第102話 最善だが、最も残酷な方法
「お前は! エリシアを殺すっていうのか!」
レオの一言に真っ先に反応したバランは声を荒げて胸ぐらに掴みかかる。
それを甘んじて受け入れつつも、まっすぐにバランと視線を合わせた。
「アトはエリシアが壊れることを望んでいた。
そしてそうなることでアトはエリシアの体から離れる。俺はそう思う」
「だったら何だって言うんだ! エリシアが死ぬことには変わりないだろ!」
そう、この方法ではどうあってもエリシアは壊れてしまう。
これまで考えたどの方法でも、エリシアが壊れずに済む方法はなかった。
だから、その先をレオは考えた。
「ああ。だから、俺が蘇らせる」
「……は?」
呆気にとられたようにバランが声を漏らした。
何を言っているんだと言わんばかりに眉が下がり、困惑しているのが誰の目にも明らかだった。
「なにを……言って……」
「エリシアを壊した後に、壊れたエリシアを蘇らせる。それならアトはエリシアの中には居ない筈だ」
「お前……何を言っているのか……というか、できるのか?」
言っていることが、いやレオの事が理解できないように狼狽えて呟くバラン。
「確信はないが、可能性はある」
「お前……死者を蘇らせることができるとでもいうのか?」
その言葉に、レオはしっかりと首を横に振った。
「いや、俺には他者を蘇らせることはおろか治すことだって出来ない」
レオは他者を護る想像はできても、他者を癒す想像ができない。
だから十分すぎる魔力と祝福をもってしてもアリエスのように誰かを癒すという事はできない。
レオに出来ることは、壊すことだけだ。
結局のところ、彼に出来るのは相手を壊すことで誰かを護ることだけ。
「なら、一体どうやって蘇らせるって言うんだ!」
胸ぐらを掴む手に力を再度込めて、バランが激昂する。
耳に響く声を邪魔しないように、低く、しかしはっきりとした声でレオは答えた。
「俺を壊し、それをエリシアに渡す。俺が、エリシアに命を与える」
壊すことしかできないレオが最後に思いついたことも、結局は壊すことだった。
「…………」
レオの言葉に唖然とするバラン。
言っていることは分かるが、理解が追い付いていないようだ。
「ダメです! そんなの、ダメです!」
叫び声が部屋中にこだました。
悲鳴のような声を出したアリエスはレオに近づき、手を取って強く握る。
「何を言っているか分かっているんですか!?」
「アリエス、聞いてくれ」
やはりこうなってしまったかと思いつつ、レオはしっかりとアリエスに向き合う。
引き留めてくれた彼女は、今にも泣きそうに顔を歪めていた。
「エリシアに命を渡しても俺が死ぬわけじゃないんだ」
「ですが……ですが!」
「アリエス、俺は大丈夫だよ」
そう言って微笑みかけても、アリエスは首を横に振るばかり。
「いや……ダメだろ……そんなの……」
横から、バランが狼狽する声で小さく呟いた。
視線を向けてみれば彼は頭を押さえ、瞳は揺れ動いていた。
「レオの命を犠牲にして、エリシアを救う? そんなの、いくら死なないからって……」
「でも、他に手はないだろ?」
「それは……そうだが……お前だけが割を食うというのか……」
震える拳をさらに強く握り締めるバラン。
もうこうなった以上、エリシアを救えるのはレオしかいない。
バランはすでに、レオに託すことしかできない立場に居る。
それが分かっているからこそ、やるせない気持ちが止まらないのだろう。
「神様……」
声に振り向けば、パインが悲痛な顔で立ち尽くしていた。
下ろした手の指は組まれ、祈るような形だが、その祈りをどこへ向けていいのか彼女自身がよく分かっていないようだ。
「……神様の自分を犠牲にしてでも他人を救いたいお気持ちは素晴らしいと思います。
そんな神様に仕えられて、私は幸せだと思います」
必死に笑顔を作り、笑いかけるパイン。
しかしその笑みはどこまでも寂しげで、悲しげだった。
「でも私はそれを祝福できません。なんでかは分からないけど……いや、です」
「……そう……だよな」
まだ共に行動して日が浅いパインが自分を慕ってくれていることはよく分かっている。
だから、この選択を受け入れてはくれないことを。
そして、一方で受け入れてはくれる人が居ることも、なんとなく分かっていた。
未だに強く袖を握るアリエスに近づき、肩に手を置いたリベラは彼女と目を合わせる。
顔を上げて首だけを振り向いたアリエスに首を横に振り、握る手に触れてそっと離させた。
アリエスから手を離して、リベラはまっすぐにレオと見つめ合う。
表情は真剣で、いつもの快活な彼女の姿はどこにもなかった。
「もう、決めたんだね?」
「ああ」
「そう……なら、私はそれを受け入れる。でも、納得したわけじゃないって忘れないで。
そして、やる以上は絶対にエリシアさんを救おう」
救ってではなく、救おう。
その言葉が、やけにすっとレオの心の中に入ってきた。
エリシアを救えるのはレオしかいないかもしれない。
けれど自分は一人ではないのだと、あらためて気づかされた。
「……分かりました」
袖で顔を拭い、アリエスは深く息を吐く。
顔を上げたときには、いつもの強い目をした彼女が立っていた。
「レオ様が言っても聞かないのは前からですからね。
ですが可能な限りサポートしますし、限界までレオ様の命を使わない方法を考えます。
いいですね?」
「……ああ、助かるよ」
本当に、いつも助かっている。
アリエスが本心ではレオにその手法を取らせたくないことはよく分かる。
それでも、彼女は自分を優先してくれた。彼女に頼るしかできない、こんな自分を。
内心で感謝を告げ、レオは気持ちを新たにする。
エリシアを救うには、もう一つ必要なことがある。
しかしそのことを言う前に、最後に残った一人が口を開いた。
「受け入れられない」
部屋に、重圧が満ちる。
レオ以外の誰もが息苦しくなるほどの空間で、いつも通りの歩幅で歩いたシェイミはレオに近づく。
一歩、一歩。すでに祝福により聴覚は発達しているはずなのに、触れそうなほど近くまで歩み寄ってくる。
まっすぐに見つめられ、彼女から有無を言わさぬ圧を感じる。
シェイミは、レオの考えを受け入れていない。
「そんなことをすればあなたは今よりも、もっと弱くなる。
自分が唯一認めたあなたをそんな風に殺すのは、許されない」
息が止まる程の重圧の中で、レオは一つの答えに至った。
シェイミが恐ろしいとか、怖いとか、折り合いが悪いとかそういうことではなく。
(あぁ、彼女も俺と同じだったんだな)
自分がシェイミを唯一並び立てる存在だと思っていたように、彼女もまた自分をそう思ってくれていた。
それが嬉しくて、笑ってはいけない場面なのに笑みがこぼれそうになる。
内面ではなく、外面に感情が現れそうになる。
だが、それでも譲れないものがある。
今レオが救おうとしているのは世界ではなく、目に見える誰かだ。
そのことを諦めることは、勇者で無くなったレオには出来ない。
だから。
「誓うよ」
彼女に、自分自身にレオは誓約を掲げる。
「エリシアに命を分け与えても、必ずシェイミの望む俺に戻ると誓う。
時間はかかるかもしれないけど、シェイミのために必ず」
「…………」
返ってきたものは、何もなかった。
肯定も否定も、言葉も反応も何もなく、ただじっとシェイミはレオを見上げるだけ。
やがて彼女は視線を外し、レオの元から歩き去ろうとする。
「……そう」
たった二文字の短い言葉。
しかしそれだけで、レオは彼女が自分の意志を認めてくれたことを感じた。
(ありがとう)
何の確信もないし、時間だってかかるだろう。
それにシェイミの言う弱いレオになることは避けられない。
けれど、彼女は認めてくれた。だから、ありがとう。
一つの山場を越え、レオは深く息を吐く。
まだ、話は終わっていない。もう一つ伝えなくてはならないことがあるからだ。
「俺はエリシアに命を渡す。でも、その方法を知らない。
命を壊す方法は知っていても、渡すことはやったことがない。だから」
先ほど自分の意志を真っ先に受け入れてくれたリベラに向き合って、まっすぐに告げる。
「リベラ、俺に他者に呪いを移すことを教えて欲しい。
残った時間は少ないけど、必ずものにして自分の命を渡してみせる」
そんなあまりにも残酷な言葉を、告げた。




