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53話



 「相馬、根元。遅刻だぞ、もっと早く来い」


 教室のドアを開けると、ヘドロ先生が待ち構えていた。

 クラスの視線が集う中、みぃと目が合う。ブイっと右手を見せるみぃに少し笑みを浮かべる。


 「相馬、笑ってないで席につけ」


 根元はもう席についていた。このままじゃ注目の的である。

 そそくさと席につき授業の用意をする。


 「それじゃ、授業を始めっぞー」


 一時限目は現代史だ。

 今やっているのはごく最近のこと。

 ゲーム会社イコジンが世界的に公開し、発売された五感体験形VRゲーム『WORLD』。

 世界を驚愕させたのは、そのゲームによる技術革命と呼べる程のシステムであった。


 「そうだ、このコネッキングはその副産物。脳に直接情報を与え、脳からの情報を取得する。これにより携帯電話やスマートフォン、それに派生する物は減少していった」


 脳からの直接入力、それに伴った脳への出力。そして理解され始めた安全性。

 日本にはやや遅れて発売されたが、現実拡張機器『コネッキング』は従来の通信機器の能力を遥かに凌駕した。


 「このコネッキングには知ってると思うが、体の不全を補填する機能がある。例えば聴力補助や眼力補助など、ありとあらゆる問題に対して革命と言えるような前進を遂げた」


 実際にコネッキングとは別で売られている眼球型カメラがある。それは瞳そのものがやられていたとしても、コネッキングと同調することによって視界を確保することができる。


 「日本は海外とは違って、ほんの数年前の出来事なんだがな。お前らも当事者ってこった」


 まあ僕はVRゲームをずっとしていたから、あまり感覚が薄いけど。

 義手はまるで本物の手になったような感覚になり、車椅子に乗っていた人たちが己の足で立つことができるようになった。といっても補填が意味無い人も一定数いるんだけど。


 「次はその中で変わらないもの。……まぁついこの前のVRゲームで変わっちまったもんもあるんだがな。ここ数年の経済と、その成り代わりだ。ちと難しいから頑張ってついてこいよ」


 ……これ現代史の範囲だろうか。

 教科書乗ってないんだけど……。ヘドロ先生ノリノリだな。


 チャイムが鳴るとピタッと授業が終わり、休み時間になる。

 クラスは以前に無かった喧騒を取り戻し、生き生きとしていた。

 この場には村田はいない、大黒もいない。誰も彼もが自由だ。


 「さっきの授業ってテストに出るのかな」


 根元が近くに寄ってくる。

 さっきのコネッキングのことを言っているんだろうか。


 「まあ、出るだろうな。ヘドロ先生のことだし、教科書に載ってないやつも平気で出すし」

 「だよねー。まあ僕は問題ないんだけど」


 救われた者もいれば、その逆もいる。

 倒産した会社があった。それも少なくない数だ。一つの革命を起こしたんだ、その影響は計り知れない。いままでの常識は砕け散り、需要のなくなった商品(・・)は売れないのだ。


 「これからが一番の踏ん張りどころだ!」


 誰か話に入ってきた。

 見てみると白い翼に金色に輝く髪。…………乙成がいた。


 「ふっ! 瑞輝……会いにきた。これから2人っきりでデートでもしないか?」

 「いえ結構です」


 即答だった。


 「ふっ! 照れているんだな」

 「照れてません」

 「まあいい。授業が大事だというその心意気、気に入った」

 「いえアナタと隣で歩きたくな--」

 「前の時間は現代史だったと聞く。あの男のことだ、VR革命のことでも喋っていたのだろう。ならば俺の話は有意義なはずだ、なにせ俺の乙成グループは数多の会社を退け勝ち上がっているからな! 味覚再現の影響による飲食店のダメージにも--」


 ──きーんこーんかーんこーん


 チャイムが鳴ってしまった。

 乙成が固まったように止まる。短い沈黙のあと、後ろを向き右手をかざした。


 「ではまた次の休み時間に会いにくる」


 そういって乙成は教室を出ていった。

 根元と顔を合わせると、根元はそのまま席に戻っていった。次も来るらしいぞ。


 それから休み時間には乙成が毎回教室に来た。……それはもう入り浸った。


 「かなと」

 「あぁ、すごい情熱だ。不屈の心でもあるんだろうか」

 「この服、どう?」

 「……え?」


 あれ? 乙成の話じゃないのか。

 昼休み。やって来たみぃは根元を見たあと、半透明の画面を僕に持ってきた。

 画面の中では色とりどりの服がハンガーに吊るされていた。そして、真ん中には大きくワンピースが強調されている。

 正直みぃは何を着ても似合うんだが……。


 「こんど、まきちゃんと、買いも、の。行く」


 なぬ。僕は誘ってくれないということか。

 いや、いいんだ。みぃが友達と遊びに行くなんて嬉しい事じゃないか……。


 「かなと?」

 「……あ、あぁ。似合うと思うよ」


 これが断腸の思いというわけか。

 ついて行ったらいけないだろうか、いやむしろ付いていくべきなのでは。


 「み、みぃ。それは佐鳥と二人で行くつもりなのか?」

 「違う……よ」


 良かったぁ!

 パァっと自然に笑顔になる僕であった。


 「トリア……も、いれて、三人、だよ」


 盛大に崩れ落ちたのであった。

 そうだよな。女同士でってこともあるよな。……ハァ。


 「トリアもいることだから心配は……するけど、気を付けて行くんだぞ」

 「う、ん」


 『だからいい加減にしてくださいっ!』


 あっ、根元がキレた。

 いやまぁ怒るよな普通。


 『何を怒っているんだ、瑞輝』

 『朝からずっと付きまとって、立派なストーカーです! 何度も止めてくださいっていいましたよねっ!!』

 『そんなに照れなくても』

 『照れてませんっ!!』

 『…………マジか』

 『マジです!』


 乙成が砂になったようだ。

 ヨロヨロとした足取りで教室を出ていく乙成は、力なく廊下へと進み……壁にぶつかった。あれは本気だわ。


 「いいのか? 根元。流石に可哀想に思えてきたんだが」

 「ストーカーが好意を向けてきても怖いだけだよ」


 おっしゃる通りで。


 「根元、なら……だいじょぶ」

 「ちょっ、高江さん。人事だと思って」


 今のところ全否定だからな。

 乙成との間に考慮の余地なし! って感じだ。……個人的にはいい条件だと思うんだけど、女になってモテて、根元の理想通りじゃないのか。


 「…………今は誰よりも見てほしい人がいるんだよ」

 「ん? 根元、どうした?」

 「いや、何でもないよ。」


 根元が何か呟いたけど、声が小さすぎて聞き取れなかった。

 何でもないならいいんだけど。


 「それよりも早く食べないと昼休みが終わるよ」

 「それもそうだな」

 「かなと、弁当」


 食堂に行って何か買ってこようかと思ったが、みぃが弁当を渡してくれた。

 …………これは、えっと。僕の……。みぃが僕のために作ってくれたとでもいうのか。

 震える手を抑えながらみぃを見る。


 「……食べて?」

 「そうだ、写真を撮ろう! 今日はみぃのお弁当記念日だ」

 「早く、たべて」

 「あっ、うん。そうだな」


 とりあえず写真は撮った。これは秘蔵コレクションに入るレベルの物だ。永遠に飾っておこう。


 「み、みいなちゃん!」


 横から佐鳥の声が。見ると佐鳥も弁当を持っていた、二つ。


 「べ、弁当を作ってきたんだけど……良かったら」


 両手に弁当を一つ、みぃに渡すように差し出して目を瞑る。

 さながらラブレターを渡す男子高校生のようだ。


 「あり、がと。じゃ、貰う……ね」

 「う、うん! 一緒に食べよ!」

 「うん」


 こうして4人で昼飯を食べたのだった。

 根元? あぁ、普通に鞄から弁当を出して食べてたよ。可哀想だから海老フライを一つパクってやった。超怒ってた。

 

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