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新しい物語⑤

 昼食の後片付けを麗華と手分けして終らせると、自分の部屋で病院へ行く支度を始めた。と言っても、必要なのは貴重品と診察券だけなので数分とかからない。財布の中に診察券があることを確認してからポケットに突っ込み、気持ち早足に部屋を出た。

 時間に余裕がないわけではない。診察までまだ一時間以上もある。

 急ぎ気味なのは、外に麗華を待たせているからだ。

 どういう訳か、片づけを終えた後麗華はエプロンを脱ぐと「先に外で待っていますね」と告げるなり、ソファに置いてあったバッグを肩に担いで玄関へ向かってしまった。 どうやら俺が起きる前に準備してあったらしく、最初からついて来る気満々だったみたいなんだけど、何で外で待つんだろう?

 なんて疑問に思いながら扉を開けると、麗華は門柱の前で屈んでいた。

「………?お待たせ麗華」

 その姿を怪訝に思いつつも、戸締りを確認をし、麗華の横に立った。

「あ、和総さん。早かったですね」

 麗華は背筋を伸ばして門柱から視線を外すと、隣にいる俺に笑いかけた。

「随分熱心に見ていたけど、門柱がどうかした?」

「いえ、その……感慨深いものがあったといいますか……」

「感慨深い?」

 麗華は言いづらそうにしながら門柱のある場所をチラッと見た。

 彼女の視線をなぞるように追うと、そこには『入江』と書かれた表札があった。

「表札?」

 謎が深まるばかりだ。

 入江は俺の苗字だ。一応この家の名義は俺だからその名前を刻んだわけだが、感動するところなんてあっただろうか?

 すると麗華は何かを思い出すように、遠くの空を見上げた。

「ここまで長い道のりでした。何度も挫けそうになりましたが、諦めなくて良かった……。もう思い残すことは無いと言っても過言ではありません」

「そこまで大袈裟な話なの⁈」

 この家の建設に殆ど関われていない俺は、表札にそんなドラマが隠れていたなんて知る由もなかった。

 一体何があったというのだろうか………。

 謎が解けることはなかったが、麗華の気持ちは一部理解できた。

「…………」

 俺は顔を上げると、建ったばかりの新築へ目を細めた。

 二階建てで、小さい庭があるだけのごく普通の一軒家。他の家より一回り小さい家だが、俺にとっては胸に迫るものがあった。

(夢、叶ったんだな………)

 紺色の屋根を見ながら『彼女との日々』を懐古していると、突如ギュッと左腕に抱きつかれた。

「麗華?」

 俺の腕を固定する麗華はこちらを上目づかいで見つめると、頬を膨らませた。

「今、『あの人』の事を思い出していましたね?」

「な、なんで……」

 心の中を読まれると思わず狼狽えてしまうと、麗華の目が更につり上がった。

「ずっとあなたを見てきましたもん。それくらいすぐにわかります」

 唇を尖らせて呟くと、甘えるように左腕をさらに締めつけられた。

「これが自分の我儘だという事は重々承知しています。だから、思い出すなとは言いません。忘れるなとも。だけど一つだけお願いを聞いてくださるのなら……」

 麗華は間を空けると、切なそうに瞳を潤ませて訴えた。

「私といる時は、私だけを見てください」

「……………………ぁ」

 俺は自分の過ちに気付かされた。

 麗華の傍で、『彼女』を思い出すことがどんなに残酷な事なのか、俺は知っていたはずだ。なのに、呑気に思い出に浸るなんてとんだ薄情者だ。

「ゴメン……無神経だったな」

 俺は拘束されていない右腕を麗華の頭の後ろに回して抱き寄せた。俺の隣に誰がいるのかを再確認するために。俺の隣が誰なのかを伝えるために。

「安心して。今言っても説得力は無いかもしれないけど、俺にとって一番大切なのは麗華だよ」

 この状況でそのそのセリフは軽薄にしか聞こえなかったかもしれない。

 それでも、俺はきちんと言葉にすべきだと思った。

「~~~~~~♡」

 気持ちは伝わったのか、かぁっと顔を真っ赤にした麗華は、両腕を俺の背中に回すと、臭い付けをする猫のように俺の胸に顔を擦りつけられた。外ではして欲しくは無かったが、罪滅ぼしのつもりで我慢した。

 それに、こうして色々な表情を見せてくれるようになったのが嬉しかった。

「ふふっ。仲が良いわねぇ」

 微笑ましそうに声をかける通行人に苦笑を返しながら、麗華が満足するのを待った。

「………………」 

 俺はふと空を仰ぎ見た。

 視界いっぱいに広がる青空は雲は多いが麗らかな陽気だった。昨日まで病室の窓からしか見られなかった分、すごく広く感じられた。

(平和だな………)

 閑静な住宅街に吹き抜ける風に髪を撫でられながらそんなことを思った。前に見た場所が平和とは程遠かったせいもあり、余計にそう思えたのかもしれない

(帰ってきたんだな……)

 俺はようやくそれを実感することができた。

 腕の中にいる存在がそれをより強くした。

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