第101話 エリシアを救う方法
じっと見つめ合うシェイミとアリエス。
何やら重々しい雰囲気に耐え切れなくなり、頭に浮かんだ疑問を思わずレオは口にしていた。
「……というか、これくらいの祝福をなんでやらなかったんだ?」
シェイミは自分に並ぶほどの強者であるとレオは確信している。
そんな彼女が自身にとって重りであるはずの聴覚に対して手を打たないことが不思議だった。
彼女であれば今自分が行使した聴覚を発達させる祝福やそれに近い魔法の使用など造作もないと思ったのだが。
「……? そんな細かいことできない」
首だけをこちらにむけたシェイミは無表情のまま少しだけ首を傾げてそう告げた。
全く表情の変わらないままで斜めに傾いた姿は多少の恐怖を感じたが、それ以上に気になる言葉が出てきた。
「いや、細かいって……」
「自分は、がーっと敵を倒すだけ」
「…………」
その言葉でレオは分からされた。この灰色の少女は自分以上に脳筋であると。
これまでのシェイミの像をバラバラに崩されたレオは唖然としていたが、黙ったレオ達を見てリベラが声を上げた。
「話を戻すけど、どうするの?
私の祝福でもアリエスの祝福でもエリシアさんからアトを引き離すことはできなかったけど」
話すべき内容に話題が戻ったことで、レオはアリエスに視線を向けた。
今のレオでは打つ手がないが、時間を稼いだことで彼女ならば解決策を思いついているかもしれない。
そんな気持ちを込めて見たアリエスは、隣に立つシェイミへと視線を移した。
「呪いを引き離したり、消したりできませんか?」
「できない」
即答し、首を横に振るシェイミ。
そんな彼女を見て少しだけ恐怖が和らいだのか、リベラが続けて問いかける。
「あのすっごい剣とか鎌は?」
「…………」
「え? え?」
問いかけただけなのに、シェイミはリベラを見て黙った。
しかし視線はじっとリベラを捉えて離さない。
これまで恐怖していた存在に凝視されることで、リベラの中の恐怖が呼び起こされ体が震えはじめていた。
「名前」
「リ、リベラ……です……」
「星域装備は敵を倒すことにしか特化していない。
呪いどころか、怪我を治すものだってありはしない」
可哀そうなくらい小さく縮こまったリベラから名前を聞いたシェイミは反応を示すことなく先の質問に答える。
レオもシェイミのものを含めて現存する全ての星域装備を知っているが、呪いを何とかできるものはおろか、それに近しいものすら存在しない。
まあ、それが出来るのなら自分の右目の呪いも何とかなっているはずなので当たり前と言えば当たり前だが。
「は、はい……すみません」
縮こまり、謝罪するリベラに対してシェイミは反応を返さない。
けれどレオの目には、彼女が疑問に思っているように映っていた。
なぜリベラが謝っているのか分からないと首を傾げているような、そんな風に見えなくもない。
「そう……ですか……」
アリエスの重々しい声が、部屋に響いた。
その一言で、打つ手が依然としてないことをレオ達は知った。
パインは下ろした手で指を組んだままで目を瞑り、バランは拳を震えるほどに握りしめている。
「すみません……わたしには……もう……」
「いや……」
解決法を思いつけないのはこの場の誰もが同じこと。
アリエスを責められる人など、誰も居はしない。
けれど、歯がゆくて仕方がなかった。
シェイミという予想だにしていなかった助けを得ても、自分達は結局エリシア一人救うことができないのかと。
「い、一旦保留にして西に向かうのはどうかな?
ほら東側じゃダメだったけど、大陸の西側ならレオの右目の呪いを解く方法を探しながら、ひょっとしたらエリシアさんを助ける方法だって分かるかもしれないよ」
重々しい雰囲気に耐え切れなくなったリベラの励ますような言葉。
「それは無理」
しかしそれを、シェイミが一刀両断する。
「自分があの子を空に停滞させられるのは限界がある。正確には、今日の夜まで。
もしも限界を越えれば停滞は解除されて、あの子は地面に落ちて即死する」
残酷な宣言だった。
もしも今日の夜までに解決策を考え付けなければ、エリシアは壊れるしかない。
これまでまだあると思っていた時間が急になくなり、その場にいる多くの人が顔を歪めた。
そしてそれはレオも同じこと。
(なにか方法はないのか……)
何度もアトとの戦闘中に考えた。
何度考えても答えが出なかったから、アリエス達にも案を求めた。
それでもまだ答えが出ないから、考えるしかない。
何か。何でもいい、何か方法はないのか。
これまでのエリシアの言動。
あのときのアトが言ったこと。
それをゆっくりと思い返しながら、レオは解決の糸口を探す。
何か、何か。
「……あ」
「レオ様?」
無意識に呟いた一言に、アリエスが真っ先に反応した。
解決策が思いついたのかと目を見開く彼女に対して、レオは「いや」とまずは否定から入る。
「ちょっと思っただけなんだ。アトがやけに自分自身を壊させたがっていたなって」
あのときは挑発するためにあんなことを言っているのかと思っていた。
けれどよく考えてみれば、エリシアが壊れればアトだって壊れるはずなのだ。
それなのにそれを確実に行えるレオに対してそんな挑発を行うだろうか。
しかも何度も何度も、声高に叫んでいた。
「……それで言うなら、なぜレオ様が街を出ると言ったときにエリシアさんは引き留めたのでしょうか。
おかしくないですか? もしもアトがエリシアさんの体を乗っ取るなら、レオ様が居ない方が都合がいい筈です。
なのにエリシアさんは引き留めた。もしアトの言う通りなら、あんなこと言わせるはずがありません」
アリエスの追加の指摘で、恐る恐ると言った様子でリベラが口を開く。
「レオに、殺させようとしている?」
確かにこれまでの事を考えるとその線も見えてくる。
そこまで考えて、レオはあることを思い出した。
「初めて黒い鎧を倒したとき、戦っていたエリシアからは意志を感じた。
絶対に壊れないっていう強い意志だ」
「あぁ、俺もそれは感じていた。エリシアは自分が死ぬことを恐れているようだった。
しかもそれは死にたくないというものではなく、死んではならないみたいな……まさか」
バランの言葉に、レオはある一つの可能性に至る。
「エリシアが壊れると、アトにとって都合がいい?」
「……おそらくですが、エリシアさんが死ぬことでアトが自由になるのではないでしょうか。
今の彼はエリシアさんの体を借りている状態ですが、本当の意味でこの世界に誕生するということでは……」
アリエスの考えを聞きながら、レオは奥歯を噛みしめる。
もし彼女が言うことが正しいのなら、それは。
「……そんなの、呪いに殺されるために生かされてきたものじゃないですか」
「パイン……」
これまで黙ってレオ達の話を聞いていたパインが、声を発した。
長年監禁生活を送ってきた彼女にはこれまでの話は難しく、意見するようなことはなかった。
けれど初めて、彼女は口を開いた。
誰かに利用されるだけだった地獄を味わってきた彼女だからこそ、その言葉には重すぎる気持ちが込められていた。
(ただ、アトに利用されるために生きて……最後はアトに用済みのように、壊される……)
目を瞑るレオの脳裏に、エリシアの姿が過ぎる。
いつもの無機質な瞳に、無表情な彼女の体から闇が漏れ出し、姿が見えなくなる。
煙のように湧き上がる黒が消えたとき、音もなくエリシアが倒れた。
顔を見ることはできないが、彼女は壊れている。
まるで抜け殻のように、その中には誰も居ない。
エリシアも、アトも、誰も。
「あ」
そこまで来て、レオは気づいた。気づいてしまった。
視線が集中するのを感じながら、先ほど思いついてしまった突拍子もないことをするために必要なことを、口に出した。
「なら、壊せばいい」
自暴自棄になったわけではないものの、それは奇しくも今までレオが避け続けた仮定と同じだった。




