4番目ー2
『ゴーーーーン!!! ゴーーーーーーン!!!!』
正午を知らせる鐘が街に鳴り響く。町を行き交う人々はそれをただの時間を知らせる鐘としか思わない。普段どうりのいつもの鐘の音としか。コーデリアは分かるだろうか。確か、神殿に伝承が伝わっていたはず。いいや、それよりもやるべきことがある。咄嗟に耳に手を当てて連絡を取る。
「聞こえるか? ヴェルデ!」
『…………ぁ……はい…………』
すでに手遅れだったか。放心状態になっている。となると、先ほどの映像は本当に近い未来を映し出したものか。ならばせめて生きる努力をしてほしい。
「今すぐそこから王城の方に逃げろ!!」
『妹が、リーブが、』
「その場は危険だ!! 瓦礫に潰されるぞ!!」
『でも、妹が、ティリアンが、』
ティリアンがどうしたのか。視えたのはリーブちゃんだけだから分からない。瓦礫にでも足を挟まれたのか、倒れたのか。そこまで周囲は視えていなかったがいる場所自体が危ない。できるものなら今すぐ逃げてほしい。
「フィーを送る。渡してお前は逃げろ」
『分かりました』
「フィー、行ってくれ」
「わかった」
フィーが行った後すぐに、道を行き交っていた人々は何かに気づいたように立ち止まって砂のよう日にその姿が消え去っていった。これは急がなれけばいけない。
「全員に通達!! 今すぐその場から王城の方に逃げろ!!」
『了解!!!!』
何人かの声が聞こえない。すでに居なくなってしまったか。それでも、できる限り多くの仲間を生かしたい。二度と失わないように。
『ルーク、大変だ』
「どうした?」
『リーブちゃんが血溜まりだけ残して居なくなってる』
「はぁあ⁉︎」
なぜ、居なくなっているのか。訳が分からない。どこかの世界に飛ばされたか? 可能性としてあるが、それでも探せる余裕はない。フィーなら探せるだろう。
「念のため訊くが、見間違いじゃないのか?」
『見間違いじゃないな。あたりを見渡してみてもどこにも居ない』
見間違いの可能性は低いのだが、この場合はあってくれた方がとてもいい。それは無いと分かっていても縋ってしまうようなものだろう。
「一旦、探してきてくれ。ついでにティリヴェルを見つけたら連れて来ておいて」
『了解』
フィーとの会話に区切りをつけて自分でもどれほどの被害か確認する。建物は壊れている物と何も変わっていない物がある。
「スミ! フレイア! それにコーデリア! 無事か!?」
聞こえなくなっていたのはウィルとアンだったか。少なかったことに喜べばいいのかいなくなったことに悲しめばいいのか。分からなくなる。そこまで考えてふと進みが遅いことに気がついた。スミがフレイアの左肩を支えてコーデリアが歩行補助をしているようだ。
「無事ですわ。ただ、足をやられましたの。これでは騎士として役に立ちませんわね」
「足か…………」
それは致命的だ。一応止血はされているがズタズタに切られたような跡と黒く変色して治ったようには見えない。
「治癒をかけても治りません」
「呪いの一種か?」
「ひょっとしたら呪いよりタチが悪いものかもしれない、です」
「そうか」
対策は、今すぐにでき無さそうだ。二人ともそういう物であれば自己防衛できるからフレイアに向かったのか。それならば納得だ。
「背負う。自力で掴まれるか?」
「それぐらいはできますわ」
「重いもの、持ちます」
「いいえ、スミは体力が足りないのでコーデリアに渡します」
「預かった」
確かにスミは最近体力がついたと自慢していたが、それでもコーデリアには劣る。久しぶりに抱き上げたフレイアは昔よりも令嬢らしさは無く、騎士を抱えたようになっていた。ずっと騎士になりたいと言っていたのだから頑張って努力して来たのだろう。婚約解消自体も一つの手段と見ていたようだし。
「ルーク様」
「なんだ」
「私を下ろしてくださいまし」
「バカなことは言うな!」
それは見捨てろということか? それならばどうしてもできない。どうしても、血濡れた仲間の姿なって見たくない。
「…………………………………………これ以上俺に仲間を失わせないでくれ…………」
昔、シェルという女が居た。色々とあって今はもういない。その時のことが軽くトラウマになっているのかもしれない。そのことは分かっているはずなのに、それをさせようとしてくるのか?
「騎士たるもの足手まといで仲間を失う訳にはいきませんから。それに、私は魔術も扱えますのよ? 必ず、生きてみせますよ」
それが彼女の意地だというのは分かった。どうしても、自分のせいで全滅するということはしたくないのだろう。分かっているが、どうしても、認めたくない。
「ルーク、」
「分かった。動けるように補強しておく。頼むから、死ぬなよ」
「…………ええ。承りましたわ」
スミが袖を引いてくれたおかげで少し冷静になった。これまでも、女が騎士になるなという世間の目を振り解いて騎士に昇り詰めた変なところで頑固者だ。譲る気は一切無いのだ。それを今更どうにかしようとできる訳がない。せめてもの選別に足が動かせるように補強をする。
『ルーク様!』
「…………………………どうした?」
『やっぱりどこにもいない。残っている場所を片っ端から見て行ってもいなかった』
「ティリヴェルは?」
『瓦礫の下で冷たくなっていた。棺に入れておいたよ』
これで生き残っているのはこの三人とフィーと、フレイア、だけか。
「…………分かった。一旦戻ってこい。そろそろ危険になるぞ」
『了解。終わったらもう一回他に逃げ遅れた奴がいないか探しておくな』
「…………………………ありがとう」
プツッと連絡が切れた。
「生き残りは?」
「…………フィーが探してくれている」
「そう」
薄々、もう生き残りが自分たちしかいないと気付きながら、細い糸のような可能性に縋り付いて走り続けている。こんな中途半端に希望があるのは辛いのかもしれない。生き残ってほしいと願った奴らは俺たちを希望、として見ていたのかもしれない。そんなことをされてもどうしろと言うのだ。
「スミ、走れる?」
「ちょっと、きつい」
「背負うよ」
「うん、ありがとう」
スミの体力が無くなってきていた。少し話して、コーデリアにスミを渡して走っている。できるなら背負いたかったがスミ的にはコーデリアの方が安心するだろう。
「ルーク様は走れますよね?」
「ああ、門までは保つと思う」
「頑張って走ってくださいね」
体力があっても、精神的に大丈夫かと言われるとそうはいかない。ずっと昔からいる相手が居なくなったような、胸にぽっかりと空いた穴からポロポロと転げ落ちて行くような感情になっている。
「フレイアのことは大丈夫ですよ。あの子は強い」
「…………分かっている。強いのは分かっている」
「シェルのことを引きずっているんですか?」
「引きずるに決まっているだろう? 自分のせいで死なせたようなものだしな」
そうだ。ほぼほぼ、自分の命令が、間違っていたから。力に頼りすぎた結果に、起こった事故のようなもの、だけれども。それでも、自分のやっていることは人の命を預かっているような感覚であったことを、それから頭から離さないようになった。今のは、乾笑いになっていただろうか。
「それでも、シェルは、あなたに生きてほしい、と願っていましたよ」
「………………そうか」
まっすぐな目に見つめられて、なんとも言えなくなった。コーデリアはシェルと仲が良かった。残された人間が考えることでもあるが、本人もそう常々言っていた。本当のことだろうと推察できる、できてしまう。
「生きて、くださいね」
「同じく、生きてね」
「…………………………そこまで言われれば生きるしか無いじゃないか」
そんな事を言われて仕舞えば、生きるしかない。そう決心した時、後ろの方から首根っこを掴まれた。フィーによって。
「フィー!?」
「シクった!! お前らは生きてくれよ!!」
お前まで、居なくなるのか。シクったとはなんだ? 何をしたんだ? 疑問を言う暇も無く、思いっきり投げられた。
「フィー!」
フィーによって突き落とされたところは天界へ繋がる門だった。
「これはこれは、」
「………………誰だ?」
頭の上の方から聞こえた声に驚いて飛び起きる。即時に警戒体制に入り、あたりを見渡すと、消えかけの神とすでに力尽きた神が部屋にいた。スミとコーデリアは気絶していたようだ。ひとまずは安全そうである。
「初めましてじゃな。妾は其方らの言う愛の女神 アムールじゃ。先にくたばって倒れて消えかけておるのは理の神 レゾンじゃな。全く、根性の無い奴よ」
ほぼほぼ神話となっていた神の名前を名乗った。確かに伝承中の姿形が同じであるから本人と思うこともできる。なぜそんなにボロボロなのかは知らないが。
「どうして、俺たちが生き残った?」
「それが試練の定めだからじゃ」
「…………試練、とはなんだ?」
嫌な予感がするが聞かないわけにはいかない。覚悟は決めておく。
「もう使い物にならなくなった神の代わりを立てる、試練じゃな」
使い物にならない……? そんな疑問よりも腹の中から沸き立つ怒りで頭がおかしくなりそうだ。
「そんな物のために……」
ああ、腹が立つ。
「そんな物のために! みんな消えたのか!」
「そうじゃ!」
必死そうな顔で大声を出す女神に驚いて声が止まる。
「そうでなければ、お前たちだけでも生き残れなかったものでな」
「…………」
元々、全員居なくなる予定だったのなら生き残れただけ上等と思っているのかもしれない。悔しさとやり切れなさがぐるぐるしている。
「色々と説明してやりたいのじゃがな。妾ももう限界じゃ。後のことは飴のような茶色の目をした優男が話してくれる」
会って話せただけでも満足なのかもしれない。もう少し説明がほしいのだけれども、限界なのはそうなのかもしれない。証拠に徐々に体が消えていっている。
「さらばじゃ、愛しい人間達よ」
満足したような顔で消えていった。一度だけ神の消滅に立ち会ったがその時と同じように消えていった。
「、消えたか」
「…………………………お前は誰だ」
長髪に飴のような茶色い目をした男が奥の方から現れた。
「この神だった奴らと同僚だった者だ」
ならば、なぜ、この男は消えかけていないのだろう。
「前から体が砂のように消えていく人は居なかったか?」
「症例は聞いていた。……………まさか」
「それが前兆だ」
全く気づかなかった。俺は一体何をしていたのだろう。
「……………………なぜ、起こったんだ」
「何度も自分の精神を殺していれば本質は捻じ曲がる物だろう?」
それは自分なのか、誰を言っているのか、分からなかった。
「さて、お前たちには二つの道がある。一つは他の人間と同じように砂となって還ること。もう一つは神となって生きること。こっちはお前の仲間がどこか少し欠けるかもしれないが生き残れる」
「さあ、どちらを選ぶ?」
仲間からしつこく生き残れと言われている。こんなの、悩むほどのものでもない。
「生きてやる、二度と、こんなことが起きないように、」
「そうか」
なんの感情も無いように言っているが、顔が少し嬉しそうになっている。神になる選択肢を選ばせることが目的だったのかもしれない。それでも、自分で決めたことだ。最後までやりとげてやる。
「なら、神にでもなるんだな」
「なってやるよ」
二度と守って来た平和が崩壊してしまわないように。
「とりあえず、私のことは先生と呼べ」
「分かりました。先生」
先生に差し出された手を受け取って、
——————そうして生き残った三人は神となってしまったのでした。終わり、って寝た?」
話を聞いていた友人がカウンターに突っ伏して寝ていた。
「まあ、いっか」
暖かい生地でできたかける物が近くにあったはず、と少し探すと目的の物は見つかった。起こさないようにそっと近づき、風邪を引いてしまわないようにかけてやる。この友人には不要かもしれないが、単なる自己満足だ。前はしてやれなかったことをするぐらい別にいいだろう。
「やっほーう! 遊びに来たよー!」
「帰れ」
また別の友人がバンッと扉を開けて入って来た。扉が痛むからなるべく優しく開けてほしい。
「えー! 冷たいなー。子供の頃からの仲じゃないか」
ぶー、と文句を言っている。お互いに何も言っていないだけでそれ以上はあるのだが、決定させたく無いのだろう。また、色々と抱え込んでいるようだし。
「というか、お前は仕事が忙しいんじゃなかったのか」
前に来た時はしばらく来れないと言っていた。少し前に成人式をしてお酒がのめるー! と言っていた時だったか。
「その子のお義兄様が部下だからさ。代わりになってもらった」
かわいそうに。こんなやつに仕事を押し付けられるなんて。
「あー! 声に出されなければバレないって思ってるでしょ! 顔で分かるよ!」
バレたか。まあ、そこそこ長い付き合いだから顔でも分かるか。
「まあ、ヤバイことが起こるまでは大丈夫だからさ。それまではゆっくりさせてよ」
そう言って、は友人が飲み干したカップを指先で回して遊び始めた。
あとがきまで続いていいよという方はお進みくださいませ。




