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動き出す悪意①

「はい、おじいちゃん。これに一週間分の着替えが入っているから」

 要塞病院のとある個室で、ボストンバッグを持った少女はベッドに座る祖父の横に置いた。

「ありがとう栞奈。入学式の直後なのにすまないな」

 鞄を受け取った祖父は申し訳なさそうに眉を下げる。

「大丈夫、座っていただけで大して疲れてないから」

 栞奈と呼ばれた少女は問題ないとばかりに首を横に振った。

 栞菜はついさっき、高校の入学式を終えたばかりだった。家に帰り、私服に着替えてすぐ祖父のお見舞いと必要なものを届けにきたのだ。

 献身的に動いてくれるのは入院している身としてはとてもありがたい。ありがたいのだが……、祖父としては今の栞奈を歓迎することができなかった。

「でもな。せっかく高校生になれたんだ。友達と遊んだりしてきてもいいんだぞ?」

 もっと年相応に過ごして欲しいと願う祖父に、手の届く場所にバッグを置いた栞菜は首を横に振った。

「そんな暇はないでしょう?私以外に着替え持って来る人がいないんだから」

「それはそうだが…………クラスの子と話をする時間くらいはあるだろう。その後でも………」

「いいんだよ。だって」

 栞奈は視線を外すと、備え付けのテレビから流れるニュース速報に目を眇めた。

 内容はある組織が王国軍に捕まったというものだった。

「私にはやらなきゃいけないことがあるから。友達と遊ぶ暇なんて無いよ」

「……………そうか」

 祖父は何も言えなかった。栞奈の目に宿る激情を見てしまえば、もう祖父にはどうすることもできない。

「じゃあ、私はもう行くから」

 栞奈は椅子から立ち上がると、壁に立て掛けてあった竹刀袋を手に取り、そそくさと病室を出て行こうとする。

 その背中に祖父は最後の悪あがきをするように尋ねた。

「なあ栞奈。本気なのか?」

「うん。本気だよ」

 栞奈は即答だった。要領の得ない問いでも祖父の聞きたいことは、はっきりと分かっていた。

「おじいちゃんと約束した高校には進学したんだから、後は好きにやらせてもらうよ」

「一人でやるつもりか?」

「王国軍に入れないのなら、そうするまでだよ」

 死ぬぞ、と暗に告げても栞奈は曲がらなかった。自分のやろうとしている事の愚かさを理解した上で動こうとしている。こうなったらもう言葉だけで止めるのは不可能だった。

「大丈夫。お父さん、お母さん、耀太の仇を取るまでは死ぬつもりは無いから。おじいちゃんにもらった刀と技で必ずやり遂げる。それが一番の供養になるはずだから」

 そう言い残し、栞奈は今度こそ病室を出て行ってしまった。

「………………」

 しばらく、扉を見つめていた祖父はもどかしい気持ちを溜息を吐き出すと、脇に置かれた時計に目をやった。

「やはり、止められなかったか………。この年になって自身の無力さを痛感する時が来るとはな」

 真っ白な病室の片隅で一人嘆いてしまう。

 たった一つの願いすらかなえられない自分への苛立ちと一緒に。



 エレベータの中で、栞奈は今後の方針を頭の中で整理していた。

(受験の間は鍛錬出来なかったけど、ここ一か月で体力は大分戻った。『亜人士』の力もギリギリまで鍛えることができたし……………)

 階を下る表示を見上げながら自身の力に手ごたえを感じていた。一対一なら大概の敵は負けない自信すらあった。

(ニュースではもう捕まったとあったけど、あいつらの演説は他の場所でもやってたはず…………いそうな所には当たりをつけたし、『王国軍』が来る前に見つけ出せればいいけど)

 栞奈はこの時をずっと待っていた。奴らが姿を現すこの時を。

「『維新軍』………!」

 ギュッと拳を握り、荒れ狂う感情を喉の奥から吐き出した。 

 栞奈はずっと待っていた。『維新軍』と名乗る者達が表に出るこの時を。

 一般人で未成年の栞奈には裏で動く維新軍の足取りを追う事は困難だ。下っ端だろうが何だろうが、ほんの毛先程度の尻尾を出してくれたのなら栞奈はそれを見逃すわけにはいかない。全力で掴みに行くつもりだ。

 本当はもっと早く行動するつもりだった。しかし、祖父から「この高校に入学したら『維新軍』と戦うのを許してやる」というよく分からない条件を押し付けられたせいで今日まで実行が伸びたのだ。 

 最初は苛立ち、反発もしたが、準備する時間を作れた今では結果オーライだったと思える。相手は徒党を組んだ組織なのだからと戦おうとしているのだから、どれだけ念入りに準備してもし過ぎるという事はない。

 当然それで『維新軍』の全てと渡り合えるとは思っていない。勢力の規模を把握していなくても、一人で一組織と戦えるなんて考えるほど栞奈は馬鹿じゃない。

 それに栞奈が出張らなくても『王国軍』がどうにかしてしまう可能性だって十二分にあった。

 自分のやっていることが空回り以外の何物でも無い。それを自覚していても、栞奈は自分を抑えることが出来なかった。

 元より抑える気が無いと言った方が正しいかもしれない。

 自分の、家族の人生をめちゃくちゃにしたあの組織だけは絶対に許すわけにはいかなかった。

 尊敬していた父を、優しい母を、可愛い弟を殺し、さらに祖父を心労で病院へと追いやった『維新軍』が滅ぶまで栞奈は止まるつもりは無かった。

 自身の命が道半ばで潰えたとしても構わない。野望を叶えるためなら自分の犠牲も厭わない覚悟が彼女にはある。一人であるが故の暴走だった。

 彼女は止まらない。仮に隣に諫める者がいたとしても変わりはしない。

 止まることがあるとすれば、それはきっと死以外は無い。

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