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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
西方蠢動

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137/137

文官派閥への報告と王家派閥からの依頼

 西方における依頼をこなしたロズヴェータは、事の顛末を伝えに王都へ戻ってきていた。

 文官派閥の研究原理主義者ミズーリ・マルのもとに報告に向かったロズヴェータは、事の顛末を隠し立てせず伝えた。

 以前ミズーリを叱っていた彼女の上司も同席していたが、話が進むに従ってその顔色はどんどん悪くなっていく。

「うわっちゃー」

 天を仰いだミズーリに、上司は顔色を青くして震えていた。

「領主の殺害に、治安の悪化……しかも難民が既に多数……」

 泡を吹きそうになっている上司の横で、ミズーリは袋に入った金貨を数え、秤に乗せるとロズヴェータに差し出す。

「はい。じゃこれ報酬」

「……確かに受け取りました。けれど、これでよいので?」

「良いも、悪いもないけれど……まぁ仕方ないでしょう?」

 隣を確認したミズーリは、苦笑を浮かべてロズヴェータを手招く。

「今回の依頼は文官派閥から、餌付けのつもりだったんだよ? それがむしろ綱渡りのものになっているんだから、当てが外れちゃったのさ」

 目を見開くロズヴェータは、当初の依頼を思い出す。

 個人指名の依頼であり、難易度は最初確かに易しそうだった。行ってみれば、そんなことはなかったが、少ない労力で大きな成果を得られるお得な依頼だと思ったものだ。

 それがロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエを文官派閥につなぎ留めておくための、依頼だったと聞かされれば、思わず眉を顰めてしまう。

「まぁ、そういうこともあるさ。私は、研究ができれば、それで良いからね。そういうことを悩むのは、上の仕事さ」

「上の、ですか」

「そうそう、上の、ね?」

「では、その上に今回の依頼を受けた騎士として提言させていただきます。難民の処置についてです」

 ロズヴェータが提案したのは、ロスデリア帝国や西方旧カルムテール男爵領から集まった難民七百の処遇についてだった。クリウベルによって組織化され、男爵襲撃の囮とされた彼らは、従士エリオンが面倒を見ることになっている。しかし、とてもではないがそれだけでは十分な支援を受けているとは言えないとロズヴェータは考えてた。

 だからこその救済措置を、文官派閥に求めたのだ。

「それはまた、大胆だね」

「ロスデリア帝国に流れた人数と、こちらに流入する数を差し引きすれば、得だと思いますが」

「まだまだ、甘いね。彼らが税収を生むのは前提だけど、その前提も全てうまく行った後の話さ」

 耕作放棄地が増えていたカルムテール男爵領だったが、そこに入植を認め彼らの生活が建つようにしてほしいとのロズヴェータの願いに、ミズーリは溜息を吐きつつ、首を振った。

「今すぐ税収を生み出すわけでもないものに、出すかねぇ」

 ミズーリならば、出すと判断すると思うが、彼女の言う上であればどうだろう。投機的な話を嫌うのは、何も理由がないわけではないのだ。

「まぁ悪い話じゃないのだから言うだけ言ってみようか」

 うん、任されたと頷いたミズーリは、右手を差し出す。

「今回の依頼ありがとう。おかげで助かったよ」

 肩をすくめたロズヴェータが右手を握り返した。

「そうですね。大変でした。先ほどの言葉とともに、よくよく伝えてください」

 少なくとも、自身にできることは、果たした。後は文官派閥がどう出るか、それ次第だ。あくまでもロズヴェータは、依頼を受けた騎士に過ぎない。

 ロズヴェータが文官派閥から依頼を終えて執務室を後にし、石畳の廊下を歩きだしたところで、背後から控えめな足音が近づいてきた。

「ロズ」

 視線を鋭くした美貌の副官ユーグが、腰に差した細剣に手をかける。

「ロズヴェータ殿、ユーグ殿ですね」

 振り返ると、近衛の服をまとった男装の令嬢が立っていた。中性的な顔立ちに、深い緑の瞳。ユーグが切れ味鋭い刃の美しさとするならば、目の前の麗人は美しく咲く一輪の薔薇のようだった。

「確か、教会警備の際に依頼を受けさせていただいた……近衛の」

「その節は、お世話になりました。今度も、またお願いがあってまいりました」

 完璧な礼節をもって頭を下げる近衛の麗人に、ロズヴェータは眉を顰める。先程文官派閥からの依頼を解決したばかりで、兵士の疲労も抜けていない。そんな状況で王家派閥の依頼を受けていいのか……懸念がロズヴェータの頭をよぎる。

「実は、さる筋から貴方に、直接の指名がありまして」

 にこりと、笑みを見せる麗人の目は、断ることが得策でないと感じられるほど冷めたものだった。

「内容をお聞きしましょう」

 ロズヴェータの返答に、麗人は満足そうに笑った。

「西方での一件、既にこちらも把握しております。難民七百の流入、領主殺害、治安悪化──どれも看過できぬ事態です」

 ミズーリの上司が青ざめていた理由が脳裏をよぎる。

「本当の原因を、貴方に探ってもらいたいのです」

「……本当の理由?」

「ええ、西方旧カルムテール男爵領──あの地で、ロスデリア帝国の動きとは別に、難民の中に奇妙な祈祷をする者がいると警告があったようです。また、こちらでも貴族制を打倒しようという動きがあったとも伺っています」

 教会の下部組織は、それこそ国中に張り巡らされいる。村に一つの教会が存在し、巡回の牧師が国中をめぐることも珍しくない。

 ロズヴェータが旧カルムテール男爵領から王都に戻る間に、既に情報が王都に辿り着いていたということだろう。

 しかも、王家派閥と十字教伝統派勢力が密接に結びついているのは、依頼の内容からして分かりやすすぎる。むしろ敢えて、同じ依頼を出しているのではないかと思うほどだった。

「……」

 十字教伝統派勢力は、王家という権威を勢力拡大に利用したい。そして王家派閥は、治安の悪化と国内の団結の面からも、十字教伝統派を取り込みたいのだろう。

 受けない、とした場合この二つの勢力が敵に回る可能性がある。

「受けましょう。詳しい内容を聞いても?」

「ええ、ご賢明です。ロズヴェータ殿」

 にこりと笑って、麗人はロズヴェータとユーグに微笑みかける。

「今回の依頼は、三つございます」

 麗人は指を三本立て、淡々と告げた。

「一つ目。──難民の中に紛れ込んだ“祈祷者”の特定と確保です」

「祈祷者?」

「ええ。十字教の教義とは異なる、古い祈りを捧げる者たちがいると報告されています。彼らは、難民の中で妙な影響力を持っているとか」

 ロズヴェータは眉を寄せた。

「……つまり、扇動者の可能性があると?」

「ご明察です。治安悪化の一因と見られています」

 麗人は二本目の指を立てた。

「二つ目。──旧カルムテール男爵領の秘密の礼拝所の調査」

「秘密の礼拝所?」

「はい。あの地には、王家成立以前から残る“古い信仰”の遺構があるとされています。今回の祈祷者たちが、そこを拠点にしている可能性が高い」

 ユーグが小さく舌打ちした。

「厄介な匂いしかしませんね」

「ええ、私もそう思いますよ。ですが──」

 麗人は三本目の指を立て、微笑んだ。

「三つ目。──これ以上の治安の悪化を防ぐこと」

「それは……」

「派閥が違う、という意見はごもっともですが、だからといって国が荒れて良いということではありません。あくまで十字教の教えが広くいきわたり、王家の威光で国が収まることが大事、ということです。なにより、今は手が足りません」

「……使える者は何でも使え、と?」

 ロズヴェータの言葉に、麗人が無言のままに微笑んだ。

「報酬は、金貨ではありませんが、ほかの騎士隊よりも優遇させていだきますよ?」

 麗人は意味深に微笑んだ。

「優遇、とは?」

「三つございます」

 また三本の指が立つ。癖なのだろうか、とロズヴェータは思った。

「一つ目──王家直轄の補給線の利用許可です」

「……補給線?」

「ええ。通常、王家の補給は近衛と王直属の騎士団にしか開かれていません。ですが今回に限り、あなた方の隊にも“同等の補給”をお約束します」

 ユーグがわずかに目を見開いた。

「それは……破格だな」

「でしょう? 食糧、薬品、馬具、矢弾──必要なものは申請すれば優先的に回されます。遠征の負担は大幅に軽減されるはずです」

 ロズヴェータは内心で舌を巻いた。金貨よりも、現場の兵にとってはよほど価値がある。

「二つ目──“王家の通行証”の発行です」

「通行証?」

「はい。王都と地方を結ぶ街道には、各派閥の検問がございます。ですが王家の通行証があれば、どの派閥の検問も“素通り”できます」

 ロズヴェータは眉を上げた。

「……つまり、文官派閥や武官派閥の目を避けて動けると?」

「ご理解が早く助かります」

 麗人は微笑んだが、その瞳は冷たかった。

「そして三つ目──“祈祷者確保の際の法的免責”です」

「免責?」

「ええ。祈祷者を拘束する際、多少の強制力を用いても、王家が責任を負います。文官派閥も、軍部も、教会も、あなた方を咎めることはできません」

 ユーグが低く息を吐いた。

「……それは、つまり」

「“祈祷者を捕らえるためなら、多少の無茶は見逃す”ということです」

 麗人はさらりと言ってのけた。

「もちろん、無闇な暴力を推奨するわけではありませんが── 祈祷者たちは、すでに難民の中で影響力を持ち始めています。放置すれば、第二、第三の暴動が起きるでしょう」

 ロズヴェータは腕を組んだ。

「補給の優先、通行証、そして免責……ずいぶんと、私たちを“使う気”ですね」

「ええ。使わせていただきますとも。 あなた方は、派閥に属さず、しかし派閥に恐れられる存在ですから」

 麗人は一歩近づき、深い緑の瞳でロズヴェータを見つめた。

「王家としては──あなた方を“味方”にしておきたいのです」

 ロズヴェータは小さく息を吐いた。

「……なるほど。金貨よりも重い報酬ですね」

「お気に召しましたか?」

「ええ。兵が動きやすくなるのはありがたい。ただし──」

 ロズヴェータは麗人を見返した。

「その分、こちらの仕事も重くなるということですね」

「ご明察です。祈祷者の確保、礼拝所の調査、治安の安定── どれも、あなた方にしか任せられません」

 麗人は優雅に一礼した。

「……分かりました。受けましょう。どうせ、放っておいても火種は勝手に燃え広がる」

「ご武運を、ロズヴェータ殿」

 麗人は薔薇のような微笑みを残し、静かに去っていった。


◇◆◇


 王家派閥からの使者が去ったあと、ロズヴェータは辺境伯家の王都別邸に向かった。

 扉を開けると既に三頭獣ドライアルドベスティエの主要なメンバーが揃っていた。辺境伯家出身で、筆頭分隊長のガッチェ。人が斬れればとりあえず問題のないバリュード。赤い髪の女戦士ヴィヴィ。東方エルフィナス帝国出身の元傭兵ルル。元四腕の毒蜘蛛(セルコエシュー)出身のトーロウ。そして新たに三尾の黒狐(サンフォルク)から加入したドラッド。

 後方を担当する治癒術師アウローラ、会計士のメッシーとメルヴ、道化化粧の女商人ラスタッツァ。旗持ちのネリネ、副官の従士ユーグ。

 総勢百五十を超える部隊を率いる主要な面子が揃っていた。

「隊長……その顔は、良い知らせじゃなさそうだな」

 口火を切ったのはヴィヴィ。情に厚い彼女は、孤児の世話をしているところを呼び出され、不機嫌そうに口を開いたが、ロズヴェータの顔色を見て、眉をひそめた。

「ああ。もう一度、西方へ行く」

 その瞬間、部屋の空気が重く沈む。

「二度連続で西方……」

 遠い目をした童顔のバリュードが危険な色をした瞳を自身の剣に向けていた。

「兵も馬も、結構酷使してるから限界が近いですが、それでも?」

 分隊長トーロウが疑問に首をかしげる。明らかに理屈に合わないその考えに、目をすがめながらロズヴェータを見る。

「あー……仕入れの観点からいうと、ちょっと厳しい。東でやってるドンパチに人と物を取られすぎているよ?」

 道化化粧の女商人ラスタッツァが、ひひひと笑いながら手を振る。

「……そこをなんとかするのが酒保証人の役目では?」

 ユーグの冷たい視線に、ラスタッツァは苦笑を浮かべて手を振った。

「無理なものは、無理。王家の専属商人どもが無理を通しちゃってるからね。どうしてもっていうのならいつもよりも、これが必要だよ?」

 指先で円を作って見せるラスタッツァは、天を仰いで両手を上げる。

「今回は王家の補給線が使える」

「え゛!?」

 激しい音を立ててラスタッツァが挙げていた両手を机に叩きつけて立ち上がった。

「なんで!? どうして!?」

 いつもの道化のような口調すらかなぐり捨ててラスタッツァがロズヴェータの眼前まで異様な迫力をもって進んでくると、睨み付けながら怒鳴りつけて確認する。

「王家の補給線ってことは、食糧、薬品、馬具、矢弾──必要なものは申請すれば優先的に回されるんだよね!?」

「ああ。あと通行証も」

「通行証! それさえあれば関所の自由通行ができる……。くっ……クックック。よぉし! 是非行こう! すぐ行こう! あることないこと申請してぼろ儲けする好機到来じゃないかぁ!」

「……いや、架空請求はちょっと」

「はぁ~? 必要な申請だけするわ。当然じゃないの! ただその必要がすこーし先の未来ってだけでぇ」

 目の座った道化化粧の女がロズヴェータを血走った目で睨み付けていた。

 その物凄い迫力に、ロズヴェータは若干引きながら話を続ける。

「今回の依頼は、祈祷者の確保、過去の礼拝所の調査、治安の悪化の防止の三つ」

 ロズヴェータロの説明に、分隊長達が騒ぎ出す。

「隊長、十字教の手先はちょっと……死んだ三代前の祖母の遺言で、金貸しと宗教の手先にはなるなって……」

「元傭兵が何言ってんだい」

「宗教は麻薬だってひいひいばあちゃんが」

「どんなばあちゃんだよ!?」

「まぁとにかく精神衛生上、頑なな人間の相手をするのはよくない。あとメンドクサイ」

「最後のが本音だろう?」

 ヴィヴィの突っ込みに、ルルが反論して話が脱線していく。

「……」

 新たに加わったドラッドは、三頭獣ドライアルドベスティエの自由に意見が言える雰囲気に驚愕しつつ大柄な体を縮こまらせていた。

 元々極端に無口で、上の言うことに黙って従うのが当然という環境にいた彼は、三頭獣ドライアルドベスティエの雰囲気に目を見開いていた。

「それよりも、王家か十字教から指名で依頼が入るなんて、隊長大物だったんですね」

 トーロウの言葉に、ロズヴェータが苦笑する。

「向こうにしてみると、使い勝手がよく見えるのだろうな」

「これで、補給は大丈夫として、後は兵士の士気の低下ですか……」

 トーロウが冷静に考え込む。

「……王家の補給線が使えたり、通行証があったりと便利なことはわかりますが、結構な無茶に思えるんですが」

 会計士のメッシーがおずおずと手を挙げながら発言する。

 元村娘の彼女からすれば、雲の上の話に思えて仕方がない。

「ああ。無茶をする前提で話している」

 ロズヴェータがあっさりと言い切ると、その場にいる分隊長が立ちが苦笑した。

「文句があるのはわかる。だがやるしかない」

 静かな声だったが、空気が締まる。

「隊長。兵士を鼓舞するためにも少し飴が必要かと」

 筆頭分隊長のガッチェの助言に、ロズヴェータが頷く。

「ああ、これが終われば十分に報いるつもりだ。それに放っておけば西方がもっと荒れる。それは今まで俺達がしてきたことが水泡に帰すということだ。それは避けたい」

「なんか泥沼に足を突っ込んでるような気がするんだけど?」

 アウローラの言葉に、今度はロズヴェータが苦笑する。

「否定はしないが、これで終わりにしたいものだ。では、それぞれ準備を頼む。頼りにしている!」

 分隊長達は表情を緩めて、それぞれの準備に取り掛かる。


◇◆◇


 王都を出て三日目、王家発行の通行証の効果は覿面で、予定していた行程も順調に進んでいる。王都を出発してから立ち寄った町では、道化化粧の女商人ラスタッツァがしっかりと優先補給と通行証の効果を発揮し、利益を上げていた。

 関所も自由に通行できることで、行程にも余裕が生まれるため、無理せず街中で宿泊できる。兵士の疲労を考えれば、最善の行動をとれていると言っていい。

 この分なら、後少しで旧カルムテール男爵領まで到着できるだろうとロズヴェータをはじめとする三頭獣ドライアルドベスティエの主要な面子が考え始めた頃だった。

 最初に異変に気が付いたのは筆頭分隊長のガッチェ。

 街道が静かすぎる。

 普段なら行商人や農民の往来があるはずだが、今日は馬の蹄の音だけが乾いた道に響いているはずだった。

「……妙に静かだな」

 ガッチェが馬上で低く呟く。その声に、周囲の兵がわずかに身構えた。

「静かなのは好きだけどさ、こうも静かだと、どうにもね」

 指先を動かしながら、いつでも背中の剣に手が伸ばせるように肩を回しているバリュード。

「斬る相手がいないからって欲求不満になるんじゃねえよ。子どもじゃないんだから」

 ヴィヴィが呆れたように言うが、声には緊張が混じっていた。

「いや、これは普通じゃないですよ。この街道、昨日通った商隊がいるはずなんですが……足跡が薄い」

 トーロウが馬を降り、地面にしゃがみ込む。小柄な体が砂埃の中で素早く動き、指先で土を払った。

「……足跡が途中で消えてる。馬車の轍もだ」

「消えてるって……どういうことだい?」

 ヴィヴィが眉をひそめる。

「消えたんだよ。跡形もなく。まるで“途中から空を飛んだ”みたいにね」

「飛ぶ……? 馬車が空飛ぶわけないだろう。冗談言う暇があるならお前が飛んでみるか?」

 ルルが思わず声を上げ、今まで幾人も殴り倒してきた拳をトーロウの前に見せつける。

「や、ややだな。ルルの姉さん。飛んだとは言ってないですよ。ただ……消えてるってだけです」

 トーロウはビクビクしながら答えた。以前ルルの分隊で入隊の前に鍛え抜かれた経験が、ルルへの苦手意識を生み出していた。

「……」

 ロズヴェータは馬上で周囲を見渡した。

 風が止み、森が息を潜めているように感じる。

「隊長」

 ドラッドが控えめに声をかけた。

 大柄な体を縮こまらせながら、視線は不安げに揺れている。

「……よくない雰囲気です。まるで魔獣がいるみたいだ」

 その言葉に、隊の空気が一段冷えた。

「消えた、ねぇ……」

 ルルが肩をすくめる。

「宗教は麻薬だってひいひいばあちゃんが言ってたけど……こういうのは勘弁してほしいね」

「どんなばあちゃんだよ」

 ヴィヴィが突っ込むが、声は硬い。

「ひひひ……これは儲かる匂いがするねぇ……」

 ラスタッツァが不気味に笑った。

「……いや、どう考えても儲かる状況じゃないだろ」

 ユーグが冷たく突っ込む。

「だってさぁ、行方不明者が出れば、捜索依頼が増えるでしょ? 物資も必要になるし、護衛も必要になるし……イヒヒヒヒ」

「お前は本当にブレないな……」

 ロズヴェータは呆れながらも、周囲に視線を巡らせた。

 森の奥から、風が吹いた。

 だがその風は、どこか湿っていて、生臭い。

「……ガッチェ」

「前衛二列横隊!」

 青年隊長の声は落ち着いていたが、鋼の糸ような緊張があった。

 その時──森の奥から、“祈りのような声” が、風に乗って微かに聞こえた。

 男でも女でもない、老人でも子どもでもない、どこか歪んだ声。

「……聞こえたか?」

 ロズヴェータが呟く。

「はい……気味の悪い声です」

 ガッチェが肩に担いだ短槍を肩からゆっくり下す。

「あれが祈祷者……?」

 ルルが眉をひそめた。

「いや……あれは“人の声”じゃない」

 ドラッドの怯えを含んだ声。

「隊長。これは……ただの治安悪化じゃありませんよ」

 トーロウが低く言った。

「分かってる。──全隊、警戒態勢。ここから先は、何が出てもおかしくない」

 ロズヴェータの声に、三頭獣の兵たちが一斉に武器を構えた。

 静寂の中、風が止み、森が息を潜める。

 そして──祈りの声が、はっきりと聞こえた。

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