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90話


 空が暗く染まり街灯には明かりが灯る。 

 開かれた窓からは夜風が入り込み、沸き返るような暑さを少しばかりか中和してくれていた。


 ここ高江たかえ家2階では美蓮の娘である美唯菜とトリアが寝床を共にしている。

 やや涼し気な風が銀色の髪を優しく撫で、トリアは気持ちよさそうに身動みじろぐ。その横では美唯菜がコネッキングのパーソナル画面を可視状態にして、ネットサーフィンを楽しんでいた。


 「──って、書いてる……そうなの?」

 「そんなわけないわよ。全くの見当違いね」

 「そっかー」


 なんとなくで開いた掲示板。

 美唯菜はそれが正しかったとしても間違っていたとしてもどっちでも構わなかった、そもそもトリアとの他愛もない話の一つである。


 「親密度なんて言葉で言い表せるほど単純な関係でないもの。クリーチャーが動いてくれないのは過半数がプレイヤーの問題よ」

 「だねー」


 話しながらもトリアは窓の外に目を向けていたり、美唯菜は掲示板をぼんやりと眺めていたり、それぞれが別々の所を見ている。

 最近は前より過度なコミュニケーションが減ったのだが、今回がそうなのかというと仮想世界で遊び回った反動であった。遊び疲れというやつである。


 「ちな、みに……このキメラ、も?」

 「あーそれは本当よ」

 「わー」

 「まったく酷いことするプレイヤーもいたものよ。言うことなんて聞くはずがないじゃない」

 「ねー」


 トリアは外から視線を外し美唯菜の掲示板に目を向ける。

 美唯菜はそんなトリアに首をかしげると、トリアは美唯菜の見る掲示板の一つに指をさした。


 「ところでこの”ウホッ”って何かしら?」

 「……え?」

 「この”ウホッ”って──」


 美唯菜はそっと掲示板を閉じたのだった。


 「ミーナ?」

 「トリア」

 「なに?」

 「しらないほうが……いいこと、も……ある」


 一瞬の沈黙。

 美唯菜とトリアの目が合い、トリアが目をぱちくりさせた。さっきまでと打って変わって美唯菜の目が真剣なものになったからだ。美唯菜必死である。ダメ、絶対。


 「そ、そうね。……知らない方がいい事もあるわ」


 トリアは美唯菜の迫力に少し苦笑いをしながらも追求することを止める。

 美唯菜はそれに納得すると安堵のため息をついてベットに転がった。時刻はもう23時を超えている。


 「そろそろ……寝る?」

 「ええ、明日も早いものね」


 掛け布団をめくって美唯菜が促すとトリアも自然に布団の中へ。

 美唯菜の隣にトリアが入ると捲った布団を閉じる動作でトリアに抱きついた。


 「えへへ」

 「な、なによミーナ」

 「んーん。なにも?」


 屈託ない笑みでトリアに笑いかけるが、その実トリアがそっちの知識が無いと思った故の安心感だった。そんなことは露とも知らないトリアはミーナの行動に戸惑いつつも嬉しさを隠しきれずに抱き返すのだった。


 「おやすみなさい、ミーナ」

 「ん。おやす。トリア」












               ★










 同時刻。

 場所は日本に存在するオルディネ支部の一つ。そのフロント近くに設置されているテーブルには男が一人と女が二人座っていた。

 女──高坂こうさか桐花きりか月島つきしま詩織しおりは向かい合うように座り、男──御影みかげ智成ともなりは桐花の横で眼を擦る。


 「どうしたんですか? こんな時間に会って話したいなどと。話しなら[ツリー]のオルディネ内で良かったのでは?」

 「リーダーも来てないみたいですし」


 桐花の疑問に御影が付け足す。

 3人がここに集まったのはオルディネの仕事というわけではなく、詩織が二人を呼んだのである。しかし二人が言うことはごもっともだ、こんな夜遅くに、しかもリアルで話があるなどと疑問に思わないわけがない。


 「突然無茶を言ってすいません。どうしても会って話をする必要がありまして。リーダーには先に話を済ませています」


 リーダーとはこの3人を取りまとめる上官のこと。

 オルディネでは基本的に数人の班で分けられ、その中で行動することが多い。そのため一つの班には決まってリーダーが選定され、隊員はその指示に従うことが定められている。


 「そうですか。それなら問題ないです」


 桐花にとって詩織は既に信頼における仲間だ。そこに多少の疑問はあれど疑うことはしない。

 そして御影もまた桐花に同意するように無言で話を聞く体制に入った。


 「数週間前に起こった周辺の家が焼かれる放火事件……覚えていますか?」

 「ええ、世界改変後すぐに起こった大規模な放火事件ですね。WORLD三種が発売されてすぐのことでオルディネは反応が遅れ、犯人の特定が出来ずじまいだったと」

 「警察も捜査中ですが未だに進展している様子はなかったはず」


 詩織の質問に桐花と御影が答える。

 二人とも放火事件のことは日常が非日常に変わったことを理解させられる印象深いものだった。犯人の捕縛、もしくは特定に至っていないのは危険人物が一般人を装って街を歩いているようなものであり、今もなおオルディネによる捜査は続けられている。

 そして詩織が二人にする話はそれに直接関係する話だった。


 「実は……犯人が特定されました」

 「なっ!?」


 驚くのも無理はない。これまで巧妙に隠されていた犯人の特定が成されたのだ。御影も同様目を丸くして驚いている。


 「詳細は?」


 驚きも束の間、すぐに気を取り直して桐花が聞く。御影も以前より真剣な表情で詩織の言葉を待つ。

 詩織は二人の顔を改めて見るとゆっくり口を開いた。


 「一連の放火犯。その犯人の名前は──」










               ★










 美唯菜とトリアが布団に入り数時間、静まり返ったその部屋には二人の寝息だけが辺りを支配していた。

 空調はついておらず、窓を夜風が突き抜けるだけである。だがその風だけで快適な室温にするには充分であった。


 そんななか一際強い風が一迅吹き抜けた。

 美唯菜とトリアの髪が軽くなびき、くすぐったいような感覚が美唯菜の首筋を通り抜けた。


 穏やかで緩やかに流れるこの時間に影が一つ。

 月の光に照らされて大きな翼が純白に輝いた。それは窓の外で宙に留まり、ベットに眠る美唯菜を覗き込む。寝ていることが分かると踵を返すように反対を向いた。


 「…………かなと?」


 か細い声だったが眼を擦りながら呟いた美唯菜の呟きに動きが止まる。

 振り向くとそこには窓の前で眠そうに見つめる美唯菜の姿があった。


 「悪い。起こしたな?」


 奏は美唯菜を見ると軽く微笑み声をかけた。

 逆光で美唯菜からは見えないが、奏の表情は見なくてもわかる。優しく笑いかけるもその顔に陰りを帯びていることも。


 「どったの?」


 美唯菜は一直線に奏の目を覗いて言う。

 その美唯菜の言葉に奏は少し戸惑いながら左手で頭を掻いた。


 「その、な……少し悪い夢を見て」

 「ん」


 困ったように笑う奏。悪い夢を見たから姿を見に行くなど子供っぽいと恥ずかしそうだが、美唯菜は特に気にした風でもなくコクリと相槌を打つだけだった。

 そんな美唯菜に奏は若干の安堵を抱きつつ、ゆっくりと手を伸ばした。


 「良かったら……空、行かないか?」









 雲一つない透き通るような空には、今にも落ちてきそうな月と夜空を飾る星々で埋め尽くされていた。

 宝石のようなそれに手を伸ばしてみるも掴むことはできない。


 奏はそっと腕を下げて隣にいる美唯菜を見る。

 小さくて華奢な体躯、その夜色の瞳には数多の星が映し出されている。彼女の無表情は次第に赤みを帯びていき、ついには空から目を離して奏を見返した。


 「かなと?」

 「あっ、悪い」

 「う、うん」


 奏は無意識に美唯菜を見続けていたことに気づいてパッと顔を逸らす。二人は多少の気恥ずかしさを伴って再び星に顔を向けた。


 宙に浮いたまま横になっている二人はまるで空そのものが寝床だといっているようだ。二人を通り抜ける風はどこか冷たく気持ちいい。

 二人を繋いでいる手のひらはとても熱を帯びていたが、その温もりは心地の良いものであった。


 「みぃ」

 「なに?」

 「……呼んだだけ」

 「……なにそれ」


 美唯菜はそっと奏の側に寄りもたれ掛かる。

 奏がそれを受け止めると翼を横に広げて美唯菜を包んだ。


 空へと足を運んで約10分。

 ちょうど美唯菜のアクティブカード、2枚目の『浮遊』がその役目を終える頃合いである。

 重さを取り戻した美唯菜は奏に全体重を預けると、何の不安もなく戻ってくる重力を受け入れた。


 「……昔のことを夢に見たんだ。あの日のこと」

 「……うん。たすけて、くれた」

 「いや助けてなんかいないよ。助かったんだ、運良く」


 それでも……と美唯菜は言いかけた言葉を飲み込んで違う言葉を探す。

 4年前のことを美唯菜は今でも鮮明に覚えていた。怯えて震える弟の姿を、必死な形相で利き手を庇う奏の姿を。そして笑いながら我が物顔で近寄る──


 「かなと」

 「ん?」

 「おぼえて、る? 半年まえ、に……言って、くれたこと」

 「……あぁ。覚えてる」


 美唯菜にとってそれらは消し去りたい記憶そのもの。辛かった思い出、逃げ出したい過去。

 ──だけど奏は言ってくれた。いまでもその言葉は……私の支えになっているから。


 「うれしかった」


 きっと奏は分かっていないのだ。4年前、奏が美唯菜を助けたんだとしても、運良く助かったんだとしても、美唯菜にとっては関係の無いことだということに。


 「もういっかい、言う?」

 「……思い返すと少し恥ずかしいな」

 「ちゅーに、びょう」

 「くっ! 否定出来ないっ」




 「…………あの時の言葉はまだ有効?」


 奏は思わず美唯菜を見る。

 視線が絡み合って数秒の如き一瞬、奏は時が止まったかのような錯覚さえ覚えた。


 「あぁ、有効だ。……これから先もずっと」


 それはきっと奏にしか伝わらない言外の言葉。

 美唯菜は奏の返事に気を良くしたのか奏に顔を埋めて左右に振る。グリグリっと揺れる美唯菜の頭に手を置いて優しく撫でると、美唯菜は嬉しそうに喉を鳴らしたのだった。




 トリア「まったく……よくやるわね。気が付いたらイチャイチャしてる気がするわ。え? 私? 起きてるに決まってるじゃない。家に来たのが奏じゃなかったらどうするのよ、今回は空気を読んで寝たふりをしてあげていたの。

 なに? 次章? ……いつになるやら。内容としては出来てるらしいけど、2章分くらい使うんじゃないかしらね。あっそうそう、次は現実世界が舞台よ。プロットには夏休みって書いていたのにボランティアで海に行くことになっていたらしいわ、バカね。

 今回は随分長いこと話したわね。それじゃあまた10章で会いましょう? またね」

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