表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燕華の天女 河岸の覇  作者: 一集
第二章 呉編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/83

10話 日常の風景






『なにこれ!重くて持てない!!』


初日、訓練用の刃を潰した剣を与えられて、そう叫んだあやの声はよく響いた。

その言葉も大分誤解の原因だ。


「おい、あの小僧が黄蓋(こうがい)様とやるらしいぞ」

「やっと我らが実力を思い知らせられるのか」

「見学に行こう!」


いつの間にかギャラリーに溢れている周りを見て、あやはげんなりと祁央を睨み、もう一度同じ事を聞いた。


「今まで駄目だって言ってたのに…何で今回はいいのよ」

「あの男は強いから」


今度は素直に教えてくれた。

端的な祁央の言葉にあやはため息をつく。


意味はきちんと受け取った。

強ければ剣を合わせても怪我などしない。

まあ、当然の話だ。


が、このお祭り騒ぎの中心に据えられる身としては嬉しくとも何ともない。


―何でこんなことになったんだか。


あやは目の前の大男に目を向けた。


「用意はいいか、小僧」

「小僧じゃなくて『あや』だってば。武器は選んでも?」

「構わんぞ、槍でも弓でも剣でも、何本持っても」


豪快に笑う黄蓋が、少しは有利な条件をやらんとな、と周りに対して言い放つ。

ギャラリー連中はやんややんやと大喝采。


「ん、じゃあこれで」


だが、あやは観衆にも多くの目にも慣れたもので、気にも留めず腰から武器を取り出す。


「…馬鹿にしているのか?小僧」


今までの陽気な豪傑さとは一転、低い声と共に黄蓋と呼ばれた大男の怒気が膨らむ。

周りの兵たちが一歩後退る程の気迫だった。


さすが呉の武将。

祁央はそれなりに感心したが、あやは特に表情を変えず、それどころか笑って見せた。


―さすが俺のあや。


「馬鹿になんてとんでもない。僕は力がないので、軽い方が扱いやすいのです。」


黄蓋は言葉を収めて無言で剣を構えた。


―生意気なその鼻っ柱を叩き折ってやる。


残念ながら、表情が口以上にものを語っていたけれど。


訓練用では一番大きい、あやでは持ち上げることもできないような大剣。

一方のあやは剣とも呼べないような変わった短刀一つ。


日本人なら見ただけで判る、十手型の武器。

忠相。


あやは黄蓋を細めた目で捉え、少しだけ腰を落として前に構えた。


おや、と黄蓋は思った。


凛、と空気が澄んだような音が聞こえた気がする。

瞬間、背筋に走る緊張に悟る。


―しまった、こいつぁ本物だ。






しんと静まり返る鍛錬場で互いの荒い息が大きく聞こえてくる。

黄蓋は呆然と問う。


「…おぬし、いま、何をした」

「えっと?…祁央、わた、僕、何か特別なことした?」

「いや、別に」


地面に尻餅をついている黄蓋から問われた意味がわからず、あやは祁央を振り返る。

二人にとってはいつも通り。


黄蓋は黙り込んで、顔を険しくした。


「あの!でも、今のはもう黄蓋さんには通じないだろうし…ええと、それに」


がっくりと地面から立ち上がらない黄蓋にあやは焦った。

別に心を折りたいわけではないが、このひ弱な見た目から、土をつけられたものは殊更落ち込むのが常なのだ。

焦りついでに実は一回限りの戦法なのだと言わなくていいことを暴露してしまうが、二度と使うつもりはないので痛くもかゆくもない。


一回でも呂布を負かすために右近と考え出した技。

残念ながら呂布には通じなかったけど。


もとより一期一会である実践では結構役に立つ。


「黄蓋さんがもし自分の武器を持っていたら、今回だって無理だっただろうし」


座ったままなので、上目であやを見上げることになった黄蓋は片眉を下げてあやの言葉を聞いている。

しょんぼりしたクマみたいだとあやは場違いに思った。

そう考えるとなぜかかわいく見えてくる不思議。

これが祁央に年上好きだと馬鹿にされる所以なのかもしれない。


「何故わしの武器が剣でないとわかったのだ」

「…え、さあ?何となく?」


曖昧に首を傾げたあやは苦笑して大きなクマに手を差し伸べる。

こんな答えでは納得してくれないかもしれないけど、あやにはそうとしか答えられない。


なにせあやには力がない。

強みは身軽さ速さ、転じて相手に合わせて立ち回ること。


自分より遥かに強く大きな相手と遣り合うにはそれしか方法がなかったとも言えるが。

それはいつの間にか自然と身についた特技でもある。


「黄蓋さんが強かったからお互いに怪我一つ無かった訳だし。今回はそれでいいじゃないですか」


うまく避けてくれるだろうと思えなければこんな危険なことはしない。

黄蓋にしても、そういえばあれは渾身の回避だったと思い返してみる。


あやが振り向いて祁央に同意を求めた。


「ああ、生半可な実力だとあやでは相手に怪我をさせる」

「「「…そっちか―――!!」」」


ギャラリーの大半に祁央の断り文句が思い浮かんで、その言葉の真意を知る。

『やめておけ、怪我をする』

あやが、ではなく相手が、ということだったらしい。


その通り、あやは加減が上手くない。

いつも全力、いつも懸命。

だから相手の実力がなければ生半可な怪我をすることになる。


―まぎっらわしいんだよ!!


心の中で叫ぶ共通した怒声。

兵たちは最初は黄蓋の勝利を疑いもせずにやんやと囃し立てていたが、そのうち黙り込み、直ぐに自分たちの認識が間違っていたことに気付かされた。


黄蓋の豪剣はいつまで経っても彼の髪、一筋たりとも捉えることはなく。

あやと向き合っている黄蓋以上に観戦者たちは驚愕させられた。


黄蓋が地面にその手をついた時、誰もそれがまぐれだとは思わないくらいには、あやは軽やかに強かった。


それは今まで見てきた強さとは趣を異にしていたけれど。

あやは勝った。


紛れもない事実は受け入れ難くも現実だ。


黄蓋は負けた今ですら、姿形のどこにも強さなどない彼を見上げて、先程から差し伸べられたままの手を取った。

自分より遥かに小さく細い少年の手の平は硬い皮膚が覆っていた。


ああ、悪いことをした、と少し落ち込む。

それは努力を知る手の平で、黄蓋に敗北を味合わせたのは覚悟を持った技だった。


…敗因はわしの目の曇りだな。


黄蓋は負けを認めてあやの背を叩いた。

本当に強いものは、それを誇示したりしないもの。

気付かなかった方が愚かなのだ。


あやは叩かれ、勢いたたらを踏んで前のめりになる。

いたい、と呟いた声は黄蓋には聞こえなかったようだ。


「先ほどの言葉は撤回だ、すまんな」


きょとんとしたあやの顔には先程の真剣な、触れたら切れそうに緊張を煽る雰囲気はない。

あの時確かに黄蓋の本能はあやを対等の相手と認めていた。

何故ならその感覚は戦場で出会う武将たちと相対した時に感じるものと同じだったから。


しかし今のあやは緊張を強いる強者とも、何を言われても気にせず笑っていた時とも違う、あどけない子供のような素直な表情を見せる。

黄蓋は鮮やかに表情を変えるあやを面白いと思った。


どれが本当の彼なのか。


「おぬしを侮っていた」


言いながら頭を下げる。


あやは黄蓋の言葉に慌てた。

侮られたなんて思っていない。

むしろ当然の反応だと思っていた。


「悪いのは不用意なことを言った自分だと理解していますので!」


黄蓋が謝る必要はないのだ。


「あの、それで、できたらお願いがあって」


黄蓋はあやの殊勝な言葉にまじまじとあやを見た。

自分がとても大きな誤解をしていたような気がして。


「これからも時々相手をしてもらえたら嬉しいな、なんて…」

「…ああ」


あやはしどろもどろと、黄蓋に申し出た。

祁央の許しが出る相手は多くない。

この機会を逃したら次はいつになることか。


黄蓋は一度面食らったように目を瞬いて、それから力強く頷いた。


「ああ、もちろんいつでも引き受けよう!」


その声を合図に周りにいたギャラリーがわっと沸いた。

歓声と、あやを褒め称える声。


あっという間に兵たちに取り囲まれてあやはもみくちゃにされる。


「小僧!今度俺とやろう」

「お前すごいな!」

「小さな体でよくやった!」


賞賛されているのはわかるが苦しい。

ほんのついさっきまでの侮蔑的な雰囲気は払拭されたが、今度は群がる兵たちにあやは潰れる!と悲鳴も上げられない。


ふと息苦しさが消えたと思えば、あやは兵たちを下に、目線が高くなっていた。


「お前たち手加減を覚えろ。あやが潰れてしまうわい」


黄蓋に抱き上げられあやはほっと息を吐く。


「助かりました黄蓋さん」

「呼び捨てで構わん。友は敬語も使わん!」


そのまま黄蓋の肩に乗せられ、あやは照れくさそうに笑った。


「はい!…じゃなくて、うん!」


体育会系なノリはついていけないと思っていたのに、そんなことを言われたら嬉しくなるに決まっている。

あやは、たまにはこんなのもいいかもしれないと、黄蓋の肩で騒ぐ兵たちに答えて笑った。


その日からあやの周囲は一変した。

一人でいる時間がなくなった。

いつも傍には誰かがいて、皆が話しかけてくる。


それは当初、主に黄蓋との試合を見ていた太史慈と黄蓋の隊兵に限られていたが、いつの間にかその他の兵も声をかけてくれるようになった。


「小僧、どうした、一人か?」

「うん、これから鍛錬場」

「そうか、なら今日は俺の相手をしてくれよ」

「おい、ずるいぞ。あや俺とやろう!」

「だ~め、もうちょっと強くなったらね」


あやは笑って取り合わない。

ちぇっと不貞腐れる兵たちにあやは和む。


彼らはとても素直だ。

変わり身が早いということではなく、認められないものは認められず、でも認めてしまえば躊躇いなく受け入れる。


―それってなかなかできることじゃない。

自分を省みるとそう思えた。


「あ!あや、こんなところにいたのか!」

「おい、何の用か知らないが、あやは俺たちの隊なんだからあんまりちょっかいかけるなよ」

「はあ?何言ってんだ。関係ないだろ、そんなの」


だけど何だろう、この何度も繰り返される会話は。


「あやは俺たち(・・・)の仲間だ」


お前たちは違うだろうと。

ふふんと笑う同僚。


どうしよう、手にれたオモチャを見せびらかす幼児にしか見えなくなってきた。


「んなわけあるか!」


噛み付く他隊の兵士。

あやは血気盛んな呉の兵たちのパターンを完全に把握してそっと後ろに下がった。


どうせ一騎打ちとか言い出すに決まっている。


付き合ってられない。

あやは気が付かれない様にその輪を抜け出して鍛錬場に急いだ。


きっと気付くのはまだ先。

どうして先に行ったのかと怒りながら現れて、隊長に遅刻を怒られ罰を言い渡される未来まで幻視する。


それがなんだかとても楽しくて、思わず一人で笑ってしまった。






「何なの、あれ?」


尚香は回廊からその様子を見て眉を顰める。

どう考えてもあやを取り合っているようにしか見えない。


「どういうこと?」


口を滑らせて武人たちの反感を買って、このままではいられないだろうと思ったのはついこの間。

隊の中では無視をする連中と、叩きのめそうと虎視眈々と狙う連中ばかりだと聞いて、ざまあみろと心の中で笑ったのも最近。


一度こてんぱんにされればいいのにと思ってたのに、一体なんだろう、この光景は。

いつの間にこんな茶番が繰り広げられるようになったのか。


「この間、黄蓋と遣り合って勝ったらしいぜ。それから人気者みたいだな」

「策兄様…面白くなさそう」

「え、そ、そうか!?」


孫策が尚香に言われて顔を擦る。

その行動が尚香の言葉を肯定しているようなものだとは気付かず、孫策はいまだに寄ったままの眉間の皺をそのままに、あやが去っていく方角に目線をやる。


尚香はこれ見よがしに大きなため息を吐いた。

―大喬には見せられない顔ね。


本当にどうしてしまったのだろう。

彼が来てからこの呉は少しおかしい。


これであやが女だったなら、もっと気に食わない状況になったろうけど、それでも状況の理解は容易だったはず。

だが見るからに少年の彼に男女の図式は嵌りにくい。


あやはよく見るときれいな顔の少年だったから、そういうことも考えられないわけでもない。


だが、長年共に過ごしてきた兄のことだ。

確信をもって言えることがある。


兄様は絶対に同性に恋愛感情を抱く類の人間じゃないわ!


そうするとよけい現状がわからない。


大体、頼りの周喩も今回は孫策と変わらないくらいおかしい。

冷静さを欠いているように見えた。

原因は「あや」に違いない。


―私がしっかりしなくちゃ。


「兄様、いい加減目を覚ましてよ。あのあやが黄蓋に勝てるわけないじゃない。あんな細腕で何が出来るってのよ。絶対にいんちきだってば!」

「…いや、きっと本当だろう」


少しでも疑わしいところがあるなら、兵たちがあんなに反感を持っていたあやをあっさりと認めるわけはなく、何よりも信頼に足る自らの武将が負けを認めたのだ。

やはり玄鳥の長はお飾りではなかったらしい。


「もう!何で兄様はそんなにあやを信じられるの!?播瑠の代わりってことはそんなに長い付き合いでもないでしょうに」


信じているのは自分の兵と武将の判断だったが、尚香の憤りと不信も国を想う故だと思うから、孫策はあやの後姿を見送りながら口を開いた。


「あやの生き方を尊敬している」

「…はあ?」

「あやになりたいわけじゃないけど、無関心ではいられない」

「兄様?」

「あやは、強いんだ」


孫策はそう言って先に歩き出す。


多分、お前より強い。

そんな声が聞こえた気がして尚香はぐっと唇を噛みしめた。


妹の心情には気付かず、孫策は口に出来なかった言葉を腹に収める。

自分より強いかもしれない。

認めるのは悔しいから、言えなかった。

国に戻り、必死で机に向かっている今、少しは南の地で手が届かないと思った彼女の背に追いつけただろうか。


置いてきぼりを食らってしまった尚香は言われた言葉が理解できなくて反芻してみる。


あやが強いという。


私よりあんな生っちろい男のどこが!?

強い?

あり得ない!!


尚香は既に姿の見えないあやと孫策に心の中で叫ぶ。


この、私より?

姫として生まれ、女だてらに剣と弓を取り、父を、兄を、国を、支えるために必死に生きてきた日々を思い返す。


怒りは消火し、虚しさが浮かぶ。

こんな自分にも、姫としての誇りがあったのだな、と尚香は思った。


兄の言葉に傷ついた。

自分を否定されたような気がして。


幼い頃からお転婆娘と言われた尚香が武器を持ったのは当然の成り行き。

もちろん、多くの者から武芸を嗜むことは女性の役割ではないと苦言を貰った。


でも、普通の姫のように嫋やかに笑っているだけの人生なんてできそうにない。

性に合わない。

なら自分にできることを。

出来る限りのことを。


そうしてここまで駆けてきた。

これでも呉の姫として努力をしてきたつもりだ。


―兄様はわかってくれてると思ってた。






あやは何かを感じて後ろを振り向いたけど、そこには当たり前だが何もない。


「あや殿?どうなされた」


あやが忠相を下ろしたのを見て、呂蒙(りょもう)も戟を引く。


「だ~か~ら~、敬語やめてって!」

「すまん、ついな」


何かに気を引かれていたあやは呂蒙の声にすぐに反応した。

年上の男性に使われる敬語ほど違和感のあるものはない。


黄蓋に続き手合わせをするようになった呂蒙は実に真面目で堅実な男だったのだか、仲間と認めれば気安くなった黄蓋とは違い、敬意を言葉で表してくる。

すなわち敬語だ。

こちらが馴れ馴れしく話しかけているのに返ってくるのは敬語。


最近の定番のやり取りを終えると、歓声が降ってきた。

相変わらず決着のつかなかった長い一戦に対する賞賛の拍手。


呂蒙は驚いて回りを見渡す。

いつの間にか二人を取り囲むように輪が出来上がっていた。


彼らの目には自分より小さな相手に勝てない呂蒙に対する侮蔑の色はまったくなかった。


自分でも悪くない戦いだったと思う、が。


「いや、本当にいつの間にか…」


あやは受け入れられている。


「しかし、何故勝てないのか」


弱ったように頭を掻く呂蒙にあやは違うと声を上げた。


「僕の基本は勝つより、負けない戦いだから!」

「負けない?」


観戦者たちがばらばらと自主錬に戻っていく中、あやと呂蒙は連れ立って木陰に歩き出す。

適度な休憩も仕事の内だ。


「そ、相手を見て、相手に合わせた戦法を、ってね」

「…戦っている最中にそんなことを考えてるのか?」

「考えないでどう遣り合うのさ」

「いや、どうと言われても。誰だって自分の戦いの形というものがあるだろう?」


自分の形に持ち込めたものが勝つ。

それが呂蒙の認識。

だというのに、あやはむしろ相手に合わせるのだという。

不思議だった。


「あー、はいはい。自慢はやめて下さい~」


あやが不貞腐れたように呂蒙に返す。


「自慢?心外だ。俺は」

「今のが自慢でなくて何?自分の型を押し通せる人はいいよね。僕にそんな力はないことぐらい見ればわかるでしょうが」


あやとのやり取りは嫌いではない。


ぽんぽんと返って来る答えは時々あからさま過ぎてむっとすることもあるが、よく考えてみると沢山の示唆に富んでいて、考えさせられることも多い。


黄蓋があやを伴って呂蒙を訪ねてきた時には、何事かと思ったが、成るほどあやは最初の評価通りのただ生意気な少年ではなかった。

それに早々に気付いた黄蓋を呂蒙は少し尊敬し直したほどだ。


「重要なのは相手の情報。相手を知り、己を知る。兵法にも書いてあるでしょう?」

「…だったか、な」

「…まさか…読んでないの?」


兵たちの命を預かる武将ともあろうものが。

あやの目がそう言っていた。


「いや、読んだ、読んだぞ!…だが」


あやの指摘にしどろもどろになりながら曖昧な記憶を探り出してみる。

呂蒙とて武将、戦の基本である兵法を読んでいないはずがない。


「…まさか、本当に読んだだけとか言わないよね。理解しなきゃ意味ないよ?」

「うぐっ」


反論が思い浮かばない。


「自分で持ってないなら周喩に言えばきっといくらでも貸してくれるよ。損にはならないはずだからもう一度読んでみたら?」

「……わかった。だが今更人には聞けない。わからないところがあったら教えてほしい」

「え゛、僕!?」


偉そうなことを言った事を少し後悔した。

あやだって全てを理解しているわけではないし、まして白父や司馬懿のようにうまく教えられるはずもなく。


「…まさかお前、俺にこれだけ言っておいて自信がないのか?」

「あは、ごめん…」


しょんぼりと肩を落とす素直なあやの反応に呂蒙は目を和ませる。

憎めない少年だ。


「よし!これを機会に僕も勉強し直す!だから一緒に頑張ろう!」


あやはすぐに落としていた肩と顔を上げ、呂蒙に詰め寄って決心に燃えたように宣言した。

俄然やる気だ。


「うむ、それは悪くない」


呂蒙は少し考えて、満足そうに顎に手をやり頷いた。

最近引っ張りだこのこの少年を独り占めするのはとても楽しそうだ。


例えば周瑜に教えを請うとする、きっとそれは講義を拝聴する形になるだろう。

悪くはないが、性には合わない。

現に今、頭に入っていないのだから説得力はある。


呂蒙はあやと共にやる勉強なら苦にならないだろうと少年の頭に手を置いた。

ぐしゃぐしゃとかき混ぜると頭ごと揺らされた少年が抗議の声を上げる。


まだ付き合いは短いが、この年下の少年は呂蒙にとって既に当たり前にいるべき人間だった。


きっと今の自分と同じく、彼は呉になくてはならない人物になる気がする。




訓練の合間、二人で芝生に書簡を広げ、唸っている光景がそれからしばしば見られるようになった。


いつの間にかそこに祁央と黄蓋が混ざって唸り声が多くなり。

周喩を加えて怒鳴り声が聞こえるようになり。


やがて孫策や太史慈も顔を出すようになって、彼らの白熱した議論が聞こえてくる日常の風景はいつの間にか呉の城に溶け込んだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この小説は更新無期限停止中です。
続きがどうしても気になる!と仰る奇特な方はHPの方からどうぞ。

完結済ですので、最後まで読めます。
ただし、夢小説(二次創作)サイトなのでご注意を。
なろう版は二次部分を誤魔化しています。

原版がどうしても無理っ!という方も多いと思いますので、あくまで自己責任でお願いします。
RED CloveR+
トップページの右上、dreamより小説に飛べます。

*管理パスを紛失しているのでHPから送られたメールは読めません。申し訳ございません。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ