異世界の皇女様と俺(前編)
おい、ホロン。ここは。どういう場所なんだ?
ウインドウを表示させて、ホロンを呼び出そうとしたんだが……
表示されてるのは、ちょっと萌えの入ったフォントだけなんだな。
『ただいま現地情報の収集中。メンテナンスが終わるまでお待ちください』
……だめだこりゃ。こいつ肝心な所で使えねぇ。
じゃあ、仕方がないな。
おっさんの強化が上手くいってる事を信じるっきゃないんだが……
とにかく、まずは落ち着くところから始めよう。
おっさんの言っている事は分かるんだが、今は何よりも情報が欲しい。
ここが異世界だとすれば、ヤポネスの価値観や常識が通用するとは思えない。
少しでも判断を間違えたら、その途端に命を奪われる可能性だってあるんだ。
それに、だな。
俺が知ってるのは、古城のおっさんから聞いた情報だけだ。
召喚したこいつらにも、こいつらなりの言い分があるだろう。そのあたりを聞いてから、どっちが正しいのか判断してみるのも悪くないと思うんだ。
昔から言うだろ、偏った情報での状況判断は、身の破滅… ってね。
それに、もう少し時間を稼いでおきたいんだ。ホロンのメンテナンスが終わるのはいつになるか分からないが、時々あるんだよ。
こっちが細心の注意を払って何かしてる時なんかにさ。
悪いけど、そういうフラグはへし折っておきたいんだ。
…………ま、無理ゲーに近いけどな。あくまでも普通なら、だが。
気配からすれば、6、7…… 全部で8人はいるな。
じゃ、身体を起こして… っと、なんかふらつく… 駄目か、起きられねぇ。
こりゃあ、身体強化の影響… ってやつなんだろうなぁ。いつもの感覚で動いたらヤバい事になりそうだ。歩きはじめたら壁に激突とかシャレにならねぇ。
慣れるまで、もうちょい時間がかかりそうだな……
ゆっくりと、なるだけスローだ。ゆっくりと、な……
じわじわと体を起こして… やっぱ俺が寝てたのは祭壇か何かの上らしい。
きょろきょろと辺りを見回してみたら、そんな感じがする。
骨をかぶった神官たちの前に、ひとりだけ目立つ奴が… いるな。
何というかな。とにかくゴージャスって言ったら良いかな。
こいつだけ、やたらカネのかかった豪華なドレスを着ているんだよね。
服地の模様とかは全部刺繍ぽいし、アクセサリーだけでもひと財産だぜ?
女子高の先生に感謝だな。浴衣を仕立ててるときに、色々教えてもらったのがこんな所で役に立つとは思わなかったぜ。
「ようこそ勇者さま。具合はいかがですか?」
豪華な服… じゃなくて、二十代後半と思しき女性が立ちあがると、俺に話しかけてきた。間違いなく美人さんなんだが、ヤポネス人じゃないな。
整った顔立ちに腰まで伸ばした髪は桜色がかった銀髪だし、豊満な胸に細い腰回りという体型からするとサクソン系… じゃないな。
どっちかと言うとルーシ系ぽい感じの人種だよ。
しかも外国人なのにも関わらず会話は通じるとはなぁ。
まさかおっさん… 話が通じるようにしてくれてたのか。
いやぁ、こいつは助かるぜ。
さぁて、それじゃ… そろそろ『お芝居』を始めるか。
主人公は事情も分からず、不安に押しつぶされている少年だ。
少年だ。いいか? 少年だからな? じゃあ、始めるぞ……
「いかがなさいましたか?」
「……ここは…… どこ?」
やっぱ、最初にする質問はこれでしょ。
訳も分からないまま、いきなり周りの風景が見知らぬものになって、目の前に外国人が立っているのだ。普通ならば、こういう状況に陥ったら半狂乱になって叫び出すか茫然自失に陥るかのどちらかになるはず。
この場は茫然自失をよそおう事にしよう。
そして異世界召喚で弱っている振りをするのが無難って気もするな。
古城のおっさんが言っていた事を疑っている訳じゃないけど、とにかく今は最新情報が欲しい。とりあえず、こいつらの話も聞いてみようか。
「私はゼムル帝国の第1皇女、スカリット・ケイティ・ゼムルと申します。
以後お見知りおきを」
そう答えると、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
こういう笑い方をする人は、個人的には好きになれないな。
大抵こういう笑い方をする人は、碌なことを考えていないもんだ。親父から仕込まれたあれこれが役に立ったと言えば、何があったか想像できるだろ。
だが、まだだ。
そんな事を気取られる訳にはいかんよね。無表情をキープだ、キープすんぞ。
茫然自失に陥った少年には、他に出来る表情なんかない。それに、だ。
ゼムル帝国といえば… あれ? 俺、知ってるぞ?
……このあたりで最大の国家じゃないか。
総人口は600万人、この10年ほどの間に勢力を伸ばした軍事国家だよな。
暗記した教科書や年表の内容を思い出すように、すらすらと出てきた。
そうか、ここはそういう国… だったんか。
「勇者様が呼ばれました理由――と申しますか。お願いを申し上げます。先程もご説明致しました。この世界には、魔王と呼ばれる存在しましたの。
今から1000年前に現れた勇者さまは魔王と戦って、封印致しましたが…
その封印が弱まり、魔王が甦ってしまいました。
その影響で、大陸全土で活性化した魔物により人的被害が増えてきたのです。
すでにいくつかの国が魔王に支配され…… 民は虐げられているとか。
それを打開するために我々は、勇者様をお呼びしたのです」
ふむ、そういう設定なわけ?
たしかに、何も知らない──茫然自失に陥った奴なら信じちゃうよな。
あの美人さんの色気にコロリ… もあり得るか。
だけどな、俺もこの手の人種に縁が無いわけじゃないんだよ。
悲しいけど、な。
スカリット姫は敵!
だって、姫のドレスを私が着たらお腹キツキツで……
脱げなくなっちゃうはずなんだ。ぐっすし。