55話 美唯菜の惚気
なんだろう。
今日はなんだか不思議な気持ちだ。
「……ちゃん」
友達と一緒に登校をして。ちょっとしたハプニングもあって。皆……みんなが話しかけてくれた。
今まで顔を合わすこともなかった、でも……今では目を見て笑いあって。
「……いな……ちゃん」
大好きな歌手の話をした。料理の話もした。ゲームの話もした。……上手く喋れない私の言葉を最後まで聞いてくれた。
奏といつも話していること。だけど、それとは違う感じで。
「美唯菜ちゃんっ」
「……うん?」
隣で真紀ちゃんが私を呼ぶ。ずっと呼んでいたのかな、それなら──
「どうして泣いてるの、何かあった?」
真紀ちゃんの目の奥にいる私を見て、頬に手で触れる。
濡れてる、いやこれは……涙?
「何か嫌なこと思い出したのっ? それともまだ何かしてるやつが」
「ち、ちがうの」
真紀ちゃんは辺りを睨むように見回す。それに私は慌てて言葉を否定した。
違うんだ。悲しいことがあったわけでも、悲しいことを思い出したわけでもなくて。
「……かなと、来ない」
ってちがーう!
「……なんだぁ、良かったぁ」
え、あれ? 納得しちゃうの?
違うんだよ、本当は──
「美唯菜ちゃんが相馬くんのこと好きだから、来ないと心配だよね」
「え、うん」
ちょっとまって! 私が奏の事を好きすぎて、体育の授業に遅れるのが心配で泣いたと。そんなこと…………ないよ?
って、私が頷いたら誤解が。
「相馬くんはほんとに愛されてるよねぇ。こんなに可愛い女の子に好かれるなんて、相馬くんはさぞ幸せだろうなぁ」
「そ、そんなこと……」
こんなに言われると、その……恥ずかしい。
でもなんだか、本当に奏がいなくて泣いていたような気もしてきた……。あれ、どうだったっけ?
「美唯菜ちゃんは相馬くんのどんな所が好きなのかな? やっぱり……顔?」
顔って……。直球だなぁ。
「ううん。ぜんぶ」
「ぜ、全部?」
「うん」
そりゃあ顔もカッコいいと思うよ。
でも奏のいい所はそんな外見じゃ測れない。
「全部じゃ分からないよー。言葉にすると?」
「うぅ……いわないと、だめ?」
それはちょっと恥ずかしいよ……。
ほらだって皆見てるし、改めて口にするのはなんというか……。
「美唯菜ちゃんが嫌なら良いんだよ。出来たらでいいし、無理なら諦める……よ」
うぅ。それはちょっとずるいんじゃないかな。だってそんな風に言われると、ね! ね!
分かった! そんなに惚気話を聞きたいなら思う存分聞かせてやろうではないか!
今この時より私は惚気魔王となる!
「かなとはね。
やさしくて、いつも、そばに、いてくれて。
むかしから、ずっと、まもって、くれて。
つらいとき、なぐさめて、くれて。
わらうと、むねの、ところが、あたたかく……なって。
おちこみ、やすくて、おおげさに、あぴーる、してるのが……可愛くて。
わたしの、無理を、きいてくれて。おもいに、こたえようと、してくれて。
いしょに、考えて、くれて。
まいにち、ねるまえに、『おやすみ』を、送って、くれる、のが……可愛い、くて。それに──」
「ストップストップ! 分かった! 美唯菜ちゃんの愛は充分伝わったよ!」
顔を赤くして止める真紀ちゃん。
まだまだ語り足りないよ? こんなのじゃ私の奏への愛が伝わらない。
「ほら、皆もお腹いっぱいだって」
ご飯食べ終わったばかりだもんね。
5時間目は体育だから丁度いいね。
「いいたり、ない」
「そこまでにしておいて下さい。砂糖を吐きそうです」
「こーひー、のみ、ほうだい?」
「じゃないよー! 甘すぎて一口しか飲めないよ」
仕方ないなぁ。言い足りないけどここで我慢しよう。
奏のことなら一晩中語り明かせるからね。
「わかった」
「う、うん。ありがとね。……ところで本当に相馬くん来ないね」
「……うん」
一体どこで何をしているのかな。もうすぐチャイムが鳴るのに。
根元くんもいないし、本当に何をしているのかな。
「……美唯菜ちゃん。探しに行ったらダメだよ」
え、一体何のことかな?
私は1歩たりとも動いてなんか……。
「さっきからウズウズしてるから。てっきり相馬くんを探しに行こうとしてるんじゃないかと思って」
そそそそんなこと無いよ。もうすぐ授業が始まるのに探す時間なんてないよ。
挙動不審になる私を、笑顔のまま真紀ちゃんが掴もうとする。これに捕まると奏を探しに行けない。
「ちょっと美唯菜ちゃんっ。ダメだって! 絶対グラウンド走らされるハメになるから!」
「……だが断る」
「美唯菜ちゃーん! もうっ『加速』」
校舎に向かって走り出した私を真紀ちゃんが追いかける。ってカードは反則じゃない!?
凄まじい速さで私に追い付いてくる……ってもう横に付いたの!
「ふふふっ、美唯菜ちゃん捕まえたっ」
くぅ……こうなったら私も。
「『浮遊』」
走りながら私の体が浮かんでいき、独特の浮遊感が私を包む。これで真紀ちゃんは追ってこれまい。
でもなんだか走りづらいな。……ん? あれ、あんまり進んでない。足を動かしても全然進まない。
このまえ奏と空を飛んだ時は結構スムーズに飛べていたと思っていたのに。
ふと体の感覚がこの前と違うことに違和感を覚える。そして違和感の元を見ると……。
「美唯菜ちゃんっ! そら! 空飛んでるよー! ていうか落ちるー!」
「まき、ちゃん」
真紀ちゃんが私を掴んで一緒に飛んでいた。むしろしがみついていた。
結構な高さまで飛んでるのに、落ちたら怪我じゃ済まないよ!
「おちっ、落ちる落ちるおちるー! 美唯菜ちゃん落ちちゃうよー!」
「お、おちつ、いて。まきちゃん」
「ムリムリムリムリ! 高いのはダメなのー!」
ならどうしてしがみついた……。
幸い『浮遊』の効果時間は残っている。なら早く着地しないと。急に動くと真紀ちゃんが落ちるかもしれないから、ゆっくりでも急いでやらないと。
「美唯菜ちゃんごめんっ! もう……むりっ! おちっ──!!」
「まきちゃんっ」
離れる真紀ちゃんの手を握ろうとしたけど、遅かった。
なおも私は真紀ちゃんに追いつこうと手を伸ばすが……届かない。落下速度は『浮遊』の効果外である真紀ちゃんの方が早い。それでも私は手を伸ばし続ける。
「美唯菜ちゃん。ごめんね、ありが――」
なんの謝罪だよ!
なんの感謝だよ!
もう声も届かないくらい距離があるんだよ!
いいから早く何とかしないと! 真紀ちゃんも何かなかったの!?
このままだと本当に!!
ダメだよ! ダメ! 真紀ちゃん!!
一陣の風が吹き抜けた。
突風と勘違いするほどの風が、下にいる真紀ちゃんに吹き付ける。
そのとき一瞬、青色に光る線が真紀ちゃんを捉えたのが見えた。線は真紀ちゃんと一緒に消えるような速さで空を駆け巡った。
やがて青い線は速度を緩め、青い線に見えていたのは人だと気付く。
「かな、と?」
「あぁ、びっくりしたよ。廊下からグラウンドを見ると佐鳥が落っこちてるとか」
「……う、う〜ん。私は一体」
「大丈夫か佐鳥?」
「う、うん……ってこれは何事!? え! 相馬くん!?」
奏が真紀ちゃんを助けてくれた。そして助けるために奏は真紀ちゃんをお姫様だっこした。
つまり真紀ちゃんは、目が覚めると奏の顔がドアップで映ることになる。なんていうご褒美だ。
でも、それよりも。
「みぃ。ち、違うんだ! これは助けるために仕方なく」
「ぶじで、良かった」
「……美唯菜ちゃん?」
ほんとに、本当にびっくりした。真紀ちゃんがどんどん地面に落ちていって、わけが分からなくなって、怖くて、怖くて堪らなかったんだよ。
「もう……あんな、むちゃ、しちゃ、ダメ」
「うん。ごめんなさい」
私にも非があるんだけど、何がともあれ大事にならないで良かった。
安心するとなんだか気が抜けてくる。……あれ、なんだか下からすごい風がする。
「美唯菜ちゃん!」
「みぃ!!」
「へ? ……あっ」
いつの間にか『浮遊』の効果が切れていた。
下を見ると地面が物凄い速さで迫ってくる。あっダメ、もう一枚の『浮遊』のカードが!?
落ちっ――!?
「…………間に、合った!」
奏が真紀ちゃんを抱えながら私を片手で抱える。
そしてやっと、隣で目を回す真紀ちゃんと一緒に地面に降り立った。
「た、助かった……」
「う、うん」
地面に足がつくこの感覚。
奏との空が怖いわけないけど、それでもホッとする。
「とにかく無事でよかった。お願いだから危ない真似はしないで欲しい」
「……うん。ごめん」
遊び半分で力を使って、危ない目にあって、取り返しのつかないことになりかけた。
『浮遊』の効果時間を考えていなかった。でもそれはただの言い訳だ。奏が助けてくれなかったら今頃……。
「かなと」
「なに?」
「ありがと」
「……あぁ、どういたしまして」
奏は私の頭を優しく撫でてくれる。
昔から奏は私を撫でるのが上手い。
「それに……僕らのクラスメイトは助ける気満々だったみたいだしな」
そう聞いて周りを見てみると、どこからか出したネットや魔法を消しているのが見えた。体育のゴリ先生も何か光ってる、パフかな?
「みんなも、あり、がと」
そういうと、皆も手を振って応えてくれる。
「ぜひトリアさんとお目通りを」と言ってくる男子は無視しておいた。
「ほら、早く始めるぞー! だいぶ時間押してるからなー!」
「「はーい」」
ゴリ先生の合図で皆が1箇所に集まっていく。
一件落着! といった風にぞろぞろと動くクラスメイトに、ゴリ先生が「遅刻にするぞ」と呟くと動きが滑らかになった。
「わたしたちも、いこ? かなと、まきちゃん」
★浮遊
効果
5分間空を飛ぶことができる。対象は選択可。
紹介文
落ちると危ないから時間だけは気をつけなさいよ!




