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「ただいまーっす」
出社。というより帰社っつうのか?あれから日も暮れたのにコントロールセンターに戻ってこなきゃならねぇなんて……これが社畜ってやつか。
「おう、遅いのにすまんな。セピアちゃんはどうした?」
「病院で診てもらってからそのまま帰したっすよ。部長、帰していいつったっすよね?」
「言ったぞ。それでいい。怪我の具合は?」
「治りが早いのか、医者が言うには縫うどころか処置の必要すらないらしいっす。まぁ頭の怪我なんで数日は安静と能力行使の禁止らしいっすけど」
「というかセピアのことなんか置いといて、俺の義手がどうなんのかってのを――」
「――セピアぁ!?。対応の時にコレで聞いてた時から思ってたが、ガキとかチビって呼び方はやめたんかぁ?丸くなっちゃってなぁ海野!」
……マジでうるさいわ山浦。こいつもいたんかよ。
「……黙れよ山浦。あんたが、あんたらがあーだこーだ言ってんだろうが。それに倣ってやってんだよこっちは」
「お前も窓際君呼ばわりしなくなったじゃねぇか山浦!成長だな!」
「いやいや桐生部長、この後戻りできなくなってここまで来てしまった拗らせ金髪野郎と違って、僕は『名前で呼ばれるような活躍したら名前で呼ぶ』ってちゃんと言ってますよ。今回は補助員としてじゃなく、初めての主担当且つ大型案件。これは名前呼びで文句ないですよ。なぁ海野?」
「あんたいつかマジでシバくから」
「はいはい、そこまでにしとけ」
奥に引っ込んでった。もう戻ってくんな。
「で、だ海野。対応後にこっちに来てもらったのは訳があるんだ。まぁ訳と言ってもそんな仰々しいもんじゃない。所謂事務作業ってやつだな。今回の件の報告書作成とか、必要経費の申請。さっきの質問の答えになるが、お前の義手購入費用と義足メンテ費用は上限付きで経費になる。それと今回セピアちゃんが怪我したから労災申請も必要だな。あと被害に遭った家屋の災害認定書を世帯分発行してお上に提出する必要もある。そうだ、関係各所との事後報告会議もセッティングしないとな。今回はデカかったからなぁ、後処理は腐るほどあるぞ」
…………まじ?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんた『ごたついてて迎え寄こせない』みてぇなこと言ってたよな?あれ15時半とかだったよな?今20時なのにまだそんな残ってんのか!?」
「それはそれ、これはこれだ。なぁに、会議でお偉いさんに揉まれながら状況確認と支援するよりは、終わったことを振り返りながらパソコンカタカタしてる方がずっと楽だろうよ。それに規則で精神汚染深度Ⅲ以上の現場対応担当者は翌日休みになるんだ。いいじゃねぇか」
…………まじ!?
「それを早く言えっての!……待て、欠勤扱いじゃねぇよな?」
「安心しろ。会社都合による就労免除だ。出勤扱いだな」
神か!まぁ流石にな?頑張ったしな?ウデも無くなったしな?
「じゃ、お言葉に甘えて休みを謳歌しますわ」
「おう、そしたら早速報告書の書き方について――」
「――あ、まってくれ。その前に……木村だっけ?あいつはどうなったんだ?」
「ああ、ヤツは魔法庁管轄の病院で治療を受けてる。衰弱してるものの外傷らしい外傷はないから、明日にはこっちで取り調べしてそのまま警察に引き渡す予定だ。こういっちゃなんだが、ヤツが"保有者"だったのが幸いしてあの程度で済んだって感じだな。これが先天的保有者――"アルファ"だったらどうなってたか」
「ほーん」
「なんであんなことしたんだろうな。自分のガキ燃やしてまで、っていうかガキは無事だったのか?」
「そうだな、それも伝えとくか。山浦!こっち来て海野に例の子の説明してくれ!」
「ちょっと待っててくださいねー」
あん時脈はあるとか言ってたから生きてはいるんだよな。……いや、でもそのまま目を覚まさずに、なんて全然あり得る。
「はいよ、これがあの親子の資料だ」
――渡された資料には、『木村茜 女 推定20代後半 保有者 容疑者』『木村灯 男 推定10歳未満 第一世代 容疑者の息子』と書かれている。
「……おい、このペライチだけか?」
「仕方ねーだろ、取り調べは明日の予定なんだから。それ以外に判明してることなんてほぼ無い」
「まぁ結論から言うと例の子は無事だ。意識も一時は戻って、すぐに眠ったらしい」
あの火の海の中に何十分といて無事?
「そりゃすげぇな。"無事"ってのは文字通りの意味でか?」
「ああ。家の中で見つけた時に火傷含めて外傷は見られなかった。あとから分かったことだが、あの子のは"アルファ・第一世代"だった。恐らく容疑者の能力から遺伝して、火に耐性があったんだろうな。ホルダーとファーストじゃ能力の堅牢性に天と地ほど……とは言わないが差があるから、耐えられたのはそのおかげだろうな」
「なるほどな、運が良かったってか」
「……運が悪かったとも言えるけどな」
「なんでだよ」
「そりゃそうだろ、実の母親に殺されかけて、運の悪いことに死ねなかったんだから。あの子のこれからを考えるとトラウマもんだ。可哀想に」
……だとしたらここまで生き残っちまってる俺は何なんだかな。
「てな訳で山浦の説明通り、これまでにわかってることはこんくらいだ。何か質問はあるか?」
多分今じゃねぇと他にタイミング無ぇよな。
「……あー、質問1つと、部長に頼みが1つあるんだが」
「おうなんだ、聞くだけ聞いてやろう。それらに答えられるかと、応えられるかは内容による」
それ言葉だとややこしすぎんだろ。
「んじゃあまず質問から」
「俺が気ぃ失ってた時あったと思うんだが、そん時に昔の夢を見たんだわ。ただ、当時の俺が知る由もないことを知れたり、そもそも昔の俺を客観的に見てるような、"別の個人"として俺がいるって感じだったんだよな。何つーか説明が難しいんだが……」
「お前も見たのか、それ」
「お前も?」
部長が資料という名のペラ紙を机に置き、何とも言えない目でこちらを見てくる。なんだよ。
「……災害係数がある程度を超えると、そういうもんを――特に、自分に都合のいい内容のもんを見たって報告が出てくるんだよ」
都合のいいもん……って、なんだそのバカにしたような言い草は。
「幻覚とか妄想とでも言いてぇってのか?」
「俺個人の見解としては、それに近いもんだろうとは思ってる。というかそうとしか思えん。ある程度の災害係数ってのは大体0.2あたりからなんだが、正直その程度になってくると現場対応する側も、される側も感情が激しく動く。しかも特定の方向にだ。そんな極限状態の時に意識をどっかにやってみろ。夢と現実の区別がつかなくなって都合のいい幻を見ることもあんだろ、と俺は思う」
「ただなぁ……」
部長が山浦に目配せしている。もしかしなくとも、またコイツのアレか。
「お察しの通り、俺はこの世界のナニカが見せてきているんだと思う。まぁ根拠はないんだけど」
「お前その勘だけで生きるのやめろよ。ズルすぎんだろいつか死ぬぞ。部長もあんなヤツに頼りきりは良くないっすよほんとに」
「そりゃもちろん話半分で聞いてるさ。――いや、嘘だ。話7割くらいで聞いてる」
過半数超えてんじゃねーか!
「だがそれが合っていようがいまいが、ひとつのアイデアとして持っておくのは決して悪いことじゃないからな」
「僕的には良い線言ってると思うんですよねー。だって能力自体がほとんど未知の領域なのに、じゃあその源が果たして能力を行使させるためだけに存在しているかって言われたら微妙じゃないですか?人智を超えた何かしらなんだから、そこに意志みたいなものがあったっていいと思うんですよね」
「それもう勘じゃなくて願望じゃねぇか……」
「ま、山浦もこんな感じだし、正直俺にはよくわからん!」
「で、次は?」
「……寺田莉穂って魔法使いの情報を集めたいんだが、ここ使わせてほしい」
「ダメだ」
「頼む!」
「ダメだ」
「土下座でも靴舐めでもするから!」
「くどいぞ。てかいらんわ汚い」
まぁそりゃそうか。そこでハイどうぞって言われても正気疑うしな。
「調べたいなら自分で調べろ」
なんだ、流れ変わってきたぞ。
「……俺はダメもとで言ってるつもりなんだが」
「ここを今使うのは俺が許さん。仮に許可したとして、お前が機械をイジんのか?違うだろ。権限無いんだし」
「だから海野。お前が権限を与えられるような人間になったら、それは勝手にこっそり調べりゃいいさ」
「あくまで責任はこっち、ってことか」
「そりゃそうだ、俺が部長で、部下がやらかしたことのケツ拭きをする立場であるからといって、百パー面倒事って分かってるのに進んで責任負う奴があるか。見えてる地雷くらい避けさせろ。その代わり自分で調べる分には、見て見ぬふりくらいはしてやる」
「どうすれば使えるようになるんだ」
「個人情報の閲覧となるとA級権限だな。基本的に在職5年且つ基準を満たさないと審査すら受けられん」
そんなに待てるわけねーだろ!
「俺は今――は無理だって話だけど、なる早で知りたいんだわ。どうにかなんねーのかよ」
「基本的には、って言ったろ。お前の大好きな山浦は在職2年目でA級だ」
「はぁ!?コイツが!?」
「優秀ですまんな、海野クン?」
うっっっっっざ!
「例外的に昇級すんのは、それ相応の活躍をするか、『A級じゃないなんて勿体ない』と上に思わせられるかだな。早いところが、"自分の価値を認めさせられるか"ってとこだ」
「そんな無茶苦茶な……」
こんなん諦めろと言われてんのと同義じゃねぇかよ。
「三國本部長も言ってただろ、『魔法使いを正しく管理できるなら相応の待遇が』って。その資格があるなら勝手にA急になるさ」
「そんなこと言ってたような気がしなくもないが……そもそも正しくってのは何なんだよ」
「それは自分の心に従えよな。自分と他人の正しさが同じとは限らん」
「……あの、部長。適当言ってないですか、それ」
「あ、バレた?」
お前、マジで……っ!
「正直な話、在職5年且つ一定の基準ってのは歳を取れば大体手に入るようなもんなんだよ。当時は生き残る人間が少なかったから俺より上の年齢のヤツがほぼ全滅でな。そんなんだから俺も6年目でA級に上がるわ、部長の席も空いちまって繰り上がりで俺がやることになるわで大変だったぞ」
「俺より上のって、今何歳なんすか?」
「今年33だ。A級に上がったのと部長になったのが29のときだな」
よくわからんが、29で部長は絶対早い気がする。
「A級審査は部長の推薦が無いと受けれんから、それを逆手に取って推薦しまくった。竹田も宮田も、他にも数人を最速でA級にさせたな」
「それ職権乱用って言うんじゃねーのか」
「いやいや、人を育てるのにA級俺ひとりで面倒見るんじゃ困るのよ。分担できるとこはしとかねぇと、ただでさえ死のリスクがあるのに過労死のリスクも背負うなんて馬鹿らしすぎるだろ」
まぁ……それはそうか。
「話が脱線したな。海野も5年経ったら推薦してやるから、それより早く昇級したいならそれ相応を見せつけてやるんだな」
「ちなみになんすけど、山浦は何が評価されたんすか?」
「お前の嫌いなアレだよ」
はぁ!?
「山浦おい!お前それはズルだろ!」
「そんなこと俺に言われてもな。俺が自分からアピールしてるわけじゃないし」
あのレベルじゃねぇと特例として認められないなら絶望的だぞちくしょう。
「ほら、そろそろ後処理のやり方教えるからここまでだ。山浦もやることやっとけ」
「了解でーす」
「……よし、海野。遅くとも22時までには帰るぞ。深夜労働の手続きまでやりたくねぇ。それにお前ウデ無いしな」
「そうだ、アイツのせいですっかり忘れてたけど、コレ、金出るんだよな?」
「もちろん出る。あれオーダーメイドだろ、納品までの代用品も魔法庁から貸し出しがあるんじゃないか?少なくともそこら辺のモンよりは立派なつくりのヤツだとは思うぞ」
「へぇ、そりゃありがたい」
死人が多いんだからそりゃ義手くらいあるか。ただ汎用品は痛いんだよなぁ。
「じゃあさっさと終わらすか。申請は今週中でいいから、やり方だけでも覚えてってくれ」
……もしかしなくてもこの書類の束を今週中に片付けろと!?終わる気がしねぇよ!なんで今時紙媒体なんだよ!




