっかり石化させられるという憂き目に遭っている。
しかし一度倒してしまえば、コカトリスの死体は優秀な武器となり、あらゆる相手を石化させる。これはメデューサの首をはめ込んだイージスの盾にも似ている。しかし、その死体を手に取る前に、手袋(小手)の装備だけは忘れずに! うっかり手が滑ると自分が石化してしまうので、取り扱いには注意が必要だ。
最後となりますが、多くを「幻獣イラスト大事典Ex」および「Wikipedia」より引用させていただきました。この場を借りて感謝致します。