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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
西方蠢動

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134/137

逃げる狐、追う狼

 追撃の最中、後ろを振り返ったロズヴェータはため息を堪えた。

 斥候の報告によれば敵の数は、約三百。こちらも同数の三百だが、不安が拭えない。

 ──数は同じ、だが質が違いすぎる。

 元々ロズヴェータが率いていた三頭獣ドライアドベスティエ約百は、ロズヴェータの号令によく動く。練度も実力も申し分無いと自他共に認める精鋭だった。

 しかし、今は亡きカルムテール男爵から野盗を討伐する為に配属された領兵二百の兵力は、息も絶え絶えに遅れ始める。

 足が遅く、体力も乏しいため動きが鈍い。戦場ではそれが致命傷だ。その弱点によって崩れる敵を、ロズヴェータは何度となく見てきた。

 ロズヴェータは、今にも舌打ちしたくなるのを堪えて、これら三百を率いている。

 いっそのこと自らの麾下である三頭獣ドライアドベスティエのみで動こうかと何度迷ったか分からない。

 しかし、数は力だ。

 その厳然たる事実をロズヴェータは嫌というほど知っている。

 精鋭でも三倍の敵と正面から戦えば、損害は避けられない。被害が大きくなれば、次の依頼に差し障りもあるだろう。今年、ロズヴェータの治める領地では、不作で税収を期待することが困難である。

 ならばこそ騎士隊による稼ぎがなければ、兵を養うことすら困難なのだ。

 苦々しい現実をロズヴェータは飲み下すように眉間に皺を寄せる。分隊長達は、難しい顔をしているロズヴェータを見て肩をすくめて視線を躱しあった。

 三頭獣ドライアドベスティエが、異常に訓練好き、否、訓練狂いなだけで他の騎士隊や領兵というのは、むしろこの程度の練度であることが普通なのだ。

 領兵達がロズヴェータの指揮についていけないのも、当然。作戦行動において何をするのかと言うのは、流れはあるにしても、絶対の決まりはない。

 一例を出すなら、先のカルムテール男爵の城塞陥落後の偵察行動があるが、あれはロズヴェータならおそらく偵察を出すだろうと分隊長達が、長年の付き合いから命令が予想できるから準備できたのであって、始めて行動を共にする領兵が反応出来ないのは、当たり前。

 若いロズヴェータには、それが分からないのだろうし、歯痒くも思えるのだろうが、それが現実なのだ。だから分隊長達は肩をすくめるか苦笑を張り付かせているのだった。

「斥候からの報告だと、そろそろだな!?」

 馬上から鋭い視線で問いかけるロズヴェータの視線は遠く、森の切れ目を見据えていた。

 だが振り返り、後ろに続く兵を見て、このまま一気に駆け抜けたい衝動を押さえつけなければならなかった。

 ロズヴェータは速度を緩めようと手綱を引く。三頭獣ドライアドベスティエだけが先行しすぎている。

 領兵は既にバラバラになりつつあった。ついてきている兵も、肩で息をしているような有様。

 ──これでは戦えない。

 歯噛みする思いで、速度を緩めようとしたロズヴェータに、閃きが走る。

 領兵の疲労を見て、ロズヴェータは一つの策に思い至る。

「……軍を分けるぞ」

 迷いは霧散し、目には鋭さが宿る。

「しかし、数が」

 思わず副官ユーグは、懸念を口にする。領兵を率いる従士エリオンに言葉のうえでは冷たく当たったユーグであったが、ロズヴェータと同じく数の力は嫌という程知っている。

「いいや、それで良い。三頭獣ドライアドベスティエは、先行して敵の足を止める。領兵は主力として疲労した敵を討つ」

 その言葉にユーグは目を剥いた。それでは、功績を領兵に譲るということだ。

「しかし!」

「ユーグ! ネリネを付ける。領兵を集結させ、隊列を整えさせろ」

「それでは、役割が逆です!」

 叫ぶユーグは、ロズヴェータの身を案じて首を振った。

 二つの意味で戦の常道から外れるロズヴェータの判断に、ユーグはとっさに反論する。

 戦の常道からすれば、精鋭な部隊が敵を撃たねば、逃げられる。そしてなにより、少数で多数に挑むロズヴェータが危険すぎる。

 もし万が一その方法を取らねばならないのなら、少数での足止めは、副官であるユーグの役割であるべきだった。

「それでは、功績が」

 だがユーグの口から出たのは、功績の話題。ロズヴェータの性格を考えれば部下の功績を持ち出した方が良いとの判断だった。

「勝つためだ!」

 睨まれるように強いロズヴェータの視線を受け止めて、ユーグはロズヴェータが引かないことを悟る

「……わかりました! しかし、前線には出ないで下さい! 直ぐに奴らを纏めて追います!」

 そう言うや、馬主を返して領兵を集め始める。振り返るまでもなく、声だけで確認するとロズヴェータは、分隊長達に声を張り上げた。

「我らはこれより、逃げる敵の足を止める! 斥候の数を増せ! 追いすがるぞ!」

 ロズヴェータの指示に分隊長達は、喚声を上げて、兵の速度を上げた。

 彼等も内心ではウンザリしていたのだ。実力を発揮できない現状に。

 間もなく、速度を上げた三頭獣ドライアドベスティエに、斥候が合流する。

「隊長! この先、まっすぐ! 敵の最後尾」

「よし、追い付けるな!」

「最後尾に騎士がいて、かなり、やるよ!?」

 ナヴィータの声に、ロズヴェータは内心だけで頷く。背負っていた弓を取り出し、矢筒から矢を取り出して呼吸を整える。

 馬を走らせて間もなく、見据える先に森の切れ目。

 やや、傾斜があるくだり坂に、敵の本隊が見える。馬の胴体を両足の内股で挟み、両手を手綱から離す。

 揺れる馬上で視線だけは真っすぐに敵となる男を見据える。確かに最後尾、目立つ騎士の姿がある。

 機会はそう多くない。馬の速度、弓の射程から計算して、おそらく一度きり。

 ──ならばそれをどう扱う?

 牽制か、それとも騎士以外を狙うか?

 番えた矢の張りの強さをその腕に感じながら、ロズヴェータは矢を引き絞る。

 視界の先に鏃の先と狙いが重なる。

 ──今だ!

 揺れる馬上で息を殺し、一瞬のすきに矢を放つ。狙いをつけたのは、騎士が守る敵の騎士隊。

 狙い通りに逃げる敵の足を射抜いた矢を最後まで確認することなく、ロズヴェータは剣を抜いた。

「続け!」

 右へ迂回し、隊列の外縁を掠めるように馬を走らせた。

 馬が突撃してくるのに対処をしないのは、自殺行為であった。体重400キロ近い動物の突進は、それだけで一種の脅威。

 例えそれが牽制と分かっていても反応せざるを得ない。

 全力で走らせることができる持続時間が短いと言う弱点があるものの、突撃される側からすればそんなことを考える余裕もない。

 カルムテール男爵領襲撃の際には、狂気にも似た勇敢さを発揮したクリウベル率いる騎士隊も、隣国に逃げると言う段になればやはり、生への執着に自然と浮き足立つ。

 敵の最後尾を避けて、集団をかすめるように馬を走らせたロズヴェータは、敵の足が止まるのを確認すると、味方と合流する。

「隊長、また副官に叱られますよ!?」

 バケツヘルムを被ったバリュートが、笑いながら追いつく。足を止めず、ロズヴェータに一声かけると、走りながら腰から長剣を抜いて、雄叫びを上げながら敵に突っ込んでいく。

「おい、牽制だぞ!?」

 後ろから掛けられたロズヴェータの声に、バリュートは、片手を上げて応えた。

「こっちは、右に回り込むよ!」

 赤髪の女分隊長ヴィヴィが、元傭兵の分隊長ルルを連れてロズヴェータに一声かける。ヴィヴィの怒鳴るような報告に、ロズヴェータも怒鳴り返す。

「頼む! 足止めで良いからな!」

「あいよ!」

 気風の良い返事をして、ヴィヴィとルルが率いる2個分隊が敵の右翼に動く。

「隊長! 正面のバリュートさんの援護に行きます」

 トーロウが、ロズヴェータの横をすり抜けながら報告する。

「無理するなよ!」

「牽制ですね! 大得意でさ!」

 槍を多く揃えたトーロウ分隊が、長剣を主体としたバリュート分隊の援護に回る。

 無言のままに分隊長ガッチェが、ロズヴェータの周りを固めた。

 馬上のロズヴェータからは、視界が開けているため、戦場がよく見える。

 逃げる敵の最後尾に喰らいついた三頭獣ドライアドベスティエは、敵を正面右翼から圧力をかけている状態だった。

 些か正面のバリュード分隊が接近しすぎではあるものの、まずまず良い形だ。

 左翼を空けてあるのは敵に逃げ道があることを意識させる。逃げ道を見せれば、いずれ誰かが崩れる。その瞬間を見逃さず、追撃する。

 一人が逃げ出せば、それは周りに伝播する。

 逃げる敵の背を討つのが、最も容易なのだ。人間後ろに目はついていない。

 その状態まで、ロズヴェータは逃げる敵を追い込もうとしていた。


◆◇◆


 追撃部隊は予想以上に速い。クリウベルは舌打ちした。

「アハハ! よっしゃぁー!」

 気勢を上げる難敵と対峙しながら、クリウベルは、内心臍を噛む。

 敵の追撃部隊は、予想以上に戦巧者だ。手負いを多数含んでいる騎士隊だったために、速度がでないのは分かっていたが、それでもこれほどの速度で追いすがって来るとは予想していなかった。

 国境までは後少し。追い込まれたクリウベルが、思考を戦術に割こうとする度に、奇声を上げた敵が剣を振るってくる。

「クソ!」

 思わず吐き出した罵声に、剣士は被ったヘルムの奥で笑った。

「追い付かれちまったなぁ! どうするんだ!? 逃げるのか、踏みとどまるのか!?」

 鍔迫り合いに持ち込まれた際の耳障りな笑い声に、バケツヘルムの中を思わず睨みつける。

 ニヤリと笑うバケツヘルムの剣士は、鍔迫り合いから蹴りを放って距離を取ると、長剣を下段に構えた。

 バケツヘルムの剣士がとる守りの構えに、クリウベルは舌打ちする。挑発的な言動とは裏腹に、どこまでも計算付くの戦い方だった。

 おそらくは、あの言動すらも、クリウベルの平常心を乱すための策術。それと分かって相手の戦術に乗ってやるつもりはなかった。

 相手から距離を取るように長剣の切先を向けると、腰の袋からカルムテール男爵を焼き殺した油袋を取り出す。

「貴様らに構っている暇はねぇ! 息吹く炎蜥蜴の尾よ(スピルク)

 結んだ袋の口から伸びた紐に着火すると、距離を取りつつ、それを投げつける。

「おおっと!?」

 慌てて距離を取ったバケツヘルムの剣士を見据えて、クリウベルは舌打ちする。

 なんとも勘が良い。

 打ち払ってさえくれれば、火炎に巻かれてくれたのだが、距離を取られたとあれば、当然油袋は、地面に落ちる。

 破裂した袋から燃え広がる油が地面に広がり、黒煙が上がる。視界が悪化するのに伴って、突進してくるかと思った最前の剣士は、様子を見ながら敵の追撃部隊に紛れた。

 慎重な動きに、やはり先ほどの挑発的な言動は、わざとなのだろうと結論づける。できた余裕に周囲を確認して、眉を寄せた。

 クリウベルから見て左翼から圧力を掛けられている。逆に右翼は敵がほとんどいない。

「右に……」

 右翼に逃げようと言いかけて、クリウベルは、この先の地形を思い出す。

 相手が追い込もうとしている方向には、何かあるはずだった。

 少しいけば、道は左右に分かれ、また森林内に入る。右翼方向には、小さな川が流れているが、道は広い。川の深さも浅瀬が精々だった。

 逆に左翼方向には、道が狭く、湿地が存在する。戦いにくいことこの上ない。

 広い道幅に、大人数が動きやすい右翼方面に逃げるか。

 逆に湿地と隣接して、少人数しか動けない左翼方向に逃げるか。

 左翼方向に敵が広がっているのだから、敵はクリウベル達を、右翼方面に追い込みたいのだろう。つまり広く動きやすい方向に追い込みたいのだろう。

 では、敵の思惑を外す形で、左翼方向に逃げれば良いのか。負傷者が多数いる騎士隊を率いて、細い道を抜けられるか、と言う不安がクリウベルの目を曇らせる。

 クリウベルは、正面に立ち塞がる敵を睨みつけながら考え、あることに気づく。

 追撃を受けて動揺していたが、敵の数が少ない。展開している兵士の数を全て数えられるわけではないが、明らかにこちらの総数よりも、下回っている。

 ならば、逆撃を仕掛け撃退する目もあるのではないか。歴戦の騎士たるクリウベルをして、判断に迷う誘いだった。

 動揺している味方を鎮め、一気に敵のいない右翼から正面の敵に逆撃を仕掛ける。

 だが、どこまでやるかが問題だった。

 追撃部隊が、目の前の彼等だけならば良い。殲滅すれば終わりだ。しかし、動きやすい右翼に追い込もうとしている点から考えれば、後続に本隊がいるはずなのだ。

 それが到着する前に、眼前の敵を退ける事が出来るのか。

 どう転ぶかはわからない。だが、賭けるしかない。

「分の悪い賭けは、いつものことか」

 ギリリと奥歯をかみしめたクリウベルは、決断する。

「逆撃を仕掛けるぞ! 集まれ!」

 クリウベルの声に即座に反応したのが、凡そ五十。負傷者を担ぎながら逃げる中央を除き、正面と左翼に対処しているなかでは、ほぼ全部と言って良い。

「1個分隊で正面の敵の足を止める。残りは、俺に続いて、敵の指揮官を討つ!」

 燃えるクリウベルの視線の先に馬上で戦況を見つめるロズヴェータの姿。

「敵の指揮官を討ち、全員で生きて国境まで辿り着くぞ!」

 裂帛の気合と共に、不安を力への自負で飲み込み、クリウベルは逆撃を仕掛ける。


◇◆◇


「あ、やっべ」

 その動きにいた早く気付いたのは、敵の正面で膠着状態を作り出していた分隊長バリュード。

 敵の指揮官に勢いに任せて襲いかかったものの、思った以上に強敵であったため、引き下がり、敵の足止めに専念していた。

 その彼から見て、敵の指揮官が部下をかなりの数引き連れて動きがあると分かった時点で予想したのは三つ。

 側近だけ集めての逃亡、殿を引き受けての全体を逃がす、そして逆撃。

「どうしたんです?」

 近くで指揮を執っていたトーロウが、疑問の声を上げて、バリュードを見る。

「逆撃だわ。隊長やべぇかも」

 軽口とは裏腹にバリュードの頬を冷や汗が伝う。

 敵の指揮官の周りに人が集まり、その姿が見えなくなるのを、トーロウも確認する。

「まだ、動きが見えませんが? それに、逃亡かもしれませんよ?」

 トーロウの意見にバリュートは、頷かなかった。

「最後尾で身を挺して指揮を執る奴が今更逃げるか? それにまだ殿を引き受けて全体を逃がすほど追い込まれてもいねえ。なにせ左翼は空けてるからな」

「となると……?」

「残る可能性は、数を集めての逆撃だな」

「うちらのところへ来る可能性は?」

 震える声で問いかけるトーロウに、バリュートは笑う。

「うちに来たって、根本的な解決にならんだろ?」

 後ろには、後詰のガッチェ分隊がロズヴェータと共にいるのだ。危険となれば、崩れる前に助力に入る。

「つまり、一発逆転を狙うなら……」

「そー言う事」

「どうしましょう?」

 不安気なトーロウが、声をひそめてバリュートに問いかけるも、バリュートも明確な答えはない。先ほどトーロウには、ああ答えたものの、確信があるわけではないのだ。

 だが、十中八九彼の勘は、自らの予想が正しいことを示している。

「あん? どうって……おい、敵が動き出したら手勢の半分率いて、後ろに向かえ」

「え、持ちますかい?」

 今ですら数の多い敵をなんとか牽制している状況なのだ。

「足りないのは隣から貰おうぜ」

 そう言うとバリュートは、右翼から圧力をかけているヴィヴィに伝令を走らせた。

 伝令から言伝を聞いたヴィヴィは、当然激怒した。だが、冷静な理性がそうしなければロズヴェータが危ないと囁く。

 ロズヴェータに万が一が起きれば、身の破滅なのは、彼女とて理解している。なればこそ、怒声混じりに共に戦うルルに依頼した。

「あのバカの尻拭いを頼むよ!」

「損な役回りだが?」

 無表情に戦局を眺め、ルルは口を開く。助けに行ったとしても、評価されるのはトーロウだろう。

「あんたの活躍は、アタシから隊長に必ず言っとく!」

「ならば、私からはヴィヴィの活躍を伝えよう。あのバカのために奮戦したとな!」

「良し、役割は決まった! 頼むよ!」

「任された!」

 互いの拳を打ち鳴らし、女傑2人は走り出す。一人は前線を支えるため、もう一人は救援に。

 ルルが到着した時には、筆に正面の前線は崩壊寸前。その様子に、彼女は腕に宿る紋章を天に掲げる。振り上げる拳、吠える声に空気が震えた。

「──駆け抜けろ、六つ足の兎、牙を向け! 変身アル・タハル!!」

 帝国特有の魔法を唱え、自身の体を強化する。そのまま、敵の正面から一気に懐に入ると、固めた拳で、敵を殴り飛ばす。

 瞬く間に三人程殴り飛ばして空間を作ると、更に気合の声と共に、至近距離での戦いに移行した。そうしてできた間隙に、バリュートは、分隊を立て直す。

「いやぁ、助かったぜ」

 なんとか一息ついたバリュート分隊が、前線に加わり、敵との膠着を作り出すと、そう言ってルルに感謝を伝えるが、彼女は冷然と応えた。

「ありがとうございます、だろ? はい。お礼の言葉は?」

「ぐぬぬ……」

「おやおや、王国人はお礼の言葉も言えないのか?」

 ルルの煽りに、バリュートは苦虫を噛み潰した表情で口をモゴモゴとさせる。

「命の恩人に対して言う言葉は? はい。どうぞ?」

「ア・リ・ガ・トゴザイマズ……」

「下手な王国語だな。私の方が上手いぞ? まぁ、お礼の練習は、また今度すれば良い。しっかりと言えるようになっておけよ?」

 しかし、戦場の緊張はすぐ戻る。

 ふん、と鼻を鳴らすとルルは最前線に躍り出て、敵を蹴散らし、直ぐに隊列のなかに戻る。

「ヴィヴィが来るとばかり思ってたぜ……」

 あてが外れたバリュートは、ルルの毒舌に舌を巻く。だが、崩壊寸前まで兵力を引き抜いてロズヴェータの所にトーロウ率いる分隊を向かわせた判断は、直ぐに効果となって現れていた。

 三頭獣ドライアドベスティエから見て左翼を迂回した敵の一団は、正面のバリュート達に一部兵力をぶつけながら、後方で指揮を執るロズヴェータの本陣目掛けて一直線に進んでいく。

 その勢いは凄まじく、上げる喚声からも、ロズヴェータの本陣を飲み込むのではないかと思われた。

「大盾2列、四方を固めろ!」

 ガッチェは即座に大盾を組ませ、四方を固めた。

 と、同時に斥候達に矢を射掛けさせて、敵の勢いを削る策に出た。敵の勢いが凄まじいのは、一塊になった敵の先頭に腕の立つ騎士がいるからだ。だからこそ、その勢いは、敵を削ることで弱めることができる。

「矢、投擲紐スリング!」

 接近までに距離が有るのを見越して、遠距離攻撃の指示を出す。敵に迫る速度から数回しか出来ないだろうが、それでもあるとないのとでは大違いだ。

 ガッチェの指示で一斉に投擲姿勢に入る兵士。

「まだ、まだ! ──放て!」

 引き付けて距離を冷静に測った一斉投擲が放たれる。まるで横殴りの雨のように投げ矢が降り注ぐ。投擲紐で補強された威力は、まともに当たれば易々と人体を貫通する。

「次弾装填!」

 その効果を見届ける余裕もなく、すぐさまガッチェは次の指示を出す。

「放て!」

 今度は、ひきつける間もなく更に射撃。

 敵との距離は既に五十。

 ──僅かに、損害を出させることができたが、敵もやるっ!

 内心でガッチェは、敵の統率が優れていることを痛感した。一斉射を二度食らって、なおも突撃の速度が緩まない。

 敵はそれだけ、兵の信望を集めているということだ。

「敵、投擲!」

 叫ばれる報告に舌打ちしながらガッチェは、彼我の間に火のついた丸い物が落ちるのを認めた。

「ん!? 煙か!」

 燃え広がるのを警戒したガッチェの予想を裏切り、視界を遮るのは白煙。

「煙の向こうから来るぞ! 備えろ!」

 これでは距離が測れない。煙の向こうから突っ込んでくる敵を迎え撃つのは、準備ができない分不利だった。

「ガッチェ!」

 呼ばれた名前に視線を向ければ、ロズヴェータが左を向いている。

 ──馬上の高い視座なら煙の向こう側が見渡せるのか!

「左翼! 槍上げ!」

 四方に二列横隊を作った槍列が、頭上に掲げられる。

「──」

 煙の向こうに視線を凝らし、ガッチェは耳を澄ませた。

 ぶわり、と煙を突き抜けて敵が突破してきた瞬間──。

「叩け!!」

 ガッチェの号令とともに、頭上方向に掲げられた槍列が、突撃してきた敵目掛けて振り下ろされた。

「上げろ!」

 槍の柄で敵の頭蓋を叩き割る感触をそのままに、さらに追撃の指示。

「叩け!」

 息を合わせて叩き下ろされる槍列が、怯んだ敵に再び振り下ろされる。

 左翼からの敵の突撃の勢いを弱めることに成功したガッチェだったが、直後驚愕に目を見開く。その冷たい琥珀色の瞳に映るのは単独で槍列を突破して斬り込んできている騎士の姿。

 真っすぐに馬上のロズヴェータに向かうその騎士の勢いに、思わず視線をくぎ付けにされる。

「隊長!」

 だがそれも一瞬のこと、ロズヴェータに危機を知らせる一声をかけると、自身も短槍を持ってロズヴェータに向かう敵の背を追う。

 


◇◆◇


 煙が裂け、影が飛び出す。ロズヴェータの目が反射的にそちらを捉えた。

「シッ!」

 刃が鼻先をかすめる。鋭い気合の声と同時に突き出される長剣の切っ先が、空気を裂いた。咄嗟に振り上げた剣身が、敵の一撃を弾いた。

 一気に噴き出す脂汗に、視線が敵の姿を追う。

「くっ!?」

 切っ先を躱した直後に、乗っていた馬が姿勢を崩す。ロズヴェータの揺れる視界の隅に移ったのは、馬から噴き出す血しぶき。敵の騎士が離れ際に放った一撃によるものだった。

 暴れながら倒れる馬から飛び降りるのと、敵の追撃が同時。

 頭上から襲ってくる二撃目に、勘だけであたりをつけて刃を振り上げる。

「グっ!?」

 衝突。

 腕が痺れるほどの衝撃が襲い、火花が散る。

 ──弾いた! だが、速い。

 歯を食いしばって無理矢理体を動かす。

 まるで次にどこに隙ができるか分かっているかのような迷いの無さ。

 ぶつかり合って弾けた長剣が、最短距離を通って追撃の三撃目へと繋がる。

 ──下がれば、死ぬ。

 それを前に出て止めることができたのは、欠かさぬ鍛錬の成果と潜り抜けてきた戦場の経験だった。

 膝をついた状態から踏み込みながら敵の懐の中へ。

 敵が剣を振るう間合いを殺す。

 ガチリと嚙み合った、長剣同士が、火花を散らす。

 火花の向こうで、至近で睨みあうことになったロズヴェータとクリウベルは、そこで初めてお互いが誰と戦っていたのかを理解した。

「──てめぇ、あの時のっ!? 若造!」

「──クリウベル!」

 相手の喉元に牙を突き立てんと獣のように吠えながら二匹の騎士が鍔迫り合う。

 後ろ暗い仕事をして以来一度も会うことはなかったが、旧知と言える。ならばやることは、一つだ。

「酒は、墓前に捧げてやるぞ!」

「はっ! てめえの方こそ! 笑わせんな、若造がァ!」

 鍔迫り合いの力の均衡が一瞬だけ崩れ、ロズヴェータが前につんのめる。姿勢を崩した所に、横なぎの一撃。喉を割く銀の軌道が走る。

 姿勢を保つため、思わず前に出た一歩。その足の指先に、とっさに力を入れる。下がるのではなく、前へ。

「なめるなよ、クリウベル──!」

 ほとんど衝突するようにクリウベルと再び鍔迫り合いへともつれ込む。

「っち!? しつこいんだよォ!?」

 横跳びにクラウベルが逃れる。

「隊長!!」

 致命的な負傷を避け、地面を転がるクラウベルは、即座に立ち上がって剣先をロズヴェータに向けた。

「ガッチェ!」

「っち! ここまでか」

 見れば、クリウベルの右腕からは血が流れ、額には脂汗が浮いている。

「逃がすと思うか?」

 槍先を下段に、攻撃的な構えをとるガッチェは、獲物を追い込む猟師の視線でクリウベルを見つめる。

「逃げさせてもらうぜ」

 そういうと距離を取りつつベルトに括り付けた最後の油の入った袋に火をつけて投げつける。

 クリウベルとの間に燃え広がる炎は、黒煙を発生させ、周囲の煙幕と相まってクリウベルの姿を隠してしまったのだった。

「ご無事で?」

「ああ、なんとか」

 周囲を鋭い視線で警戒しながら、ロズヴェータに話しかけるガッチェ。

「援軍です。敵は引きそうですね」

 遠く喚声が聞こえる。

 おそらく副官ユーグが領兵をまとめて追ってきたのだろう。クリウベルを退けた以上、敵に勝ち目はほとんどないといっていい。あとは、どれだけ追撃戦で削れるか、だ。

 黒煙漂う中で、ロズヴェータは追撃戦が終局へ向かっていることを感じた。



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