70話 イベント最終日
イベント最終日。
街外れの商店。
もう日課になっていた来店も最後である。ミズキは一抹の寂しさを感じながらも商店の扉を開けた。
「おはようございます」
「おはよう、嬢ちゃん」
店主は笑いかけてミズキを迎え入れる。
「体調はどうですか?」
「おかげさまですっかり元通りだよ、孫のことも含めて世話になったね」
「いえ。それなら良かったです」
ミズキはさっそく懐から1通の手紙を取り出し、店主であるひよりの祖父に差し出した。
「これ、ひよりちゃんからの手紙です」
「ひよりからの……? そうか、ありがとう」
祖父はひよりの手紙を受け取ると目を細めて礼を言う。
「どれ、嬢ちゃんはまだ時間残っているかい? 中に入ってお茶でも飲んでいきなさい」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
大切に手紙を保管すると祖父は店の奥に歩みを向けた。
ミズキも祖父の後を追って店の生活空間内へと足を踏み入れる。上に続く階段を横切って生活感が漂うリビングへ、簡素な作りのテーブルに座って祖父を待った。
「待たせたね」
「いえ、とんでもないです」
ミズキの前にマグカップを置くと、祖父も向かいに座りお茶をひとくち。
「ひよりとは……話せたかい?」
「……はい。ほんの少しでしたけど」
「泣いて……いなかったかい?」
「笑っていましたよ。とても可憐に」
「そうか。笑っていたのか……なら、良かったのかなぁ」
祖父はマグカップから立ち上がる湯気の先を眺めた。
穏やかに白い蒸気を見詰める祖父は一体何を思っているのか、ミズキには分からない。だがそれが負の感情だけではないことは明白であった。
「その首飾り」
「あっ、すいません。返しますね」
「いや、いいんだ。こんな老いぼれが持っていても仕方ないからね」
ミズキは首に掛けていた『理の首飾り』を取り外そうとしたが、祖父はそれを制止する。
見るからに上等な宝玉に、このアイテムそのものに付けられるだろう付加価値は計り知れない。軽く言い放たれた言葉にミズキは少し困惑したが、祖父はお構い無しに話を続けた。
「それはね、娘……ひよりの母とひよりが一緒に作った最初で最後の首飾りなんだ。きっと嬢ちゃんの役に立つ」
「そんな大切なものならなおさら」
「いや、これでいいんだよ。これがひよりの願いだから」
「……ひよりちゃんの?」
「あぁ、嬢ちゃんは商人だよね。[鑑定]……出来るかい?」
「はい……[鑑定]」
ITEM]理の首飾り・紅
レア度 幻想級
特 日照り神の加護 (ひより)
ワールドクラスアイテム。
世界に干渉する力を持つ。※このアイテムは消費されません。
「……なんか凄くなってる」
いつの間にか赤くなっていた宝玉に、追加された説明欄。
レア度も然ることながら、説明欄に書かれたワールドクラスアイテムという文字。そして『日照り神の加護 (ひより)』。
「ひよりがミズキの為に加護を施したのは見ればわかる。きっと孫なりの精一杯のお礼なんだろう……受け取っては、くれないかね?」
ミズキはひよりの願いをただ叶えたいだけだった。初めは多少なりとも報酬について考えを馳せた時もあったが、最後にはそんな事を思いもしなくなっていた。
しかし、ひよりがお礼として首飾りを渡すならミズキはその思いに応えるだろう。
「……分かりました。有り難く頂戴します」
「是非そうしてほしい」
祖父は満足そうに頷くと、お茶をひとくち。
ミズキもそれにつられてマグカップに手を当てた。
「ああそれと、嬢ちゃんが良ければだけどね。ウチと契約しないかい?」
「契約、ですか?」
「毎日ウチの商品を買ってくれてるだろう? これまでのお詫びも兼ねてね」
話を変えるように祖父は契約の話を持ちかけた。
祖父の言う契約とは取引契約のことで、継続的にこの店の商品等を売買することが出来るものである。
勿論イベント特設ダンジョン内にある商店ならではの、今を逃すと買うことの出来ないものまで手に入れる事が出来るだろう。
そしてミズキは知っていた。ダンジョン街においても他では売っていない商品でも、この店になら置いてあることを。
「それは願ってもない話ですが、こちらから差し出せるものは余り……」
「そちらの硬貨で構わないよ。一応Gも取り扱っているからね。なんならこっちに無い品物でもいいし、ものが良ければ買い取ってもいいからね」
「助かります。是非私からもお願いします」
「そうと決まればさっそくしようか」
「はい。[契約書]」
SIM特有の特殊スキル[契約書]により豪華な装飾が施された一枚の紙が現れた。
ミズキは祖父の前でペンを取り出し、スラスラと内容を書き込んでいく。最後に名前を記入すると、薄く指を切って血を垂らした。
紙が淡く光るとミズキはそれを祖父に渡す。
祖父は一通り内容を確認すると、ミズキと同じようにサインをして血を垂らした。
「契約完了だね」
「今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ」
二人は握手して契約は交わされる。
ミズキは光の収まった契約書を取ると懐にしまった。
「嬢ちゃんはまだ時間あるかい?」
「えぇ、いくらでも」
「良ければこの老いぼれの話でも聞いてくれるかい? 山も谷もない話だが」
「もちろんです。お聞きしてもいいですか?」
それから暫く祖父はひよりやその親子のことを話し続けた。ずっと溜まっていたのだろう、過去に起こった出来事を雄弁に事細かく。
祖父は昔の記憶を語るたびに憑き物が落ちていく。胸の内に秘めていた感情を吐き出していくように。
「どうしてだろう、少しすっきりした気分だよ。聞いてくれてありがとうね」
「ボクの方こそ、また聞かせて下さい。ひよりちゃん達の話」
「ああ、またいつでもここにおいで」
「はい。ではまた」
やがて積もる話が終わりを迎えると、ミズキは冷えてしまったお茶を飲み干して店を出る。
祖父はミズキを見送ると一つ息を吐いて、しまっていた手紙を取りだした。近くの椅子に座ると、眼鏡をかけて開封する。
★
「みんな集まったわね? それじゃあリザルトに移るわよ」
聳え立つ塔から離れ、数日前まで人っ子一人居なかった通称寂れた広場。
錆び付いたベンチは新品の新しい物へと変わり、風に揺れる新緑の葉が子供の声と共に歌っている。ここを寂れた広場という人はもういないだろう。
「は〜い!」
トリアの声にミーナが返事する。
さっそくミーナは腰にかけているホルダーから一枚のカードを取りだした。それに伴いマッキーも同じカードを取り出す。
「じゃじゃ〜ん!」
「クライマックスカード!」
二人が見せたカードには☆climaxと書かれた文字が。
ミーナとマッキーはそのカードを上機嫌で説明しだした。
「このカードはなんと!」
「クリーチャー1体を二段階強化することが出来るんだよ」
ミーナは猫の舞があるが、マッキーはクリーチャーを強化するカード初入手だ。さぞ嬉しいだろう。
「……お、おぉー」
しかしその凄さは余り伝わらない。
ソウは今回強化の恩恵を受けなかったのも大きいかもしれないが。
「結構レアカードなのよ? 合計100層攻略報酬としては妥当だと思うわ」
「へぇ……そんなに凄いのか」
「ボクらが思っているより二段階強化は凄いことかもしれないね」
「100階層だもんな」
確かに思い起こしてみると猫が凄いパワーアップしていたな……とソウは内心遠い目をしていた。が、ソウはある事実に辿り着く。
「クライマックスカードがあればダンジョン内で僕も強化出来るんじゃ!」
「だね〜」
ソウの召喚にSP100使うから強化にはSP150必要で通常は強化出来ない。だが☆climaxがあれば強化出来るのだ。
気づいてしまった! と言わんばかりのソウにミーナは柔らかく顔を綻ばせた。
「そうと決まればさっそく」
「行かないよ〜」
そして笑顔のまま暴走しかけのソウを掴む。ソウの行動を読んだミーナのファインプレーである。
今はダンジョン攻略の報酬発表会なのだ、ほかの行動は許されない。
「ミーナはまだあるのよねー?」
「へへーん。なんとボスドロップ? で家族がまた増えましたー!」
「虹色のはずれ棒のおかげね。確率はかなり低く設定されていたはずだわ」
「それは凄いな。周回出来なさそうなボスだったし」
「ミーナ、呼んであげなさい?」
「うん! おいで『ドラゴネット』」
ミーナがカードを翳してクリーチャーを呼ぶ。
その呼び声に応えてミーナの腕の中が小さく光り、丁度腕に収まる形で召喚された。
--キュイ?
つるつるでキメ細やかな鱗と、真ん丸な瞳。頭の上で存在を主張する小さな角に、背中から開かれる小さな翼。
集められた視線にビックリして大きなお目目を更に大きくさせると、コテんっと首を傾げた。
「竜?」
「の子供ね」
ソウの呟きにトリアが補足する。
ミーナの腕の中で首を傾げていたのは空想上において圧倒的な強さを誇る生物の……子供。ドラゴンの幼体である。
「……か」
「か?」
「かわいぃぃーー!!」
その愛らしさにマッキーが叫びだした。
ワナワナと手足が震えだし、壊れたように悶える。感情の高まりを謎カプセルが検知し、マッキーの目がハートマークに変わる。
「み、みみみミーナちゃん」
「うん。ひとまず落ち着いてマッキー」
「おお、落ち着いているよ」
--キュキュイ!?
小刻みに手が震えるマッキー。絶対落ち着いてない。
血走った眼。荒くなる吐息。そんなマッキーはドラゴネットに恐怖の感情を植え付けた。イヤイヤと首を振るドラゴネット、しかしそんな子供竜の仕草がマッキーの病状を悪化させる。
「ななな撫でさせてもらっても、い、いいかな?」
ジリジリと近づくマッキー。
一歩、また一歩と歩くたびにドラゴネットの首を振る速度が増していく。
「こらマッキー。そんな風に迫るとドラちゃんが怖がるわ」
迫りくるマッキーにトリアが注意する。
ドラゴネットを撫でながらトリアに見つめられた瞬間、マッキーのアバターが完全に停止した。動こうとしても指一本動かせない、マッキーはただ目の前で小さな竜を撫でるトリアを見ていることしか出来なくなってしまった。
--キュイ〜
「マッキーの動きが止まったね」
「ドラちゃんを怖がらせるからよ。反省してなさい」
「口……空いてるままなんだけど」
ミズキがマッキーを見ながら言うと、トリアは一つため息を付いてマッキーを解放する。
「しゃ、喋れるようになった」
しかし動くのは首から上だけ。体は以前として硬直されているままである。ドラゴネットのドラちゃんを怖がらせた罪は重い。
「まったく、反省したのかしら?」
呆れるトリアにマッキーは首を縦に振る。コクコクと頷いて反省の意を示すとようやくマッキーの体は自由になった。
「マッキー。あまりドラちゃんを怖がらせないでね」
「う、うん。ごめんね、ドラちゃん」
--キュ……キュイ
ミーナがドラちゃんの頭をグリグリしながらお願いすると、マッキーも落ち着いてドラちゃんに謝った。
ドラちゃんは若干涙目だが、こくりと頷いてそれを受け入れる。マッキーは悶えそうになるのを必死に我慢した。
「お、お触りは」
「ドラちゃん?」
--キュイ
「良いって」
「ありがとう、ドラちゃん! で、では……」
生唾を飲み込んで徐ろに手を伸ばす。
そしてドラちゃんの頭をゆっくりと触れた。
「……暖かい」
ドラちゃんに触ったマッキーが小さく呟く。
外皮を守る鱗は思っていたよりも暖かく、滑らかに手を滑らした。
--キュイィ
ドラちゃんが目を細めて気持ちよさそうに身を委ねる。
穏やかな空間が周囲を漂い、ミーナとトリアが目を合わせて微笑んだ。
「仲良くなれて良かったね」
--キュキュイ〜
マッキーよりもドラちゃんが先に返事していた。その表情は幸せそうである。
その姿を見てマッキーの手が小刻みに震えるが、それは致し方ないことである。
「……前にも同じことあった気がする」
マッキーとドラちゃんを見てミーナが遠い目をする。
そう、こんな事がつい数日前にあったのだ。そしてその前にもトリアが……。
「さっ、早く次に移るわよ! 確かミズキは領地を手に入れたんだったわよね」
手を叩いてトリアが話を切り戻した。
彼方をみてミーナの視線から逃げると、急かすようにミズキと目を合わせる。
ミズキは何かあったのだろうと察すると、笑ってメニューを広げた。決して報酬内容を喋っていないのになぜトリアが知っているかは聞かない。
「ボクの攻略報酬は特殊領地って言って異空間に領地を持つことが出来るんだ」
「異空間?」
「私達でいうところのカードの中ね」
「そんな感じかな」
ミーナの疑問にトリアが答えミズキがそれに同意する。
メニュー画面の中には箱庭のような空間が見え、すでに何か建物が建っていた。
「この領地の面白いところが特定の家同士で空間を繋げることが出来るみたいなんだよね」
「所有権がミズキを含む扉ね。隔離された場所だから出入りは限られているのよ」
「結構夢のある報酬だよね。領地なんて貰える機会そうそうないし」
ミズキはメニューを見ながら笑う、大変満足してそうだ。今でも領地内の構想を練り続けて頭を張り巡らせている。
「それで、どんな風に仕上げるつもりなんだ?」
「ふふー! 完成したら見せるよ」
「そう言うからには勿論平凡なものじゃないんだよな」
「そりゃもちろん期待してていいよ」
ソウの煽りを真正面から受け止めて、歯を見せて笑う。
確固たる自信があるようにその表情はとても力強い。ソウもその自信を知っていたのかとても満足気に笑った。
「次はソウね」
「ソウも100階層突破だから報酬はかなりの物じゃない?」
報酬発表会もソウの番になりミズキがハードルを上げていく。
しかしソウは苦笑いでそれに応えてメニューから装飾品を一つ取りだした。
「僕の報酬はこれだな。『約束の指輪』」
装飾品] 約束の指輪
レア度 最上級
耐久 1500/1500
補正 運(大)
対魔法(中) 回復(中)
能力 空き1
説明 世界に名を残した職人がある人物の為だけに造られたとされる指輪。誓った約束はいつまでも。
「きっと最後でやられたからだろうな、不甲斐ないばかりだよ」
眉を下げてソウは自嘲する。
レア度最上級という誰もが羨む装備品を手に入れても、ソウの中では満足では無かったらしい。
「時が経てば最上級のものなんて誰にでも手に入るわよね。それこそミズキのような特別なものじゃないもの」
「うぐっ」
追い打ちをかけるトリアである。
情け容赦ない言葉がソウの胸を抉る。だが不意をつかれてやられてしまったのはソウなのだ、反論の言葉は見当たらない。
「もう、言いすぎだよトリア。ソウがいなかったらクリア出来なかったし、それにソウと一緒に遊べて楽しかったから……私にとって一番の報酬だもん」
「……ミーナ」
「ソウも同じだったら嬉しいな」
満面の笑みで気持ちを伝えるミーナ。
純粋にゲームを楽しんでいたミーナに諭され、ソウは思い出したかのように手のひらの指輪を見た。思い浮かべたのはFANTASY&CREATURE合同ダンジョンに挑んでから50層に辿り着くまで、そして最後の戦い。
「そういえばそうだったな。最近頼りない姿ばかり見せていたから焦っていたのかもしれない」
「ソウ?」
「僕もミーナと同じ気持ちだよ。何よりもミーナと一緒にイベントを楽しめたことが一番の報酬だ」
美唯菜が人質になりそうな時に何も出来なかった。
美唯菜に友達が増えて自分の元から少しずつ離れていくように感じた。それはきっと良いことだとしても、素直に喜べない自分がいた。
ミーナの目の前でカードの中に死に戻るなんて醜態を晒した、しかもラストボス戦で。
ソウはミーナの腕の中にいるドラゴネットを、未だに撫で続けていたマッキーへ託す。
そうして空いた右の手を掴んだ。呆然とするミーナの前でソウは片膝をつく。
「今は頼りない僕だけど、いつか君に見合う男になるから」
そっと右薬指に『約束の指輪』を嵌めると、小さく「『守護』」と呟く。込めるMPは553。今のソウが所有する全MPを指輪に込めた。
「その時は僕からの指輪を左側に贈らせてほしい」
真剣な眼差しでミーナを見上げる。
ミーナの脳裏を駆け巡るのは『ここゲーム空間で広場!』とか『シチュエーションっっ!!』とかそんなことばかり…………。だけど一拍するとそんなものは露と消えて。
「……はい」
ただ静かにソウの想いを受け入れた。
真っ赤に熟れたミーナが指に嵌められた銀色の指輪にキスをする。とても愛おしい物のように左手で触り感触を確かめて……困ったように笑った。
「これだと現実に戻った時に右手が寂しくなるよ」
大切な大切な奏からの指輪。
仮想空間から離れた時に指輪が無くなるなら……戻らなくても構わない、そんな事を考えてしまうほどに。
ソウもそればっかりはどうする事も出来ず困ったように笑った。二人とも同じように笑い、それが何故だかおかしくてまた笑ったのだった。
★
「……ミーナ。『空のカード』を使いなさいな」
二人が一頻り笑ったあとで、トリアが解決法を告げる。
一瞬で二人だけの空間になってしまい多少言いづらかったが、ミーナが困っているなら助言の一つや二つどうということは無い。
「あっそっか。カードに入れちゃえばどこでも取り出せるんだ!」
「そういうことよ」
胸を張るトリア。
考えてみれば簡単なことだったが、ミーナ達からすれば灯台下暗しである。ソウや近くで見ていたミズキもその手があったかと驚いていた。ちなみにマッキーはドラちゃんに夢中。
ミーナは空のカードを取り出して指輪に当てようとするが、途中でその手が止まる。
「……せない」
「ミーナ?」
「大事すぎて指輪外せない!」
呆気に取られるトリア、しかしミーナはとても真剣だった。
「……とりあえずログアウトするまでにはカードに入れておきなさいよ」
「…………うん」
このままログアウトするとソウのアイテムボックスに入る事になるのだろう、カードに入れてすぐに出せば問題ないんじゃ……なんてミズキには言えなかった。
「このあとはどうする?」
イベント終了までまだ時間がある。報酬発表会はソウで終了し、ミズキがこのあとの予定について聞いた。
「もちろんダン──」
「街で買い物……しない?」
真っ先に声を上げたソウの言葉を遮ってマッキーが買い物の提案をする。
一斉に向けられる視線にドラちゃんを抱いている腕が少し強ばった。
「確かにいいね、それ。盲点だったけどこっちの世界の物がカードを通して持ち帰れるなら、FANTASYやSIMの物も今ならカードにして持ち運べるもんね!」
「……確かにそれは有りだな。でもSIMなら現実でもアイテムを使えるんじゃないのか?」
「一応制限があるからね、それにこの機を逃すと現実に持ってこれない物もあるかも知れないし」
「それもそうか」
ミズキがマッキーの提案に賛成してソウも乗り気になる。
全階層を攻略して溜まりに溜まったDPを使ういい機会でもあるし、FANTASYの物をミーナにプレゼントできるチャンスだ。
「ダンジョンはいいの?」
「ああ、それよりもミーナの冒険を手助け出来るかもしれないと思うと……そっちの方がいいに決まってるな」
ミーナがソウの耳元で聞くが、ソウは全く問題なかった。
本当なら紫光剣もミーナに渡したかったが、危ないから泣く泣く止めておいた。
「それじゃ街に買い物行こっか! トリアもそれで大丈夫?」
「ミーナの行くところなら何処へでもついて行くわよ」
「ウチのトリアが可愛すぎる件について」
「ちょ、ミーナ。それは少し恥ずかしいわ……」
「ふふふー!」
いつもより格段とテンションが高く、ミーナはトリアの手をとった。
トリアも満更でもないが……やっぱり少し恥ずかしい様子。
「じゃ、じゃあ行こっか?」
「うん!」
マッキーの声に笑顔で返事すると、ミーナはトリアと手を握ったまま歩き出した。そして度々右手の指輪を見てニヤつく。
マッキーやミズキも後を追うように歩き出し、ソウも顔を赤くしながらついて行く。ミーナが指輪を見る度に段々と恥ずかしくなっていったソウは、いつのまにか羞恥に震えていた。
★
【只今をもってイベント『THE WORLD』の終了をお知らせします】
買い物という名の豪遊も一通り堪能した所で全プレイヤーにイベント終了のお知らせが届いた。
「もう終わりかー」
「早かったねー」
頭には狐の仮面、綿菓子やりんご飴を口に入れて、まるで祭りが終わったようにソウとミーナがボヤく。綿菓子を握っているミーナの右手には銀色の指輪がカードから召喚されて薬指に嵌められていた。
【次に本イベントのサーバー別ランキングを発表します。なお、ランキング参加者は全100層攻略済みプレイヤーのみとさせて頂いています】
「ランキング? 聞いたことなかったけど……」
「隠し要素みたいなものよ。隠しボス討伐などの有無でランキングが上下するわ」
「隠しボス?」
「50層にいたでしょ?」
ミズキの質問にトリアが答える。
トリアが言っているのは合同ダンジョン最上階にいたひよりのことである。特定条件下にのみ変わるボスとはつまり隠しボスのこと、勿論普通のボスよりも強く配点は高いだろう。そもそも全階層攻略しているプレイヤーなんてそうそういないだろうが。
【2710317サーバー。第三位 マッキー】
「おぉー!」
--キュキュイ!
マッキーとドラちゃんが一緒になって喜ぶ。
もうすっかり仲良くなったドラちゃんが体全身を使って喜んでくれる。おそらくマッキーよりも喜んでいるドラちゃんは前足を上げて翼をパタパタ、マッキーはランキングよりもそのドラちゃんに至極満悦な模様。
【ランキング報酬は『略奪のカード』です】
「うわっ、使わなさそうなカードが……」
「マッキーこのカード知ってるの?」
「んー知らないけど……名前的に」
マッキーのカードホルダーから1枚のカードが光る。マッキーはずっと抱いていたドラちゃんを降ろしながらミーナの問いに答えた、略奪なんて物騒極まりない名前である。
それからホルダーに手をかけ、光っていたカードを引く。
「えっと、なになに……クリーチャーを一体奪い取るカード。クリーチャーによって成功率が変わります?」
「そのカードは1度使うと無くなるから気をつけなさい」
「……それってアイテ──」
「それを言ってはいけないわ」
末恐ろしいカードである。
ドラちゃんに使いそうでミズキは内心ヒヤヒヤしていたが、言ってしまえば藪蛇になりそうでグッと言葉を飲み込む。
「でも人の子を奪い取るなんて出来ないなぁ」
マッキーはそう呟きながらカードをホルダーにしまうと、第二位が発表された。
【第二位 [納税の]ソウ】
「おぉー二位止まりかー」
「ソウは殆どソロで攻略していたから、最後でやられたのが原因ね」
「まあいいか。充分楽しめた」
「ふふっ、なら良かったわ」
二位止まりでも気にした風ではなく、トリアの説明に納得する。
何気なくミーナの指先に目が行って、それに気付いたミーナがハニカムだけで……もう大変満足である。爆発してしまえ。
【ランキング報酬は『スキルスクロール』『転職のススメ』です】
「おおー。二つ貰えるのか」
「別に中身が見劣りする訳じゃないわよ?」
「一応は二位の報酬だもんな」
二つともアイテムだが、どんな物か想像出来るソウは報酬が悪いとは思わなかった。
事実二つともレアアイテムである。
「確かソウって村人だったよね、これを機会に転職したら?」
「まあそろそろ職業変えてもいいかもな」
冗談混じりでミズキが言うのをソウが真面目に頷いた。
村人で不自由はしていないが、『転職のススメ』なんて見るからに転職を勧めるアイテムが手に入れば考えなくもない。ミズキは『一生村人でいるつもりじゃなかったんだ』なんて心の中で思っていた。
そして最後は勿論一位。
【第一位の発表です。おめでとうございます!
第一位 ミーナ 】
「おめでとう。ミーナ」
「ありがとう。ソウ」
ソウからの祝福を笑顔で受け取った。
頭を撫でられると目を細めて黒い尻尾が揺れる。
「ミーナちゃんはパーティリーダーだったもんね」
「それが一番の勝因ね。流石私のミーナだわ」
いつのまにかミーナがトリアのものになっていたことはさておき、やはり一位はミーナであった。
そもそもこのサーバーの中で100層攻略者がミーナ達以外にいるかどうか怪しいもので、パーティリーダーのミーナが一位を取るのは容易に想像できた。
この場にいる誰もが想像出来ていたからこそ、トリアは一位がソウであったならと思わずにはいられない。
【ランキング報酬は『最後の魔法 星の願い』です】
ミーナの目の前が光だし、手のひらに1枚のカードが舞い降りた。
虹色に輝くカードの効果をミーナは読み上げる。
「どんな願いでも一つだけ叶えることができる。って、えっ!? 最強のカードなんじゃ」
「……ミーナ、お願いがあるの」
「トリア? どうしたの?」
効果を読んでテンションが上がるミーナにトリアが真剣な表情で語りかけた。
あまりにも真剣な顔をするトリアにミーナは少し戸惑いながらも返事をした。もしトリアが叶えたい願いがあるなら、それを願うことも既に決めながら。
「お願いだからそのカードだけは……絶対に使わないで」
「…………へ?」
予想外。
考えていたことの斜め上な言葉に間抜けた声が出る。
「そのカードはどんな願いでも叶えてしまうカードだけど、そのデタラメさ故にとてつもない代償があるの」
「……代償?」
カードの効果にはそんな事は一切書かれていない。
しかしトリアの言葉をミーナが信じないわけがない。
「使ったら最後……全ての力を失うことになるわ」
ミーナを真正面に見据え、トリアが真剣な面持ちで言い放った。
力の消失とはつまりゲームデータの永久凍結のような、もう二度とトリアや猫達と会うことが出来なくなる事で。つまりトリアが必死に止める理由はここにある訳で。
「うん分かった。使わない」
トリアを見れば嘘なんて付いていないことは一目瞭然だ。
ミーナもトリアや猫達と会えなくなるのは嫌である。
「絶対に絶対よ?」
「うん。絶対に絶対」
そこまで言うトリアにミーナはカードを捨てればいいんじゃ……なんて考えたが、誰かが拾ったらと思うと捨てられなかった。とんだランキング報酬である。まさか爆弾がランキング報酬だとは思いもしなかっただろう。
しかしミーナ。ランキング一位よりも嬉しいプレゼントを貰っているから全く問題は無い。右の手のひらを見ればそれだけで満足だ。自然と顔が綻んで嬉しくなる。
【これにてイベント『THE WORLD』を終了致します。七日間大変お疲れさまでした。これよりオフィシャルネットワーク[ツリー]へログアウトして頂きます、暗転にご注意下さいませ】
メッセージが全プレイヤーに届いた。イベント終了と強制ログアウトの知らせである。
ミーナ達プレイヤーの体が段々と透けていき、特別演出の強制ログアウトが始まった。
「みんなお疲れさま!」
「楽しかったな」
「ま、また遊ぼうね」
「もちろんだよマッキー!」
控えめに言うマッキーにミーナが嬉しそうに笑う。
同じソフトだからいつでも遊べるが、それとこれとは別問題である。
皆が思い思いに笑って締めくくる中で、ミズキはトリアの横に並んだ。
「……トリアさん」
「何かしら?」
透明になっていく体を見たあとミズキはトリアに声をかける。
完全にログアウトされるまでの僅かな時間、ミズキは聞いておきたいことがあった。
「イベントが終わってもこの世界は続いていくんですよね?」
「ええ、もちろんよ」
とても重要なこと。
蘇った広場で遊ぶ子供達と、それを見守る親や祖父を眺めながらミズキは言葉を続けた。
「世界が違えばAIの歩みもまた変わるんですよね?」
「そうね。300万通りの歩みがあるわ」
「300万もの世界があったら一つくらい」
「……あるかも知れないわね。そんな世界が」
──二人が笑って過ごしている世界が。
★
「たっだいまぁ!」
「おかえり母さん」
「いやんっ! 逃げないでー」
リビングで寛いでいると、ドアが思いっきり開かれて母が抱きつきに来た。
1週間会わなかったのにも関わらず、むしろ1週間合わなかったからか勢いが凄まじい。
「奏は寂しくなかった? お母さんはすっごく寂しかったよぉー!」
「はいはい分かったからっ。お疲れさま! 生憎とイベントを満喫していたから寂しくなかったね!」
「そっか……」
ん?
ちょっと言いすぎたかな?
「そっかそっかー! 満喫していたかー! 母さん嬉しいよ!」
「なんでだよ!」
だめだ。今は何言っても通じない。
つか抱きつくなよ……うぐっ!
母よ、そんなに僕をオモチャにして楽しいのか。楽しいのだろうな。僕は近くで笑っている父さんを指差して標的を変えることにする。
「抱きつくなら父さんにしなよ」
「えー! 父さんこのごろ加齢臭が……」
「なっ! なん、だと!」
露骨に嫌そうな顔をする母さんに父さんが撃沈。
うん。僕もみぃにそんなこと言われたら立ち直れない。
「だからMy sweet angelの奏にしか抱きつけないんだよ!」
「誰が天使か! ……翼付いてたわ」
「なら仕方ないね!」
「おかしい! それ絶対おかしい!」
「奏! ……私はね、1週間の癒しが必要なんだよ?」
「そんな静かに喋っても騙されないから!」
まったく。母さんは暴走してるし、父さんは使いものにならないし。
んー! んー。……はぁ。
「まぁ……お疲れさま」
背中を叩いて目を逸らす。
面等向かって言うのは恥ずかしいし。でもまあ……1週間働きっぱなしだったらしいし? 何の仕事してるか分かんないけど。
「…………奏がデレた」
「おいちょっと待てい!」
デレたってなんだデレたって!
「奏も母さんが帰ってきて嬉しいんでしょー」
「いや晩飯がコンビニ弁当じゃなくなるのは嬉しいけど」
「そっかそっかー! やっぱり母さんが家に帰ってきて嬉しいかー」
ああ、まだ話は通じないか。
どれだけテンション高いんだよ、母さん。まるで七日間ほとんど寝てないみたいだって。
「なら母さんが愛する息子の為に夜ご飯を作ってしんぜよう!」
「いやいや母さんフラフラじゃん! 危ないから!」
「なにー? 心配してくれてるの? 奏可愛いー。けど心配ご無用でっす!」
「うん。とりあえず落ち着こうな。今日はもう僕が作ったから食べたら寝ましょう」
「なになにー! 奏の手料理!? 食べる食べるー!」
耳元で叫ばない!
抱きつかない!
母さんってこんなにめんどくさい人だったっけ。
あー、もうほら座って座って! いまから皿持ってくるから!
「父さんも手伝って! 加齢臭してないから、いつまでも落ち込んでないで」
「……父さん臭い」
「ほらぁ! 母さんが臭いって!」
「い・い・か・ら!」
絶対途中からからかわれてる気がする。
父さんとかさっきから笑ってばっかりだし、母さんからは嬉しいオーラが湧き出てるし。
「奏、たのしそうだね」
「あいつ結構マザコンなところあるよな」
「ほらそこ! 喋ってる暇があるなら動く!」
まったく油断も隙もない。
ふと鏡に映った自分の顔が緩みかけているのに僕は気付かないふりをしたのだった。
★
「ただいまぁーみーちゃーん!」
「行ってらっしゃい、パパ。仕事場はこっちじゃないわよ?」
「酷いっ!」
……ママとパパが夫婦漫才してる。
パパが帰ってきた瞬間ママが破顔して、次の瞬間には普通に笑って冗談を言う。パパもそれにノッて大袈裟に反応してた。
「おかえ。パパ」
「んー! ただいま美唯菜」
私もパパにおかえりを言うとパパは私の頭に手を置いて笑ってくれた。
久しぶりにパパと会えて嬉しいな。目元にちょっと隈があるのが心配だけど、いつものパパで良かった。
「お、おかえりなさい」
「ただいま。トリア」
トリアの言葉にパパも笑って応える。
リビングではトリアが夕飯をテーブルに並べてくれていた。
弟の蓮はテーブルに座ったまま動かないのに……。
でもこうやって家族全員が揃うのは1週間ぶりなんだよね。その事に私は少しだけ気分が高揚する。
「みんな元気そうでなによりだよ。いや一人元気じゃない子もいるね」
「…………最後まで行けなかった」
テーブルに座って魂のない状態の蓮が小さく嘆く。
ダンジョン全攻略出来なかったみたいで抜け殻のように燃え尽きていた。
私が肩を叩いて「どんまい」って言ってからこの調子だ。どうしてだろう。
「ちくしょー!」
さっきからこんな調子だ。
そのうち治るからほっておいていいんだけど、トリアが慌てだしちゃうからやめてほしいね。
「みんなイベント楽しんでいたようだね。うんうん」
「…………飯」
「はいはい丁度パパも帰ってきた事だし、夕飯を食べながら話しましょう?」
楽しんでいたように見えない蓮を見て満足そうに頷くパパ。
若干拗ねたように蓮が夕飯を催促してママが笑って受け入れた。
皆が席につくと「いただきます」の合図とともにご飯を食べる。
今日の夕飯はとても豪華な仕上がりで、いつもより美味しく感じた。それもそうかな、だってこの料理は。
「美味しい! 美味しいわ! 流石母さんが父さんの為に作った料理ね」
「と、トリア!? それは言わないって」
「あら? そうだったかしら?」
ふふっと笑ってトリアはご飯を口に運ぶ。
慌てるママってなんだかレアだなぁ。パパなんて泣きながら食べてるよ。美味いうまいってママ一人で作った甲斐があったね。
「ありがとうママ。1週間頑張ってきて良かったよ」
「……そう言ってくれると、嫌な気はしないけど」
照れながらもそう言うママ。
一瞬で激甘な空間になってしまった。これが1週間パパがいなくなる反動なのね。
私と蓮はこの甘々な空気の中、ただ箸を進めたのだった。
ちなみにトリアはもう食べ終わっていた。
トリア「7章が終わったわね。……え? おまけもある? 知らないわそんなこと。それより長かったわ……正直10話だと収まらないもの、あと5話くらいほしいものだわ。っとこれは作者の愚痴ね、全く馬鹿な縛りもこれを機に止めておけば良かったのにね。次章は現実世界が舞台よ、夏といえば何だと思う? そうよねそうよね、それはきっと2章くらい後になるわね。また7章で会いましょう? またね」