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VRMMO バーチャルってなんだっけ?  作者: 肉うどん
10章 現実世界
104/114

91話 葉名梨子

生存報告も兼ねて

毎週投稿できるようになるにはまだ時間がかかるようです(;>_<;)




 今より十数年前、奏達のいる高校に一人の生徒が編入してきた。

 短く切りそろえられた髪に整った顔立ち、背も比較的高いことも相まって教師に呼ばれて教室に入った時には黄色い歓声がチラホラと浮かび上がっていた。


 「……葉名はな梨子ようこです。よろしくお願いします」


 彼女は簡潔に自己紹介をしたあと指定された席へ移動する。

 他人を寄せ付けないような素振りは逆に乙女達の心をより一層燃え上がらせた。制服のスカートを履いているのにも関わらず……寧ろそれがあるからこそ配慮という物が抜け落ちているのだろうか。


 それに対して葉名梨子は随分と慣れた様子で小さくため息を吐くと、そのまま椅子に座る。

 前にいた高校もそうだった、住む場所が違っても人の反応は変わらない。葉名はこれからの事を考えて多少憂鬱な気分になりつつ、隣の席に顔を向けるのだった。


 「あっ、やっとこっち向いてくれた。ずっと呼んでいたのに」


 葉名とは顔一つ分ほど小さく、ぷくっと膨らませた頬からはどこか愛嬌すら感じさせる。

 長く伸ばした髪を左右に分け、制服を着崩している少女は葉名に少しぼやくとすぐに顔を綻ばせた。


 「私は貝原(かいばら)(ひとみ)。よろしくね!」


 自分が否定されることは無い。そう確信しているかのような笑みを向けて挨拶をする彼女。そんな貝原は葉名が何かを言う前に体を葉名に寄せて目を細めると、周りに聞こえないように耳元で囁いた。


 「前のとこでは随分と暴れたみたいじゃない」


 貝原が耳元から離れると当然のように二人の視線は交差した。

 片方は厳しい視線を送って、もう片方は満面の笑みを浮かべて。


 葉名は差しだされた手を握り返すとため息を一つ。半眼で貝原を見ると、ニッコリと笑う貝原に嫌味を一つ口にした。


 「その年でツインテールって恥ずかしくない?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔に思わず吹き出す葉名。してやられた貝原はまた顔を膨らませて「かわいいじゃん!」っと拗ねるのだった。


 これは葉名梨子と貝原瞳が初めて顔を合わせた時のことである。
















              ★







 「葉名さん! 前はどこの高校に行ってたの?!」

 「良かったら私達と一緒に!」

 「好きなタイプは──」


 昼休み。

 激しく群がる生徒達はそれまでの休み時間よりも勢いを増していた。


 仲良くなろうとしてくれることは大変喜ばしいことなのだろうが、生憎葉名からすれば下心見え見えの鬱陶しい存在でしかなかった。興味本位で近寄ってくる奴も……もううんざりだ。


 「あっ! 見ろ! 松田まつだ美海みみだ!」

 「おぉー! やっぱ綺麗だなぁ!」


 そんな時、一瞬クラスにいた者の目が一点に集中する。葉名も釣られて廊下を歩く一人の女性に視線がいった。

 同じ制服を着ていることから同学年であることは分かるのだが、逆にそれが無いと成人女性と見まごうほど……いや正直その美貌は女の葉名からしても感嘆の意を示す他なかった。その立ち居振る舞いはどこかのモデルをやっていてもおかしくはない。


 彼女が手に鞄を持つていることから今登校してきたのだろうか。

 葉名がそんなことを頭の中で思い浮かべていると、不意に掴まれる右手。意識が松田から離れ、掴まれた手のその先へと移る。


 「貝ば──」

 「しーっ! ほら行くよ」


 貝原の声で周りの視線が自分に無いことを気付く葉名。人差し指を口許に立てる貝原に黙って頷くとそっと机から離れたのだった。



 貝原に連れてこられた所は立ち入り禁止と書かれたバリケードを超え、明らかに施錠されてあったであろう扉の先。

 見上げれば雲が青空を泳ぎ、柔らかな風が肌を撫でる。

 校舎の屋上からはグラウンドが一望でき、喧騒が至る所から聞こえてきた。


 ここにきてようやく貝原は葉名から手を離すと、葉名はその場で腕を組み彼女達を一瞥した。


 「まずは助けてくれてありがとう」

 「いえいえ〜」

 「それで、どういうつもり?」


 葉名を屋上まで連れてきた貝原瞳に加えて、その隣に佇む一人の大男、そして後ろから階段を歩いてくる足音。

 何かあるのかと勘ぐってしまうのも無理はない。事実貝原の隣にいる男からある種の威圧に似る何かを感じるし、貝原だって笑顔のまま動かない。


 「どうもこうも私はただ困っていた梨子ちゃんを助けただけだよ?」

 「そう。なら戻っても問題ないね、弁当も教室に置きっぱなしだし」


 そう言って踵を返す葉名だが、そこで葉名の動きが止まる。

 丁度いいタイミング。狙ったかのように屋上の扉から一人の女性がやってきたのだった。


 「やっほー! ってあれ? 誰か来てる」


 見覚えのあるというよりも、同い年とは思えないと驚愕したのは記憶に新しい。

 女性──松田美海は元気に屋上へと入ってきたが、そこに葉名がいることに気がつくとキョトンと目を丸くした。


 葉名は一瞬驚いて足を止めていたが、気を取り直すと再び屋上から出ようとする。

 扉前には松田が立っているが関係ない、見るからに足止めするつもりは無さそうだ。


 「美海ちゃんやっほー! あっ、梨子ちゃん待って待って〜」


 松田の隣を通って閉じられたいた扉を開ける葉名。

 貝原は松田に軽く手を振ると急いで葉名に近寄り手を取った。


 「……今度は何?」

 「せっかくだからお昼一緒にしようよ!」

 「だから弁当は教室に──っ」


 振り向いて声を荒らげようとした葉名は、その途中で言葉を失ってしまう。振り向いた時に目に入ってしまった物は葉名がさっきから取りに戻ろうとしていたものに酷似していたのだ、むしろ葉名が教室に置きっぱなしだと言っていたソレにしか見えない。

 ニコッと笑う貝原は葉名に持っていた弁当を渡すと、見上げるようにまた笑った。


 「……はぁ。いいよ、私の負け」


 葉名はため息を吐くと、弁当を受け取り両手を外側に曲げる。

 こんな強引な誘いがあってたまるか……そんな気分ではあるが、葉名も強引に断って出ていこうと思えるほど彼女らを知らなかった。


 葉名の返事を聞いた貝原は今までとは少し違う満面の笑みを浮かべると、フェンス近くまで走り葉名に手招きをするのだった。


 「こっちだよー!」

 「はいはい」






               ★







 「それじゃあ自己紹介するね。こっちの大きいのが九地くち大介だいすけ

 「よろしく頼む」

 「それでこの見た目詐欺師が松田まつだ美海みみ

 「見た目詐欺ってーまぁその通りなんだけどねー。適当によろ〜」


 眉一つ動かさない長身の男が九地大介、見た目とは裏腹に全身の力を抜いている感満載の女が松田美海。お固そうなイメージのする九地と緩そうなイメージがある松田、両極端だなと葉名は一人心の中で愚痴る。

 そして九地の何かを待つ目と、松田がサンドイッチを食べながらも見つめてくるのに葉名は渋々口を開いた。


 「……葉名梨子。そこのちっちゃいのに連れてこられたけど、馴れ合う気はないよ」

 「葉名? ああ、だからかぁ〜」

 「納得した。そういうことか」


 葉名は冷えた対応で二人に自己紹介したが、二人は全く気にも返さず何かに納得したように頷くだけ。そして怪訝に思う葉名にお構い無しで貝原は会話を広げる。しかしそれは葉名の疑問の答えといっても良いものであった。


 「ほら! 私達って名前に顔の一部が入ってるんだよ」

 「顔?」

 「私だったら貝原瞳で瞳が入ってるし」

 「俺は苗字の九地だな」

 「私は名前の美海だよ〜」

 「私達はそれがきっかけで仲良くなったんだよねー!」

 「ね〜!」


 ……一人堅物そうな男もいるけど。葉名は瞳と美海の仲は良さそうだと思ったが、九地とはとてもそうとは思えなかった。眉一つ動かさずに弁当食ってるし……。


 「さしずめ私は苗字が葉名だからってこと」

 「そう! これって運命感じない!?」

 「感じない」

 「そんな硬いこと言わないで〜」


 どこの世界に顔を合わせてすぐ揺さぶりを掛ける奴に運命を感じると言うのだ。だから揺らさないで、弁当食べれない!

 葉名は若干イラつきながらも強引に箸を進める。


 「で、本当に何なの?」

 「なにって?」


 葉名の言葉に首を傾げる瞳。

 おどけて見せても今更遅い、それとも本当に分からないのか。ここに葉名を連れてきたのには決して名前に顔の一部が入っているからだけでは無いはずである。それなら朝、瞳が葉名に耳元で脅すように囁く意味がない。


 「瞳。もしかして葉名に何か言ったのか?」

 「なにって何も言ってないよ?」


 九地が瞳に聞くも、瞳は本当に検討がつかないといった風にキョトンっと呆ける。


 「本当にー? ひとみんの事だから出会った瞬間牽制とかーしてそーだけど〜?」

 「え〜! 本当に何も無いってー…………ん? そういや──」


 美海の言葉に瞳は何か引っ掛かりを覚える。

 そして朝のHRのことを二人に説明し終えると、美海は呆れるようにジト目で瞳を見ていた。


 「それはひとみんが悪いね」

 「そうだな」

 「えっ!? えー!」


 美海の批判に九地が頷くと瞳が驚いて声を上げる。

 えっ! 私が悪いの!! とでも言いたげだ。


 「だってああでも言わないと周りのモブ達みたいに相手にしてくれないじゃんー!」

 「ひとみん本性出てる出てる」


 瞳のモブ呼ばわりに美海が本性出てるよとツッコむ、やはり笑顔には裏があるらしい。本人が自分を可愛いと言っているから周りをモブというのもあながち間違えてなさそうではあるが。


 「葉名。うちの瞳がすまないな」

 「ごめんね〜」


 瞳に変わって九地と美海が葉名に謝る。美海に関しては謝る気が無さそうだが、本人はきちんと謝っているつもりである。


 「ひとみん腹黒いから〜」

 「えー! そんなことないよー!」


 ひたすら美海に弄られる瞳。半目になって瞳をつついている美海はどこか楽しそうだ、弄られている瞳も同様不機嫌になる様子がない。


 「二人とも仲がいいんだね」

 「私達はダラけ仲間だからね〜」

 「ね〜」


 葉名の呟きに美海が答える。答えになっているかは分からないが、しまりなく笑う美海と瞳には葉名も釣られて頬が緩むのだった。


 「はやく食べないと昼休みが終わるぞ」

 「あっほんとだ! 梨子ちゃんも早く食べないと!」

 「誰のせいだと」

 「ほぇ?」


 結局どうして前の高校のことを知っているのか謎だし、そもそも警戒して喉を通らないし。初対面で含みのある言い方をされ、その仲間たちと昼休みを一緒にして箸が進むほど葉名は図太くなかった。


 九地はだいぶ前に食べ終わり、初めから食べるスピードが変わらない美海や、隙があればご飯を口に放り込んでいた瞳も順に食べ終わると……残るは一人だけ。

 早く昼食を終えてこの場を去ろうと思っていた葉名だったが、結局チャイムが鳴るギリギリまで屋上にいることになるのだった。







               ★









 放課後チャイムが鳴り、HRホームルームが終わるとクラスメイトが葉名に声を掛けるより先に、貝原が荷物を纏めて下校に誘った。


 「梨子ちゃん一緒に帰ろ?」

 「いいよ、早く行こう?」


 二つ返事で返されることに若干驚いた瞳だが、周りを見てすぐに納得する。

 葉名はクラスメイトに囲まれる前に早く教室を去りたいのだ。鞄を肩に担ぎ瞳を急かす。

 教室を出ると九地が隣のクラスから出てきたところで、自然に下校を共にすることになった。あまりに自然だった為いつも一緒に帰っているのだろうと葉名は内心思ったが、適当なところで別れるつもりだから関係ないとすぐに思考の片隅に追いやった。


 「瞳。今日も行くのか?」

 「もちっ! 今日は梨子ちゃんもいるからね!」

 「えっ」


 いつの間にかどこかに行くことが確定していた、そこに葉名の意思は考慮されないのである。


 「まあそんな嫌そうな顔しないで絶対楽しいから! ね!」

 「そもそもどこに行くかすら聞いていないんだけど」

 「そうだった!」


 葉名の指摘に過剰すぎるほど驚いたあと、瞳は何故か得意気な顔をして大きく両腕を広げた。



 「じゃじゃ〜ん! 空調完備! 沢山のコーナー! 食事も楽しめる! そうここがっ!」

 「ラウツーね」


 大きなボウリングのピンが目印のエンターテインメント空間、ラウンドツー。

 ボウリングのピンが目印といってもボウリングだけじゃない、ダーツやビリヤード、他にもアーケードゲームにメダルゲーム、他にも様々なアトラクションが設置されている。


 「言われたー!」

 「ここにはVRゲームのアーケードがあるんだ。葉名はやったことあるか?」

 「まあ、一応は」


 指を差して叫ぶ瞳を無視して九地が葉名に聞くと、葉名も歯切りが悪かったがそれに答えた。

 歯切れが悪いのは瞳を無視していたからでは無さそうだが……。



 「やっほー! ひとみん、くっちー! あっ、梨子ちゃんもいる!」


 ラウツーをエレベーターで上がった先のアーケードコーナーでは、松田美海がVバーチャリティーカプセルの前で手を振っていた。

 いち早く教室を出た葉名達よりも早く着いている事に驚きだが、葉名が少し動揺しているだけで誰もツッコまない。


 「やっほー! 相変わらず早いね〜」


 いつものことらしい。


 「大変なんだよー? 走り回って撒きながらここに来るの。夏休みも明けて付き纏う人も減ったと思ったのにー」

 「そういえばこの前来てたっていう3年からのラブレターは?」

 「…………あっ」

 「それだな」


 美海が疲れた様子で愚痴っぽく言うが、瞳の確信をついたツッコミで美海は今思い出したと言うように固まった。

 九地が相槌を打つと美海は苦笑いして明後日の方を向く。


 「だってめんどくさいんだもーん」

 「まったく松田は男の気持ちを理解して──」

 「いいじゃんいいじゃん堅いこと言わないでさー。それよりも早く始めよー」


 その見た目からは想像もできない軽さで美海は九地の言葉を遮る。

 九地もそれには同意見のようで溜息を吐きつつ懐から一枚のカードを取り出した。


 「梨子ちゃんは持ってる? VRカード」

 「VRカード?」

 「やっぱり持ってないかー。ゲーセンのVカプセルだとこのカードを通してゲームするんだよ」

 「失くすと新しくキャラ作らないと行けないから気をつけないとだよ!」

 「ほれ」


 VRゲームはやった事あると言ったのにVRカードを持っていないという矛盾を「やっぱり」と答えた瞳は、自らのVRカードを取り出して葉名に見せた。

 美海が実感の篭った助言を葉名に伝えている間に、九地が新しくVRカードを作り葉名に手渡した。VRカードといっても簡単な記録媒体であり、山や森林などの風景に『WORLD』と大きく書かれているだけのカードである。


 「ほらほら早くやろうー!」


 瞳がVカプセルに乗り込んで急かすと、九地や美海もVカプセルへと乗り込んだ。


 「梨子ちゃんも!」

 「……はぁ」


 結局すぐに別れることも出来ず言われるがままVRゲームをすることとなった葉名梨子。

 Vカプセルに入ると横にあるスキャンにカードを通し、潔く定められた起動ワードを口にした。


 「リンクスタート」









               ★








 「いやー! 楽しかったね!」

 「……まあ」


 葉名の手を握る瞳から視線を逸らしながら頷く。

 VRゲームが終わりVカプセルから出ると、いつにも増してテンションが高くなった瞳が葉名の所まで走り寄ってきたのだ。


 「葉名大活躍だったな」

 「ここ初めてなんて思えないよ〜」


 九地や美海も順にVカプセルから出て葉名達の元へ行く。

 VRゲームを経て少し距離が縮まったのかそれぞれさっきよりも表情が明るくなっていた。


 「だよねっ! これなら普段行けないところも行けちゃいそう!」

 「ねー。じゃあ明日もまたここで集合だね〜」


 歯を見せて笑う瞳に美海も笑顔になると、当然のように次の日の予定を立てた。


 「えっ、まさか私も入ってるの?」

 「もちろんだよ? 梨子ちゃんがいないと困るー!」

 「先進めないよね〜」


 驚く葉名に瞳が首を傾げながら肯定する。美海と瞳が呑気に笑い会う中、葉名は言葉が出ない。まさか意思確認すらされないとは……。


 「葉名、本当に嫌なら断ってくれて構わない。あいつらすぐ調子に乗って人の意見なんて聞かないからな」

 「ほらそこ告げ口しなーい!」


 こそっと葉名に耳打ちした九地に瞳がやじを飛ばす。しかし否定はしない、これまでの付き合いで一番被害をこうむっている九地にどんな事を言われてしまうか……触らぬ九地に祟りなし。



 九地の言葉を聞いてすぐに断って帰ろうとしなかったのは何故だろうか。

 たった一日、それも放課後の数時間一緒に遊んだだけだと言うのに。


 賑やかで騒がしい彼女等を見ていると、ふと疑問が葉名の脳裏を過ぎった。

 目に見えて拒絶していたはずなのに……ズケズケと土足で踏み込んでくるから、いつの間にか……。


 「かい──」

 「あっ! そうだ! 梨子ちゃんに紹介したい場所があったんだ!」


 葉名の声と重なって瞳が大きく手を打った。

 空を切った名前はその耳に届くことはなく独りでに溶けていく。


 「もしかしてあの場所〜?」

 「そうそうやっぱり私達っていったらあそこだよねー」


 知らない間にどんどん盛り上がっていく二人に葉名はもうどうにでもなれと諦めた。

 瞳の言う紹介したい場所がどんな所か知らないが、張り合うだけ無駄に感じてくる。九地と目が合うとそっと視線をそらす、同類を見るような目で見ないでほしい。


 「きっと梨子ちゃんも気に入るよ!」


 逸らした先で満面の笑みを浮かべる瞳を見つけ、葉名はなんとも言えなくなりただ頷くしかなかった。




 そこは繁華街や住宅街から離れ、古びたロープウェイを乗った先にある山の中腹。

 夕日が街を照らし空から茜色に染まっていく。展望台から少し離れた一角のスペースからはさっきまでいたラウツーが案外小さく見えた。


 「どう? 綺麗でしょー!」


 瞳の自慢げな声に葉名はつい口から零れそうになっていた『綺麗』という言葉を飲み込む。

 危ない、つい感動してしまうところだった。


 「そうだね。まあ……いいんじゃない?」

 「むー。もっと素直になっていいんだよー! わー綺麗っ! とか…………きれいっ! とかー」

 「プッ! なにそれひとみん面白すぎー!」


 歯切れが悪く答える葉名に瞳の頬が膨らむ。理想の反応を瞳が実演して教えると、隣で美海が指を差して大笑いする。


 「ここは俺達が今みたいにつるむきっかけをくれた場所なんだ」


 調子を良くした瞳が感動した演技を連発して美海の笑いを誘発させる他所で、九地がどこか遠くを見ながら葉名に語った。


 「だからな、瞳はこの場所に深い思い入れがあってな。その……なんだ」


 「上手く言えないな」と九地は頭を掻く。それでも九地が言わんとしていることは理解できた……つまり、そういうことなのだろう。


 とても器用なくせに、それと同じくらい不器用な人。それすらも計算に入っているのなら私はもう騙されるほかないな。

 葉名は心の中でそう思うとすぐ近くで遊んでいる瞳の側まで歩いた。


 「どうしたの、梨子ちゃん?」

 「貝原さん。一つ教えてほしい」


 首を傾げて名前を呼ぶ瞳を見つめて葉名は覚悟を決める。

 これから聞く内容は葉名にとって己が触れてほしくない部分、そして誰にも知られたくない事実。


 「前の高校のこと……いや、父のこと……知ってるの?」


 「知ってるよ」


 たった一言。葉名が体を力ませながら言った質問は何でもないかの様な口調で言い放たれた、たった一言だけで返された。

 ……しかしその一言は今日一日葉名が瞳といて初めて聞いた声色だった。


 瞳は真っ直ぐ言葉を受け止めた葉名に続けて言った。


 「半年前に起こった未曾有の大事件。大手ゲーム会社イコジンが出す『WORLD』と一二いちにを争うVRゲームが突然ログアウト不可のデスゲームへと変貌した大災害。ついにゲームはクリアされず生還者は0名、約五万人もの死者を出した最低最悪のVRゲーム。その開発責任者が梨子ちゃん……君のお父さんなんだよね」


 目を見て真剣に話す瞳に葉名は静かに目を伏せた。

 知っていたのだ、母に引き取られて苗字まで変わったというのに。きっとこの呪いは一生付き纏う。


 「そう、私の父は五万人もの人を殺した殺人者。どう? 関わりたくないでしょ? 九地くんも、松田さんも」


 どうしてこんな私に声を掛けてきたのか今でもわからない。

 葉名は瞳にそう思いながら、二人に問いかけた。どういう反応が返ってくるか聞かなくても分かる。きっと前の高校のように──。


 「へ? それって梨子ちゃんと関係あるのー?」


 だけど葉名が思っていた反応は返ってこなかった。

 間延びした声で言う美海は心底分からないといった様子で目を瞬かせる。


 「葉名は葉名だろう? どうして父親のことで葉名を責めないといけないんだ?」


 九地も呆れたように質問で返した。その言葉には嘘偽りなどなく、混じりっけない本心であることは九地の性格からして一目瞭然であった。もちろん今日初めて顔を合わせた葉名にさえそう感じるほどに。


 二人からの返答に葉名は言葉が出なかった。

 ありえない、有り得るはずがない、有り得てはいけない。

 5万人。五万人もの人が犠牲になってそれで家族がしたことです私は知りません……なんてまかり通るはずがない!


 「……どうしてっ」

 「きっと梨子ちゃんが考えている方が正しいのかもしれないね。無関係と言い張るのには規模の大きさが違いすぎるから」

 「だったら!」

 「でもね」


 葉名の叫びを瞳が遮ると、顔をほころばせて笑った。


 「無関係でもいいじゃん。梨子ちゃんが悪いわけじゃないのに梨子ちゃんがこれ以上抱える必要なんてないんだよ」

 「……そんな、綺麗事」

 「私は綺麗事大好きだよ」


 そんなこと言われたことなんてない。

 町ゆく人が、学校のクラスメイトが、誰も彼もが蔑むような目で私を見てきた。自分さえそうなって然るべきだろうと納得もしていた。


 「私は……私達は関わりたくないなんて思ってないよ。むしろ今日一日梨子ちゃんと遊んで、もっと仲良くなりたいなって思った」

 「そんなの皆にまで何か危害が出るかもしれない。嫌な目で見られるかもしれない」

 「そんなの全部ぶっ飛ばせばいいんだよ」

 「こう見えても瞳は腹黒いからな、一度やられた事は倍返しに」

 「大介」


 横から割り込んで来た九地を瞳が黙らせる。名前を呼ばれた九地は直立不動のまま口を噤んだ。

 隣で指を差して笑う美海を放っておいて、瞳は真剣な表情で葉名を見上げた。


 「梨子ちゃんが世間からどんな風に思われていても私達にはそれを変えることなんて出来ないし、あの時のことを無かったことになんて出来ないけど」


 見上げた先で泣きそうな顔をした女の子に微笑みながら手を伸ばす。


 「だけどね、私達は一緒に笑い合えると思うんだ。困ったときには助け合えるし、怒ったときは喧嘩だって出来る。悲しい時は支え合って、失敗した時は励まし合える。そんな風になれると私は思ったから」


 伸ばした手で震えるその手を掴むと、彼女は満面の笑みを浮かべて。


 「友達になろうよ」



 一陣の風が吹く。

 なびく髪が顔を隠し思わず下を向いた。


 一体どこに犯罪者の娘と友達になりたがる人がいるのだ。それもたった一日、ほぼ初対面に近い状態なのに。

 それでもこうして求めてくれる物好きがいた。どうして私なのだと疑問には尽きない、だけど顔を上げれば笑顔で頷く二人と、手を握って笑い掛けてくれる小さなクラスメイトがいた。


 「まったく……どういう神経してたら私と仲良くなろうなんて思うのよ」


 今はまだ素直に返事なんて出来ないから、あともう少しだけ待っていてほしい。


 「正気じゃないよホント……でも」


 その時はちゃんと──


 「そこまでいうなら……なってあげなくもないね!」


 笑顔で頷いてみせるから。






 「ほらこれで涙拭けよ」

 「台無しだよ!」

 「いやだって鼻水まで──あいてっ!」


 ハンカチを取り出し無遠慮に渡そうとした九地にジャンピングパンチ。

 瞳の平手が九地の頭に直撃した。隣で美海が声を殺して笑ってる。


 「……理不尽だ」

 「大介が無神経なだけだからね」

 「いやだって泣いて──あいたっ!」

 「口答えしない!」

 「へい」


 半眼で九地を見つめて腕を組む。

 九地は将来尻に敷かれるタイプだ。


 「梨子ちゃん。これが私達の普通だよ、頑張って付いてきてねぇ〜」


 あまりの空気の変わりように呆然とする葉名に、美海が笑いながら肩を叩いた。

 そのあと美海は瞳に加勢して九地を弄り倒すと、九地が苦し紛れに話を逸らそうとする。


 「し、しかし考えてみると葉名がいることで俺達一つの顔になったんじゃないか?」

 「……何言ってんの?」


 九地が何かを言いかけて一蹴してやろうと意気込んでいた瞳が一瞬思考停止し、キョトンと素で聞き返した。


 「ほら瞳、九地、美海、葉名。顔のパーツが集まって一つの顔を形成しているだろう?」

 「……眉毛」

 「目の範囲内ということにしておこう」

 「判定ガバガバすぎー!」


 瞳のツッコミに苦し紛れの言い訳を今度は美海が笑いながらツッコんだ。

 そもそも瞳はどちらかというと眼球のことを指すからして眉毛は入らないんじゃ……と葉名は心の中でツッコんだが言わないことにした。これ以上は九地が可哀想だ。それにここにいる全員で一つの顔になるというのは……それはそれで。


 「面白いね」

 「へ?」

 「あっ、いや」

 「ふふっ、確かに面白いかもね」


 葉名の呟きを瞳が拾ってそれに共感する。

 これは葉名が面白いと言ったからではなく、元々そう感じてはいたのだ。


 「顔のパーツが集まるから〜……フェイスパーティ?」

 「それだ!」


 美海が顎に手を当てながら言ったそれに瞳が指を差して声を上げると、瞳と美海はお互い目が合うにつれて徐々にニヤついていく。


 「いいよね! フェイスパーティー!」

 「うんうん!」

 「いや、そのまんま──」

 「私達四人でぇー!」

 「「フェイスパーティー!!」」


 美海が合図をとって叫ぶ二人。九地のツッコミは華麗にスルー。

 そのあと、あははは!と腹を抱えて笑い転げた。


 「おい葉名、俺らフェイスパーティなんて訳のわからないグループに入れられてるぞ」

 「あら? 私は案外悪くないと思うけど?」

 「嘘だろ……直訳すると顔の集まりだぞ、いいのかそれで」


 九地が葉名に耳打ちするが葉名は存外平気そうで、九地は一人引き笑いをしながら打ちひしがれる。

 といっても発端は苦し紛れに話を変えようとした九地だ。もう、この勢いは止められない。


 「じゃあ決まりね! これから私達はフェイスパーティだ!」

 「いーよー」

 「うん」


 左手を突き上げて宣言する瞳は軽く返事する美海と葉名に「うんうん」と繰り返し頷くと、九地を見て催促する。


 「大介だいすけ

 「……分かった、これから俺達は……顔の集まりだ」

 「フェイスパーティだよ!」


 目頭を押さえて上を向く九地に瞳が鋭いツッコミを入れた。

 隣で笑う美海につられて葉名も頬が緩む。


 朝に感じていた憂鬱はいつの間にか消えていて、時折感じるのは葉名も知らない別の感情。

 それが何故だかおかしくて、笑ってしまったのは美海につられたということにした。


 「ねぇねぇ、このさいゲームのギルド名もフェイスパーティにしない?」

 「あっ、いいねー! どうせならフェイスパーティ広めちゃおうか」

 「本気か! 頼む、葉名も何とか言ってやってくれ」

 「残念、すでに梨子ちゃんはこっち側だからねー!」


 「いいや、葉名は──」

 「ううん、絶対梨子ちゃんは────」


 美海の提案に乗ってさらに広げていく瞳に九地は葉名に救いを求めるが、瞳は葉名を抱き寄せて九地に舌を出す。

 安い挑発に乗せられた九地は食い下がり葉名を味方に付けようとする。

 やがてヒートアップした二人は言い争いの末、一斉に葉名へ顔を向けた。


 「葉名!」

 「梨子ちゃん!」


 何もかもが新鮮だった。スタイル抜群の美人はその容姿から想像もできないほど緩さが滲み出てるし、長身の威圧感ある男はまさかの弄られ担当で、人懐っこい見た目のおどけた腹黒女子は案外一本芯が通っていて。

 なにより『私』を見てくれたことが一番……。


 「そうだね……私は──」
















           ★ ★ ★













 ビルや繁華街が立ち並ぶ中央区から横にずれ、壊れたロープウェイの先にある展望スポット。

 人っ子一人いない寂れたこの場所に狐の耳を生やした女性が一人。澄み渡るような青空の下、彼女はそこから見える景色をただ眺めていた。


 昔と比べて景色は随分と姿を変えてしまったけれど、胸に刻まれた記憶だけは変わらない。

 楽しかったあの日々が今でも脳裏に焼き付いている、それは何も無い空間に数十年前の面影を重ねてしまうほど。

 そう、目を閉じれば振り向いて私を呼ぶ錯覚さえも。


 「だれ?」


 彼女は不意に声を上げる。

 彼女の声は空を切り、誰もいないはずの場所に小さく響いた。


 しかしそれに対する返事はなく、しかし横から吹いた軽風が起こると疑問は確信へと変わる。


 「やあ、調子はどうだい? 順調? それはなにより」


 風と共に現れたのは一人のおどけた男。

 彼は一人ニヤつきながら喋りだし、彼女の返答を聞かないまま完結させる。


 「ああ! 哀愁漂わせている所を邪魔して悪かったね、趣味なんだ」

 「……悪趣味ね」


 本当に趣味というなら悪趣味極まりない。

 彼女の皮肉はどこ吹く風、彼の押し殺したような笑い声だけが耳に届いた。


 「まあそういうなよ、こう見えても俺は気分が良いんだぜ? 結構眺めがいいとこじゃねぇか」

 「ふざけないでくれる? 用があるなら早く言ったらどうなの?」


 ヘラヘラした男の口調に思い出の場所が汚された気がして、彼女は不愉快な気持ちを包み隠さず男の方へ振り向いた。

 男の声には聞き覚えがあった、それもごく最近に。彼女──葉名梨子が貝原瞳を取り戻すため、10年間もの歳月を駆けずり回ってようやく……ようやく接触する事が叶ったある組織の構成員。



 「103番」

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