19話
「待たせたな」
相馬奏は息がきれかけていたが、美唯菜を見るだけでそんな事は吹き飛んだ。奏に道案内をした猫達は寄り添うように高江美唯菜の側による。
もっと早く気づいていればよかったと後悔が奏を責め立てるが、同時に間に合って良かったと心の底から感じた。
巨大な鮫が口を開けて奏と美唯菜に迫ってくる、だが奏はソレを無視して出来るだけ優しくみぃを撫で抱きしめた。
「もう大丈夫だから……よく頑張ったな。『守護』」
天族固有スキル──『守護』
これは対象を守る障壁を作り出すスキルだ。形や堅さは込める魔力、つまりMPによって変えることが出来る。
奏の後ろに出来た大きな障壁は巨大鮫の攻撃を物ともしない。
奏は後ろから響く鈍い音を聞き流し、胸に引き寄せたみぃを優しく包んだ。
「チッ、相馬が来ちまった。村田、ほらやるぞ」
「相馬くん! これは相馬くんが悪いのよ! あなたが私を見てくれないから!」
村田は奏に向かって叫ぶように言うも、奏はそれに聞く耳をもたない。そしてもう一つの固有スキルを発動させる。
「『天癒』」
光が美唯菜を覆った。光が消えると呼吸が荒く青ざめた表情の美唯菜は、息を吹き返したかのように落ち着きを取り戻していく。
その後すぐに奏は横で倒れている教師──葉名梨子の元へ行き、その身体に触れる。
「『天癒』」
意識を失いながらも荒い息をしていた葉名だったが、じきに呼吸は整いだし安定していった。
天族固有スキル──『天癒』
状態異常を治すスキル。ただしこのスキルはゲーム内で起きるバットステータスを弾くだけである、現実の病気などには効果が無い。
それでも今この状況に限って言えば、とても頼りになるスキルである。
美唯菜は自力でゆっくりだけど体を起こしていく、奏はそれを見てすぐに美唯菜に駆け寄った。
「みぃ、無理しないでいいよ。あとは──」
「わたし、が、やら、ないと」
美唯菜は何度も障壁に突撃する巨大な鮫を見ながらもそう言う。激しい轟音と共に振動が肌に伝わってくるのにも関わらず、その目には明確な意志が示されていた。
──だったら僕はそれを応援するべきなんだろうな。
奏は優しく微笑み、すぐに真剣な表情に変わる。
「みぃがこれ以上は無理だと僕が思ったら、その時点で止めさせる。それが条件」
ただでさえ美唯菜を戦わせるのは嫌なのである、美唯菜が無茶をするようなら戦いには参加させない。これは奏の精一杯の譲歩であった。
「わか……た」
奏は障壁の対象を葉名 梨子のみに変えた。
その瞬間に襲いかかってくる巨大鮫を、奏は魔力付与を腕に施し思いっきり殴る。
「覚悟しろよ、お前ら。……みぃを襲った罪は重いぞ」
鮫が地に伏せる轟音と共に奏の低い声が第二倉庫に響き渡った。
数秒の沈黙。
威圧され怯んだことを誤魔化すように、大黒がナイフを持ち奏に向かって突進する。……が当然のように奏は躱した。
「おらっ!」
「『魔力玉』」
そのまま大黒は美唯菜を狙いナイフを投げるが、奏の魔力玉がナイフを撃ち落とす。
驚いて隙だらけの大黒は奏の蹴りに反応することが出来ずに吹き飛ばされた。
「大黒、覚悟は出来てるよな」
「ガァ……ゴホゴホッ!! ……お前がな!」
「『魔力剣』」
奏のオリジナル魔法の一つ、青白く光る塊が次第に剣の形になっていく。
魔力剣を一振し確かめた後、美唯菜に背を向くようにして構えた。
美唯菜は大黒がナイフを投げた時も身動き一切せずに猫達の強化をしていた。美唯菜の持つカードが光り、3匹の猫は呼応するように鳴いた。猫達はその姿をひと回り大きくして村田や大黒に威嚇を始める。
「なんで!? どうして高江の元に相馬くんがいるのよ……許さない、絶対に許さなねぇぞ高江ぇ! 『スカイシャーク』強化!」
村田の召喚した『スカイフィッシュ』は度重なる強化により『スカイシャーク』へと進化していた。地面に伏していたスカイシャークは、村田の言葉で強化される。先程の傷は強化によって塞がっていき、再び空へと舞い戻った。
「『イムクス』」
圧倒的な質量は未だ健在で。上から見下ろす巨大鮫に村田はカード『イムクス』を使い、より力強く強靭に力を上げていく。
「みぃ?」
「だいじょ、ぶ……やれる」
鮫が復活したことにより美唯菜を心配した奏だったが、その心配は要らなかったようである。美唯菜の意思は揺るがない、むしろかつて無いほどに己を奮い上がらせていた。
「『ポイズンミスト』」
奏が美唯菜に意識を向けていた所を大黒が不意打ち気味で魔法放つが、奏はそれを身じろぎ一つせずに魔力剣で切る。
大黒の手のひらから出た毒霧はそのまま光へと変わり、奏は一歩づつ歩き出した。
「高江……お前さえいなければ相馬くんは! 『炎線』」
「……そう」
村田から一直線に放たれる炎は美唯菜に当たらない。
村田と美唯菜の間には距離があり、猫達がやられた時のように不意打ちでも無かったからだ。
「なんで避けんだよ! 『スカイシュリンプ』」
村田の呼び声でエビが召喚された。エビの数倍はあるスカイシュリンプは村田の横で浮遊している。
「やれ、スカイシュリンプ!」
スカイシュリンプはその口から水玉を吐き出し続ける、狙うは美唯菜とその周りにいる猫達だ。
猫達は個々に避けながら村田の方へ走っていく。
美唯菜の所にくる水玉は奏が『魔力玉』で落としていた。故に美唯菜は回避行動を取らない……とる必要がない。
だが美唯菜に意識を割いた所を巨大鮫の『スカイシャーク』が奏を飲み込みに向かい、奏が大きく避けたところに大黒が近づいた。
「『スラッシュ』」
ナイフの持たない大黒は魔法のスラッシュが攻撃手段である。しかし奏はスラッシュに見えた線に添うように魔力剣を当てた。
「なんで魔法が切れるんだよ!」
剣が線を通過した瞬間、大黒の魔法はいとも容易く光へと消えた。
スラッシュが光りに変わると大黒に向かって剣を振りあげた。
「ねこ、きょ……か」
美唯菜の召喚した『ねこ』が村田の所にたどり着く、合わせて美唯菜がねこを強化をする。
「ぐっ! スカイシュリンプ!」
ねこの体当たりに耐え、村田はスカイシュリンプに命令を下す。
スカイシュリンプは体当たりをしたねこ目掛けて近距離で水玉を繰り出した。
「スカイシャーク!」
水玉にやられた猫やスカイシュリンプを含めて、命令を受けたスカイシャークが横から全て呑み込んだ。
だが、スカイシャークが大黒に離れた所を奏が剣撃を浴びせ続ける。
「村田……てめっ、くそっ!! 『ポイズンミスト』」
大黒は奏にではなく、地面に向かって魔法を放った。そして大黒は霧に包まれて消えるように姿を隠した。
奏は毒霧を『切って』霧を払うと、大黒は少し距離を取った場所で手を振り魔法を放っていった。
「『スラッシュ』『スラッシュ』『スラッシュ』」
連続で放たれる『スラッシュ』を奏はただ剣を合わせ続ける。不意打ちでもないただのスラッシュが奏に届くわけも無かった。
「おらっ! 『アースウォール』!」
そして一歩進み出した瞬間に、奏を囲うように土の壁が地面から出現した。
大黒は痛む身体を必死に耐え、腹に力を入れた。
「今だ村田ぁ!」
「逝け高江ぇ! スカイシャーク!」
奏の妨害の無い今この時が最大のチャンス、今ここで美唯菜を始末する。
大黒も村田もスカイシャークも美唯菜に意識を向けた一瞬、美唯菜は村田の奥に隠れている一匹の猫と目を合わせた。
「れいん、ぼー、ねこ!!」
完全な不意打ちだった。強化され続けスカイシャークと同様に巨大化されたレインボーねこが、村田を飛び越えてスカイシャークに牙をねじ込む。
レインボーねこに生えた牙は、研ぎ澄まされた刃の如く進化していた。猫が魚を捕食するように、その巨腕で押さえ付けた。
大黒と村田が猫と鮫に圧倒的される中、美唯菜は走り出した!
空を飛んでアースウォールから抜け出した奏は大黒との距離を詰めて思いっきり殴る。
吹き飛び崩れ落ちる大黒を尻目に奏が村田に狙いを澄まし……魔力剣を投げた。
「なっ! 『幻身』」
大黒が吹き飛び正気に戻る村田が魔力剣に気づいて咄嗟にカードを使う。幻身のカードにより村田は幻に変わり、一歩後ろに現れた村田は紙一重で剣を躱す。
地面に魔力剣が刺さり……美唯菜がそれに向かって手を伸ばした。
「いけ、みぃ」
「……あぁぁっ」
美唯菜は剣を抜き横に振りかぶった。
逃げようとする村田に奏が剣を巨大化させる。
低い重低音が空間を木霊し、美唯菜は剣の腹で村田を吹き飛ばした。