第3話:眠れる遺跡の番人
目的の遺跡は、呼吸さえ躊躇うほどの濃い魔素に覆われていた。
ユヅキは思わず顔をしかめ、手元の地図を広げて入り口を探す。鬱蒼と茂る樹木の奥、蔦に埋もれた石造りの入り口を見つけると、彼女は迷わず足を踏み出した。
しかし、入り口には古びた結界が張られていた。
「……張られてから、かなり時間が経ってるわね。これなら」
ユヅキがそっと手をかざすと、彼女の持つ空間属性が静かに共鳴する。
歪んだ空間は、まるで鍵を開けるように難なく結界を解除した。彼女は涼しい顔で、その奥へと歩みを進める。
遺跡の内部は、侵入者を阻む罠で溢れていた。
無数に飛来する矢が視界を埋め尽くすが、ユヅキは顔色一つ変えない。
彼女が空間属性を展開すると、矢はユヅキの身体に触れる寸前、その存在を切り離されたかのように空中で離散した。落とし穴も、襲い来る小型の魔物たちも、彼女の「絶対的な防御領域」に触れた途端、弾き飛ばされて無力化されていく。
やがて、彼女は遺跡の最深部、ひときわ豪華な扉の前に立った。
「豪華な扉ね。……目的のものがそこにあればいいんだけど」
ユヅキは扉に手を触れ、構造を解析し始める。
わずか数分後。扉が重々しい音を立てて開くと、そこには遺跡を守る巨大なゴーレムが待ち構えていた。
「少しは骨があればいいんだけど」
ユヅキは愛刀の柄に手を添え、床を蹴った。
彼女は空間を歩くように空中を駆け、一気にゴーレムの肩へと降り立つ。そのまま刀を縦に構え、空間を切り裂くほどの力を込めて一閃した。
重厚なゴーレムの身体は、豆腐のように真っ二つに割れていく。その隙間に露出した核を、ユヅキは見逃さなかった。
彼女は軽やかに地面へ着地し、露わになった核を冷徹に握りつぶす。
ゴーレムは断末魔を上げることもなく、サラサラと砂となって崩れ去った。
静寂が戻った空間に、彼女のブーツの音だけが響く。
扉の奥には、一体何が眠っているのか。ユヅキは期待と緊張を胸に、最後の一歩を踏み出した。
第3話:眠れる遺跡の番人(続き)
扉の奥には、拍子抜けするほどの静寂が広がっていた。
豪華な装飾を施された石棺が中央に置かれ、中には高位の賢人と思われる躯が静かに眠っている。だが、ユヅキが求めていた「彼」の気配は、そこには微塵もなかった。
ユヅキは左手を持ち上げ、中指にはめている指輪を棺にかざした。
――何の反応もない。
「……結局、ハズレ。ここまできたのに」
肩の力が抜け、ユヅキはその場にへたりと座り込んだ。
手間暇をかけ、魔物を排除し、わざわざ足を踏み入れた場所が空振り。その事実は、彼女の心を重く沈ませた。
だが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。
彼女はため息と共に立ち上がり、賢人の躯に飾られていた装飾品を淡々と回収し始めた。どれも換金すれば相応の額になるだろう。冒険者にとって、この程度の「実入り」は最低限の報酬だ。
遺跡を後にしたユヅキは、そのまま教会へと戻った。
「神父様。あの遺跡には魔物がはびこっていたので、結界を張り直しておきました。……しばらくの間は、近づかないほうがいいですよ」
遺跡そのものを破壊してしまいたかったが、まだ天使の連中に目を付けられるわけにはいかない。ユヅキは努めて事務的に言葉を交わし、神父に依頼票へのサインを求めた。
快くサインを受け取ると、ユヅキはセリヌの町へ戻るため、足早にこの町を後にした。
だが、胸の中には相変わらず冷たい虚無だけが残っている。
――どこを探せばいいのだろうか。
彼を見つけ出すための旅は、まだ始まったばかりなのだ。




